第一章 春の地獄 15

       15


 一学期最終日、終業式の朝。教室に入った武志郎は席に着くなり、どうと両足を投


げだす。朝っぱらから疲労困憊ひろうこんぱいである。メールの返信はなかった。また今日一日


が針のむしろとなるのだろうか? 今、律子や蓮美がせめてきたら、今度こそブチき


れてしまうかもしれない。


「目、赤いですね」天井を見上げていた武志郎におおいかぶさるようにして顔をだし


たのは香里であった。


「お! お、そう? 赤い?」


「こんな時間にメールくれても返信しませんよ」香里がかざしたスマホには、武志郎


からのメールが表示されている。着信時刻は午前四時二十二分。


「だよね」


「はっきりいって常識をうたがいます」香里の目つきはかなりとんがっている。


「お、おう」


「でも、嬉しかった」


「へ?」


「嘘。こんな時間まで武志郎君が悩んでいたんなら、ざまあみろ! そう思っただ


け」


「ああ、そう」


「だから、オッケーです」


「はぁ!?」一気に立ちあがる武志郎!


「オッケーです!」香里は目のはしに薄くにじむ涙を、丸っこい指先でぬぐった。


「マジか!」香里の肩に両手をおきかけてあわてて戻す武志郎は、予期せずして万歳


のポーズをとっていた。今、紗世が出たら大変なことになると思っただけなのである


が。しかし嬉しさがこみ上げてくる、胸の中できあがってくるようだ。そして


頭の片すみで思う、紗世の願いごとのひとつ、かなったかな?と。


「なんだい、どうした、おふたりさん」ここで口をはさんでくるのは当然、孝雄。そ


して律子に蓮美。勇人は自分の席から武志郎に小さく手をふっていた、満面の笑みを


うかべつつ。まったく仕方のない連中である。


「香里、仲なおりできた?」律子に聞かれると、香里はうん、とうなずいた。


「ま、よかった。よけいなこというとブシロー君に怒られるから、これ以上はいわな


いけどね」武志郎をにらみつける蓮美。昨日のことをいまだに根にもっているらし


い。


「夏休み、楽しみだねぇ!」またまた律子がいった。


 そう、明日からは夏休みである。武志郎たちが高校生になって二度目の夏がこれか


らはじまる。


                (第一章 終  第二章へつづく) 


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