勇者の息子と魔王の娘 ~地球まるごと転生しそうな中心で碧眼の幼なじみに愛をさけぶ~

「レッド・ドラゴンを三匹釣った? すげえ、おれまだワイバーン一匹だわ」


 おれが座る席の横を、男性生徒ふたりが話しながら帰っていく。おそらくゲームだろう。ちなみに先週、おれは自転車を釣った。親父に連れられた近所の池で。


 さて、人生初である高校の入学式は、なんの感動も高揚もなく終わった。まあ、だれでも人生初だろうけど、昔なら「青春時代」と呼ばれた高校生活のスタートだ。もうすこし胸が躍るかと思ったが、とくになにもない。


 机にほおづえをつき、窓の外をながめた。


 この高校は一年生の教室が四階だった。なので見晴らしがいい。遠くにある駅に、電車が入っていくのが見えた。


 このM市は、どこにでもある片田舎の街だ。駅前には書店とレンタルを兼ねた大型店舗があり、そのとなりにはファストフードとファストファッションの店が並ぶ。


 どこにでもある片田舎、そしておれは、どこにでもいる高校生、それほど変った高校生活が送れるとも思わなかった。


勇太郎ゆうたろう、帰んねえの?」


 中学からの知り合いに声をかけられた。


「ああ、幼なじみと帰るから」

「物好きは高校になっても、変わらずか」

「ほっとけ」


 知り合いが肩をすくめて帰っていく。「幼なじみ」と言っても、出会ったのは小五だ。「恋人」とは言えないので、幼なじみと毎回説明している。


 おれの教室に来ると言っていたのに、いつまでたっても来ない。これはトラブルの匂いがする。


 席を立ち、A組の教室からF組の教室まで歩いた。


 入口の窓から中をのぞく。女子数名に、おれの幼なじみは囲まれていた。離れたところからは男子の一団が面白そうにながめている。


「ん~・・・・・・」


 思わず、サッカー日本代表がPK戦の一人目で外したときのような、深いため息をついてしまった。これ駄目なパターンだぞって。


 教室の扉を開ける。女子の声が聞こえてきた。


「ちょっと、なんとか言いなさいよ!」


 バンッ! と女子は机をたたいた。その席に座る幼なじみは、腕を組み口を閉ざしている。


玲奈れいな、しゃべっていいよ。おれが間違ってました。すんません」


 おれの幼なじみ、玲奈がこっちを見た。ハーフの顔立ちに青みがかった目。もう、きみは高級シャンプーのCMしなさい。


「勇太郎、おまえの助言する通り、しゃべらずにやってみたが、こんな感じだ」

「すまん。んで、なにがあったの?」

「男子に話しかけれても話さなかったら、気取ってんじゃないと怒られてな」


 わちゃあ、そうなるか。


「みなさん、すいません。玲奈は口が悪いんで、おれは話さないように忠告したんです」


 頭を下げた。


「あなた、この子の何よ!」

「あー、幼なじみだ。おれの大好きな相手でもある」

「えっ?」

「んっ?」


 怒っていた女子は、なぜか顔を赤らめた。


「林さん、だったかな」


 幼なじみの玲奈が、女子に声をかけた。


「こいつ、かなり変わってるから。相手にしなくていいぞ」

「変わってるって、なんだよ!」

「好きとか、そういうのは、人前で言わない」

「うちの親父は公然と言うぞ。母が大好きだったって」

「おじさんは、大人だ。高一のおまえが言うと変だぞ」


 変かな。おれは小五で玲奈に出会い、中学になるころには運命の人だと思った。中学で男女の好きだ嫌いだは、冷やかしの対象になるので表立っては言わなかった。


「高校生ぐらいになったら恋愛は普通だろう」

「いや、勇太郎、おまえのド直球は高校生でも異常だ」

「あ、あんた、どんだけいい気になってんの!」


 顔を赤らめ、言葉を失っていた女子が再び玲奈に噛みついた。やべえ、再び怒りの炎が点火したようだ。


「いい気にはなってないぞ。この勇太郎が、ちょっと変なだけだ。声をかけてきた男子は、入学初日に多少の美人を見つけたので、舞い上がっているだけだ」


 うんうん。このクラスの女子と男子が、互いを見合って変な空気になってきた。わかっていただけたか。わが幼なじみは、ほんとに口が悪い。いや、冷徹とも言える。


「美人って、自分でよく言うわ!」

「林さん、わたしが自分でブスって言うのも嫌味になるだろう。だがそれは、たかだか外見の話だ。性格や人格でもない。まあ、林さんも初日からこうなら、わたしと似たり寄ったりで性格はブスかもしれないが」


 林さんという女子が口を開けて固まった。


「それに、外見で寄ってくる男の数なんぞ、ほこるに忍びないぞ。林さんも気をつけたほうがいい」


 なぜか玲奈は林さんをじっと見つめた。


「高校一年にしては発育がいい。その胸、Cはあるだろう」


 林さんが、びっくりしたようで素早く胸をかくした。


「わたしなんぞ、Aの中のAだからな。高校あたりになると、男子はオスの性欲に目覚めると本で読んだ。声をかけてくる男子には、気をつけたほうがいいぞ」


 そう、幼なじみの玲奈は、ペチャパイだった。だが、おれはそんなことは関係ない。


「おれは、それもふくめ、玲奈が好きだな」

「勇太郎、セクハラで訴えるぞ」


 思わず首をすくめた。


「まあ、気に食わんかもしれんが、一年もいっしょになるんだ。ひとつ、お手やわらかにたのむ」


 玲奈が席を立ち、カバンを持った。ツッコミどころは多いが、さっさと今日は帰ったほうが良さそうだ。


 玲奈と教室を出て、校門まで歩いていく。


「なかなか、むずかしいものだな」


 玲奈が、地毛である赤毛の頭を乱暴にかきながら言った。さきほど、おれのことを「変わってる」と言ったが、幼なじみのほうが変わっている。


 特徴はふたつ。まず超美人。絵画に描かれそうな白い肌に青く澄んだ瞳。切れ長の目に細い眉毛は「かわいい」という言葉は当てはまらず、ひたすら「美」である。


 親父の部屋に飾ってあった白黒映画「肉体と悪魔」のポスターに出ていたグレタ・ガルボというハリウッド女優は、この娘のばあちゃんじゃないかと思ったほどだ。


 腰の上まで伸びる長い髪は、あわい赤茶色。ワイヤーでも入っているのかと思うほどストレートで、美容師が切るのをためらったほどキューティクルは輝いている。


 だが本人によると面倒でリンスをしていないらしく、子供のころから市販の安いシャンプーだけだそうな。おれはそれについて「弱酸性にだまされるな!」と警告を贈り続けている。


 そして問題は、ふたつ目。頭が良すぎる。


 恐らく、入試テストの上位三位には入っているだろう。玲奈は勉強をしない。何度か教科書と参考書を読むだけだ。ちなみに、おれも勉強はしない。単に嫌いなだけだが。


 玲奈の表情を見る。長年いっしょにいるので、少し気落ちしているのがわかった。


「まあ、気にするなよ」


 青い瞳がこっちをチラ見した。


「気になどしていない。だが、ありがとう」

「うん。たかが胸だ」

「そっちかい!」

「痛え、ローキックでツッコムな!」


 大げさに痛がったら、玲奈がケタケタ笑った。そうそう、笑顔が一番だぜ。マイエンジェル♡


「なにか、寒気が走った」


 玲奈がそう言って片眉を上げる。


「するどいな、おぬし!」


 ふざけていたら、校門を出ようとしたところで入ってくる先生と生徒にぶつかりそうになった。


 先生のほうが、なにやら怒り心頭といった顔だ。


「困るよ瀬名くん、転校初日で遅刻なんて!」

「かたじけない。初めての街で迷ってしまった」


 時代錯誤なセリフが聞こえたが、言ったのは上級生のようだった。


「どうした、勇太郎」

「いや、三年生で転校生っぽいけど、すんごいイケメンだった」


 彫りの深い顔立ちで、ハーフっぽかった。玲奈も振り返り、その上級生を見る。


「あまり、タイプではないな。それに、外見は興味ない」


 きみが言うと嫌味になるのだが。まあ、おれは自慢するほどでもない外見だから、玲奈が外見を気にしないとは、良いことだ。


 中学一年で「好きだ」と告白したが、玲奈から返事はもらっていない。ただ、変わらずこうして行動をともにしてくれる。つまり、嫌われてはいない。


「気合いだな。気合いで勝負だ」


 玲奈が首をかしげたが、おれは説明しなかった。


 しばらく住宅街を歩いていく。玲奈の家は、おれの家の近所だ。これからの高校生活、いっしょに登下校できるのは、神のおぼしめしと言える。


「勇太郎、近道で帰ろう」


 右側に立つ玲奈が、右に折れる道に指を差した。


「えー」


 玲奈の言う近道はわかる。小高い山を抜けていく道だ。でも頂上に神社があり、そこは昔に「神隠し」があったとして、地元の者でもあまり行かない。


「幽霊だの、妖怪だの、信じるのは子供だけだぞ」


 あきれた顔をした玲奈だ。


「いや、玲奈はそう言うけどね」

「反論するなら、きちんと物理法則をそえて言え。この地球で幽霊は飛べない」

「光は飛ぶだろ!」


 玲奈が、やれやれといった感じで首を振った。


「光でさえ、重力に引っぱられる。幽霊がもしいるなら、地球の重力で地中の奥深くに吸いこまれて終わりだ」


 ホーミングだか、ホーキングだかの宇宙の本を読めと勧められた。そんなもの、5ページ読むのが精一杯だ。


「幽霊だから重力は効かないんだよ」

「それも、おかしい。地球は秒速230kmで動いている。地球の重力が効かないなら、あっと言う間に宇宙空間に置き去りだ」


 口では勝てそうもないので、肩をすくめて流した。


「物理法則というのは、残酷なまでに絶対だ。この地球上でも、宇宙のかなたでも変わらないのだからな。幽霊が存在できるとすれば、もはや別の宇宙だ」


 玲奈が星でも見上げるように遠くの空を見た。宇宙に思いをせるか。くそう、かっこいいじゃねえか。


 右の道を進み、小高い山の階段を登っていく。


 頂上に着くと、お世辞にも立派とは言えない小さな神社があった。屋根の瓦は少し落ちているし、木の壁や柱には、緑色のコケが生えている部分がある。


 足早に去ろうとしたが、思わず止まった。


 神社の正面にあるガラス戸は閉まっているが、そこに、中をのぞいている人影がある。


 そのうしろ姿は、フードのついた黒いパーカーをかぶっていた。


賽銭さいせんを盗むのかな」


 玲奈が声を発した瞬間、その人が立ち上がった。パーカーではない。フードのついたロングコートだ。


「あー、冗談です。この子が言ったのは、じょう・・・・・・」


 冗談です。と言う前に黒いフードが振り返り、おれは思わず言葉が止まった。


 なにも考えが浮かばず、目が離せない。


 そこに見えた顔は骸骨がいこつだ。


「勇太郎、どうやら、わたしは精神科に行った方がいい。死神が見える」


 玲奈の前に立った。


「勇太郎、すまない。どうも病気に」

「病気じゃない」


 おれは黒いロングコートの人を見つめた。いや、あれはコートじゃない。ローブだ。


「これは幻覚じゃないぞ。おれにも死神に見える」

「なにっ!」


 真っ黒のフードがついたローブに、中身は骸骨。どう見ても死神にしか見えない。


「馬鹿な、ありえない!」

「玲奈、現に見えてるだろ!」


 死神がすべるように階段を降りた。


「勇太郎、逃げよう」


 それは駄目だ。玲奈は運動神経がなかった。足は遅い。死神のこいつが近づいてくるスピードは、玲奈の足より速そうだった。


 おれは足下の石を拾い、死神に投げつけた。


 投げた石は死神を通りぬけ、神社に上がる木の階段に当たって跳ねる。


「絶対でもねえじゃねえか!」


 物理の馬鹿! そう言ってやりたいが、死神が迫ってくる。


 親父が昔から言っていた。最後に物を言うのは気合いだと。


「輝け、おれの右手!」


 輝かない右の拳を力の限りにぎる。


「死ね!」


 殴った。なんか殴れた。死神が吹っ飛んでいく。


「死神って死ぬのか!」


 玲奈、いま言うのはそこじゃないだろうと思うのだが、すんごいクリーンヒットして吹っ飛んでいった。死神、死んじゃうかも。


 おれは玲奈の手を取り走りだす。


 神社の外をまわり、裏手にある階段を駆け下りた。


「勇太郎、なんだあれは!」

「おれがわかるかよ、親父に聞くしかねえ!」

「おお、はじめて勇太郎から名案を聞いた!」


 はじめてってなんだよと思いながら、階段を駆け下りる。家に向かって走った。


 おれの親父はファンタジー系を描くのが得意とする画家だ。日本ではそれほど有名ではないが、ヨーロッパあたりから個人注文がよくきている。


 ファンタジーを描くので、家にはそんな資料や本も多い。親父なら、なにかわかるはずだ。


「しまった!」


 玲奈が立ち止まる。


「なによ?」

「非科学的な物は存在した。わたしは、おじさんに悪いことを言った」


 なんのことか、すぐにわかった。ドラゴンだの魔法だの、子供じみた絵のなにが面白いのかと、玲奈は親父を目の前にして言ったことがある。


「でも、親父の絵は好きなんだろ?」

「ああ、風景画は好きだ。中世の街並みなんかは、惚れ惚れするほど秀麗しゅうれいだ」

「おれは、玲奈を描いた一枚が一番好きだな」

「おまえ、『あばたもえくぼ』って言葉知ってるか?」

「はぁ? それより走ろう!」


 玲奈をモデルに、髪飾りをした月の女神みたいな絵を描いてもらったことがある。まあ、それはそれはキレイだったのだが、親父のやつ、代金は30万だとぬかしやがった。


 そんな金はないので、金ができるまで玲奈の絵は死蔵されている。高校生になったのでアルバイトをすれば、なんとかなる。


「んあー!」


 今度は、おれが立ち止まった。


「勇太郎、どうした?」

「昼からバイトの面接なのに!」

「おまえ、死神とバイト、どっちが重要だと思ってるんだ」

「どっちも!」


 急ぐ必要ができたので、気合いを入れて走りだす。死神を見たという衝撃と、恋い焦がれた玲奈の絵が遠のく危険とで、おれのメンタルはぐちゃぐちゃだ。


 家に着く。外塀と壁のあいだを通り、庭にでた。親父のアトリエは庭のわきにある。


「親父!」


 アトリエの扉を開けてさけんだ。親父は、畳一枚を横にしたような大きなキャンバスに向かっていた。ドラゴンと騎士が戦う絵が描かれている。


 50歳を超えた典型的に太った中年が、こっちに振り向く。


「おお、どうだった、入学式は」

「死神がでた!」

「いまの高校は、そんな派手なのか!」


 親父は学園祭と入学式をごっちゃにしていると思われた。


「ちがうちがう、神社で本物の死神に会ったんだよ!」

「本物?」

「おじさん、本当だ。わたしも見た。ちなみに、ふたりとも薬も酒もやってない」


 なんちゅうこと言うんだと、おれは想い人を振り返った。


 親父もあきれるだろうと思ったら、なぜか真剣な顔だ。

 

「おいおい親父、薬ってな、じょう・・・・・・」


 冗談だと言う前に、親父はツッカケを履いて庭にでた。空を見上げている。おれも空を見てみたが、カラスが飛んでいるだけだった。


「ちょっと待ってろ」


 親父は庭の反対に行き、野球のバットや釣り道具をしまっているプレハブの物置を開けようとした。


「しまった、鍵か」


 鍵は家の中だろう。


「勇太郎、鍵だ」

「いや、持ってるの親父じゃね? この前、釣りに行ったじゃん。最後に片づけたの親父だぜ」


 親父が腕を組み、考えこんだ。


 おれと玲奈も物置の前に行く。


「そうだ、鍵をなくしたときのために、予備をどこかにかくしたな!」


 親父はいつくばり、物置の下に敷いてあるブロックを探り始めた。


「こうして、うしろ姿を見ると、にてきたな」

「えー、おれ、こんなに太ってねえし」


 腹のでた太っちょの親父が地面に這いつくばると、ガマガエルかヒキガエルだ。


「体型じゃない。髪の感じとかだ」


 おれはモジャモジャの頭をかいた。ひどいクセ毛でイヤになる。中学の修学旅行で上野にある博物館に行ったさい、ギリシャ彫刻を見たクラスメートに「勇太郎の祖先だ」と言われた。


 古代ギリシャ人にシンパシィを感じるほど、おれの髪は黒く剛毛で、くるくる巻いている。


「くそ、どこにかくしたか忘れた!」


 親父、それ、一番ダメパターン。


「やむをえん、久しぶりにやるか」


 親父は、おれと玲奈に向かって手を振った。


「少し下がってろ」

「いや親父、壊すとあとが面倒・・・・・・」


 面倒だろと言う前に、おれは口を開けて固まった。親父は蹴って壊すのかと思ったが、両手のひらで空中をくるくるやりだした。そして、なにかブツブツ言っている。


火球イグニス!」


 そう言って右手の人差し指を振ると、小さな小さな火の玉が飛んだ。


 火の玉は物置の扉にある鍵穴に当たり、鍵穴が溶ける。


「ふう、なんとかなったな」

「お、お、親父、これ」

「うむ。昔取ったシノヅカってやつだな」


 あまりに信じられなくて、玲奈を見る。玲奈も目を見ひらき、白い顔がさらに白く血の気が引いている。


「玲奈、見た?」

「見た。そして、篠塚シノヅカは巨人にいた往年の選手だ」

「うむ、いい二塁手でな」


 物置を開けて、ガソゴソしている親父が答えた。いや、ええと、おれの混乱した頭では、ツッコム言葉が思い浮かばなかった。


「あった!」


 おれと同じ天然パーマの髪にホコリをつけて親父がだしてきたのは、木の棒だった。


 バットと同じだと言えなくもないが、もっと太い。親父がにぎっている部分には革のヒモが巻かれていて、先になるほど太くなる。これはもしかして・・・・・・


棍棒こんぼうだ」


 だろうね!


「おまえらの武器がいるな。ちょっと買いにいくか」


 親父が棍棒を肩にかつぎ、庭からでようとする。


「ちょっと待て、親父!」


 本気でさけんだ。親父が止まる。なにから聞けばいいんだろう。頭がぐちゃぐちゃで、どう聞いていいかもわからない。


「おじさん」

「おう、なんだ玲奈ちゃん」

「おじさんは、だれ?」

「山河勇次郎、58歳、職業は画家のはしくれ」

「おじさん!」

「妻には三年前に先立たれましたが、健気けなげに生きております」

「おじさん、聞きたいのは、そういう話ではない」


 親父が、おれと玲奈を交互に見た。


 それから、ふっと顔を上げ遠くを見つめる。しばらくすると、もう一度おれの目を見つめ、口を開いた。


「父さん、もと勇者なんだわ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・パードゥン?」


 この前に玲奈と見た映画の主人公の気持ちがわかった。あのハイスクールの主人公は彼女が妊娠したと聞き、たっぷり30秒固まって吐いたセリフが、このひとことだった。




 どこへ買い物にいくのか、わからないまま親父についていく。


「平行宇宙ってわかるか?」


 住宅街を歩きながら親父の口からでたのは、聞いたこともない言葉だった。


「多元宇宙論か。わたしには屁理屈としか思えなかったが」

「おお、さすが玲奈ちゃん、知ってたか」


 親父が、かついでいた棍棒をおれに渡した。空いたふたつの手で、それぞれに玉を握ったような形を作る。


「ちがう世界、ちがう宇宙が存在する。それは距離が離れているのではない。次元がちがうんだ」


 玉を握ったような手は離していたが、次にそれを重ねた。


「たまに、それが重なり合うときがある。そして万が悪ければ、ちがう世界に行ってしまう」


 そんなことあるだろうか。


「聞いたことはないか? 『ミッシング・リンク』というやつだ。例えば、アメリカの高速道路を走っていた男が、突然に見たこともない世界に行き、気づいたら家の前だった、というオカルト話を」


 それはTVで聞いたことはある。


「あれって、作り話じゃないの?」

「そう。嘘をあばこうと調べたやつはいた。ところが男の車は、確かに高速に入った記録はあったが、出た記録がない」


 マジすか。


「では、おじさんは異世界人?」

「おう、玲奈ちゃん、お察しの通り。おじさんは前の世界では勇者だった」

「ゲ、ゲームの世界じゃん!」


 おれのおどろいた言葉に親父までうなずいた。


「そう、おどろいたぞ。この世界では、前にいた世界とそっくりな物語が多数ある」


 剣と魔法の世界か。最初の作品ってなんだろう。指輪物語、いや、アーサー王伝説なのかな。


「私が思うには、おそらく『残留者』が書いたのではないかと」

「残留者?」


 聞き慣れない親父の言葉だった。


「別の世界へ残った者だ。日本だと『残留者』アメリカなら残り物を意味する『リメインダー』などと呼ばれることもある」

「んな馬鹿な! なあ玲奈」


 めずらしく玲奈は考えごとをしていたのか、はっと顔を上げた。


「ごめん、なんの話だ?」

「別世界に残った人だってさ」

「いや、それが、おじさんなんだろう?」


 あっ、そうでした。決定的証拠が、目の前にいた。


「では、異世界から来た人は、魔法を使えると?」


 玲奈が聞いた。そうだ。親父は先ほど魔法を使った。


「んー、使えると言えば使える。使えないと言えば、使えない」


 よくわからない言い方に首をひねった。


「この世界には、魔力がない。代わりに電力はあるがな」

「いや親父、さっきだしたじゃん」

「あれで精一杯だ。体内にある魔力を練りあげて、やっとあれだ」

「それでか」

「なにがだ?」


 親父が着ているパーカーのポケットに手を入れた。ライターを取りだす。


「パイプに火をつけるために、いつも持ってるだろ。魔法が使えるなら、ライター要らねえじゃんと思って」


 おれの手から親父がライターをうばい取った。


「毎回してたら、父さん死んじゃうわ」


 マジか。せっかくの魔法なのに、役に立つような立たないような。


「では、あの死神も、多元宇宙から?」


 玲奈が聞く。親父が空に指を差した。


「残月がでてるだろう」


 親父の指が示す方向を見る。確かに今日は昼なのに月がでていた。


「きちんとした理論はないが、残月と新月。このときミッシング・リンクが起こりやすいと言われている」


 空には、白い月がでていた。たしか出産は、満ち潮のときが異常に多いと聞く。月の周期が関係するのは、ありそうな話だった。


「まあ、野球? がんばってね」


 近所のおばさんに声をかけられた。はたから見れば棍棒はバットだ。


 気づけばバットを持った父が星を指差し、おれがそれを見つめる図。いまは星じゃなくて月だけど。


 気を取り直し、三人で歩く。


「おじさん、疑問は多いが、わからないことがひとつ」

「いいよ玲奈ちゃん。もうこうなったら、おじさんなんでも話しちゃう」


 いや、もっと早くに言えよ。


「死神に石を投げたら、すり抜けた。なんでです?」

「あー、まだこっちの世界に固定化されてないんだろう」


 固定化? もう今日は何度も小首をかしげ、おれの首は筋肉痛になるかもしれない。


「重なり合った世界の両方にいるような形だな。安定してないので物が通過したり、向こうが透けて見えたりする」


 そういうことか。あれ? ということは、世の中の幽霊って、ミッシング・リンクの真っ最中の人だったりするのかな。


「ごめん、わたしが間違っていた。これなら幽霊は存在する」


 玲奈がおれに向けて言う。同じことを玲奈も思ったようだ。


「かわいいから許す」

「なるほど、美人は得だな」


 玲奈が笑った。そのジョークは、今日の林さんの前では言わないよう祈った。


 しかし、そんな世界が重なり合うような現象が起きるなら、いままでにも大勢が行ったり来たりしているんじゃないか?


 その疑問を親父に聞くと、親父は大丈夫だと言う。


「さっきのミッシング・リンクの話あっただろ。高速道路の。普通はもとの世界にもどるんだ。それに、ちがう世界に行くのも一瞬であることが多い」


 まれに長く滞在する場合もあるので、念のために武器を買っておくそうだ。おれと玲奈の分を。


 話を聞いて安心した。あの死神は、もう元の世界にもどっているかもしれない。


「まあ、行った先の住人に触れたりしなければ、なかなか固定化という現象は起きない」


 やべえ。思わず玲奈と目が合った。


「あー、お宅の息子さん、死神に拳をふるうのをこの目で見たのですが・・・・・・」


 なにっ! と向いた親父の目は、ひさびさにマジで怒るときの目をしていた。




 親父が急ごうと言い、早足ではなく駆ける。


「よし、着いたぞ」


 親父はそう言って止まり、膝に手を突いて休んだ。ぜいぜいと肩で息をしている。


「親父、運動不足すぎるぜ」

「おまえが体力ありすぎる」 

 

 玲奈も息が弾んでいた。まだ春なのに、ひたいには玉のような汗が流れている。その滴が、大理石のようなほほをつたった。


「尊い!」


 想いがあふれ、さけんでしまった。ふたりが不思議そうな顔をしたので、聞くべきことにもどろう。


「親父、着いたって言ってもよ」

「ああ、ここだ」


 おれは振り返り、店をながめる。近所のご当地コンビニ『シックス・テン』だった。


 もともとは、営業時間が朝の6時から夜の9時だったけど『シックス・ナイン』という名前がいかがわしいと批判が殺到し、いまの名前になり、営業時間も一時間延びたという伝説のコンビニ。


 親父のあとに続き店に入った。


「坂本、緊急事態だ」


 親父が歩きながら、レジにいた長いヒゲで背の低い中年男に声をかけた。


『まるでドワーフ』と近所でも有名な、このコンビニの店長だ。坂本って名前なのか。もっとこう『トーリン・オーケンシールド』みたいな、ドワーフっぽい名前だったらいいのに。


「おお、ゆうちゃんどうした!」


 ふたりは知り合いか。っていうか、『勇ちゃん』って呼ばれてるのか。いやまて、嫌な予感がする。親父は別の世界から来た。名前は後付けじゃないのか?


「親父、石原裕次郎から名前パクった?」

「よくわかったな。仲良くなったバアさんが、宇宙一のハンサムは裕ちゃんだって言うんでな」


 おれらの会話をドワーフ坂本が見ているのに気づいた。


「勇ちゃん、この子ら」

「私の息子だ。それより坂本、ミッシング・リンクが起きた」


 背は低いのに顔は大きい坂本が、眉をしかめた。


「おい、あと頼む」

「へいっ」


 店長とは真逆の、ひょろ長い男に声をかけ、店長はレジからでてくる。トイレの方向に行くみたいだ。おれら三人もついていく。


 三つのドアがある。それぞれ札が打ちつけられていた。お客様用トイレ、従業員用トイレ、関係者口、この三つだ。


 関係者口に入るのか。なんだか、マフィア映画みたいになってきた。そう思ったら、店長は『従業員用トイレ』のドアを開けた。


「四人は、ちとせめえな」


 そう言って閉じた便座の上に立つ。おい、ドワーフ坂本。なにを思ったか親父まで平然と入った。壁に寄ってスペースをあける。マジで?


 おれもトイレに入り、親父とは逆の壁に身を寄せた。玲奈が入りドアを閉める。不満を言うのもなんだが、親父の棍棒、マジ邪魔くさい。いまは親父が両手を上にして持っている。


「おい、勇者の息子、手元のボタンを言うとおりに押してくれ」


 おれが寄りかかる壁にウォシュレットのパネルがあった。


「水圧の『弱』を6回」


 上からは見えにくかった。トイレに四人という、ぎゅうぎゅう状態。だが、なんとか膝を折ってかがむ。


「1・2・3・4・5・6」


 数えながら『弱』のボタンを押す。


「同じく水圧の『強』を9回」


 これも数えながら押した。回数多いな。


「最後に『ビデ』だ」


 思わず店長を見上げた。ヒゲのドワーフ顔がニヤリと笑う。なるほど、店名は偶然じゃない。この店長、下ネタが大好きだ。


 最後のボタンを押すと『ガゴッ!』という大きな音がした。『ウィンウィン』とモーターが回るような音までする。それに、からだで感じる感覚は・・・・・・


「マジかよ、エレベーターか!」

「おう。かっこいいだろ、勇者の息子よ」


 いや、かっこ悪いよ!


「たまに客が間違って用を足すのだけが、少し問題だわな」


 少しどころの問題じゃない。ツッコミたいのを我慢していると、エレベーターはすぐに止まった。


「お嬢ちゃん、ドア開けていいぜ」


 いや、こんなトワイライトゾーン、なにが待っているかわからない。開けれるかと思ったが、愛しい人はすんなり開けた。強いね、愛しい人。


 玲奈に続いてトイレからでる。


「ありゃ?」


 一階のコンビニだ・・・・・・と思ったら、そっくりそのままのレイアウトか!


 トイレの通路からでると、店の棚まで同じだった。ただし、その白い鉄の棚に置かれてあるのは、アンティークかと思われるような品がほとんどだ。


 棚の品を見てまわる。ランプにマッチ。中世の肌着みたいな物。懐中時計は、なぜか文字盤が『13』まである。


「ここは『残留物』の店だ」


 うしろから来た親父が言う。さきほど異世界から来た者を『残留者』と言った。ならこれは、異世界の品々か!


 棚の品を見ていたが、妙なことに気づいた。コンビニと同じように天井の照明が明るかったが、それとは別にどこかから赤い光がくる。


 周囲を見まわすとわかった。レジのうしろの壁だ。木で作られた髑髏どくろのお面があり、そのひたいに埋め込まれた大きな赤い石が点滅している。なんだか、第三の目みたいで気味が悪い。


「ありゃ、こないだオランダから仕入れた品だが、ハズレだったか」


 最後にトイレからでたドワーフ店長が顔をしかめた。


「店長、あれ、なんです?」

「魔族探知機って聞いたがな。誤作動してやがる」


 玲奈がレジに近づいていくのが見えた。


「玲奈、あぶなくね?」


 おれの声は聞こえてないのか、ゆっくりと近づいていく。


「玲奈!」

「大丈夫だ。爆発するようなもんでも・・・・・・」


 ドワーフ店長が言ったそのとき、ボフッ! と爆発するような音とともに赤い石が玲奈に飛んだ。


「玲奈!」


 いや、ぶつかったと思ったが、玲奈は顔の前で赤い石をつかんでいる。良かったと安心する間もなく、ジュウ! と音が聞こえ玲奈の手から煙がでた!




 とりあえず倒れた玲奈を運ぶ。


 地下のコンビニにある『関係者口』をぬけると、古い山小屋のような部屋だった。


 火はついてないが暖炉があり、その横に大きな長椅子があった。そこに玲奈を寝かせる。


 玲奈は手から煙が上がったあと、そのまま倒れた。親父が見たこともないような速さで動き、うしろから抱きとめると玲奈の手にある石をもぎ取った。


 そして、おれと坂本店長で、この山小屋のような部屋に玲奈を運んだというわけだ。


 親父は歩いていたが、大きなダイニングテーブにあるイスを引き、倒れこむように座る。


「ひでえ火傷だ」


 坂本店長が持ちあげて見たのは、玲奈の手のひらだった。赤い石をつかんだ右手のひらが焼けただれている。


「ちょっと待ってろ」


 そう言い残し、坂本店長は飛ぶように店内に帰った。


 静まり帰った地下のコンビニから、ピー、という電子レンジの音が聞こえる。なぜに電子レンジ? そう思ってると、店長が帰ってきた。手には冷蔵庫でよく見るジップロックを持っている。


「葉っぱ?」

「薬草だ。解凍してきた」


 取りだした葉が、この世界の物ではないのは理解できた。緑色をしたカエデのような葉っぱだが、三つある先端がゼンマイのようにぐるぐる巻いている。


 その大きな葉を玲奈の手のひらに乗せると、ビュルン! と巻いていた先端が伸びて玲奈の手に密着した。


「これ、葉っぱに食われない?」


 おれの言葉に店長が笑った。


「これはドルイドが使っている薬草だ」

「ドルイド、たしかケルト民族の司祭だっけかな」

「いや、残留者だ」

「えー、あれも!」


 地球って残留者だらけじゃん。


「この薬草は魔力に対しくっつく。だが心配はねえ。少しの魔力を養分にし、治癒の効果をだす」


 マジすか。薬草すげえ!


「勇太郎、ちょっとこっちに座れ」


 うしろから親父が声をかけてきた。


「いや、でもよ」

「玲奈ちゃんは、じきに目を覚ます」


 まあ、勇者だという親父が言うならそうなんだろう。おれは親父の対面に座った。


「ほらよ、勇ちゃんには、こっちだな」


 坂本店長はダイニングテーブルの上に茶色い小瓶を置いた。親父がそれに手を伸ばす。興味深そうに見たのがわかったのか、親父が口を開いた。


「これは気付け薬だ。今日は二回、魔術を使ったからな。もう、父ちゃんはヘロヘロだ」


 魔術か。さきほど玲奈を抱きとめた動きだろう。


「二回か! そのあとで、よく歩けるな」


 坂本店長が褒めるように言い、壁ぎわに置かれたキャビネットの扉を開ける。


 アンティーク家具のようなキャビネットだ。ツヤのある木目の枠にガラス窓。ヨーロッパの物なのか、キャビネットの足が猫のようになっていた。


「おれらは、コーラでも飲むか」


 坂本店長が持ってきたのは、ビンのコーラだ。いや、さっきキャビネットからだしたよね。そう思って手に取ると、しっかり冷えている。


 あれか、あのキャビネットも魔法の家具かなにかか。人生初、魔法で冷やしたコーラ。なんだかすごい無駄な初体験。


 じっと見てたら、おれのコーラを店長が取った。


「そうだ、最近のやつは、これが無理だったな」


 店長が歯でコーラのフタを取る。


「ほらよ。礼はいいぜ」


 おれはうなずいて受けとる。礼というかうらみを言いたい。おれの人生の間接キッスには順番がある。その最新は玲奈。先週に映画を見ながらもらったペットの紅茶だった。それがドワーフみたいなオジサンに更新される。


 シュンとしながら飲んだけど、ビンのコーラはうまかった。


「あの子、両親はいないんだよな」


 親父が聞いてくる。


「じいちゃんと、ばあちゃんしかいない。親父も会ったことあるだろ」


 親父を玲奈の家に連れて行ったことはあった。夕飯をご一緒しませんかと誘われたからだ。平屋で質素な家だが、少し広めの庭がある。そこで家庭菜園をしていて、採れる野菜はうまい。


「お父さんが外国人だったよな?」

「そう聞いたけど・・・・・・」


 親父がため息をついた。その横に座るドワーフみたいな店長も、普通にコーラを飲んではいるが、なにか変だ。


「おまえ、死神を殴ったと言ったよな」


 親父が言った途端、店長が横を向いてコーラを吹きだした。


「勇ちゃんの息子、死神を殴ったのか」

「そうだ」

「すげえ、さすが、勇者オルバリスの子だ」

「昔の名を言うな、ドルーアン」


 おお、親父の本名はオルバリスで、坂本さんはドルーアンなのか。それっぽい!


「ふたりは、ひょっとして同郷?」


 親父がうなずく。


「もとは知り合いではないが、同じ世界ではあった。昔に起きたミッシング・リンクの残留者だ」


 マジか。いやでも、不思議なことがいっぱいある。


「親父も、坂本さんも、どういう立場? 不法滞在? いや、おれ普通に学校行ってるしな」


 親父は免許証も持ってた気がする。


「もしかして偽造?」


 親父が頭をかいた。どうやらそうらしい。


「いや、無理じゃね? 南米とかならまだしも、ここ日本よ」


 言いにくそうにしている親父を尻目に、坂本さんが笑った。


「坊ちゃん、このせまい街にも、残留者は二人いる。そして二代目、三代目、いやもっと大昔の祖先もいるかもしれねえ」


 おれはうなずく。そりゃそうだろう。中学の体育教師だったオッサン、あだなが『ゴブリン』だったが、ほんとにゴブリンだったのかも。


「そうなるとだ、市役所、いやもっと上、そういうところに残留者、またはその子孫がいないと思うかい?」


 坂本さんが人の悪い笑みを浮かべた。ありえる。


「何代が前の総理、あれは絶対、異世界人の顔ですね」


 親父と坂本さんが笑った。おお、これ残留者ジョークにならないかな。


「それに、勇ちゃんは一匹狼みたいなやつだが、残留者同士ってな独自のネットワークを持つ者も多いのさ」


 たしかに、ここの品。個人で集められる物じゃない。


「まあ、こっちの話よりもだ」


 親父が話を区切るように言った。


「勇太郎、おまえ見落としてるぞ」


 なにをだろう。一応、イスの下を見た。10円玉落ちてるとかもない。


「あっ、やべえ、チャック半開きだ!」

「その話ではない!」


 親父がバン! とテーブルをたたいたので、チャックを閉めようとした手を反射的に上げた。


「チャックは閉めとけ」

「アイアイサー!」


 急いでチャックを閉める。


「さきほど、ドルイドの薬草を使うとき、この坂本は『魔力にくっつく』と言ったぞ」


 そうでした! おれは玲奈を振り返る。赤茶の長い髪が、顔に少しかかっていた。おふぅ、寝顔かわいい。


「じゃあ、玲奈も残留者リメインダー?」

「いや、おまえと同じ、二代目だろう。なにも知らなかったようだからな」


 お母さんは日本人で、お父さんがポーランド人らしい。そう玲奈は言っていた。子供心がついたころには、もう両親は他界していたとも聞いた。


「それに、赤い石が光っただろう」


 あれか、魔族探知機って言ってたな。


「魔力があり魔族探知機が光った。つまり玲奈ちゃんは、魔族、闇の眷属、ダークエルフ、悪魔、色々といるが、そういうたぐいの者が親だ」


 おれのほうがテーブルをたたいた。


「玲奈が悪魔なんてことはねえ!」

「魔王だ」

「はっ?」


 透きとおった声がして、振り返ると玲奈は起きていた。


「わたしはおそらく、魔王の娘なんだ」


 おれは親父に振り返ったが、親父も坂本さんも動きを止め、じっと玲奈を見つめていた。




 つづく



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る