第二十五話 隠れ場所


 ヨンスとフィフィが下校時間を過ぎても姿を表さない。


 タダシからそのような知らせを受け、アイとレオンは、マークが待っているフローラ都九区にあるスレッドへ向かっていた。


 フローラ都と言えば、その名の通りに他の都に比べると、華やかな街並みであることが有名であった。ノアの「空」を支える為、集合住宅が城壁のように連なっているのは何処の都でも同じだが、外観の凝った様式や淡くカラフルな街並みが特徴的で、歩くだけでちょっとした旅行気分を味わえるアートタウンであった。


 実際に、夕日が沈みかけて淡く街灯が照らされる街並みは美しく、道行く人々の足はゆったりとしていて、その光景を楽しんでいた。


 しかし、今のアイ達には、そんな景色を楽しむ余裕は無く、その美しい街並みを足早に通り抜けて行った。


 アイ達が目指すスレッドが位置する場所は、華やかであるフローラ都でもやはり奥まった所にあった。「空」にまで届くスレッドは、周りの景観の邪魔にならない程度には淡い色調に塗りたくられているが、近づくと、芸術性もへったくれもない無骨さが丸分かりであった。


 そこにアイ達が到着した頃には、もうすっかり陽が落ちていた。


「園長!」


 レオンは手を上げ、「フローラ都A-九区第三十六番スレッド」と記されたスレッドの前に佇む大男に向かって声を掛けた。


「おう、来てもらって悪いな」


 地面に目を落としていたマークは、アイ達に気付くと顔を上げた。一見、マークは慌てた様子も無く落ち着いていた。しかし、スレッドに外付けされている電灯の明かりで照らされたマークの顔色は、明らかに曇っていた。


「全然構わないさ。それより、ヨンスとフィフィが帰ってこないって?」


 レオンが尋ねると、マークは「あぁ」と小さく頷いた。


「もしかしたら違うスレッドから降りて帰ったんじゃないかと思って、留守番してもらっているタダシに連絡してみたが、やっぱり帰ってきてなかった。探しに行きたかったが、本当にただ遅れて来ているだけで、俺がスレッドから離れて入れ違いになると思うと、ここから離れなかったんだ」


 マークは「それでだな──」と、続けて言った。


「お前らに、通学路に沿ってヨンスとフィフィを探してきて欲しい。頼まれてくれるか?」


「もっと広範囲で探すけど?」


 アイがそう提案したが、マークは首を振った。


「闇雲に探すより、あいつらが通い慣れている道筋から探してくれ。それで見付からなかったら……そん時は、警備軍に通報する……」


 最悪の事態を考えたマークは、苦々しく口を引き結んだ。そんなマークにレオンが、ポンッと軽く肩を叩いて気遣った。


「絶対に見つけるよ。──行こう、アイ」


 アイは頷き、レオンの後に続いてその場から駆けていった。


 フローラ都からまたイリス都の南東街に逆戻りしたアイ達は、ヨンス達が通学する道を沿って歩き、辺りを見回しながら二人の姿を探していった。


「ヨンスとフィフィが通っている学校は、北東街にあるんだ」


 レオンが、後から付いてくるアイに向かって言った。


「北西街……。南東街からだと、まぁまぁの距離があるよね。あの二人、今まで何処かに寄り道とかした事はない?」


「園長の教育の賜物なのか、ひだまりの家のちび達は皆が良い子だ。あの二人も言わずもなが──園長や俺達が迎えに行く時間には、ちゃんと寄り道せずに帰ってきていたよ」


「そう」


「でも今は、少し羽目を外してただ寄り道している事を願うよ」


 事件や事故……。そんな最悪の事態に巻き込まれるぐらいなら、何処かで道草を食ってくれている方がずっと良いと、アイもレオンと同様に思った。


「子供が寄り道しそうな所は?」


 アイが尋ねると、レオンは「そうだな……」と小さく唸った。


「ゲームセンター、漫画喫茶、立ち食いスタイルの飲食店、中央広場──と、言ったところだな。ゲームセンターや漫画喫茶だと、つい時間を忘れて居着いてしまう可能性があるかもな。後は、建国記念日はとうに過ぎたのに、ノア文明博覧会の影響のせいか、祭りが終わっても広場に出店が残っていて賑やかだ」


 レオンが、つい立ち寄りしそうな場所をぽつぽつと挙げていくと、アイはその中から、とある場所に引っ掛かりを見付けた。


「広場……」


「どうした?」


 足を止めて呟いたアイに、レオンは振り返った。


「前に、ヨンスがフィフィをいじめから庇って、広場に隠れているように言ったって聞いた」


 アイがそう言うと、レオンの眉間に皺が寄った。


「またいじめから逃れて、隠れてるかもしれないと?」


「もしかしたらの話だけど」


 アイの表情も険しくなった。


 実はいじめ問題は解決していないのではないか――と、アイもあまり考えたくない話であった。しかし、可能性が全くないとは言い切れないのも事実であった。レオンが一度考える素振りをした後、アイに頷いて見せた。


「……他に手懸かりもないし、行ってみようか」


 二人は、先程寄り道しようとした中央街にある広場へ向かった。






 レオンの言った通り、広場は未だにぽつぽつと出店が並んでいて、そこに立ち寄る人間も疎らにいた。どことなくその光景は、当日にあった祭りの賑わいが名残惜しくあるようにも見えた。


「さて。本当に隠れているとしたら、何処にいるのだろうか?」


 レオンは広場をさっと見渡した。この広場はイベントエリア、飲食エリア、スポーツエリアもあって、何しろ広い。効率良く探したいが、何処から探そうか……。


「隠れる……。いじめをしてた男子達から隠れられる場所……」


 アイはぶつぶつと呟き、レオンも考える。


「見つからない……、入れない……」


 ――入れない……?


「あっ」


 アイは、レオンの呟いた言葉に、ある場所を思い至って声を上げた。男子が立ち入ることが出来ない所と言えば……――。


「——成る程。女子用トイレなら、いじめ加害者の小僧共も入って来れないな」


 アイとレオンは、広場にある公衆トイレの前に立っていた。異性の人間から隠れるなら、公衆トイレは打って付けの場所であろう。


「さすがに俺が入る訳にはいかないから、アイに任せた」


「分かった」


 レオンには外で待ってもらい、アイは女子用の公衆トイレへ入って行った。木目調の壁に真っ白なタイルが張られた公衆トイレは、とても清潔感があった。個別の扉は五つあり、奥にある扉だけ閉まっていた。その扉に向かってアイは声を掛けた。


「フィフィ? 居るの?」


 すると、中から物音が鳴り、やがて静かにキィィッと扉が開いた。


「……アイ?」


 個別のトイレから、目を赤くした半べそのフィフィが出てきた。


「あぁ、フィフィ」


 フィフィが見つかりほっとしたアイは、彼女をそっと抱き締めた。フィフィもアイのパーカーの裾を握りしめて、グズグズと鼻を鳴らした。


「怪我はない?」


「うん」


「ずっと隠れていたの?」


「うん」


「何で隠れていたの? まだ、いじめられているの?」


「ううん」


「じゃあ、何で?」


「ヨンスに、『隠れていろ』って、言われたから……」


 ——どういう事だろう?


 ヨンスは何故、フィフィを隠さなければならなかったのか? それとも、隠す事以外に理由があったのだろうか……?


「それで、ヨンスは何処に?」


 アイがそう聞くと、フィフィは肩をびくっと揺らした。


「ヨンスも広場の何処かにいるの?」


「わ、分かんない……っ」


 フィフィは、アイの腕の中から顔を上げてしゃくり声を上げた。


「あ、あとで、迎えに来るって言ってたけどっ、こ、来なかったのっ。いつもなら、あ、あそこから、声かけて、迎えてにきてくれてたの……っ」


 フィフィの指差した所には、小さい窓があった。きっとヨンスは、いじめ加害者達を遣り過ごした後に、外から小窓にに向かってフィフィを呼んだのであろう。


「フィフィは、ヨンスが何処に行ったか心当たりない?」


 一瞬、フィフィは目を見開くと、すぐに俯いて首を横に振った。


「……そう」


 アイはそう口にし、フィフィの手を繋いだ。


「とにかく、ここから出ようか。外でレオンが待っているし、マークが——皆が心配しているよ」


「うん」


 フィフィがこくんと頷くと、アイは彼女の手を引いて外へ出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る