第二章 夏の亡者(サマー・ゴースト) 1

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 かしましくも、なくては物足りないと感じられるであろろうせみのジャミジャミ


いう声を聞きつつ、車イス用ステップつきエスカレーターはさけて、長くつづく幅ひ


ろな石段を汗をぬぐいつつのぼっていく。すると真夏の太陽を照りかえす白っぽい石


畳が広大な区画いっぱいに敷きつめられていて、その先にようやく巨大な直方体建築


物が威容いようをあらわす。F県立中央図書館。ここが香里の選んだ夏休みの学習の場


である。選ばれた理由はタダだから。そして涼しいから。正面入り口から中に入ると


ひんやりとした冷気にむかえられ、ひと息つける。天井が異様に高いホールを歩きな


がら武志郎は、いつも八つあたりのように思う。実に嫌味いやみなくらい豪華で大げさ


な建物だと。そして四階にある談話スペースへとむかう。一般フロアでは会話もでき


ない、学校の図書室以上に静けさを追求したような空間なのである。むろん、おしゃ


べりを楽しみにきているわけではない、勉強のためである。ひとりでの学習がむずか


しいから、しばらく勉強を見てくれと武志郎から香里にたのみこんだことが始まりで


ある。そのせいか今回の香里は実に厳しい。学習に関すること以外のむだ口はいっさ


いきかないようにつとめているようであった。図書館内の食堂での昼食時ですら、香


里は手製らしい弁当をかくすようにして仏頂面ぶっちょうずらで食していた。武志郎が彼女の


弁当箱をのぞこうとするふたを閉じて拒絶きょぜつされた。当然、はなやいだ話題がでる


ことはなく、夏休み中の学習計画についての話がおもであった。香里のたてたスケ


ジュールがまた、武志郎にはそうとうに過酷かこくなものであった。なんと七月いっぱ


いで学校からの宿題すべてを片付けて、八月以降は以前同様、香里チョイスのドリル


や暗記学習を進めるというのだ。ところで宿題はてんこ盛りである。日本史、世界史


プリント。古典漢文プリント。英語プリント。数学プリント。物理、化学プリント。


漢字問題集。現国問題集。英語問題集。読書感想文。新聞記事をまとめた上での感想


文。環境問題作文。税に関する作文──などなどである。


「漢字問題、いる? スマホで検索すればいっぱつなのに」初日、子供のようなこと


をいって抵抗をこころみた武志郎。


「たとえば将来、なにかに興味をもって本で調べ物をするとするでしょ。そのとき読


めない漢字をいちいちスマホで調べてたら、人の倍、時間がかかるんじゃない? 読


めたり書けたりできた方が得だと思うな」


「……にしても宿題全部、七月中は無理でしょ?」ぐうの音も出ないながらも、一応


いってみる武志郎。しかし香里の、じゃあ帰る、のひと言であっさりと降参した。


「朝十時からお昼まで。午後は一時から七時まで。一日八時間で約十日間。これだけ


あって終わらないはずないですよね?」香里のいうことはもっともである。確かにや


り続けられればおわるような気はする。これまでは、それができないから苦労したの


である。そして昨年は圧倒的な宿題の物量を前に、なにから手をつけるべきかを考え


るだけでアップアップだったものだが、今回は香里と同じ順番で進めることでとりあ


えず着手の段階からつまずくことはなかった。プリントをいていくペースでいう


と彼女の三分の一以下ではあったけれど。むだ口を叩かないかわり、武志郎が質問を


すると香里はていねいに設問せつもんの解説をしてくれた。決して回答は教えずに極力、


武志郎が自力で解けるよう導いてくれるのだ。本日が四日目となるのだが、武志郎も


少しずつペースをつかみはじめていた。できないとあきらめていたことができていく


喜びを感じつつあった。


「理数系の方は倍の時間がかかるかも……」昨日、帰りがけに香里からいわれた。だ


から武志郎はできる設問だけは昨夜のうちに解き、予習をしてから今日、図書館へと


やってきた。もう一度考えて、わからない問題だけを香里に聞けるようにと。


 一見、順風満帆じゅんぷうまんぱんなスタートを切ったかのように思える夏休みであったが、武志郎


の心配事はひとつ、紗世である。武志郎はこの三日間、香里と一緒にいて偶然にでも


なんにでも、決して彼女にふれないように気を配ることだけは忘れなかった。ときに


は彼女が不審に思うほど不自然な形でも、とにかく香里との直接接触をこばんだ。た


とえば一昨日などは帰りの電車がめずらしく混みあっていたので、図書館に忘れ物を


したと嘘をついた。昨日は缶ジュースを受けとるとき指先がふれそうになったのであ


わててふりおとした。そして手がつったと、また嘘をついた。だから三日間、紗世が


でてくることはなかった。せめて七月中、宿題がおわるまではでてこないでくれ! 


武志郎は心からそう願っていた。ところがである──。


 物理の設問せつもんの根本的なこと、設問の意味が理解できずに香里に質問をすると、


顔をあげた彼女は無表情のまま素早すばやい動きで、武志郎の手に自分の手を重ねよう


とした。


「は?」危うくよけた武志郎だったが、すぐに第二波がくる! からくも逃げた武志


郎は、そのまま立ちあがった。「なんなの? 香里」


「こっちが聞きたいんですけど」憮然ぶぜんとした表情で声を落とす香里。「別にさわ


りたいとか、さわってほしいとか、そんなんじゃない。でもそこまでさけられると、


なんか、傷つきます……」


「ああ」周囲の冷ややか目を気にしてイスにかける武志郎。「だよね」としかいいよ


うがない。お紗世がくる!などといえるはずがないのだ。


「勉強のためにきています」


「おう、はい」


「でも、そうまでされて集中できると思いますか?」


「…………」もはや、だよね、とすらいえない武志郎はどこか他人事たにんごとのように考え


ていた。人は簡単に傷つけられるし、傷つくんだなぁ、と。当人の思いもよらないと


ころで物ごとが動くこともある。香里にふれないことが香里のためでもあるのに、


と。


「──帰る」参考書やプリントを片づけはじめる香里。


「香里!」武志郎は思わず香里の腕をつかんでいた。しまった!と思ったときは遅か


った。右目の激痛とともにヤツがきた!




「待たせたな、ブシロー」あごをいくぶん持ちあげて、ニヘラと笑みをうかべる紗


世。


「はいはい」もはやいた仕方なしだ。武志郎は紗世の腕をはなした。


「学問てのは楽しいものなのかい?」紗世はプリントをペラペラと見ながらつぶや


く。


「そうでもない」


「ほーう。だが、香里とやりゃあ楽しいってわけだ。そりゃあ、わっちのことなんざ


忘れちまうはずだぁ、なぁ!」


「声がでかい」キッとにらむ武志郎。しかし紗世ってツンデレ?とも思った。


「おう、そうかい。ここはそういう所らしい、まあわかった」声をひそめる紗世。


「助かるよ、紗世」


「ところでブシロー、香里はやっぱしおめぇにれてたんだなぁ」


「うん……かな?」


勘違かんちがいにもほどがあるってのによ」


「どういう意味?」


「イミ?」


「勘違いってどういうことなの?」武志郎は瞬時に理解した。説明という単語を知ら


なかった紗世は、意味という単語も知らないのだと。


「何年かめぇ、香里のおっかさんを助けたのは、わっちだからよ」


「は?」


「おめぇにとりいたわっちがしたことなんだよ。わかるだろ?」


「あ──」そういえば、あんなに高く、長くジャンプできたことはそれまでなかった。


「ついでにいうと、せんにゃ、でけぇ荷車にぐるまからおめぇの命も助けたぜ」


「お……」宅配トラックにひかれかけたとき!? 「マジか!」


「声がでけぇよ、ブシロー」


「ごめん」といいながら舌うちする武志郎。


「どうでぇ、わっちが幽霊だって合点がてんがいったろ?」


「なんともいえない」確かに常識では説明できない事象じしょうではあったけれど。


「かぁー、学問してる割にゃあオツムのデキがなってねぇ。なら、とっときだ、耳か


っぽじって聞きやがれ」


「はあ」確かにデキがいいとはいえない。


「これは、去年だったか、おめぇ小間物屋こまものやでちっせぇ娘っ子にめつけられ


て、身動きとれなくなったことがあったろう?」


「?」──小間物屋、娘っ子、ねめつける? あ! コンビニで幼稚園児くらいの女


の子ににらまれた! そんなことあった! すごく怖かった! ただ、誰にも話した


ことはない。武志郎には話す友達もいなかったし、オチもなにもない話だからだ。


「ありゃおめぇ、あの娘っ子にゃ、おめぇにいたわっちの姿が見えてたって筋書すじが


きだろうよ」


「…………」怪談風のオチがついた。


「あの子にゃ、わっちもおったまげたよ」あはは、と小さく笑う紗世。


「…………」


「ブシロー?」こたえない武志郎の頭をいきなりひっぱたく紗世。


「っいてぇ」


ほうけてんじゃねぇ」


「ああ、すまん」しばし思考が停止していた。「本当に紗世は普段、俺の中にいるの


か?」


「このスカタン、そういってんだろ! いいいかげん、信じやがれ」


「まあ、わかった」理解できたわけではないが。「信じる、けど……」


「なんでぇ?」


「紗世には、俺が見てるものが見えてるってこと?」


「おうよ」


「前に……その、せんずりがどうのとかいってたけど……」


「ああ」紗世はひたいに手をおいた。「ありゃあ、正直、見たくねぇ姿だ」


「見せたくねぇし」


「そりゃそうだ。あのわらい絵、生々しいもんな。ちゃんとかくしとけよ、おっかあ


に見つからねぇように」笑い絵、聞いたことのない言葉であるが、それが孝雄からも


らったエロ本のことであるのは想像がついた。武志郎は恥ずかしさで泣きそうだっ


た。


「紗世、お紗世さん、かんべんしてくれ、でてってくれ。香里には中途半端な気持ち


で手をだしたりしないから」


「バカ野郎、おめぇが香里に手ぇださなきゃ、わっちは出てこれねぇじゃねぇか」


「どうしろっての?」


「お願いしただろ? わっちを成仏じょうぶつさせてくれって」


「彦五郎ぼっちゃん?」


「ああ」うなずく紗世。


「どうやって助けるの? 俺になにができるの?」


「おう、どうやら本命の話ができるな。からくりは知らねぇが、わっちらを斬った浪


人者にブシローがとりくのを見せてもらった。となりゃあ、ブシローが斬ら


なきゃいいだけのことよ。そうだろ?」


「…………」──わけわかめ、わけわかめ、わけわかめ。


「試してみるかい?」


「な、なにを?」


「いってきな」紗世は武志郎の目を見ながら彼のほおを、指先でちょんとつつ


いた。




 炎と煙に巻かれる木造家屋の中にいた。血まみれた刀を手にしている。そして足元


には小柄な男と、首を落とされた血染めの女が転がっていた。


「どういうこと? どういうこと!」両手で日本刀を握りしめたまま、ふるえる武志


郎は煙にむせ、凄惨せいさんな光景に吐きそうになりながら、倒れている女の首を見た。


──むこうをむいていて顔は見えないけど、これが本当の紗世? 


「この悪党!」甲高かんだかい女の声が聞こえた。斬られる! 武志郎の腕はとっさに反応


し、ふりむきざまに刀をふるった。ガチン、とはがねと鋼の激突音! 武志郎は背後


からの袈裟斬けさぎりを手にした刀で受けとめた! が、それまでであった。女剣士は


かえす刀で、武志郎の腹を豪快にかっさばいた! 声もなくその場にくずれ落ちた武


志郎は、薄れゆく意識の中で内臓が体外に流れでていくことを感じた。




「はっ!」腹を押さえて目覚める武志郎。隣の席には香里がいる。そして場所は図書


館の談話スペース。はあはあと犬のように呼気こきが乱れている武志郎に、香里が声を


かけてきた。


「おかえり、ブシロー」


「……なんだ、紗世か」ようやく現実を把握はあくする武志郎。指先がまだふるえて


いる。


「なんだたぁ、ごあいさつだな? まぁ、疲れたろ? 死ぬってのはおっかねぇ」


「紗世、お前があの夢を見せてるのか?」


「おう。めぇんとき、おめぇが香里を抱いて、そんときわっちが香里に入りこんだ。


だから、おめぇはちょいの間、わっちを抱いていたんだな。この色惚いろぼけが」


「あ、そう。それで?」紗世を抱きしめた? 一生の不覚ふかく!と武志郎は思った。


「そしたら、おめぇはんでった」


「跳んでった?」あのおぞましい悪夢の中に?


「おう。となりゃあ、わっちがおめぇに触れりゃあ、わっちらの愁嘆場しゅうたんばにブシロー


が跳んでくんじゃねぇか? まあ、そう思ったのよ」


「なるほど」感心している場合ではないが。


「おら」手を伸ばし武志郎の腕にふれようとする紗世。うわわ! 大げさなくらいの


リアクションで逃げる武志郎。そしてふたたび周囲からの冷たい視線を感じる。いく


ら談話スペースとはいってもバカさわぎが許される場所ではない。


「香里のまねするな!」


「へへ、心配しんぺぇすんな。たださわっても跳んでかねぇよ。これまたわっちの──」


胸三寸むねさんずん?」


「そうゆうこった」


「この悪党!」武志郎は思わず、自分を斬った女剣士のセリフを吐いていた。


「おお、そういやブシロー、今度ぁおと様の剣、よけたな?」


「オト様? あの女、乙っていうのか? 知りあい?」──二度も殺しやがって!


「こっちが勝手に知ってるだけよ。新徴組しんちょうぐみ山賀乙やまがおと様。中澤琴なかざわこと様とならび称される


女剣士様さ。あのお姿に、あの強さだろ? 町の女どもがひゃあひゃあいって追っか


けたもんよ」


「へぇ。紗世も一度、乙様に斬られてみれば?」


「おめぇに斬られるよかましそうだ。そんな話よりブシロー、気がつかねぇかい?」


「なにが?」


「おめぇ、このめぇはいっぱつで斬られたじゃねぇか? それが今度ぁよけら


れたんだぜ」


「だから?」


「バカだな、おめぇ! てぇことは、どうにかすりゃ彦五郎ぼっちゃんも助けられる


ってこったろが」


「……でも、今回は紗世も死んだあとだったよ」──過去を変える? 


それ以前にいつの時代だ? 戦時中には思えなかった。山賀乙、あのかっこうはやっ


ぱりさむらいだよな? 


「だぁなあ。いってぇどんなからくりなんでぇ?」


「紗世がわからないのに、俺にわかるわけないだろ?」


「おめぇ、なんのために学問やってんだ? ちったぁ、考えや……」ガクンと肩を落


とす紗世。心なしか青ざめているように見えた。冷房がきいているのにひたいに脂汗


までうかべている。


「どうした?」──幽霊のくせして、なんでそんな苦しそうな顔するんだ?


「……そろそろヤベぇようだ。おめぇとの逢瀬おうせはいつもみじけぇな、香里をうらや


むねぇ」


「はぁ?」──やっぱ、ツンデレ? なわけねぇ。


「本日、これまでだ。まただしてくれよ、お願いするぜ、たのむぜ。あてにしてる


ぜ、ブシロー……」紗世は武志郎に手を伸ばす。その手をつかんだ武志郎は、ひとつ


大きくうなずいていた。そして、きた。右目への衝撃が。紗世が目の奥へともどって


くるらしき、禍々まがまがしい衝撃が。 




「香里?」武志郎は香里の手をつかんだまま、彼女の顔色をうかがう。香里なのか?


と。


「武志郎君……あれ? また、私、なんか頭が……痛い!」


「ぐあい悪い?」


「うん。最近、たまにある。なんだろう? 太りすぎ? 高血圧?」


「れ、冷房にやられたんじゃねぇの? 少し外の風にでも──」


「ねぇ、待って。私、怒って帰ろうとしてなかった?」激しく頭をふりながら、武志


郎をにらむ香里。


「あ? ああ」


「どうして手、握ってるの? 私にさわりたくないんでしょ?」


「あ!」あわてて手をはなす武志郎。「香里、聞いてくれ」


「なんですか?」まだふらつくのか、こめかみを指先でグリグリともんでいる香里。


「あの、この間、決めたんだ。あの……」


「なんです?」


「中途半端な気持ちで、香里に手だししないって」先ほど紗世にいったセリフであ


る。苦しまぎれではあるが、武志郎の本音ほんねでもあった。


「え?」


「あの、なんていうのかな……」どうしたって周囲の耳目じもくが気になる。

できれ


ばつづきは外で話したい。


「いって」


「は?」


「ちゃんといって、武志郎君」また、あの真摯しんしな瞳である。武志郎はこれに逆ら


えない。


「……うん。この前、香里にもうおわりっていわれたとき、どうしていいかわからな


くなった。あんな前から好かれてたなんてのも全然、思いもよらなかったし。でも、


このままじゃいやだって思った。だからメールした。また一緒に勉強してくれるって


いわれたとき、本当に嬉しかった」


「うん」


「だけど俺、まだ自分の気持ち、わからないんだよ。ちゃんとわからないんだよ。こ


うやって香里といるのは嬉しいし楽しいんだよ。でも……」


「わかった」


「え?」武志郎には香里の表情がどこかほこらしげに見えた。人前で孝雄にキスを


された、いつかの律子のように。


「ちゃんと私のこと考えてくれてるの、よくわかった。ありがとう」


「いや、そんな……」


「だからって、あのさけ方は極端きょくたんすぎますよ。泣いちゃいそうでした」


「だよね」それは、そうだろう。


「武志郎君、今日はここまでにしようか? 恥ずかしいから」香里は好奇にみちた衆


目を集めていることにようやく気づいたようだ。紗世がとりいたことによる


一時的な後遺症のせいで感覚がおかしくなっていたからかもしれない。


「そうしよう」香里が人前で恥ずかしい話をさせたんだろ?と武志郎は思ったが、も


ちろん口にはださない。そして彼は、香里にしても紗世にしても、女とつきあうのっ


て大変!とも思っていた。


 帰りがけ、ふたりで駅へと歩きながら山賀乙、中澤琴を知っているか?と香里にた


ずねると、彼女は目を輝かせて食いついてきた。ふたりともに幕末を生きた女剣士な


のだそうだ。中澤琴は昭和の時代まで生きたのであるが、山賀乙は明治維新前に戦死


したのだという。


「ふたりとも写真は残ってないけど、背が高くて、容姿端麗ようしたんれいだったそうです!」


嬉しそうに話す香里。


「ああ、丘さんみたいな感じだったな」確かに山賀乙の背丈は蓮美くらいだった。美


人かどうかは、どうだっただろう? それどころのさわぎではなかった。


「見てきたみたいにいいますね?」


「いや、イメージ、イメージ。ふたりとも新選組しんせんぐみにいたの?」


「違いますよ。新徴組しんちょうぐみです」


「シンチョウ組?」そういえば紗世もそういっていたような気がする。けれど武志郎


はその名称を知らなかったので、勝手に有名な新選組だと思いこんでいたのだ。


「江戸の町の警備隊です。江戸庶民にはヒーローみたいな存在だったんですよ。元は


同じ浪士組だし、沖田総司おきたそうじのお兄さんがいたから新選組とえんは深かったんです


けど」


「江戸の警備? 京都じゃなくて?」歴史にうとい武志郎でも、新選組が活躍したの


が京都であることくらいは知っている。修学旅行委員のおかげで得た知識であるが。


それに時代劇などで見る幕末は、おおよそ京の都が舞台であったような気がする。


「新徴組は江戸です。山岡鉄舟やまおかてっしゅうなんて有名人もいるんですよ」


「ふうん……」紗世が斬られたのは幕末の江戸らしい。斬った男は何者なのだろう?


「それでですね」香里は、そのあと、電車の中でも歴女ぶりを発揮はっきして江戸時代


を語りつづけた。武志郎が江戸に興味を示したことがよほど嬉しかったのであろう。


                             (つづく)


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