第十三話 ひだまりの家(一)
午後を過ぎ、事務仕事を終えると、三人は事務所を出てひだまりの家に向かった。
仕事先であるひだまりの家は、ストレイ・キャッツ・ハンド事務所がある南街の隣側——南東街の隅に位置している。商店は少なく、閑静な街並みだ。
「園長ってば、わざわざ依頼してきたの?」
「あぁ」
アイの前を歩くクリスとタダシが、依頼主について話した。
「別に知らない仲じゃないのだから、普通に『手伝え』って言えばいいのに」
「そこは頑として譲らなかったな」
「昔っから変なところで頑固者よね~」
——昔から?
耳に入ってきた文言に、アイは首を傾げた。
「クリスも、その園長の事を知っているの?」
アイは前を歩くクリスに聞いた。
「あら? 言ってなかったかしら? アタシ、ひだまりの家で暮らしていたのよ」
クリスが振り返って言った。
「勿論、妹のターニャもね。それにレオンとタロウも、ひだまりの家でお世話になってたのよ」
それを聞いて、アイは「そう」と呟いた。
何となく、勘づいてはいた。
ずっと独りで下層を浮浪していた身であるからか、クリス達には「親」はいないのだろうと、アイは頭の隅で憶測していた。
けれど、皆が同じ児童施設で暮らしていたというのは、意外だった。
「と言っても、アタシは一年ぐらいしか暮らしてないのよ。あと、アタシ達が暮らしてた時期って、バラバラなのよね。レオンとは歳が一年違いだから被らなかったし、タロウもアタシがひだまりの家を出た後で暮らし始めたからね」
クリスがそう話すと、タダシが「タロウか……」と呟いて苦笑いした。
「あいつはひだまりの家で保護されたっていうのに、度々抜け出してきて、事務所に居座る事もあったな」
クリスが「そうそう」と頷いた。
「事務所に入ってくるなり、ソファーの隅っこに座って、じとーって睨み付けてくるんだもの。不気味だったわ~」
クリスはけらけらと笑って言った。
……それはさぞかし不気味だったであろう。
「そもそも何で、タロウが事務所に居座るような事になったの?」
アイは疑問に思い、口にした。
クリスは「そうね~……」と、サイドに流れる己の髪を弄びながら考えに耽った。
「おそらく、一番最初に心を開いたのが所長だったからかもしれないわね。そういう人の元にいる方が、落ち着くんじゃないかしら」
「タダシに心を……?」
更に、疑問が沸き上がった。
アイが眉をひそめていると、クリスはちらっとタダシに目を遣り、微笑んだ。
「実はタロウ——だけじゃなく、アタシ達は、所長に拾ってもらったようなものなのよ」
それを聞いて、アイはクリスと並んで歩くタダシを見た。
「さっき言ったろ? 福祉士をやってたって」
タダシはアイの視線に気付いてか、頭だけ振り返って言った。
「アタシの時は、もう便利屋開業してたけどね~——って、喋っていたら着いたわ」
裏道に入って進むと、曲がり角の内側に見える建物がひだまりの家だ。上層を支える建造物達の間にぽつんと挟まれているひだまりの家は、その外観が少々特殊であった。というのも、側面からの眺めだと、廃れた廃墟に見えるからだ。
正面出入り口の方へ回り込むと、その全貌が明らかになる。
ひだまりの家は、右側面と奥の二辺だけが残った外壁に、二階建てと屋上フェンス付きの一階建てのコンテナハウスをくっ付けた状態の外観になっていた。
二階建てのコンテナハウスと外壁の端の間に、門扉と背の高い柵が設置され、防犯性が高い。柵の向こうは、二階建てのコンテナハウスと繋がっている一階建てのコンテナハウスがあり、そこが玄関口だ。一階の屋上には物干し竿がちらっと見え、更に奥に見えるのは、屋根のない外壁の天井部分だ。その天井部分の三角の形に、光を取り入れる窓があったであろう大きな開口部を見るに、ここは元は教会だった事が分かった。更に、そこの外壁周辺が明るく照らされていて、この施設の特殊さが際立っていた。
タダシが門扉に近付き、「ひだまりの家」と記されたプレートの下にある呼鈴のボタンを押した。
「道、覚えておきなさいよ。これからしょっちゅう来ることになるから」
クリスがアイに向かって言った。
アイが「何で?」と口にすると、タダシが話した。
「今、上層の学校に通ってる初等部の子供が二人いるんだが、……ここは下層だ。登下校中の子供を狙う不審者が、たまに出るんだ」
「最低……」
アイは顔をしかめた。
「で、ここの園長が、子供が小さい内は上層のスレッドまで送迎する事にしているんだ」
「その送迎している間に、留守番が必要なのよ。職員は園長だけだし、小さい子だけで留守番させる訳にはいかないでしょ」
タダシに続いてクリスも話した。
「それで俺達が代わりに、ひだまりの家の留守番、又は送迎をしているんだ」
「この家ではお世話になったことだし、ちょっとしたボランティアよ」
「なるほど……」
話を聞いて、アイは納得した。
しかし、可能な限り人付き合いをしたくないアイは、あまり気が進まなかった案件であった。アイは自然と、フードの先をぐいっと引っ張って目深に被り直した。
そこへ、ガチャっと玄関の開く音が耳に届き、アイ達はそっちへ顔を向けた。
「よう。来たな」
野太い声が届き、のっそりと玄関から現れたのは、浅黒い肌に坊主頭の濃い髭、背が高く、がっしりとしていて、まるで熊のような大男だ。
大男は門扉を開け、アイ達のいる路地に出てくると、クリスが手を上げて気軽に挨拶をした。
「園長、この間振り」
「クリス……、力仕事を必要として依頼したってのに、その格好は何なんだぁ? 女が着るようなひらひらしたもん着やがって」
大男はしかめっ面をして、クリスが着用しているロングシャツに苦言した。
「ユニセックスよ!」
「何だっていい。やることをやってくれるんならな。——で、そこの陰気なフード頭は、この前挨拶に来た新入りだったか?」
大男は、じろじろと無遠慮にアイを見た。
「名前は……何だったか?」
「アイだ」
タダシが言うと、大男は頷いた。
「アイか。ん、覚えておく」
「別に覚えておかなくていい」
アイは思わず口を衝いた。
「えらい無愛想だな。タロウといい勝負か?」
唐突に、大男はアイの頭をがしっと、その大きな手で触れてきた。突然の事に驚いたアイは、その手を
「いや、それ以上か」
大男は、叩かれた手をひらひらさせて、悪気なく言った。
「園長っ」
そこへ、レオンとタロウも、ひだまりの家へやって来た。大男は「よう」と二人に声を掛けるが、レオンが避難がましい声を漏らし、紳士然として大男に向かって言った。
「アイはれっきとした女性なんだ。子供を扱うような振る舞いは、止してやってくれ」
「女性ねぇ……」
大男は顎に手を置き、自身の髭をジョリジョリと擦らせながら、まじまじとアイを見た。
「俺から言わせりゃ、ひねくれたガキにしか見えんがな」
大男は、にやっと笑って言った。
挑発されていると分かっていたが、アイはむっとして大男を睨み付けた。そんなアイに、大男はお構い無く淡々とした態度をとった。
「改めて、ここの運営をしているマークだ。そっちの便利屋の人間とは何かと縁があるんで、そう邪険にせんでくれや」
大男はマークと名乗ると、性懲りもなく、アイの肩をバンバンと無遠慮に叩いてきた。マークの豪胆さに、ストレイ・キャッツ・ハンドの面々は呆れ返った。
本当にこんな男が、児童養護施設の園長なのかと、アイは疑った。
「まぁ、中へ入ってくれ」
マークは開きっぱなしになっている門扉を潜って、勢揃いしたストレイ・キャッツ・ハンドの一行を中へ誘った。タダシ達はぞろぞろとひだまりの家の敷地内へ入っていき、アイも後を追って狭いアプローチを進んだ。
マークでも何とか通れる玄関扉を潜ると、まず左横の壁に目が行った。そこには飾り棚があり、壁一面には、ここに住む子供達が描いたであろう絵が貼られていた。子供らしい賑やかな絵に、思わず目が緩みそうになる。飾り棚にも目を向けると、折り紙で作った作品が飾られていた。折り紙など、あまり目にしたことがなかったアイは、まじまじとその作品達を眺めた。
すると突然、ドタバタと無数の足音がこちらに押し寄せて来た。
「べんりやさん!」
「みんな、きてる!」
「なんできたの? しごと? ねぇ、しごと?」
「きょう、わるいやつ、やっつけた?」
アイ達を取り囲んだのは、幼い子供達だった。次々と現れた子供は、ざっと数えて七人いた。
「お前ら、ちょっと散れ。狭い」
マークは、集まってきった子供達に対して、ぞんざいに対応した。
「えー、ぼくらのせいだけじゃないよ!」
「えんちょうが、いちばん、でっかいもん!」
「えんちょー、じゃまー!」
子供達はマークに向かって、次々と反論していった。
「ちび共め。生意気言う奴には……、ジョリジョリの刑だ!」
がしっと男の子三人を軽々と抱えたマークは、己の髭を武器にし、その子達に頬擦りをした。刑を執行された男の子達は、「きゃぁ!」と嬉しそうに悲鳴を上げた。
巨人と小人達の戯れを傍観していると、ぎゅっぎゅっと、パーカーの裾を引っ張られている事に、アイは気づいた。アイが目線を下げると、じぃーっとアイを見詰める女の子がいた。
「だれ~?」
女の子がアイに声をかけると、他の子供達が一斉にアイを見詰めてきた。
「しらないひとだ!」
「おんなのひと?」
「おねえちゃんも、べんりやさん?」
「つよい? つよいの?」
子供達から怒涛の質問責めに、アイは困惑した。そんなアイに、マークは更に追い討ちをかけた。
「アイだ。お前ら、アイにこの家を案内してやれ」
マークは、抱えた男の子達を腕から下すと、そう言い聞かせた。
「わかった!」
「いいよー!」
子供達は嬉々として承諾する中、アイは「え?」と、マークに視線を投げた。
「大工仕事は俺と男共でやるからよ、お前さんはちび達の面倒を見てやってくれ」
「いや、私に子供の世話なんて——」
「お前ら、食堂に行ってくれ」
幼い子供の世話など無理だ——と、アイは拒もうとしたがマークは聞く耳を持たず、レオン達に呼び掛けた。
「皆聞き分けが良いから、アイ一人でも大丈夫さ」
「外に出ちゃ駄目よ?」
「……め、はなすな……」
レオン、クリス、タロウはそう言って、玄関から進み、突き当たりを曲がって消えていった。
「タダシは、学校から帰ってくる二人のちび達を迎えに行ってくれねぇか? その腕で、大工仕事を頼むは忍びねぇしな」
タダシの腕を心配してか、眉をひそめるマーサに、タダシは「気を遣わせたな」と苦笑して玄関の戸を潜っていった。
子供達の「いってらっしゃーい!」の合唱がわーんと鳴る中、マークがポンポンとアイの肩を叩いた。
「じゃ、あんたはちび達をよろしくな」
そう言って、マークもその場から離れていってしまった。
「ちょ、ちょっと——!」
アイは戸惑いの声を上げたが、既に、子供達がアイの周りを完全包囲しており、身動きが取れずにいた。
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