第19話 時の足袋人

「日本代表が7大会連続でワールドカップ出場を決めたな」

 北伊勢高校サッカー部で主将を務める大空。今年はワールドカップイヤーである。


「予選の序盤では苦戦していましたが、サッカーは切っ掛けひとつでノリにノリますからね。というか先輩、めちゃめちゃ久しぶりの登場ですね」

 北伊勢高校サッカー部は、めきめきと力を付けてきている。


「サッカーの話題の時しか出番が無いからな。ところで」

 大空は眉を顰めた。


「日本代表の攻撃力不足は昔からああだこうだ言われているが、俺はもっとシンプルに考えている」

 日本代表は強豪ばかりの死のグループに組みされた。


「スピード、ですか?」

 即答されて一瞬驚きの表情を見せたが、メシヤのことだからとキャプテンは話を続けた。


「日本代表がパスワーク頼りでドリブルを躊躇うのも、結局はスピード不足からなんだよな」

 1対1でディフェンスを置き去りにするには、フェイント云々の前にスピードがモノを言う。


「スピードが必要なのは、フォワードだけじゃないですよね。カウンターを食らった時に、ディフェンスが追いつけずあっけなく点を取られることもあります」

 攻撃サッカーを目指したい日本代表に、これが足枷となる。


「うむ。そこでフィジカルトレーニングをあれこれ取り入れるんだろうが、なんと言うのかな、苦しさが勝つばかりで、ホントは楽しいサッカーも辛いものになってしまっている」

 プロの世界は、そういうものかも知れない。


「同意ですね」

 北伊勢高校の11番は、ゆるやかに首肯した。


「もっとこう、根本から変わらないと、日本代表がワールドカップトロフィーを手にする日は、夢のまた夢だな」

 手厳しいが、その通りだろう。


「キャプテン、それなんですけどね」

 いつもニコニコ顔のメシヤだが、いたって真剣な表情である。


「なにか方法があるのか?」

「雑談程度に聞いて欲しいんですけどね。日本人はいまでこそ誰でも靴を履いていますが、その昔は草履や草鞋を履いていましたよね。建築現場では地下足袋のようなものも履いていました」

 親指が独立しているので、接地性がすぐれ、器用な動きが出来る。


「そうだな。俺も夏場のサンダルは鼻緒が付いたタイプが好きなんだ」

 メシヤの超展開にも動じない大空。


「はい。安物のサンダルだとすぐ親指と人差し指の付け根が痛くなるんですが、名工が作るとそれはそれは快適に動けるんですよ」

 国産が必ずしも優れているわけではないし駄目なものも少なくないが、商品の善し悪しは、その工程を眺めれば一目瞭然である。


「俺もスパイクはアシックスかミズノなんだよな」

 大空は日本人の足に多い甲高である。国産靴なら、ヴァルカナイズ製法のムーンスターやAsahiがある。


「はい。それで国産メーカーに、足袋スパイクを作ってもらえないかな、と考えてるんです」

 問題は、親指と人差し指の間の設計である。それと、ポイント(スタッド)をどう処理するか、である。


「面白そうなアイデアだな。駄目で元々、やってみる価値はありそうだ」

 足袋ソックスというものは既にあるのに、親指と他の指が分離した履き物は、地下足袋しかお目に掛かれない。


「忍者も草鞋を履いていましたし、なんと言ってもサムライブルーですからね」

 裁紅谷姉妹の祖国では、“シャムライ”と発音すると、「守る人」の意味になる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る