第一章 春の地獄 3

      3


 保田奈美穂やすだなみほ武志郎たけしろうが中学生時代からあこがれていたスーパー


な美少女である。高校生となった現在まで続く武志郎のあだ名


「ブシロー」は、中学一年生の一学期、初の学級会で委員長だ


った彼女が間違えて彼をそう呼んだことから始まった。スッキリ


としてクセがなく実に日本人然とした相貌を持つ彼は、子供のころ


から「軍人」だとか「お侍さん」などと口さがない友人たちからよ


くあだ名をつけられたが、「ブシロー」は決定打となった。中学校


三年間、彼の名を本当に「ブシロー」だと信じたまま卒業していっ


た生徒も多くいたはずである。回転寿司のチェーン店かカードゲー


ムメーカーのようでまったく気に入らないあだ名であったが、学校


では誰もかれも、教師までがそう呼ぶようになっていたので抵抗は


無意味だと、いつしかあきらめた。名づけ親がスーパーな彼女であ


ったから受け入れられたのかもしれない。


 中学一年生の夏休みの日暮れ時、武志郎は苦手としているなわと


びの三重とびを自宅前の通りで練習していた。普通にとんで持続


するだけであれば問題ないし、二重とびまでならば彼にもできた。


しかし三重となるとどうにもうまくいかない。同じバスケ部の中


でこれができない者は彼を含めて数名のみであった。負けん気だ


けは強く、まだ運動神経に問題があることなど思いもよらなかっ


た彼は、夏休みの間に三重とびができるようになるという目標を


自分に課していた。引っかかり引っかかり励んでいるところへ、


たまたま保田奈美穂が自転車で通りかかった。


「がんばれ、ブシロー君」長い髪をたなびかせ、保田奈美穂は軽や


かに笑った。息が上がっていた武志郎の呼吸は止まりそうになった


し、縄にからまった。なにか言葉を返したかったが、すでに彼女の


自転車は茜色の夕日の中で遠い影となっていた。ただそれだけのこ


とであったのだが、武志郎はそれから底が抜けてしまったみたいに


なわとびをひとり、ガリガリと続けた。母親から夕飯に呼ばれるま


でとびまくった。三重とびも十回に一度くらいはできるようになっ


ていた。彼はその夜、なかなか寝つけなかった。


 一年後、中学二年生の夏休み。武志郎は両親とともに東京都港区


にある母方の菩提寺ぼだいじである『御生寺おんしょうじ』へ向か

って


歩いていた。お盆の墓参りである。暑いさかりに母方の親族が一堂に


かいするという、武志郎にとっては迷惑以外なにものでもない、毎年


の恒例行事であった。幼いころは墓に手を合わせたあとの食事会が


楽しみであったが、十四歳ともなると親戚からそれなりの会話を求


められる、これが武志郎にとっては苦痛であった。


「再来年は受験だな」「志望校は?」


「得意学科はなんだ?」「将来の夢は?」


 まだ中一だった昨年ですらあんな調子であったのだから、今年は


さらにヒートアップしたじゅうたん爆撃をくらうに違いない。爆撃


といえば、JR田町駅前のビル群を抜け、遠くで聞こえはじめるせみ


しぐれをBGMに、汗を流しつつ歩を進めているこの商店街通りも、


戦争末期の東京大空襲で焼け野原になったのだと、祖父の長谷貝林太郎はせがいりんたろう


から何度も聞かされている。そして江戸時代から連めんと続く由緒あ


る長谷貝家の菩提寺『御生寺』はアメリカの焼夷弾しょういだんもよけて通った


奇跡のお寺なのだと。子供時分は感動して拝聴はいちょうしていたものである


が、毎年聞かされることにうんざりし、たまたま運がよかっただけ


なんだろうと思うようになった。武志郎にとっては戦争も江戸時代


も、『古事記』や『源氏物語』と同じくらい遠くて古くさい、どう


でもいい昔話であった。──しかも寺は駅から遠すぎる! 交通の


便が悪すぎる! 来年は母さんがなんといおうと高校受験をたてにと


って墓参りは断ろう。武志郎がそんなことを考えながら歩いている


と「ブシロー君?」と聞きおぼえのある綺麗きれいな声がした。


「あ……」暑さでゆるみきっていた武志郎の汗腺が一気に引きしま


る。ちょうどコンビニから出てきた保田奈美穂がそこにいた。夏ら


しいふわりとした白のカットソーにひざ上のジーンズスカート、スラ


リと伸びる健康的な足。学校では見たことのない保田奈美穂がそこ


にいた。


「こんにちは、ぐう然!」彼女が笑う。


「あ、ああ……ああ」


「あらあ、武志郎、どなたなの?」硬直して〝ああ〟しかいわない


息子に代わって武志郎の母である清輪篤子せいわあつこが割って


入った。興味津々きょうみしんしんといった顔をしている。


「ああ、学校の、同級生……」夏休みに両親と一緒に出かけ、しか


も学校の制服を着ている自分が、なんとなくではあるが、武志郎は


恥ずかしい気がした。


「保田です」彼女は武志郎の両親に向かって頭を下げる。


「まあまあ、武志郎がいつもお世話になっております」篤子もこうべ


を垂れる。


「なってねーよ、別に世話とか……」武志郎は今すぐ消えてなくな


りたかった。


「バカね、この子は。ごあいさつなんだから。それに、同じクラス


の方ならいつかお世話になるかもしれないでしょ? ねぇ、保田さ


ん」


「はぁ」保田奈美穂は少し困ったような表情を浮かべて小首をかし


げる。


「ところで保田さん、今日はどうして東京に?」武志郎が聞いてみ


たかったことを、母はいともあっさり聞いてのけた。悪気はむろん


ない。篤子は好奇心をそのまま口に出すようなマイペースののんび


り屋なのだ。篤子の口調はどこかおっとりとしている、いつももの


腰がやわらかい。ついでにいうと体型も丸っこい。世が世なら武家


のお姫様だったのよ、というのが彼女の口癖であった。武志郎とい


ういかめしい名前をつけたのは彼女の父親、祖父の林太郎であった。


「はあ、その先の家に親戚が住んでいまして……」保田奈美穂は篤


子に答えながら、手にしていたコンビニ袋をかかげてみせる。アイス


クリームのカップとプラスチックのスプーンがふたつずつ入ってい


た。「遊びにきていて、それでおつかいに」


「あらあら、アイス! ごめんなさい、お引きとめしちゃって。早


く帰らないととけちゃうわ! 武志郎もほら、あやまりなさい」


「はぁ?」武志郎は彼女に対して〝ああ〟以外、ひと言も発してい


ない。


「はい、失礼します。じゃあね、ブシロー君」


「ああ、また」


「うん、またね」胸元で小さく手をふって、保田奈美穂は武志郎た


ちが向かう先とは反対方向へと商店街通りを歩いていった。


「…………」大きく吐息といきをついた武志郎は、額に浮いていたなんだ


かわからない汗をこぶしでぬぐい、夏って実はいい季節だなと


思った。昨年はなわとびをしていて、今年は一年ぶりに東京に出て


きて、ぐう然、保田奈美穂に出会えた。やっぱり来年の夏も墓参りに


こようかな? 武志郎の心はゆれはじめた。


「ブシロー君」篤子がいった。「あんた、ブシローってあだ名なの?」


「まあ……」恥ずかしいので武志郎は、あだ名のことを両親に話し


たことはなかった。名づけ親が彼女であることなどとてもいえない。


そして、母さんの親父がつけた名前のせいだろ!と心の中で毒づい


た。


「あの子、将来、美人になるぞ。武志郎、彼女か?」それまでほと


んど言葉を発しなかった武志郎の父、清輪伸宜せいわのぶよしがあごをなで


ながらいった。伸宜が言葉少なであるのには理由がある、ようは父も、


母方の一族ばかりが集まる席に参加することが苦痛なのだ。この子に


して、この親ありである。


「ちげぇーよ」今のが彼氏、彼女の会話に聞こえた? 武志郎


はそういいたかった。


「だろうな。だったら今からツバつけとけ、あれは綺麗きれいになる」


「はぁ? なにいってんの?」武志郎は、今だって綺麗だよ、と口


に出しかける。


「ほんと、なにをいってるの? ツバつけるとか、息子に向かって


──」篤子がいいかけたそのときであった。耳をろうする轟音ごうおんとと


もに、石畳風タイル敷きの大地が歪み、激しくゆれた。立っていら


れないほど振動は大きく、衝撃波のような熱い風と小石まじりの土


くれが商店街通りをかけぬける。


「地震だ!」誰かが叫んだ。 


違う!と武志郎は思った。見たのだ、二、三百メートル後方で噴煙ふんえん


のような土砂とかわらを乗せた三角屋根が一瞬、宙へもち上がるさまを。


バチバチと音をたてて砕石や土が薄着の全身をたたく。そこいら中で


悲鳴が上がり、逃げまどう通行人たち。わあわあ騒ぐ篤子をかばい、


伸宜にかばわれながら武志郎は、すに火の手が上がりはじめている


あたりに目をらす。


「うあ!」その右目に押しよせる土ぼこりが入り、武志郎は顔をお


おう。ゆれと熱波はおさまったものの、今度は土や小石がスコール


のように降りそそいできた。通行人たちは大声でわめきながら手近


の商店の軒先や雑居ビルの中へと避難する。


「こい!」伸宜は篤子と武志郎の手を引いて、保田奈美穂が出てき


たコンビニへとかけこむが、そのさい店内から外部のパニック状態


をスマホで撮影していた若い男をつき倒してしまった。


「すいません!」あわててあやまる伸宜と篤子。男は舌打ちしながら立


ち上がると、動画の撮影を再開しようとしたが、あとから店に飛び


こんでくる者もいて、いったん断念せざるをえなくなったようで、


伸宜をひとにらみすると雑誌コーナーの方へ移動していった。


「なんだかなぁ……武志郎、大丈夫か?」


「うん……」武志郎は右目に入った土だか砂が取れずに涙を流して


いた。


「おトイレ借りましょう。目、すぐ洗った方がいいわ」篤子は黒の


喪服もふくの土汚れを払いながら武志郎の手を引いてレジへと向かう。


「東京のコンビニ、トイレ貸してくれるのかな?」


「貸してもらいましょ、お願いして」


「礼服も水ぶきしたいな。落ちるかな、この汚れ……」あとに続く


伸宜の服もひどいことになっていた。むろん、妻と息子をかばった


せいである。


「なんなのかしら、コレ。やっぱり地震かしら?」篤子がひとり言


のようにつぶやく。コンビニ店内に逃げてきた人の中には砕石の直


撃を受けたのか、青あざのできた者や血を流して床に座りこんでい


る者までいる。ちょっとした簡易避難所のようであるが、店員は嫌


な顔ひとつせず、おびえて震える老人や子供の世話を焼いていた。


「爆発だと思うよ。ガスかな? 俺、見たから──あ!!」篤子に


手を引かれていた武志郎は大変なことに気がついた。あの爆発があ


ったあたりは!


「ガス爆発か……お、土煙つちけむりはすごいけど、石つぶての雨はおさまっ


たみたいだぞ」伸宜がいった。ガラスごしに、おそるおそるといっ


た様子で外部に出る人々がちらほら見えはじめている。動画を撮っ


ていた若い男もスマホを片手に商店街通りへと飛びだしていった。


「…………」武志郎は、つながれていた篤子の手を離した。あのあ


たりは保田奈美穂が歩いていった方角だ!


「武志郎!!」


「おい、どこいく!?」


「ちょっと!」父母の声をふりきってコンビニを出た武志郎は、も


うもうとした黒煙が立ちのぼっている土砂と家屋が浮き上がった方へ


と一目散にかけた。目に入ったゴミなんて気にしている場合ではな


い。墓参りどころではない!


 保田奈美穂。成績はつねに学年トップを争い、ソフトボール部では


四番をつとめ、その上、一般的な美人とは一線をかくする独特な雰囲


気の容姿をもっている。武志郎は歴史の教科書で見たツタンカーメ


ンの黄金マスク、あれの目元にそっくりだとひそかに思っていた。


もちろん悪い意味ではない、品があるというか、格調高いというか、


ようは好きになってしまったのである。中学一年生の夏いこう、高校


一年生の夏までの三年間、武志郎の片思いは継続けいぞくしつづけることと


なる。


 立ちこめる土煙で遠目がきかない中、そう広くない商店街通りに


わらわらと群衆がひしめきはじめた。まるで廃墟の街をそぞろ歩く


ゾンビの群れのようである。さすがは東京、いったいどこにこれだ


けの人がいたんだ?と武志郎は思う。すみません、すみません。武


志郎はゆきかう人々に頭を下げながら人波をぬい、かき分け、爆心


地とおぼしき場所へと進みながら保田奈美穂の姿を捜していた。右


目が開かないので左目のみで。とにかく彼女の無事を確認したかっ


た。


「危ない!」武志郎は叫んだ! 人ごみにはじかれてひとりの中年


女性が無防備な体勢であおむけに倒れた、しかも両手に荷物を持って


いる! 武志郎はバスケットボールのラインぎわで、ルーズボールが


アウト・オブ・バウンズ(境界の外)にならないよう飛びつく要りょう


で頭からダイブした。こんな場合、試合でも練習でも彼はたいてい


しくじるのだが、このときはなぜか瞬時に体が反応、フワリと浮く


ように跳べた。そのせいで中年女性は後頭部を地面に打ちつけずに


すんだ。下敷きになった武志郎のほおや背中、ひじは石畳風タイルや爆


発の残骸物などで思いきりこすれ、血がにじんでいたけれど。


「大丈夫!?」「大丈夫ですか?」中年女性と武志郎は同時に声を


上げた。そして女性はすぐさま武志郎の上から飛びのいて、その手


を取った。


「ありがとう! ありがとう! あなた、すごいのね! すごい運


動神経!」


「いえ……バスケやってるんで」


「ああ、血が出てる!」中年女性は投げだしたバッグからハンカチ


を出そうとあたふたする。──と、今度はひとりの少女が必死のぎょう


そうでかけよってきた。


「お母さん! 大丈夫!?」


「ああ、あんた、ハンカチ、ハンカチ!」


「あ、うん!」よく状況がのみこめないながらも、少女は母を助け


てくれた少年のためにあわててポーチの中を探りだす。しかし猛然


と立ち上がる武志郎。このていどの傷はバスケをやっていればしょ


っちゅうであるし、第一、今は出血どころではない。問題は保田奈


美穂だ!


「俺、急ぐんで! 失礼します!」武志郎はふたたび人だかりの中へと


突入していった。


「ちょっと! あなた! 待って!」中年女性が叫ぶ声が聞こえた。


武志郎は吹きだしそうになって口元を押さえる。懐かしのテレビド


ラマ特集で見た昭和の昼メロのセリフ、あれが思いうかんだからで


ある。右目の涙は止まらず、疼痛とうつうでしばしばするし、頬やひじはヒリ


ヒリする。ワイシャツの背中はほころびているようだ。それでも武


志郎はなにか嬉しかった。手ごたえを感じたというべきかもしれない。


すごい運動神経だとかいわれた、我ながらいいジャンプだった、二


学期はレギュラーいけるんじゃないか? 保田奈美穂をさがしながら


人と人の間を泳ぎつつ、武志郎はちょっとだけ自信をもった。世間


ではそれを火事場のバカ力とよぶのであるが。


 結局、その日は保田奈美穂とは会えずじまいであった。あちこち


からサイレンが鳴りひびき、消防車や救急車、パトカーが続々とせ


まい商店街通りに乗りつけ、警察官がバリケードを設置して交通規


制を始めたせいで、火災が発生している爆心地付近にはとても近づ


けなくなったからだ。上空には報道のヘリが飛び、消防隊による放


水が始められていた。その当時武志郎は、スマホもガラケーですら


持っていなかったので、両親とゆきあうだけでも難儀なんぎした。そして、


この年の墓参りは当然、中止になった。


 爆発事故については翌日のテレビ、新聞、ネットなどで大々的に


報道された。老朽化ろうきゅうかした商店がとり壊され、さら地となっていた物


件に買い手がつき、新築工事が開始されていたのであるが、たまた


まショベルカーが土壌くっさく作業中、戦争末期に落とされた五百


ポンド不発弾をつついてしまったのではないか?というのが専門家


の見方である。隣接していた和菓子屋までが即時崩壊そくじほうかい、全焼する大


惨事となった。身元の判明している死傷者は建築土木作業員をふくみ


現在七名、身元不明者が三名、今後の調査しだいではまだまだふえそ


うだとテレビのアナウンサーは伝えていた。


「お盆中に工事なんかしなければいいのに」篤子が、聞きようによ


っては不とどきなことをつぶやく。お盆であろうがなかろうが、いつ


なんどきにもあってはならない事故である。


「不発弾か……毎年墓参りで聞かされていた、お父さんの東京大空


襲話、なんか実感わいてくるな」朝食後の緑茶をすすりながら伸宜


がいった。いつもなら出勤のしたくに追われている時刻であるが、


まだ盆休み期間中なのでのんびりとしたものである。


「あなた、いつもキツそうだったものね。うちのお父さん、話長い


から」たくあんをかじりながら篤子がのほほんと笑う。


「まあな」


「でも怖いわね、とり壊される前にあったお店、七十年以上も爆弾


がお尻の下にあったってことでしょ? この家は大丈夫かしら?」


「大丈夫だろ? ここいらはF県でも中心部から外れてるから、空


襲はなかったはずだ」


「ふふふ、よかったわ。あなたが東京の一等地なんて買えない人で」


「本当にね……って、おい!」もはや夫婦漫才である。伸宜も吹き


だしてみせた、うかない顔をしている息子のために。


 ──なんで笑っていられるんだ? 人が死んでるのに。一歩間違


えば、俺らが死んでいたのに。誰が死んでいたかもわからないのに。


武志郎は両親のおうような性格が嫌いではなかった。だが、立ち直


りが早すぎるだろ? 昨日は事故のあと心底、疲れきった表情をし


ていたくせに!と思った。死傷者の中に保田奈美穂の名前はなかっ


た。しかし身元不明者の方は? まだ見つかってない遺体があるの


かもしれない。もし保田奈美穂が死んでいたら? 俺は……あんな


近くにいたのに!!


「武志郎、どうかしたか?」伸宜は、むすかしい顔をしつづけている息


子の目をのぞきこむ。


「別に……こういうとき、誰が責任とるのかって思ってさ」保田奈


美穂が死んでいたら。


「本当よね、ボロボロになった礼服、責任とってほしいわ」あくま


でも篤子に悪気はない。だから伸宜も武志郎もこの発言はあえてス


ルーした。


「国かな? まさか、アメリカってことにはならないもんな。ちょ


うどいい、夏休みだし自分で調べてみろよ」


「はぁ?」ちょうどいい? 彼女が死んでいるかもしれないのに!?


「お前、歴史とか行政とか、全然、興味ないだろ? それじゃいか


んとまではいわないが、少しは──」


「もういいよ」武志郎はプイと席を立ち、自室にもどった。


 お盆明け、夏休み中ではあるがバスケ部の練習で登校した武志郎


は、体育館に向かう途中、心底ホッとして腰からくずれ落ちそうに


なった。ノックされたボールをキャッチし、見事な足さばきでファ


ーストへ送るショート、保田奈美穂がグラウンド上で汗をきらめかせ、


踊るようにはねていたからだ。


「ブシロー、ソフトボール部に入りたいのか? 俺もまざりたい、


女子と」下卑げびた声をかけてきたのは同じ男子バスケ部の仲間であ


った。


「バカ、いこ!」武志郎もはねるように体育館へと走った。


(つづく)

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