第十八話 鉄槌
「——お前なら出来るだろう?」
「そうねぇ……。でもコレって、犯罪行為になるんじゃないかしら?」
「愛と正義ある行動は、称賛されこそ、
「出たわよ、自己陶酔持論」
「それに、バレなければ問題ない」
「それ、犯罪者の心理……」
「なら、やらない、と?」
「あら、『やらない』とは言ってないわ——」
ヨンスとフィフィが学校でいじめ被害を受けていると聞いた日に、ひだまりの家の園長であるマークは、すぐさま学校に抗議の連絡を入れた。学校側からは「調査します」の返答だけで、それ以降の連絡は来ず、先日のアイが目撃した、いじめ加害者達のヨンスへの暴行を見る限り、調査とやらは真剣に取り組んでいないようだった……。
「ねぇ、アイ。えんちょうと、ヨンスと、フィフィ、だいじょうぶかな?」
「まけない? かつ?」
ダリルとニナが心配そうにアイに聞いてきた。
「そもそも、勝ち負けの話じゃないよ」
アイは、たっぷりと水を汲んだじょうろを手に持ち、菜園へ足を運んだ。そのアイの後ろを、ダリルとニナ以外にもデイヴとドルフが付いてくる。
「ヨンスとフィフィは、何も悪いことはしていない。糾弾されるのは向こう側だけ。それでもヨンス達に落ち度があるって主張してきたら、そいつらは善悪が分からないただの馬鹿だよ」
アイは忌々しく、ここにはいない「そいつら」に向かって、そう吐き捨てた。
今日、アイはタダシと共に、ひだまりの家で留守を預かっている。ひだまりの家での平日の留守番は、ストレイ・キャッツ・ハンドの日課のようなものだが、今日はいつもとは違った。
マークは今日の午後から学校で、ヨンスとフィフィのいじめ被害についての話し合いをする事になっていた。
先日のヨンスが
学校側から連絡を受けたマークは「対応が遅い」と憤慨しつつも、子供達に昼食を取らせた後、アイとタダシに留守を任せ、ヨンスとフィフィを連れて学校へ向かったのだった。
「『きゅうだん』って、なに? ひっさつわざ?」
「ちがうよ! やきゅうのだんたいチームだよ!」
「? えんちょうたち、やきゅうするの?」
デイヴとドルフの会話に、ニナが小さな頭をこてんと傾げた。
「違うから」
アイは言った。
「相手が今までやった悪い事を問いただして、それを責めるの」
アイがそう言うと、何故か子供達の目がきらきらと輝いた。
「たんていみたい!」
「ちがうよ、けいじだよ」
「それをいうなら、けいびぐん、だよ」
子供達がはしゃぐ中、アイはじょうろを傾け、菜園に水やりをした。水やりはマークから頼まれた事の一つだ。他にも、子供達のおやつの準備を頼まれていた。おやつに関しては今、タダシが用意をしており、そっちにはシュファとクロエという女の子達と、シアという男の子が付いていた。
「おやつ、出来たぞ」
水やりをやり終えて葉が瑞々しく輝いた頃に、タダシが屋内から顔を出して、遊び場にいるアイ達に呼び掛けた。
アイに付いていた四人の幼い子供達は「お、や、つ~——」と珍妙なリズムで歌いながら、アイを引っ張ってタダシの元へ足早に向かった。
「しょくどうにいくまえに、て、あらってね」
そう言ったのは、タダシに付いていたシュファだ。クロエとシアも、まだまだ幼いのにとてもしっかりしており、自分たちより幼い子達を洗面所へ誘導していった。
「今日のおやつは、かぼちゃの蒸しパンだ」
洗面所で手を洗い、皆が食堂に入ると、タダシが言った。
大きなテーブルの真ん中には、大皿に四角くにカットされた蒸しパンが積み上がっていた。断面から見てもふわふわとしている蒸しパンの中から、角切りにされたかぼちゃが鮮やかに顔を覗かせている。子供達は「おいしそう!」と、歓声を上げた。
「まぁ、ホットケーキミックスがあれば、作るのは簡単だ」
タダシはあっけらかんと言った。
子供達が「いただきます!」と、蒸しパンに手を伸ばし小さな口で頬張ると、途端に表情がとろっと溶けていった。
「電子レンジだと手軽だが、やっぱり蒸し器で作る方が断然に美味いだろ? アイも食べてみろ」
既に蒸しパンを頬張っているタダシに促され、アイも手に取り、かぼちゃ入り蒸しパンを頬張った。
しっとりとして柔らかい蒸しパンは、噛みしめるたびに溶けていくような食感だ。角切りのかぼちゃは、下準備でしっかりと加熱したのだろう——皮部分も柔らかく、簡単にほろほろと崩れ、かぼちゃの濃くて自然な甘みが口の中で広がっていき、思わずアイも目を細めた。
その時、玄関扉の開く音が響いてきた。
「かえってきた!」
子供達は椅子からガタッと立ち上がり、食堂から飛び出して行った。中には蒸しパンを手に持ったままだ。タダシはその様を見て苦笑し、後を追った。アイもタダシに続いた。
「おかえりー!」
玄関の所から、子供達の大合唱が響いた。
アイ達も玄関前に行くと、子供達に囲まれたマーク達がいた。
「おう、ただいま」
マークはぶっきらぼうな態度で応じたが、どこか朗らかだ。フィフィの表情も明るく、学校に向かう前のヨンスの気難しそうに歪んでいた眉の形は、今はなだらかになっていた。
三人の様子からして、話し合いは良い結果になったのだろうと、アイは思った。
「何だ? ちょうど、おやつの時間だったか?」
マークは、食べ掛けの蒸しパンを手に持っているデイヴや、ハムスターのように頬っぺたを膨らませているドルフを見て笑った。
「ヨンスとフィフィの分も残っているな?」
「うん! タダシがい~っぱいつくってくれたの!」
「あと、メチャクチャにならないように、ちゃんとみはったよ」
「だいどころは、ぶじだよ!」
マークが尋ねると、シュファとクロエ、シアが、はきはきと答えていった。
……子供からも、タダシの散らかし癖が懸念されているようで、アイは半目になってタダシを見た。その意味深長なアイの目線に、タダシは目を反らした。
「ヨンス、フィフィ、手を洗って皆とおやつ食べてろ。俺はタダシ達と外に出てるな」
マークはそう言うと、タダシに遊び場へ出るよう促した。「タダシ達」ということは、自分も含まれているのだろうと、アイも二人の後に続いて屋外へと出た。
「それで、きっちりと話はついたのか?」
遊び場へ出ると、早速タダシが、学校での話し合いについて尋ねた。
「まぁ、そうだな」
マークが何故か言い淀んだ。
「? 何か煮え切らない感じだな」
「いや、話し合い事態は、うまくいったんだ」
マークが言うには、相手側が、学校内でいじめ問題が発覚する事を渋っていたのが見え見えであった。だがその割には、すんなりとヨンスとフィフィがいじめ被害を被っている事が確認され、話し合いは進み、教師といじめ加害者とその保護者から正式な謝罪を受けたようだ。今後いじめ加害者達は、教員達からの厳しい監視下に置き、更に登下校前に校内にあるカウンセラー室に通う事を制約させられた。それでもいじめが治まらなければ、停学または退学、最悪の場合は傷害罪で告訴する事で話はついたと、マークが掻い摘んで話してくれた。
「登校拒否するまでいじめ問題を放ったらかしてたわりには、しっかりとした処置だな。親達も、自分の子供がやらかした事を認めたのか?」
タダシが聞くと、マークは頷いた。
「中には、苦虫を嚙み潰したような顔をした親もいたがな。だが、認めざるを得なかっただろう」
「と言うと?」
タダシが尋ねると同時に、アイも首を傾げた。
「……その親達の元に、匿名でいじめ現場の写真や映像が送られたそうだ」
マークは「あと、学校側にもな」と付け加えて言った。
それを聞いて、アイとタダシは目を見張った。
「更には、その送り先の親達の勤め先や親族、交友関係のある人物の住所が書かれた紙が同封されていたそうだ」
「それは……」
「子供の悪行を周りに知らしめてやる——って意味だろう」
それは明らかに脅しだろうと、アイは思った。
しかし、一体誰がそんな事をしたのだろうか……?
「ちなみに、その写真や映像を見せてもらったんだが、車のドライブレコーダーや……店舗の屋外に取り付けてある監視カメラ、道路のライブカメラからの撮影のように、俺には見えた」
「は?」
アイとタダシは同時に声を漏らした。
それが本当の事なら、それらの送り主は、とんでもない方法でいじめ現場の証拠を掴んだ事になる。送り主はある意味、危険人物かもしれない。
アイがそんな風に考えていると、ふとタダシの横顔が目に入った。四角い老眼鏡の奥にある目が、ひくひくと痙攣しているように見える。
「おい……、それはまさか——」
「まぁ、何はともあれ、これで安心してヨンスとフィフィを学校に送り出す事が出来る。一体誰がやったんだろうなぁ? 俺には全く見当がつかない」
タダシが口を開こうとすると、マークの胴間声がそれを遮った。
「どこの誰だか知らないが——方法はアレだったが、感謝していると伝えてぇな」
マークは、どこか意味深長に言った。
それに対して、タダシは「そうだな」と肯定しつつも、深い溜息をついていた。
「お前達だろ」
ひだまりの家の留守番も終えて事務所へ戻ると、開口一番にタダシがそう言った。
事務所内には、別の仕事へ行っていたレオンとクリス、タロウが既に戻っており、三人はソファーでのんびりとしていた。共にタダシと帰って来たアイは何の事だろうと、タダシと三人を見比べて見た。
「帰ってきてそうそう何の話かしら?」
クリスがこてんと首を傾げた。
穏やかに問うクリスに対し、タダシの表情は険しく、少しずれて掛けている老眼鏡が鋭く光を反射した。
「いじめの証拠写真や映像を、加害者の親や学校に送っただろ」
「え?」
アイは、タダシが口にした事に驚いた。
「それを、アタシとレオンがやったって言うのかしら?」
アイが玄関口で突っ立ったまま驚いているのを余所に、クリスは飄々とした態度で言った。しかし——。
「あ、馬鹿——」
「そうか。お前達二人でやったんだな」
タダシは腕組みをして、その二人を見据えた。
レオンは額に手を当てて項垂れ、クリスは己の失言に「げっ」と呻き、その間にタロウはすっとソファーから立ち上がってカウンター席へ移動した。アイも立ちっぱなしでいるのが居づらく、タロウと同じようにカウンターチェアに腰を下ろし、事の成り行きを見守る事にした。
「ヨンスとフィフィの安全を思う気持ちは、充分に分かる。だが、お前達のとった方法は正当じゃない事は、分かっているだろうな」
タダシは声を低く落として言った。
「……所長、クリスに監視カメラとかのハッキングをやらせたのは俺なんだ」
レオンが観念したように言った。
アイは、クリスが電子機器やITなどに関して明るい事は知っていたが、そこまで高度な技術を持っている事は知らず、ただただ驚いていた。
「クリスがやったのはハッキングじゃない、クラッキング行為だ。その上、脅すような真似までしやがって」
タダシは厳しく言った。
確かに、レオン達がやった事は確かに不正行為だ。だが——。
「でも、これでいじめ問題は解決したんだろう?」
レオンがそう言うと、タダシの眉がぴくっと跳ねた。
そうだ。学校側がろくにいじめ調査をしなかった為に、いじめの被虐さは増長し、ヨンスが危ない目にあったのだ。ヨンスとフィフィの為に早々に解決するには、こちらも理不尽な暴挙を用いるのが手っ取り早かっただろう。毒をもって毒を制すとは、この事だ。
タダシの反応にレオンは満足気な顔をし、彼の向かい側に座っているクリスもにっこりと微笑んでいる。
「クリスの能力は活かされ、ヨンスとフィフィは安寧を取り戻し、愚者は改心され、世界はまた愛を取り戻せたんだ。素晴らしい事この上ないさ」
相変わらずの芝居口調だが、レオンは至極真面目な顔をした。
「だとしても、お前達は危ない橋を渡ったんだぞ。下手したら訴えられるか、逮捕されるって事を分かってんのかっ」
「その時は、所長に迷惑は掛けないさ」
タダシは語気を荒げるが、レオンは尚も凪いでいる。先に折れたのはタダシだった。
「……そういう事じゃない。心配しているんだ」
タダシは沈痛な面持ちで溜息をついた。
「迷惑掛けていいから、一言相談してくれ」
タダシがそう言うと、カウンターチェアに座っているタロウが「……おれにも……」と呟いた。タロウも、二人が内緒でヨンスとフィフィの為に動いていていた事に、不満と心配が入り混じっているような様子だ。
「……悪かったわよ」
「今度からは無茶しないよ」
反省しているのかしていないのか、曖昧な態度の二人にタダシは呆れつつも、マークからの感謝を二人に伝えた。
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