ヴァンパイアゲームに転生して娼婦の里に迷い込んだ俺。しもべハーレムを作るどころかそもそも童貞なんだってば!

 つい先ほど、おれはトラックにひかれた。


 おそらく顔は潰れてて、片目だけで見えたのが光るリュックだ。その中には買ったばかりのゲームが入っている。


 ゲーム転生! ラノベなんかで読んだあれだ。おれは最後の力をふりしぼり、リュックまで這って近づいた。ジップを開け、中のゲームを掴む。目が閉じそうになり、気力だけでまぶたをこじ開ける。リュックからゲームの箱を引き抜いた。


「ち、ちがう」


 リュックから出たのは『ヴァンパイア・レセプティコン』だ。これは弟に頼まれたやつ。おれが買ったのは『魔法学園=めぐちゃんとラブラブハイスクール♡』だ。


「こっちじゃない・・・・・・」


 声にだそうとしたが、闇がおれのまわりを全て包みこみ何もかもが消えた。



「ぬわー!」


 飛び起きた。事故った夢だった。こえー!


 ん? あたりを見回す。


 うっそうとした森。うす暗く、樹の根っこがグニャグニャうねって地中から顔をだしていて、蛇みたいで気持ち悪い。


「夢じゃなかったー!」


 そして、これはきっとヴァンパイアゲームのほうだ。くそう、転生するなら魔法学園のほうだろ!


 立ち上がって自分の服を見る。仕立ての良い黒のスーツ。おまけにマントまでついていた。確定。おれドラキュラだ。ちきしょう!


 そして無性にお腹がすいた。北も南もわかんないけど、歩いてみるしかない。しかしドラキュラだったら飛べないのかな。


「ほっ!」


 平泳ぎみたいに空に向かって宙をかく。浮くような感覚はない。そもそも、マントはあっても羽はない。


 飛べないドラキュラ。最悪だ。それでも死にそうになったところで転生できたんだ。生きているだけでもラッキーと思ったほうがいいのか。


 歩いて行くと、森の中を通る道を見つけた。時間は夜だが、さすがヴァンパイア。はんぱなく夜目が利く。


 草むらをかきわけようとして足を止めた。ぼんやり灯りが見える。ランタンの灯りだ。悪い人だったらどうしよう。おれは腰をかがめ、音をさせないように近づいた。


「おら、早く出せ」


 三人の男が、ひとりの男を囲んでいた。剣を首すじに当てて脅している。ほら、悪い人じゃん! もうこんな世界イヤ。


 三人のほうは太っちょでヒゲが生え放題。見るからに盗賊。囲まれてる若い男は旅人だろうか、分厚い布のマントをしている。


 まわりに馬はなかった。三人の盗賊は徒歩だろうか。荷物を載せたロバが一頭いるが、あれは旅人のほうだろう。


 これ、上手くやれば、あの旅人は逃げれそうな気がする。こっちに気付いたとしても、おれはヴァンパイアで夜目が利く。引き返して森の中を走れば、追いかけてはこれないだろう。


 足下の石をひとつ取った。遠くに投げて気をそらさせてやろう。そりゃ。


 えっ? 投げた石はすごい勢いで飛んでいき、樹に当たって幹が砕け散った。


 バッサー! と大きな樹が倒れる。


「えっ?」


 盗賊の三人がこっちを見ている。しまった! おれは茫然として、草むらから立ち上がっていた。


 こ、こっちに来たらどうしよう。足下の石をつかむ。


「ばけもんだ!」

「逃げろ!」

「ひえー!」


 三人の盗賊が駆けていく。ありゃ、なんか助かったみたい。


 旅人のほうは、尻をつけたまま震えている。


「あ、えっと、あやしいモンじゃないんで」


 旅人に近づいた。


「ヴァ、ヴァンパイア・・・・・・」


 すぐバレた。マントか? やっぱり漆黒のマントのせいだろう。


「いえいえ、このマントはたまたまです。ヴァンパイアでは」

「そ、その赤い目はヴァンパイアですぅ!」


 おれの目って赤いのか。それなら一発でバレる。


「ぼ、ぼくの血はまずいです。お願いします。お見逃しくださいませ!」


 旅人は土下座して頭をふせた。


「いやいやいや、吸わないって!」

「ほんとですか!」


 旅人は顔を上げた。その首すじ。なぜか美味しそうに見えた。おれは頭をふる。だめ、人間じゃなくなっちゃう! しかし、猛烈にお腹がすいている。


「あのう、食べ物とか持ってません?」

「食べ物?・・・・・・ああ、荷物の中に塩漬けの豚があります!」


 スーツのポケットを探ると、金貨が一枚あった。お釣りもらえるかと聞くと「売るだなんて滅相もない!」と断られた。


 旅人はいい人そうだ。ロバを連れてしばらく歩き、小川があったのでそのほとりで火を起こしてくれた。それから、小川のほうで何かごそごそとしている。洗い物かな。


 しばらくすると旅人はたき火にもどり、荷物から塩漬け豚をだして焼いてくれた。


「どうぞ」


 木の枝に刺さった豚肉のかたまりを受けとる。いい感じに焼けていた。大きくガブリ!


「ぐえぇ!」


 思わず吐きだしてしまった。なんでだ?


「ヴァンパイア様、やはり肉は無理なのでは・・・・・・」


 おそるおそる旅人が言った。言い伝えでは、ヴァンパイアは肉や野菜といった人間の食べ物は食べられないらしい。


「ワインは大丈夫かと」


 旅人は木のカップにワインをついでくれた。匂ってみる。ほんとだ、美味しそうな匂いがする。


 こっちに転生する前は十八歳だった。この世界のおれは何歳なんだろう。


「おれ、何歳に見えます?」

「はて、二十七、二十八、あたりでしょうか」


 じゃあ飲んでも平気か。っていうか、この世界だったら何歳で酒を飲んでも違法じゃないか。おれって気が小さいわ。


 ワインを飲んでみる。おお、うまい!


「これは美味しいですね。ワインって・・・・・・」


 ワインってこのあたりで作ってるんですか? そう聞こうとしたが、急に眠くなってきた。


「やはり、言葉がしゃべれるヴァンパイアといっても、知能はないと見える。ヴァンパイア除けとされるニガヨモギの汁を入れておいたわ」


 どういうことだ! 聞き返そうとしたが、おれは眠気に勝てず、まぶたを閉じた。




 気付けば洞窟の中だった。手と足がロープでぐるぐるに縛られている。


「ありがたく思えよ、日光で死なないように連れてきてやったんだからな」


 ランタンのそばに旅人がいた。


「ぼくにも運が向いてきたな。しゃべるヴァンパイアとは。見世物で一儲けできるぞ!」


 見世物。なるほど。でも、石を投げてあれだけ飛ぶってことは・・・・・・


「ふんっ!」


 ぐるぐるに縛られた手に力を入れると、ロープは弾け飛ぶようにちぎれた。足の方も力を入れたらロープはちぎれ飛んだ。


「ひー! お許しを」


 旅人はとっさに土下座し、頭をふせた。いや、変わり身が早すぎない?


 ひれ伏した姿を上から見下ろしていると、首すじに目が止まった。お腹がぐぅ! と鳴る。


 あのとき、肉は食べれなかった。血しかないのか。


「許しますが、そのう、お願いが・・・・・・」


 旅人は、がばっと頭を上げて首すじを押さえた。


「血、ですか?」

「はい。すいません」


 ただ、血を吸われた人がヴァンパイアになったらどうしようと思ったが、旅人が言うにはそんなことはないらしい。


 ついでにこの世界のヴァンパイアについて聞いてみた。


 ヴァンパイアは出没する魔獣の中でも、かなり珍しい生き物らしい。人の姿をして夜に襲ってくるそうだ。


 ただし、知能は低いらしく、普通なら会話などできないそうだ。なんてこった。ここのヴァンパイアはコボルトなんかと同じ、ただのモンスターなのか。


 そういや、このゲーム、弟がPC盤をやっているのを見たことがある。モンスターを倒すんじゃなくて、人間を狩るゲームだっけ。


 死なないようにちょっとだけ血を吸う、そう説明したら、しぶしぶ了承してくれた。旅人はくるりと背中を見せて正座し、背すじを伸ばす。


 おれは首すじに顔を近づけ、口を開けた。にゅっと犬歯のあたりが伸びた感覚がする。親指でさわってみた。ちくっと痛い。牙だ、牙が生えてる!


 どうやって血を吸うんだろう。ぷつっと旅人の首すじに牙を刺し、流れ出た血をなめてみた。


「まずぅ!」


 ぺっぺっ、と吐き出す。ナマズのような匂いがした。


 これ以上、この旅人に用はない。もう行っていいと告げると、旅人は逃げ去った。


 試しに入口まで行って手をのばし、入口から差す日光に当ててみる。


「熱っ!」


 すぐ手を引っ込めた。青っ白い手は真っ赤になっている。火傷したみたいだ。こりゃ夜まで待機するしかないか。


 洞窟の奥で空腹に耐えながら寝た。


 一寝入りして入口にいくと、あたりはすっかり暗くなっていた。


 洞窟から出て山を下りる。昨日に歩いていた森の道を見つけた。


 森の道をずんずん歩いて行くと、城壁に囲まれた大きな城についた。


「うそだろ・・・・・・」


 これは最終ステージの『トンスルヴァニア城』だ。弟がしていたので見たことがある。


 もちろん、入らない。おれは城壁に沿ってぐるっと回った。城の裏手から、まだ森の道は続いていた。


 しかし、お腹が空いた。あの旅人の血をまずくても吸っておくべきだったか。


 なんで、あんなにまずかったんだろう。ヴァンパイアの映画か何かで、処女の血はうまいとか言ってなかったっけ。魂が穢れてないとか。


 それで言えば、あの旅人の魂は充分に穢れてそうだ。おれを見世物にしようとしたぐらいだから。


 お腹がすき過ぎてフラフラしてが、なんとか歩き続けると、小さな街についた。三階、四階建ての建物が多く、部屋の灯りは煌々と輝いている。


 建物の一階は酒場が多かった。前から酔っ払いの一団。そうだ、目でバレるんだっけ。おれは顔を伏せ、眉毛に手をやったフリをして目を見られないようにした。


 路地裏に入る。だめだ、お腹がすき過ぎて目が回ってきた。裏口へ上がる階段に座り、お腹をさする。


「ちょっと休憩してくるよ!」


 ガチャっと裏口のドアが開いて、その前に座っていたおれの後頭部にガン! と当たった。


「痛っ!」

「ちょっと、こんなとこに座んじゃないよ!」

「すいません、お腹がすき過ぎて」


 立ち上がろうとしたら、ふぁーっと視界が白くなった。だめだこりゃ。おれ、転生したのに餓死するのか。




 なにか、いい匂いがする。


「もうすぐ夕飯だよ」


 料理をしている音がする。夕飯か。変な夢だったな。


「おかん、今日の晩飯なに?」

「あたいはまだ三十八だよ。あんたのママンと呼ばれたくないねぇ」


 なに? 目を開けた。木の天井。身体を起こす。骨董品屋のような部屋だった。部屋の向こうに台所らしき物があって、女がひとり背中を向けている。


「さあ、シチューができたよ」


 女がくるっとふり返った。まずい! おれは目を閉じた。赤い目でヴァンパイアとバレる。


「あら? なんで目をつぶってんのさ」

「あー、盲目でござる」

「あらまぁ、大変だねぇ」


 盲目のフリをしようとして頭に浮かんだのは琵琶法師だったが、口調が変な時代劇みたいになってしまった。


「助けていただき、かたじけないでござる」

「まあ、店の裏で死なれても、寝覚めが悪いからね。ほらシチューをお食べ」

「して、ここはどこでござるか?」

「ロマンシュ村だよ」


 ロマンシュ村、聞き覚えがあった。弟がドヤ顔で見せてくれた覚えがある。たしかゲームをクリアして初めていけるボーナスエリアで、男性プレイヤーのための・・・・・・


「あっ、思い出した、娼婦の里!」


 目を開けた。シチューの皿を持ったおばちゃんが、おれの口にスプーンを運ぼうとしたところだった。


「ぎゃー! ヴァンパイア」

「ぎゃー! あつい!」


 シチューの皿がひっくり返りズボンの上に落ちた。


「ありゃまー! ごめんよ」


 おばちゃん、おれのズボンをずりっと脱がす。


「ちょっと、おばちゃん!」

「ああ、そうだった、ヴァンパイアだった!」


 おばちゃんは台所まで逃げて、フライパンを持った。震える手でフライパンをかまえる。


「動くんじゃないよ!」


 時が止まったようだった。おばちゃんはフライパンをかまえ、おれはちんこを出したまま黙っている。


「あのう・・・・・・」

「おだまり!」

「はい・・・・・・」


 こりゃ、この世界、生きていくの大変だぞ。おれはため息をついてうつむいた。同じように、おれのちんこもしゅんとしている。


「おかしい。ヴァンパイアがしゃべった」


 おばちゃんが、おれをにらんだまま言った。


「こっちのヴァンパイアはしゃべらないみたいですね」

「あんた、ここの人間、いや、ここのヴァンパイアじゃないのかい?」


 これ、どう説明したらいいんだろう。


「ほかの世界から来た者です」

「ありゃまあ、異邦人かい!」


 異邦人。なんかかっこいい。異世界人より響きがいいな。


「人間を襲ったりするんじゃないのかい?」

「いえ、あのう、おれも人間のつもりです」


 おばちゃんはフライパンを下ろした。おれもパンツを上げた。


「なんだか、込み入ってるみたいだねぇ。話してみな」


 フライパンを置いたおばちゃんは、食卓テーブルのイスを引いて座った。おれもシチューに濡れたズボンを脱ぎ、ベッドの上にあぐらを組む。


 説明の仕方に気を遣った。ここはゲームの世界です、とは言えない。っていうか、これ、平行宇宙ってやつだろうか。どう見たって現実だもんな。


 元の世界にいたけど、魔方陣に落ちてこの世界に来た。そういう事にした。魔獣やヴァンパイアがいる世界なんだ。魔法もあるだろう。


「なるほどねぇ。お城の召喚士が、召喚に失敗した巻き添えかもねぇ」


 召喚士いるんだ。すっごい驚いたけど、平然を装う。そして、お腹がぐぅ! と鳴った。


「ああ、そうっだった、シチュー食べるかい?」


 おれは脱いだズボンについたシチューを指ですくい取った。なめてみる。


「おぇぇぇぇ」


 えづいた。やっぱり無理なのか。


「あんた、やっぱり・・・・・・」


 おれは顔をしかめ、うなずいた。


「こっちの世界に来たときにヴァンパイアになっちゃったみたいですが、体質はこっちのヴァンパイアと同じようです」


 これ、どうしたらいいんだろう。おれ、きっと人間は襲えない。涙が出てきた。せっかく転生して生きるチャンスができたのに、おれはきっと餓死していくんだ。


「男が泣くんじゃないよ」

「すいません」


 シャツのそでで涙を拭いた。おれの上着は壁のハンガーにかけられていた。


「しょうがないねぇ」


 おばちゃんがすくっと立ち上がり、おれに背中を向けてベッドに腰かけた。くりんくりんの長い赤毛を手でまとめ、うなじをあらわにする。


「ちょっとだけなら、ほれ」


 うわっ、なんか、むせ返るような色気が来た。そうか、ここは娼婦の里。おばちゃんは娼婦だ。でも、優しい。おれは涙ぐみそうになり、目に力を入れた。


「あっ、そうだ!」


 ズボンを引き寄せ、ポケットを探る。あった、金貨!


「これを! 足りないかもしれませんが」

「金貨! お釣りの銀貨がないよ」

「では、このままどうぞ」

「困ったね、多すぎるよ。血を吸ったら一戦交えるかい? いや、金貨なら十戦でもできるわよ」


 おばちゃんはそう言って、豊満な胸を手で持ち上げた。おれは気が遠くなって倒れそうになり、壁で頭を打った。


「痛え!」


 おばちゃんは怪訝そうにおれを見た。


「あんた、まさか・・・・・・」


 おれは肩をすぼめ、ベッドに正座した。


「ヴァンパイアなのに、童貞かい!」


 我ながら情けないが、うなずく。


「ぐははは!」


 おばちゃんが豪快に笑った。


「それじゃあ、若い子でも紹介するかね。それはいいとして、ほれ、さっさとお食べ。また倒れるよ」


 そう言って首すじを指差す。


 近寄って首すじを噛もうとして、ふと気付いた。首すじってどうなんだろう、頸動脈だ。危なくないか。


「ほかの所を噛んでいいですか?」

「ははっ、おばちゃんのうなじは嫌かい?」

「め、めっそうもありません! 首の血管は太いので危険かもと」

「変わったヴァンパイアだねぇ」


 おばちゃんはドレスのそでをめくり、二の腕をだした。


「ほれ、召し上がれ」

「いただきます!」


 なんか変な会話だ。そう思いながら二の腕に噛みつく。血が入ってきた。うんまっ! この味はなんと言えばいいだろう。濃厚でジューシー。ああ、そうだ、バナナミルク。それも完熟バナナだ!


 ぎゅーん! と吸った。体の底から力が湧いてくるのが解る。すごい力だ。


「ああ、力が抜けて・・・・・・」


 おばちゃんがぐらりと揺れる。しまった、吸い過ぎた! 腕から口を離し、倒れるおばちゃんを抱き止めた。やべえぞ、これ!


 なんかないか? 待てよ、弟がやってたゲームだ。プレイヤーは魔法が使えたはず。見よう見まねでやってみるか。


 おばちゃんをベッドに寝かせ、バン! と自分の前で手を合わせる。目を閉じて気合いを入れた。うおっ、手の間に力を感じるが、手が離れない。


「ぐぬぬぬぬ・・・・・・」


 力を込めて両手を離した。手のひらが光っている。これだ。両手のひらをおばちゃんの身体に当てた。


全回復キュア・オール!」


 おばちゃんの身体が光った。目を開ける。よかった!


「ありゃ? あたし、気を失って」

「すいません、調子に乗って吸い過ぎました!」


 おばちゃんはベッドから降りて立ち上がり、肩や首を回した。


「回復の魔法かい、すごいね、体が軽いよ」


 腰に手を当て、腰も回しだす。


「おお、治ったみたいだ」

「腰痛ですか?」

「そう、スパイダーをするからね、腰痛持ちになっちまった」

蜘蛛スパイダー?」

「ああ、こうやってね・・・・・・」


 おばちゃんは、正座したおれにまたがって座った。


「ほら、こうして前後に動くと」

「おばちゃーん、当たってるー!」


 そのとき、バン! と部屋の扉が開いた。


「ミランダさん!」


 やばい、おれはとっさに目を閉じた。


「ああっ、お仕事中でしたか」

「いいよ、なんだい?」

「あの、その人、どうして目をつむってるんです?」

「せ、せっしゃ、盲目の旅人でござる」

「そ、そうですか」

「それで、どうした?」

「はい、キャロリーナの酒場で暴れた一団が」

「わかった。すぐ行くよ!」


 部屋に来た女性は飛ぶように帰っていった。おばちゃんはミランダというのか。


 そしてミランダさん、台所に行き、さきほどのフライパンを手に持つ。部屋を出ようとしたミランダさんの前に立った。


「あー、ミランダさん」

「どいとくれ、行かないと」

「おれも行きます」

「あんたが? 相手は荒くれだよ」


 おれはミランダさんが持つフライパンを取り上げた。両端を持ち、ぎゅっと力を入れるとフライパンは簡単に曲がった。


 ミランダさん、目を丸くしている。


「体質はヴァンパイアなんです」

「すごい・・・・・・」

「あっ、でも、目か!」


 くそっ、おれが行けばいいやと思ったが、目をつむって戦うのは無理だ。


「それならね、いいのがあるよ!」


 ミランダさんは骨董品のような洋タンスを開け、ひとつの眼鏡を取りだした。


 眼鏡は古い時代の丸眼鏡だったが、はめられたガラスは黒い。


「昔、目の病気になってね。光が刺すように痛くなって、これを特注で作ったんだ」


 こりゃいいや、この時代のサングラスってわけだ。ついでに鏡があったので、自分の姿を見てみる。


「うわぁ、おれ、ハンサム」


 さっすがドラキュラ! という感じの紳士がそこにいた。ただし、白い目の中にある瞳孔は赤い。まるでフラッシュを使って写真を撮った時に失敗したやつみたいだ。


 黒い丸眼鏡をかけてみる。いいね。うまいこと隠せてる。


「ミランダさん、行きましょう」

「あんた、名は?」

「ええと、ルイ・ド・ポワント」

「はぁ?」

「あっ、ケンジでいいです」


 せっかくだからヴァンパイア映画に出てくるイケメンの名前を思い出そうとしたが、切羽詰まったこんな状況なのでやめた。


「なら、ケンジ、大丈夫かい?」


 おれは執事のように背筋を伸ばし、手を胸に当てた。


「おまかせを、マドモアゼル」

「いや、ズボンだよ」

「あー!」


 パンツいっちょでした!




 ミランダさんの案内で、キャロリーナの酒場に行く。


 入ると、奥のテーブルで男が四人。そこに座った女性を囲うように立っている。


「なにごと?」


 ミランダさんが近くの女性に話しかけた。


「気持ち良くなかったから、代金を半額にしろと。それをカウンターの中で聞いたキャロリーナさんが言い返したんです」


 代金を半額。バカだわ。


「彼女、なんて言ったの?」

「ブサイクなあんたらが相手にしてもらったんだ、倍払ってもいいぐらいよ、と」


 男達を見た。たしかにブサイクだ。そして臭そう。なんで昔の男ってヒゲぼうぼうなんだろう。


「彼女、大丈夫?」

「二、三発は殴られてます」


 まじか。囲ってる男達の間からキャロリーナを見た。顔の右がめっちゃ腫れてる。っつうか、めっちゃ美人! 金髪美人!


 かあっ! っと腹が立った。よくあんな綺麗な顔を殴れるもんだ。おれだったら近寄っただけで、もう緊張して話もできない。


 ずんずんと男達に歩いて行った。


「なんだてめえ?」


 声を上げた男の前でしゃがむ。足首をつかんだ。


「うおっ!」


 男が声を上げた。足首をつかんだまま、逆さずりで持ち上げたからだ。持ち上げたまま酒場を出て、道に放り投げる。


 戻ってもう一度、違う男の足首をつかむ。そいつも逆さに持ち上げた。


「離せ、このやろう!」


 暴れたので、頭の上でぶんぶん回した。そして表に放り投げる。


「ひー!」


 悲鳴を上げて、おれの横を男のふたりが逃げていった。


「あんたら、出禁だよ、もうこの村に来るんじゃないよ!」


 逃げる背中に、そうミランダさんが声をかけた。


「ありがとう、ケンジ。騒動が大きくなる前に、さっきの部屋に」


 おれはうなずいた。


「あの殴られた人も、部屋に呼んでください」

「キャロリーナかい? ああ、回復魔法だね。助かるよ!」


 来た道をもどり、ミランダの部屋に帰った。しばらく待っていると、ミランダとキャロリーナが入ってくる。


「キャロリーナさん、イスにでもかけてください」


 不安そうなキャロリーナが、ミランダを見た。ミランダがうなずく。


 座ったキャロリーナの前に立ち、手を合わせ力を込める。手のひらが光った。両手でキャロリーナの顔にふれる。


回復キュア!」


 さわっていた手をどけてみる。腫れた所も、切れた唇も治っていた。さらっさらのストレートな金髪をまとった顔、その目鼻立ちは切れるようにスッキリ整っている。うっわ、すっげえ美人。ハリウッド映画の女王役をするなら、この人がピッタリ。


 ゆっくりと目を開けたキャロリーナは、恐る恐る顔にさわった。


「うそ、治ってる!」

「肌もすべすべだよ」


 ミランダが付け加えた。そう、回復魔法のお陰か、肌が象牙細工のようにスベスベだ。美人がそうなってんだから、もう、恐れ多い。


「ありがとう!」


 キャロリーナがいきなり抱きついてきた。めっちゃいい匂いがする。おれは硬直の魔法がかかったみたいに動けなくなった。


「チュッ」


 えっ? なんか頬に生温かい物が当たった。これは、キスなのか、キスなのか!


 うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!


「ケンジ、鼻血でてるよ」


 あっ、ダメだ。おれは気が遠くなってうしろに倒れた。




「ちょっとケンジ」


 ペチペチと頬を優しく叩かれた。ミランダさんの声だ。目を開ける。


「ひっ、赤い目!」


 あっ、黒眼鏡が倒れたひょうしに飛んでいる。キャロリーナがおびえて後ろに下がった。


「大丈夫だよ。このケンジは変なヴァンパイアなんだから。人を襲いやしないよ」

「変なヴァンパイア・・・・・・」

「おまけに童貞ときてる。さっきのは刺激が強すぎたね。ああいうの、この子にはダメね」


 がはは! とミランダさんが笑った。いや、おばちゃんは『スパイダー』ってまたがったでしょ!


 起きあがり、頭をふる。


「血を吸うはずのヴァンパイアが、逆に血を出してどうすんだい。もうちょっと補給しとくかい?」


 ミランダさんはドレスの腕をまくった。


「ミランダさん、血を吸わせたんですか!」


 キョロリーナさんが驚嘆の声を上げた。


「シチューとか、人間の食べ物は食べれないんだよ。難儀だねぇ」

「すいません、作ってもらったのに」

「それはいいさ。キャロリーナ、シチュー食べるかい?」

「あっ、でも、ワインは飲めますよ」

「いいね、しけた客で気が滅入ったよ。一杯やるかい」


 なんだか、ウキウキしてきた。ミランダさん、おばちゃんだけど女の人と初めて飲む酒だ。おっとなーの世界。


 食卓テーブルのイスに座り、台所でコンロの炭に火を付けているミランダさんを見ていると、目の前にすっと腕が出てきた。


「うん?」


 見上げると、キャロリーナだ。


「わたしも、お礼に」


 む、無理! こんな美人の血は吸えない。


「いえいえいえいえ! 遠慮します!」

「それでは、わたしの気が収まりません」

「あー、血を吸われると、健康によくありません」

「それは嘘。ヴァンパイアに血を吸われた人で、死んだ人はいません」


 えっ、そうなの? ミランダを見ると、彼女もうなずいた。


「やつらも、好みがあるみたいでね。決して死ぬまでは吸わないんだよ。それで、また襲ってくる」


 うわっ、この世界のヴァンパイア、知能は低いらしいけどしたたか!


「まっ、キャロリーナも助けてもらった手前、顔が立たないのさ。一発いっときな!」


 なんて物騒な言い方。出された腕をじっと見る。美味しそうではある。


「ぜひ、がぶりと」


 キャロリーナは真顔だ。


「では、ちょっとだけ」


 がぶっと噛んで、ちょっと吸った。すぐに口を離す。


「うめー! まるで白ブドウの収穫祭やー!」


 あまりの旨さに、芸能人の食レポみたいな言葉をさけんでしまった。


 キャロリーナの血の味は、まさにマスカットの100%ジュースみたいだった。


「なあに、その例え」


 笑いながらミランダさんがシチューを皿に盛ってやってくる。ワインの瓶と木のカップもテーブルにだした。


「では、乾杯ね」


 三つのカップに赤ワインをそそぎ、ミランダさんが杯を持ち掲げた。


 おれも手に持ち、上に掲げる。


「何に乾杯するんです?」

「この村が、便利な用心棒を手に入れたことに」

「えっ、おれっすか?」

「どこか、行くあてあるの?」


 そう言われても、ない。


「おれ、ヴァンパイアっすよ」

「お給料は、あたしの血。それでいい?」


 悩んだ。それは申しわけがない。でも、人は襲えそうにない。


「すいません。しばらく、ご厚意に甘えます」

「いいわよ、これでタダで用心棒が手に入ったわ。お徳よねー」


 そこが疑問だった。娼婦の里。ボディガードの男とか、バーのマスターとか、いても良さそうなのに男手が見えない。


「それがねぇ、女だけのほうがいいのさ」


 聞けば、男を雇うと色恋沙汰でトラブルになりやすいらしい。また、守ってやるという自負があるのか、男はだんだんとつけ上がってくるとも言った。


「なんだか、すいません」


 男を代表して、一応あやまっておいた。


「その点、ケンジは安全よねー」


 ミランダさんは、そう言って豊満な胸を持ち上げた。思わず視線を外す。


「ウブよねー」

「ウブじゃないっす!」


 ちょっと、むっとして反論した。


「だって、これでコロっとだまされてるでしょ」


 おばちゃん、むんず! っとドレスの胸元に手を入れると、分厚い布の束を取り出した。


「ええっ! 偽装ですか!」

「そう。あたし、胸は小さいの」

「だまされたー!」


 女って魔性。気をつけよう。


「まあ、でも、ケンジの筆おろし、取り合いになるかもね」


 笑いながらミランダさんがキャロリーナを見る。キャロリーナが目を細め、流し目でおれを見た。


 こ、怖い。百戦錬磨。そんな女性の群れだ。


「む、無理っす」


 おれは肩をすぼめ、うつむいた。


「ヴァンパイアのくせに、肝っ玉は小さいのね」


 ミランダさんは、またがはは! と笑った。


「あっ、でもさっき、キャロリーナの血を吸って美味しいとか言ったわよね。あたしの血だとまずいかしら」


 おれは急いでぶんぶん首をふった。


「ミランダさんの血は、めっちゃ濃厚です。完熟バナナみたいに」

「そう? それは光栄ね」


 誇らしげに胸をそらした。小さいくせに。いやでも、不思議だ。血の味は魂の穢れ。そう考えていたけど、娼婦のミランダさんの血は美味だった。


 あっ、それから『バナナ』って言葉が通じた。この世界、バナナあるんだ。



つづく



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