第三十三話 あの人達の在り処


 オーエンズ街の煌びやかなネオンの光が微かに漏れる小道を背にしたアイ達は、観念したマルジージャを壁際へと追いやって逃げ出さないように囲い込んだ。


「それじゃあ、知っている事を全て話して貰おうか」


 マルジージャを見下ろすようにして睨み付けるタダシに続いて、レオンとアイも凄んで見せた。


「決して嘘は吐くなよ。黙秘も認めない」


「その時は、実力行使に出るから」


 地面に跪いて萎縮するマルジージャは、びくっと両肩を跳ねさせた。


「わ、分かったから、そう詰め寄らないでくれ!」


 すっかり怖気づいたマルジージャは、先程の食って掛かった態度とは打って変わり、アイ達に従順となった。


「……オレは、元々アストラエア都の下層で暮らしていたんだが、そこで偶々見つけたんだよっ」


 アストラエア都は、ストレイ・キャッツ・ハンド事務所があるイリス都の二つ隣にある都だ。マルジージャは、そこの下層の一区の南東街にある裏通りで見た出来事を、アイ達に話した。


「その裏通りにある建物ん中に、ライブバーがあったんだ。オレは普段あまり行かないような所だったが、その日は気紛れで入ろうとしたんだ」


 ライブバーは建物の地下にあった。その建物の開口部を潜って地下へ続く階段を下りた所に、ライブバーへの入り口の扉があった。


「でも、店はやってねぇって言われて、断られた」


 マルジージャは扉の取手を掴むが、ライブバーの扉は押しても引いても固く閉ざされていた。マルジージャは暫く扉をガタガタとさせていると、扉に付いているスライド式の小窓が開いた。そこから店員らしき者が目元だけを覗かせ、マルジージャに用件を尋ねてきた。ただ立ち寄ってみただけのマルジージャは、それをそのまま口にすると、店員は「……本日は営業しておりません」とだけ言って、小窓をピシャリと閉じた。


「無愛想な店員でよぉ……、オレはイラついてとっとと引き返したんだ。そんで外に出たら、次は野郎にぶつかったんだ」


 階段を上って建物の開口部から出た所で、マルジージャは男とぶつかった。マルジージャはぶつかった拍子に、思わずその男の服の袖口を掴んで捲り上げた。すると、男は直ぐ様にマルジージャを突き飛ばし、ライブバーのある建物の中にさっさと入っていった。


「その時に見たんだ。腕の印を」


 一瞬ではあったが、男の捲れ上がった袖の下に花模様の印が刻まれた腕を、マルジージャは見た。最初は只の刺青だと認識していたマルジージャだったが、その男自身も含め、何処か物々しさを感じた。マルジージャは男に突き飛ばされた事に文句を言いそびれてしまったが、代わりに好奇心が湧いた。そんな男が休業中の店に何の用があるのか、マルジージャは建物の外壁に張り付いて、こっそりと中の様子をうかがった。


 中では、マルジージャの時と同じように店員が扉の小窓から用件を尋ねると、男は「今日、レキシアリシアはやっているか?」と言った。そうしたら扉は開き、その男はライブバーに入っていった。


「多分、それがそこへ入る為の合言葉だ」


「レキシ……何だって?」


 レオンが聞き慣れない言葉を、マルジージャに聞き返した。


「『レキシアリシア』だ。……と言っても、オレもちゃんと聞き取れなかったから、その発音で合っているかは自信はねぇぜ?」


 そして、ライブバーの扉が閉まって店員と男の姿が見えなくなると、マルジージャは再び建物の中に入って階段を下りた。そうして、その扉をノックしようとした——が、マルジージャはすんでの所で、ノックをしようとした手を止めた。


「流石にヤベェかなっ……て、踏み止まったよ。でも、何か他に秘密がありそうだと思って、辺りを見回したんだ」


 そうすると、マルジージャは階段を上った所にあった電気メーターボックスに目が留まった。電気メーターボックスの蓋は簡単に開いたが、特に何も無かった。——しかし、裏底にはあった。マルジージャは屈んで電気メーターボックスの裏底を見ると、男の腕にあった花模様の印と同じ絵柄を発見した。


「その電気ボックスにあった印は、男の腕と違って色も付いてたぜ。白っぽい花の絵だった」


「……」


 きっと、エイベルの遺体があった建物の外階段にあった絵柄と同じ物だろうと、アイは思った。


「それで、そん時に思い出したんだ。アネモネの事を」


 その時、マルジージャははっとして思い出した。十四年前の天の川事件、それを犯したアネモネの主犯であるジェットが未だ捕まっていない事や、腕や手にある花模様の印がアネモネの構成員である証だという事を——。


「何故その事を通報せずに、今まで誰にも喋らなかったんだ? その上、自分こそはアネモネの一味だって、騙くらかしたりして……」 


 タダシが当然の疑問を口にした。すると、マルジージャはそわそわと体を揺らして、気まずそうに小さく言った。


「……警備軍とかに通報するよりも、美味い汁を吸えると思ったんだ」


「何だと?」


「アネモネの名前を出せば、脅しに使えると思ったんだ……」


 偶然にも、犯罪組織のアジトを知ったマルジージャは、ノア国家治安警備軍に通報せずに、むしろ利用しようと考えついた。そうして、マルジージャは腕にアネモネの印を彫り、それを他人に出し示しては脅してみた。実際に畏怖され、ごく一部から尊敬される事に味を占め、つい調子に乗ったと、マルジージャは白状した。


「でも、偶にやってただけだ。『偽者だろ』って、鼻で嗤われる事もあったし……。あと、本物のアネモネと警備軍にも目を付けられたくなかったしな……。だから、見つけたあのアジトがあるアストラエア都から離れて、違う所で暮らすようにしたんだ」


 マルジージャは「へへっ」と軽薄な笑みを漏らしながら、そう話した。


「……本当に、とんでもない大馬鹿野郎だな」


「よく今まで五体満足で生きてこられたな」


「能天気過ぎ。頭の中、溶けているんじゃないの?」


 タダシ、レオン、そしてアイが、肝が小さい癖に軽率な行動を取ったマルジージャに呆れ、各々が辛辣に物を言った。


「とにかく、もうアネモネだとかたるのは止めておけ。刺青も消せるなら、そうしろ。でないと、命が幾つあっても足りん事態になるぞ」


「あと、今後サティーナへの接近を禁止すると、オーエンズのオーナー様から言付かった。それに、未遂でも刃傷沙汰にんじょうざたを起こした事で、オーエンズも出禁となった」


 タダシが忠告し、レオンがそう通告すると、マルジージャは「はぁ⁉」と、声を上げて不満を漏らした。


「自業自得だな。因みにこれを破れば、こわ~い大人達から制裁を受けてしまうが? 借金の返済も滞っているようだから、尚更だな」


「華爛街の兵隊から受けた粛清よりも、エグいと思うよ」


 レオンの「借金」と言う言葉に心当たりがあるマルジージャは、頭に血が昇って元の赤ら顔に戻ったが、それもまた一瞬で青くなった。そして、アイの止めの言葉に、マルジージャは力なくこうべ垂れ、「分かった……」と弱々しく頷いた。


 こうして、アネモネのアジトを聞き出したアイ達は、マルジージャにアネモネの構成員だと騙らない事、サティーナへの接近禁止、オーエンズの出禁を約束させ、解放した。


 その後、一度オーエンズに戻り、アイはサティーナの服を本人に返し、元の服装に着替え直した。サティーナやスタッフにも、マルジージャが出禁になった事を伝えれば、ほっとした表情を浮かべてアイ達に感謝した。


 そうしてアイ達は、スレッドで上層へ上った。スレッドから出れば上層の空は茜色に染まり、多くの人々が家路に向かっていた。そんな中、アイ達は路面電車を乗り継いで、アストラエア都へと向かった。


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