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アンナ・ダイヤは傷つかない ~教会を追放された元聖女だけど運よく魔法学園に入学。でもアタシの魔法属性は外れ土属性で前途多難!
アンナ・ダイヤは傷つかない ~教会を追放された元聖女だけど運よく魔法学園に入学。でもアタシの魔法属性は外れ土属性で前途多難!
「ふぅ、ついに、ここまで来たぜ、こんちくしょう」
校門の前で仁王立ちし、思わず声がでた。
元の世界では三十のオバハンだった。結婚詐欺に遭い、こつこつ貯めた一千万をだまし取られた。今から思えば鬱病だったのかもしれない。よくある話で自殺した。
気づけば転生してた。五歳ぐらいで前世の記憶が蘇った。
高校生の時に夢中で読んだラノベの世界。ほんとにあるんだ!って感動したんだけど、ちょっと待って。
アタシの転生先が過酷すぎる。孤児院だ。
「ここからが、アタシの青春!」
思わずグーを握ってつぶやき、アタシの横を通り過ぎた人に見られる。変なやつって思われそう。気をつけよう。
でも、過酷な幼少期を生き抜き、アンナは今日で十五歳です。晴れて魔法学園に入学です。感慨ひとしおで声も出るってもんよ。
城壁のような大きな石組みの壁にあるアーチ門が開いている。門の高さは5mはありそう。
「ようこそ、ブレビコーンズ魔法学院へ」
ブロンドで綺麗な縦カールの女性が、アタシに声をかけて通り過ぎた。ブレザーを着ているところを見ると上級生かな。
にこっと笑ったので、アタシも笑顔を返す。
「きみ、教室はわかるかい?」
通り過ぎる五人の男子グループの中から一人が声をかけてくれた。いかにも好青年!といった17か18ぐらいのハンサムボーイ。目が蒼い。アタシの母親が宝物にしていた初代スーパーマンのポスターみたいだ。
「ありがとうございます、わかると思います」
ハンサムボーイは笑顔で手を振って去っていった。ううっ、先輩、これが運命の出会いかも!
「うわっ」
思わず声を上げた。上空をホウキに乗った男子の一団が通ったからだ。チャリ通学ならぬ、ホウキ通学なのね。
ホウキに乗っているのは男子ばかり。女子は乗らないのだろうか。
あっ、そうだ。アタシは自分が着ている服をながめた。女子はスカートだ。この世界、女子でパンツスタイルは見たことがない。うわぁ、女子でホウキに乗るのは無理かも。乗ってみたかったなぁ。
アーチ門からは石畳がつづいている。石畳の両脇には花が植えられ、青々とした芝生が広がっていた。
芝生の奥には、迷路のような垣根やバラ棚と行った庭が見える。むふふ。友達の女子生徒と、お庭を散歩したり楽しそう。
正面に見える石造りの大きな建物が校舎だ。アタシは歩きだした。今日から、アタシの学園生活が始まる。
古い木造の校舎。
教室の案内が書いた紙をもう一度見る。やはり、ここで間違いないようだ。
この魔法学園には、石造りの豪奢な建造物が多くあった。だが、アタシが通うクラスは、このおんぼろな教室になるようだ。
「おいっす!」
教室の引戸をあけた。
たてつけが悪そうに見えたが、思いのほか、なめらかだった。
戸は枠板にぶつかり大きな音を立てる。
「なんだてめえ」
すぐ近く、机の上に座っていた頭の悪そうな長髪の男子にすごまれた。
わちゃあ、ちょっぴり予想してたけど、土属性クラスってひどい。
教室を見回した。皆、この土クラスを象徴する茶色のブレザーを着ている。頭悪そうだなぁ。
うしろの席でパイプ草吸ってんのは、それ、パイプ草じゃなくて白麻草だろう。目がぶっきまってんぞ。
「おい、ご令嬢が来るとこじゃねえぞ」
さきほどの長髪が近寄ってくる。
「一五歳にしちゃあ、小せえな。誰かの妹か?」
アタシは幼児期に栄養不足な生活を送ったためか、この年齢にしては小さめだ。身体も華奢だし。
「おめえ、いくつだ? 胸もぺったんこだしな」
ぎろり、と長髪を睨んだ。そこは関係ねえだろう。
「おいおい、ゴディマ、怖がってんじゃねえか」
「そうだな、泣かれると面倒だ」
ゴディマと呼ばれた長髪は、アタシの前にしゃがんで顔を合わせようとした。
さすがに、しゃがまれるとアタシより低くなる。長髪を見下ろした。綺麗な髪だ。毎日洗ってんのか?
「お嬢ちゃん、何しに来たんだ? 怖がんなくていいぜ」
だれが怖がるんだ? そう言おうとしたらゴディマがアタシの服に目を止めた。
「あれ? ここの制服だな」
スカートをさわろうとしたので半歩下がった。二重の意味で腹が立つ。人の服を気安くさわれると思っていること、気安くさわれると思われている自分。
「なんでえ、ズロースを見られるのが嫌ってか」
ゴディマが床に手をついてスカートをのぞこうとしたので、思わず顔を踏んずけた。
「ぐええ、ア、アゴがぁ」
やべえ、入学初日は大人しくするつもりだったのに。
革靴の底で思いっきり踏んづけたので、ひょっとしたらアゴの骨にヒビでも入ったかもしれない。
「おい、嬢ちゃん」
近くの男子数名が立ち上がった。くそ、面倒臭い。
「アタシは、アンナだ。不用意に体をさわられるのは嫌いなんだ。ことを荒立てるつもりはない」
立ち上がった男子がゆっくり近づいてくる。そうだよな。話ができるような顔じゃねえよな。
「先に言うが、アタシは『硬化』の魔法が得意だ。殴ったら拳が痛むぞ」
男たちが笑った。
「硬化だぁ? 土属性の高等呪文じゃねえか。ハッタリするなら、もちっと頭使えよ」
ひとりの男が近づいてきて手の甲でアタシの頬を張った。
「バチーン!」
と、教室に音が響いた。
「い、痛ってえ!」
男は手を押さえて唸った。そりゃ、痛いだろう。岩を思いっきり張り手したようなもんだ。
「どんなイカサマしやがった! おめえ、呪文は唱えてねえだろ!」
「硬化は無詠唱で出せる。さっき言ったろ、慣れてるんだ」
「無詠唱だと? そんな馬鹿なことあるか!」
男が拳を握った。いや、馬鹿なの? ここまで説明したじゃん。
打ち出してきた拳をひたいで受け止める。拳がひたいにぶつかり、腕を伸ばした状態で男は固まった。
「これ以上するなら、アタシも手加減しないぞ」
ものの数分後、教師が来た時には教室の床にのたうつ男子が十数名いた。
「これは一体!」
アタシは入学初日に校長室で怒られる羽目になった。
さいわい、退学にはならない。手を痛めた男子どもが「転んだ」と言い張ったから。まあ、そのへんの自尊心は残っているらしい。
散々こっぴどく叱られた後、入学式には出れず、とりあえず帰れと言われた。式の途中で問題を起こされたら困るということだった。
しょうがないから裏門から帰る。
街の中でもひときわ尊大にたたずむ本館の巨大な石造り校舎を振り返った。
魔法学校は魔法の素質がないと入れない学校だ。選ばれた者しか行けないとも言える。
しかし、それはクラスによって趣がかなり変わる。
アタシの素質は土属性なので「土クラス」だ。この属性は、だいたい生まれた曜日で決まる。
日曜日:光属性
月曜日:闇属性
火曜日:火属性
水曜日:水属性
木曜日:木属性
金曜日:金属性
土曜日:土属性
注目すべきは土日の二日間。
もっとも価値が高いとされているのが光属性。もっとも価値が低いとされているのが土属性だ。
たった一日の差で、天と地ほど価値が変わる。
土曜に産まれそうならどうするか? 薬草や魔法を使い、どうにか一日ずらすのが通例だ。
それをしなかったというのは、どういう親か?
貧乏、または子供のことなど興味のない親である。そんな土属性の子供はどうなるか?
まあ、だいたい、やさぐれる。こりゃ、土クラスの学園生活は前途多難だぞ。
裏門を出た道端にはカモミールの花が咲いていた。今朝、正門から伸びる石畳の脇でも見た。
カモミールは春に咲く花で、白い花弁に黄色い花柱をもつ花だ。林檎のような匂いがして好きな花。
石畳のカモミールを嗅いだときには、新たな生活に胸が踊ってたんだけどな。
思わずため息がでる。まあ、帰るか。
ここ、魔法学校は北地区にある。アタシのねぐらは西地区だ。
街の中央をふり返った。中央にそびえる大きな城。王城だ。その周りが一の郭。
この街は中央に巨大な王の城がそびえる。その周りには王族が住む一の郭、貴族が住む二の郭、金持ちや高級役人が住む三の郭があった。さらにその外側に市民が暮らす街が広がる。
西地区に帰るには、中央の城郭は通れないのでぐるっと回る必要がある。一番近い道は「大周通り」と呼ばれるぐるっと円になった大通りだ。
その大通りを歩き、西地区に入ったころ、うしろをつけてくる集団に気づいた。茶色いブレザー、土属性のクラスだ。もう、本気で面倒臭い。
アタシは路地裏の一つに入った。うしろの集団も入ってくる。早足で歩いた。うしろが駆け足になっている足音が聞こえる。
くねくねとした路地裏を進み、右に入れる角を急に曲がった。そこは行き止まりだ。振り返って待つ。袋小路の入り口に茶色い制服が現れた。
予想通り、さっきの長髪とそのほかの男子だ。六人か。まあ、やれんことはない。
「お前ら、しつこいと血の海に沈めるぞ」
男子の一部は拳に包帯を巻いていた。なるほど、治療室の先生は喧嘩による怪我なら治癒魔法は使わない考えのようだ。
「お前、ここ西地区だぞ」
長髪が辺りをきょろきょろしながら言った。ゴディマだったか。アゴは無事だったらしい。
「ああ、それが何か? アタシの家はこの地区なんだが?」
六人の顔色が変わった。
「嘘だろう、お前、西地区の住民か!」
西地区。中央にそびえる城と城郭のせいで、この地区は朝日が当たらない。じめじめとした雰囲気は必然、夜の街となる。
まだ昼間だから開いてないが、夜になれば酒場や娼館が賑やかな歓楽街となる。
「てっきり三の郭の人間かと思ったぜ!」
三の郭は城郭入ってすぐ、魔法使いや高官が住む地区だ。
「どう見たら城郭の人間に見えるんだよ」
「そりゃあ、可愛くて華奢な体ならなあ?」
アタシは頭をかいた。長髪の馬鹿は、それは無意識に褒めているってわかってるのだろうか?
「仕返しに来たんじゃないのか?」
「それもあるがよ」
それもあるのか。
「女がひとりで西地区に入るなんざ、あぶねえと思ってよ」
人いいのか悪いのか、よくわからんやつだな。
見れば制服は上等な生地だ。魔法学校の制服というのは意匠は同じでも店によって素材は違う。この長髪、育ちはいいのかもしれない。
「おう? こんなところで子供らが遊んでやがる」
通りがかったのは大男三人だ。このあたりでは見ない顔。旅の者か。
大男のひとりが制服に目を止めた。
「こいつぁ、魔法学校の生徒か」
それを聞いたもうひとりが、にやりと笑う。
「なら、金持ちの坊ちゃん、嬢ちゃんだな。悪いが今晩の酒代を恵んでくれよ」
三人はアタシらのいる袋小路に入ってきた。
「ゴディマと男子、アタシがやってる隙に逃げろ!」
同級生にそう告げると同時に、大男の三人に向かった。向かってくるアタシにおどろいている。体に硬化をかけた。一人目の鳩尾をその腕で突く。大男は前のめりに倒れた。
二人目が殴ってくる。顔に当たり、殴った方がうずくまる。
三人目。ん? 魔力がきれたか。硬化が弱くなっている。しまった、朝から使い過ぎだ!
殴られた。壁まで吹っ飛ぶ。鼻血が出たのがわかった。
「お、おい、あんたら、これが酒代だ。これでもういいだろ」
ゴディマが上着の内から小さな革袋を出した。ほかの五人は逃げたようだ。逃げろって言ったのに。馬鹿か、あいつ。
金を取られ、殴られる。地面に倒れたゴディマが見えた。
「痛えな、嬢ちゃん」
最初に殴った男。もう復活したのか。
蹴りがきた。うしろは壁で座った状態なのでよけれない。腹にあたるのを防ぐため両手で受ける。両手がきしんだ。
「か、勘弁してくれ」
ゴディマが言った。
「おう、いい心がけだ。おい、嬢ちゃん、おめえも詫びの金だせや」
アタシは男を見上げた。
「誰がくそだめに詫び入れんだよ。あたま沸いてんのか」
男がアタシの両肩を持って地面に押さえつけた。
「あんまり威勢を張ってると犯すぞ、小娘」
男がにたりと笑った。アタシはそれに腹が立った。
「女が貞操まもるなら弱気になると思ったか。ぼけ! やるならやれよ。だが、あとで殺す!」
男のひたいに青筋が浮いた。自分のズボンに手をかける。
「ヒッ!」
袋小路の入り口から女性の声が聞こえた。
「あ、あんたらやめな、その子は……」
「ひっこんでろババア!」
その声に年老いた男性が来たようだ。
「た、旅の人、手を離しなされ! ことが大きくなる前に」
「誰にもの言ってんだジジイ!」
言い返した男の首にナイフが当たった。
「そこまでにしな」
知った声だった。近くの娼館の女主人、マントヴァーニだ。
見れば残り二人の大男は、十人ほどに囲まれ、地面にうつ伏せで押さえつけられている。
男が手をはなす。アタシは起き上がった。
「怪我はないかい? 聖女さん」
「その呼び名はやめてください、マントヴァーニさん」
女主人は男に向かって言った。
「あんた、死んだね。バルテリ一家の者に手を出したよ」
男はバルテリ一家の名を聞いたことがあるのか、顔が青ざめた。
「まあ、そうでなくとも街の人間が黙っちゃいないか」
向こうからコック姿の中年男が来た。
「マントヴァーニ嬢、その男はあずかろう」
「おや、ドミンゴ、あんたんとこはブルスコッティ一家だろうに」
ドミンゴと呼ばれた人に覚えがあった。
「組織は関係ねえ。うちはこの前、母親を聖女様に看取ってもらったとこだ」
マントヴァーニはアタシに振り返った。
「どうする、聖女さん。ドミンゴにわたすかい?」
アタシは首を振った。
「皆に手間をかけさせるほどではない。放っておこう」
マントヴァーニは男からナイフを引いた。
「わたしがあんたなら、日が高いうちに逃げるねぇ。夜までには、この界隈に噂がたつよ」
男は怯えた顔であとずさり、残り二人とともに逃げだした。
「ありがとう、マントヴァーニさん、ドミンゴさん」
アタシは二人に礼を言った。
「あいつら、顔は覚えた」
ドミンゴさんは、まだ怒り心頭のようだ。
「無知って怖いねぇ。この街でアンナ・ダイヤを襲うとは」
「……アンナ・ダイヤ?」
誰かと思ったらゴディマだ。ふらふらと立ち上がっていた。
「おや、その制服。聖女さんの学友ね」
「小僧、学友なら聖女様を守れるぐれい腕っぷしあげとけ!」
「ドミンゴ、むちゃ言いなさんな。大人三人いたんだ。立派だよ、あんた」
立派だよ、と言われたゴディマの顔が曇った。まあ、あいつ、そういうつもりじゃなかっただろうからな。
「アンナ・ダイヤとは何ですか?」
ゴディマが女主人に聞いた。
「聖女さんのあだ名よ。若いのに頑固でね。ダイヤみたいにカチカチよ」
「そうじゃねえ、こんな街でも宝石みたいに輝く少女だって、俺は聞いたぜ」
アタシは頭をかいた。いつのまにか、そんな呼び名があるのは知っていた。
「聖女?」
「あら? 学校では自己紹介ってしないのかしら」
女主人がアタシを見た。アタシは肩をすくめた。
「このあたりの看取り役なの。アンナはね」
「教会……の人間ですか?」
アタシは話に割って入った。
「元だ。アタシは教会を追放されてる」
「……元?」
「もう帰ったほうがいい。アタシも腹減った。帰りたい」
「おう! 俺の出番だな。小僧、聖女様の学友なら、おめえにも食わしてやろう」
しまった。言うときを間違えた。
アタシとゴディマは、ドミンゴの店に招待された。まだ昼前で、客はいない。
「よし、何にする、鶏か、豚か、牛もあるぞ!」
ドミンゴは手をこすりながら張り切った。もう鶏って言ったら一羽でてきそうだ。
「あー、申し訳ないが殴られて腹が痛いんだ。パンとスープで充分」
「なんでぇ、それじゃあ、肉は今度な」
ドミンゴは残念そうに奥の厨房に消えた。
「大丈夫か?」
ゴディマに一応聞いておく。殴られた顔の右側は赤く腫れていた。
「……おまえ、なにもんだ?」
アタシの問いには答えずゴディマが聞いてきた。あんまり身の上話は好きじゃないんだけど、あとで聞かれるのも面倒だ。
「アタシは孤児院の出なんだ。教会所属のな。魔法の素質があったんで、聖女候補として育てられた」
この街にはいくつもの教会がある。魔法が使えるものは男性なら神父となり、女性なら聖女となる。
魔法を使える素質は稀だ。何もしていないのに魔法の素質があるものは百人にひとりぐらいだろう。
だが金持ちは別。金持ちや貴族は妊娠のあいだに魔法使いや魔道具によってたっぷりと魔力を胎児に吸わせる。
「さっき、元って」
「ああ、ちょっと問題を起こしてな。追放になった。そのあとにバルテリって爺さんに拾われたってわけさ」
ゴディマが再度、口を開こうとした時、ドミンゴが大皿を二つ持ってきた。
「いっぱい食ってくれ! おかわりもあるぞ!」
大皿の上には、パンだけでなく目玉焼きにソーセージ、それに芋のふかした物まであった。
「ドミンゴ、あまり気にしないでくれ」
アタシは言った。こんなに良くしてもらうほどではない。
「あの、おれは金を持ってないんですが……」
金を取られ無一文のゴディマが心配そうに言った。その肩をドミンゴが叩く。
「小僧、小せえこと気にするな。大恩人の学友から金なんか取れるか」
「大恩人、ですか?」
ドミンゴは「よくぞ聞いてくれた」と言わんばかりに近くのイスを引いて座った。こりゃ、やめろと言っても止まらねえ。
「先月の話だ。おれのおっかあは、この一年ほど病にふせっててな。いまわの際だった」
思い出したのか、ドミンゴは鼻をすすった。
「最後に祈りでも捧げてやりてえが、教会の人間を呼ぶほどの金はねえ」
ドミンゴの気持ちはわかる。神父でも呼べば、時刻単位で高額な金が必要だ。
「そんな時に来てくれたのが聖女様よ」
「ドミンゴ、だから聖女ではない。アタシは祈りは捧げられるが、追放された身だ」
ドミンゴはもう一度、鼻をすすった。
「いや、関係ねえ。聖女様はな、一週間、一週間にわたり、おっかあの手を握り続けた。最後は安らな顔で逝ったよ」
アタシに回復の呪文が使えれば、もう少し安らかだったろう。そのあたりも魔法学校で習わないと。
「このあたりの者は、家族を聖女様に看取られた者が多い。それをあの野郎ども……」
ドミンゴはさきほどの旅人を思い出したようだ。
「ドミンゴ、スープを」
「おお、こりゃいけねえ、途中だった」
ドミンゴがあわてて厨房に帰った。
アタシは長話になりそうなのを阻止し、ほっとしてパンにかぶりついた。
パンは美味かった。次にソーセージを口に入れる。これもいい焼き加減だ。ドミンゴ、見かけよらず料理上手だ。
「孤児院……」
ゴディマが皿に手を付けず、考え込んでいた。
「おまえ、硬化は慣れてるって言ったよな」
こいつ、馬鹿と思ってたら意外に勘がするどい。
「ああ、小さいときから折檻を受けてたからな」
「やっぱり……噂かと思ってた」
こいつでも、そんな噂は聞くのか。教会の孤児院ってのは、最悪の環境だ。表向きは寄付を募るために慈善に力を入れているように見せる。そのもっともなのが孤児院だ。
だが、その内情はひどい。腐ったような豆と固くなったパンでどうにか食いつなぐ。そして礼拝の客が帰った後に、夜中までただっ広い教会を隅から隅まで掃除する。なまければ容赦なく鞭が飛んだ。
しかし、こんな子供、まあアタシも変わらないが、若い学生にまで噂は広がっているのだ。教会も少しは考えたほうがいい。
「まあ、食え」
アタシはゴディマに言った。ゴディマが気を取り直したようにパンに食らいついた。
「おまえ、もっと自分を大事にしろよ」
ゴディマがとつぜん、説教臭い言葉を言う。
「アタシは自分を大事にしてるが?」
「強がっても女だ。いきがると損する」
少し、かちんときた。いきがってるのは誰だ?
「それはゴディマだろう。おまえの服は仕立てのいい服だ。育ちいいだろう。悪ぶるのはよせ」
ゴディマはパンを置いた。怒った顔だ。
「おまえ、あのまま襲われてたらどうするんだよ!」
「ほう、アタシの貞操の心配か。それには及ばない。アタシの膜はとうに神父に破られてる」
「なっ!」
「それに、心配してどうする? おまえ、自分の身さえ守れなかったじゃないか」
ゴディマは黙った。
「……その通りだよ」
ゴディマは席を立ち、店を出ていった。
店の入り口で入ってきた老人とすれ違う。
「こりゃ、バルテリの旦那!」
うしろでスープ皿を持ったドミンゴが言った。
「ありゃ、学友さんどうした?」
それを聞いたバルテリの爺ちゃんが、出て行った道を振り返る。
「あれは、学友か。アンナよ、どうした?」
アタシは椅子に深くもたれた。言い過ぎたかもしれない。ゴディマはアタシを心配しただけだ。あそこまで言い負かす必要があったのか。
「爺ちゃん」
「なんだ?」
「友達を作りそびれたかもしれない」
バルテリの爺ちゃんはアタシの前に座った。食べかけの皿を見る。
「いろいろあったと聞いたが、どうやら、それ以外にも進行中のようじゃな」
爺ちゃんが、ほほえんだ。アタシを拾ってくれた人だ。
爺ちゃんに朝からの出来事を話す。すぐ喧嘩になったと聞いて、爺ちゃんは熟れてない林檎をかじったように顔をしかめた。
「お前が学園に行けば、多少の問題は起こすと思ったが、まさかのっけからとはのう」
ドミンゴが爺ちゃんに茶を持ってきたので、話は中断になった。
「旦那、旅の者はどうしやす?」
「おう、そいつらなぁ」
アタシはあわてて止めた。
「爺ちゃん、余計なことしないでいいからな」
「ふむ……」
爺ちゃんが短い白髭にさわった。何か考えているときの合図だ。
「爺ちゃん! ほんといいから!」
「むむ、わかった、わかった」
「ドミンゴさんも、ね」
ドミンゴさんは納得いかない顔をしたが厨房に戻った。爺ちゃんがいるので同座はしない。
人のよさそうな老人に見えて、この人は「バルテリ一家」と呼ばれる裏ギルドの長だ。
表の世界にある魔法使いギルドや鍛冶ギルドなどの組合に対し「裏ギルド」と呼ばれる組合がある。
いわばそれは徒党と組んだ自己防衛で、この歓楽街のような揉め事が多い地区では、どの店もどこかの裏ギルドに入っている。
「お前、バルテリを名乗らないほうがよいのかもしれん」
爺ちゃんの意外な言葉におどろいた。
「アタシはこの名前を誇りに思う」
「おお、それは嬉しいがな。こう問題を起こすのが早いとな。名前で注目を浴びるのは避けたほうがよかろう」
そうだろうか? むしろ、うるさいハエがバルテリの名前で払える気がする。
「名前で印象が悪いと、友達作りにも影響するかしれん」
そこも、バルテリの名前に臆することなく付き合えるような者こそ、アタシは会いたい。
「まあ、もう遅いかもしれんが……」
おう、爺ちゃんの困った顔だ。そこは反省しないといけない。爺ちゃんを悲しませるのは嫌だ。
爺ちゃんは、名前を明日までに変えておくと言った。明日までにどうにかできるのか、そこは謎なんだが、古くからの知己が多い爺ちゃんなら可能なんだろう。
まあ、名前なんてどうでもいい。名前で本人の価値は決まらない。
食べ物を食べると眠気がどっときた。魔法の使い過ぎだ。アタシはドミンゴに感謝を述べ、ねぐらに帰ることにした。
「それでは、昨日の入学式には参加できませんでしたが、アンナ・ダイヤさんです」
土クラスの担当、ブリジッタ先生に紹介されたとき、アタシはアゴが外れるかと思った。
……アンナ・ダイヤ? 爺ちゃんよりによって、その名前にするか!
「それではアンナさん、うしろの空いている席へ」
ブリジッタ先生はそう言って右の一番奥を指した。横の席は昨日のゴディマだ。
「おめえ、ダイヤって正気か?」
席について早々、ゴディマが話しかけてきた。アタシは声を殺して答える。
「爺ちゃんが名前変えるって言うから!」
「……にしてもよ!」
同感だ。アタシだってルビーやサファイヤといった宝石の名前をつけてる婦人がいたら顔を見るだろう。いったい、どんな厚顔無恥が名乗ってるんだと。
午前中の授業は魔法のことではなく、この学園のことだった。これからどんな授業があり、どんな職を目指すのか、などなど。
授業はたいした物ではなかったが、不安は的中した。休み時間ごとにアタシの顔をのぞきに来る者がいる。
三刻目が終わるころには、廊下に面した窓に数十人の野次馬がいた。笑う者、首を傾げる者いろいろだ。
「くそっ、うっとおしいな!」
「おい、昨日の今日だ。ぜったい大人しくしとけよ」
「昨日は、お前がふっかけたんだろう!」
「……すまん、そうだった」
あやまるゴディマを見て、アタシは思い出した。クラスのほんとんどが無視するなか、話しかけてくるのはゴディマだけだ。
「お前、平気なのか? クラスのほとんどはアタシを無視しているというのに」
「いや無視じゃねえよ。おめえがぶっ飛んでるんで、みんなはどうしていいか、わかんねえのさ」
そういうものだろうか。首を傾げるアタシにゴディマが説明し始めた。
「あのな、初日ってのは、そのクラスの序列が決まる日なんだ。それを、おめえがぶっ壊したもんだから、みんな、なんとも言えねえ気分なのさ」
ああ、なんとなくわかった気がする。土クラスは荒くれの集まりだ。本来なら、そこで喧嘩の一つや二つでもあり、長が決まるのだろう。
「なんだか、くだらんな」
「まあな。そう言っちまえば、そうだがな」
「昨日のことは水に流してくれるか?」
ゴディマに言ってみた。爺ちゃんは軽くあやまっておけと言った。自分に非があるかの問題ではないらしい。
「おめえが言うかい。調子狂うな。ったく」
「狂うのか?」
「狂うさ! おれは昨日のことがあったんだ、話しかけねえほうがいいと思った」
「話しかけてるぞ」
「おめえが無茶苦茶だからだろう!」
「おお、すまん」
やっぱりゴディマって根はいいやつのようだ。爺ちゃんの名前変えは、ろくなことになってないが、一人の学友との気まずさをなくすことはできたようだ。
ぎゃはは! と笑う声が聞こえた。廊下からアタシを指差している男子の集まりがある。
「……しかし、うっとおしいな」
「おい、血の海に沈めるとか言うなよな」
ほんとうにそうしたい。昼の休み時間になると、ついにアタシに直接聞いてくる馬鹿まで現れた。
「お前さんが、ダイヤモンドって名乗る女か」
赤い制服をきた恰幅のよい男子だった。赤なら「火クラス」か。
「別に名乗ってねえよ」
火クラスってのは魔法の価値で言うと三番目だ。もっと上品なやつがいると思ったら、こういうのもいるのか。
「ダイヤって名乗るほどの美人じゃねえな」
「……まったく、アタシもそう思うよ」
「だが、かわいいのも確かだ」
火クラスの男は放っておいて、アタシはゴディマに話しかけた。
「ゴディマ、昨日のドミンゴさんから昼食を預かってんだ。食べるか?」
教室での飲食は禁止されている。アタシとゴディマは食堂に行った。
「なんだこりゃ」
食堂の景色に思わず声が出た。食堂はクラスによって使える席が決まっていた。それぞれのテーブルにはクラスを示す色のテーブルクロスが敷かれている。
しかも、それは数に圧倒的な差があった。光クラスを示す白いテーブルクロスの席は窓際に多くある。土クラスの席は奥まった場所に限られていて、席が空くのを並んで待っているありさまだ。
このまま待つのは馬鹿すぎる。食堂から見える中庭には、ところどころにベンチがあった。
「ベンチで食べては駄目なのか?」
ゴディマに聞いてみたが、ゴディマも知らないと言う。
「いや、そんな規定はないぜ」
振り返ると、さきほどの火クラスの男だ。
ならばと、中庭に移動した。箱に詰めた食事を開けるなら、ベンチより芝生のほうが良さそうだ。木陰に陣取り座る。
「いい季節だな。外で食うには」
「……なんで、お前がついてくる」
火クラスの男だった。
「いや、何食うのかと思ってな」
追っ払おうかとも考えたが、ずしりと重い手提げを考えてやめた。
「まあ……いいか。お前も食うか」
手提げに入れた箱は四つ。それぞれを出して蓋をあけた。
「おう、これは酒宴でも開くのか!」
火クラスの男が感嘆の声をあげた。それもそのはず。四つの箱にはすべて違う料理が入っている。それも隙間なくぎっしりだ。
「こいつが昨日、ドミンゴさんの料理を食わずに帰ったんでな」
ゴディマが、はっとして顔をあげた。料理人というのは、食わずに帰られるというのは矜持に反するらしい。アタシのせいだと言ってはみたが反論された。
「それでも食べたい、そんな匂いがしなかったって、ことだわな」
なるほど、そんなことを言う料理人だ。ドミンゴさんの飯は美味いはずだ。
「しかしこれ、三人でも食えるのか?」
火クラスの男の指摘はもっともだ。近くの木陰で本を読んでいる男子がちょうどいた。小柄で、くせのある髪型。眼鏡もしていて本を読みそうな風貌ではある。
「なあ、そこの男子、お前も食わないか?」
小柄な男子は眼鏡をあげ、開いた箱を見た。
「すごいね。ここの食堂は美味しくないから、昼食はあきらめてたけど……」
アタシらの輪に入って座る。
「火クラスのガレッツォだ」
「闇クラスのディトマルチオです」
「おれは土クラスのゴディマっていう」
三人が名乗った。
「そして、この女が、アンナ・ダイヤと」
ガレッツォが笑いながら言った。ディトマルチオがアタシを見る。
「ダイヤ……」
「おう、面白いだろ」
まったく、この男は。アタシはガレッツォに注意しようとしたが、ディトマルチオが思いもよらぬ言葉を口にした。
「なるほど、ダイヤ。それは言えてる」
「言えてる?」
思わず聞き返した。
「三人とも魔力は高いけど、アンナさんだけ魔力の質が特殊だ。なんだろう、とても硬い」
硬化の呪文ばかり使ってきたからだろうか? いやそれより……
「おめえ、魔力がわかるのか?」
ゴディマが聞きたかったことを聞いた。
「うん。闇の魔法には察知や観察といった能力があるんだ。みんなすごいね」
いや、すごいのは君なんじゃ。という言葉を三人は飲み込んだ。
「ここで何をしている」
ふいに声をかけられた。
振り返ると、三年の上級生グループだ。
青い上着なので水クラスか。
「何って昼食だが?」
六人の一人が歩み出た。
「魔法学園の生徒は品格を重んじる。地べたで食事をするなど、論外だ」
ガレッツォが相手を睨んだ。
「そんな規定は聞いたことないな」
「規定になくとも当然だろう。わざわざ定めることか。しかも携帯食とはな。お前らは労働者か何かか?」
上級生が食事箱を蹴った。アタシが立ち上がるより早く、ガレッツォが立った。
「おい、この野郎……」
「ガレッツォ、よせ」
ゴディマが立った。止めに入ったか。
「これは、おれにために作られた料理。怒る権利はおれだぜ。上級生だが知らねえが、てめえら……」
おおい、ゴディマ! 出番を取られてアタシの怒りは一気に鎮火した。
上級生たちは笑った。そして前に出ていた一人が何かをつぶやくと、体の周りに一筋の水流が走る。
「あまり上級生を舐めないほうがいい」
今度はガレッツォが笑った。
「入りたての一年だからって、魔法が使えないと思ったか。……フォティア」
ガレッツォが唱えたのは七元素の一つ、火の元素の名前。ガレッツォの両腕、肘の先が炎に包まれた。
「おれの好物、豚肉揚げを台無しにしやがって」
アタシは食事箱を見た。たしかに入っている。ガレッツォ、お前の怒りはそこか!
ガレッツォが炎を纏った拳で上級生に殴りかかる、正にその時、アタシらの周りに地中から高い土の壁がせりあがった。
そのあとにアタシたちを止めに入ったのはレオポルドという火クラスの先生だった。
さきほどの土の壁、あれはぜったいに土魔法だ。このレオポルド先生が出す魔法ではないのだが。
・・・・・・この学校も、なかなか一筋縄ではいかないな。
つづく
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