第二十七話 彼女の事情


「無断欠勤したと思ったら、まさか殺されていたとはな……」


 エイベルの遺体がある室内から出て、ノア国家治安警備軍のイェンがぽつりと言った。


 ついさっきまで、不気味な程に静かだった街の中心にある過疎地域が、一気に騒がしくなった。幾人の軍人達が、殺人現場やその周辺を行き通い、捜査をしていた。


「それで、貴様らが遺体を見つけたと?」


 イェンは、己と相対する者達を睨んだ。睨まれた者達——タダシとレオンは「あぁ」と、臆すること無く答えた。


「まさか、こんな凄惨な現場に出くわすとは思わなんだな」


「全くだ、所長。こんな出来事は、ミステリー小説や映画の中だけにして欲しい物だ」


 タダシとレオンは、尤もらしい口舌を述べた。その二人の文言に、イェンの片眉がぴくぴくと動いた。


「貴様らは何の為に、こんなゴーストタウンに居たんだ?」


 イェンは間髪を入れずに口をいた。


「仕事だ」


 タダシが言った。


「仕事だと?」


「昨日、便利屋だと言わなかったか? そんな稼業なもんで、様々な依頼があるんだよ。ペット探しとかな」


「その腕で、か?」


 イェンが、タダシのブルゾンの袖口から覗く補助器具に目を遣った。


「人手不足でな。やむを得ない事情ってやつだ」


 タダシはそう言うと、おもむろに息を吐いた。


「なぁ……、こんな人気もない場所で遺体を見つけた第一発見者が怪しいのも分かるが、そんな凄まんでくれ。俺達は遺体に触れるどころか、殺人現場に足を踏み入れてもいないんだ。遺体が銃殺されたって言うから、進んで許可証も見せたし、拳銃だって提出したろ?」


 ノアでは、一般人の銃火器の所持が許可されている。しかし、一般の者が銃火器を所持するには、犯罪歴の有無、パーソナリティー検査などの審査を受け、銃火器許可証を取得しなければならない。元ノア国家治安警備軍であったタダシは、治安状況が悪い下層に移住する際、銃火器許可証を取得し、護身用に改めて拳銃を手にしていた。


 タダシが毅然とした態度を取ると、「そうそう」と、レオンが肩を並べて言った。


「弾の種類とか線条痕だったか? あとアリバイをきちんと調べてくれれば、俺達が新雪の如く白なのは明らかさ」


 そう言ってレオンは、「ま、雪なんて見た事は無いけどな」と、あっけらかんとした。






 一方、本当の第一発見者であるアイは、ひだまりの家にいた。


 アイは、殺人現場から急いでフィフィをひだまりの家へと連れ帰った。そこには、留守を預かっていたタダシの他に、レオンもいた。タダシが見つかったはずのフィフィが中々帰ってこない事に焦れ、マーク達に連絡すると、レオンが様子を見にひだまりの家に訪れていた。


 アイは、二人に事のあらましを話した。すると、タダシはヨンスを探すマーク達に連絡し、アイにひだまりの家に居るように言った。タダシは放っておく訳にはいかないと、件の殺人現場へと向かい、レオンもタダシ一人だと心配だと危惧して彼に同行していった。


 アイが留守を預かって暫くすると、マークがクリスとタロウを連れて、ひだまりの家に帰ってきた。お互いに話したい事、聞きたい事が山程あったが、先に遅くなった夕食を準備して、子供達に食事をさせていた。

 

「——ねぇ。なんでヨンスいないのぉ?」


「ごはん、さめちゃうよ?」


 食堂に集まった子供達が、ヨンスの姿が見えない事に、次々と口を吐いてきた。アイの隣に座るフィフィは、気まずそうにぎゅっと口を引き結んでいた。


「風邪を引いたみたいでな。ヨンスは今、俺の部屋で寝かせてる」


 マークは、アイ達の分の皿も並べながら言った。


「えんちょうのへや? なんで?」


「風邪が移ってお前達まで寝込んだら、看病疲れで俺が倒れちまうからだよ」


 マークは、にべも無く言った。


 ヨンスが行方不明になっている事は、子供達には秘密にした。ヨンスの安否が分からない今、子供達にまで、余計な不安を煽る訳にはいかない。それに……。


 アイは平静を装いつつも、思わず奥歯を噛み締めた。


 安易に口を滑らせては為らない程、最悪の可能性があった。なので、アイはマークに通報しないように、タダシから携帯電話で伝えてもらっていた。


 夕食が終わって、アイとタロウが皿を片付けている間に、タダシとレオンがひだまりの家に戻ってきた。まだ食事をしていない二人の為に、マークとクリスが卵サラダのサンドイッチを用意しており、彼等に振る舞った。二人は幾分も掛からない内に、ぺろりとサンドイッチを平らげると、マークが「外で話そう」と、屋外にある遊び場にアイ達を誘い出した。


 夜の遊び場は、上層の通気口から人工的な夜天光に照らされていた。教会の名残がある装飾的な内壁と植物達は、ぼうっと淡い光に照らされ、昼間とはまた違った幻想的な美しさを醸し出していた。


「それで、何があったんだ?」


 子供達に話が聞かれないよう、しっかりと扉を閉めて離れると、マークが話を切り出した。


 アイは、フィフィからヨンスの事を聞き出して、北西街の廃墟まで行ってヨンスを探すが、代わりに無惨な遺体を見つけた事を話した。皆が、殺人事件の話に顔をしかめた。


 そこで「ちょっといい?」と、クリスが口を挟んだ。


「それで何でアイじゃなく、所長が警備軍に通報して、第一発見者の代わりになったのかしら?」


 その問いに、アイとタダシの肩が微かに揺れた。


「だって、アイが携帯電話を持ってないにしろ、態々わざわざ所長が殺人現場まで行って通報するのは、ちょっと可笑しいじゃない?」


 クリスがそう言うと、タダシと一緒に殺人現場に行ったレオンも「確かに……」と呟いた。


「あぁ、いや……、それは……」


 タダシが唸るように言葉を濁していると、アイは一度大きく溜息を吐き、はっきりと言った。


「——昔、人を殺しかけたの。確かな殺意を持ってね」


 アイのその言葉を聞き、タダシ以外の者達は、アイを唖然とした表情で見詰めた。


「本当に……あと一歩の所で、タダシが止めてくれて、未遂で済んだ。でも、それでも状況は殺人未遂みたいなもんだし、過去をほじくり返しそうな警備軍とかには、関わりたくなかったの」


 アイは「変に疑いを掛けられそうだしね」と、付け加えて言った。先程とは違う意味で重い空気となり、クリスは気まずそうにして、詮索した事を謝った。


「何と言うか……、ごめんなさい」


「まぁ、下層はほぼ無法地帯な所だ。そこで暮らしていれば、どうしようもない事態に陥る事もあるさ」


 レオンが、励ますようにアイに言った。


「それに実際、一線は越えていないんだろう? なら、問題無いさ」


「……けど、その後助かったかどうかは、知らない」


 アイはそう口を溢すと、タダシが「アイ……っ」と、苦い顔をした。


「事実でしょ」


 アイがきっぱりと言うと、タダシは押し黙った。


「……それで、その殺人事件とヨンスが消えた事に、何の関係がある? まさか、殺人犯がヨンスを拐ったって言うのか?」


 マークは話を戻すと、険しい表情を見せた。


「拐われたかは……分からないけど、一緒にいると思う」


 アイは注意深く言った。


「だったら今すぐにでも、警備軍にそう通報するべき——」


「絶対駄目!」


 携帯電話を手にしようとしたマークを、アイは声を上げて遮った。そして——。


「——殺人犯は、アネモネかもしれないからっ」


 そう言うや否や、アイの周りは水を打ったような静けさに包まれた。藪から棒に犯罪組織の名前が出た事に、皆が目を丸くしていた。


「……何でそう思った?」


 先に気を取り戻したタダシが、アイに聞いた。


「殺人現場になったあの建物、アネモネのアジトだった」


「何だと?」


「アネモネの印があったの。……前に見た時は、刺青——って言うよりかは、焼き印みたいな感じの物だったけど、それと似ていた」


「印って、どんなだ?」


「花だった。それには色が付いてあって、花弁はなびらは白くて、中央が黒っぽい感じ。それを、葉っぱ模様の円で囲った形をしてた」


 アイがそう言うと、タダシは「何てこった……」と呟いた。


「昔、摘発したアネモネのアジトにも、似たよう印があった。奴らの印だ」


 タダシが思い起こした様子で言った。元ノア国家治安警備軍のタダシなら、その印を見た事があったのだろう。


「しかし、何処で見た? 見当たらなかったぞ?」


「あの建物の外階段の裏側にあった。ただ、削って消しちゃったから、もう確認は出来ないけど」


「は? 削った?」


 全員が、アイを信じられないような目で見た。


「いやいや、『削った』って、それまずいんじゃないの? 隠蔽工作になるんじゃ……?」


「そうだけど、そうした方が良いと思った。警備軍の捜査線上に、アネモネが出てこないように」


 顔を引き攣らせるクリスに、アイは頑として言った。


「……なんでだ? ……」


 今まで黙っていたタロウが疑問を発すると、一瞬、アイは口を噤んだ。しかし、言わなければいけない——アイは重たい口を慎重に開いた。


「……ヨンスが、アネモネの構成員になっているかもしれないから」


 今度こそ時間が止まったかのように、全員の体が硬直した。屋内から漏れる子供達の明るい声が、酷く現実離れしているようであった。


「……お前さん、本気で言ってんのか? ヨンスがアネモネの一員に?」


 マークが静かに問い掛けた。


「その可能性がある……」


 ヨンスに新しい友達が出来たらしいと、アイはフィフィから聞いていた。その友達に会いに行っていた場所が、アネモネのアジトがある過疎地であった。以前、高揚したヨンスに危うさを感じたのは、犯罪組織に関わっていたからでは? そしてヨンスは、上層と下層の在り方に、酷く不満を抱いていた……。


 確たる証拠は無いが、アイは状況的にそう考えざるを得なかった。


「脅されたのか、自分から進んでアネモネの一員なったのかは、分からないけど——」


「馬鹿馬鹿しいっ!」


 マークは、忌々しげに怒鳴り声を上げた。


「ヨンスは子供だ! 子供がそんなっ、犯罪組織に入るなんて……っ!」


「十四年前の天の川事件の実行犯の中には、子供もいた」


 レオンが冷静に言葉にしたが、その顔は厳しい物であった。


「それに、未だに残党もアジトも残っているって話は聞いた。首謀者だって、見つかっていない」


 アネモネの残党がいるという話は、昨日聞いたばかりだ。今も、子供がアネモネの構成員になる可能性はゼロではない。


「もし、アイの言う通りだったのなら、何がなんでもヨンスを連れ戻さないと、不味い事になる」


 ノアでの殺人行為、破壊行為は、少年法でも適応されない。もしも、ヨンスがアネモネの構成員になっていたとしたら……? ノア国家治安警備軍が今回の殺人事件で、捜査線上にアネモネが上がり、アネモネの構成員としてヨンスが捕まれば、……最悪な末路を辿るであろう。


「……警備軍より先に、アネモネを見つけるぞ」


 タダシが決然として言った。


 行方の分からないヨンスが、本当に構成員としてアネモネにいるのならば、ノア国家治安警備軍を頼りにする訳にはいかない。ヨンスの行方も手掛かりも分からない今、アイ達は反政府過激派組織アネモネの居場所を探すしかすべがなかった——。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る