3021年ー宇宙の旅 ~金貯めて放浪しようとした矢先、帰れないんですが~ 冒頭2話

 二泊した安宿を引き払い、発着ロビーに行く。


 電光掲示板の前で立ち尽くしている人の群れ。その向こうにあるチケットカウンターでは、なにやらオバチャン達がもめていた。


 事態はなにも変わらないか。


 ぼくはロビーに背を向け、ステーション内にある簡易宿泊所を目指した。


 こういう宇宙ステーションには、宇宙船を待つために簡易の宿泊施設がある。普段なら船のチケットを持った物しか使えないのだが、アイゼンハワー星の住人には無期限の使用チケットが出た。そりゃ、帰れないんだから当然といえば当然。


 宿泊施設に来てみるとガックリ。ベッドじゃなくてザコ寝だ。ただっぴろい空間に、いろんな星の人間が毛布をかぶって寝ていた。近くにいた人間に聞いてみると、毛布は荷物の預かり所で借りれるらしい。


 ぼくは荷物預かり所に行き、毛布は借りずに荷物を預けた。ダッフルバックが一つとズタ袋が一つ。小さなリュックは持って行くことにする。


 発着ロビーと宿泊所がある下層エリアから、エレベーターに乗りショッピングエリアへ行った。


 このサマルサンドStaは、4つの航路が交わるというだけあって、ショッピングエリアも広大だ。青っちろい顔をしたヒューマノイド(人間型)が多いが、あれがクシャブ人。クシャブ星系なんでクシャブ人が多いのは当たり前。


 ふと、クシャブ人がどんな音楽を聴いているのかが気になった。ミュージックストアがあったので入ってみる。試聴コーナーにイヤホンがあった。クシャブ人もヒューマノイドだから、耳は同じで二つだ。


 ちょっと聞いてみたが、まったく意味がわからなかった。ドュルドュルと低音が鳴り、キリキリと高音が鳴る。そんな音楽。


 とつぜん肩を叩かれ、ふり返るとクシャブ人の男の子がいた。オレンジの服は店の店員か。あわててイヤホンを外す。


「%△#?%◎&@□!」


 いけね。翻訳機のスイッチ切ってたわ。腰に付けた翻訳機のスイッチを入れ、ワイヤレス・イヤホンをつける。


「君らからしたら、聞けたもんじゃないだろ? 最近のクシャブン・ミュージックは」


 クシャブ人の男の子はクレオと名乗った。ぼくと同じ18か19、そのぐらいだろう。


 彼は地球の音楽にすごく詳しくて、それもビートルズやローリング・ストーンズといった中世のクラシック・ロックが好きだという。ザ・バンドも好きって言ってたけど、あいにく僕は知らない。


 クシャブ人が地球の音楽を知ってるなんて嬉しい。地球はもう何百年も前に捨てられた星だ。宇宙の各地に地球人は広がっているが、広大な宇宙の中で言えば一握りだ。


 嬉しくなったぼくは、彼にビートルズの野外ライブ音源をあげる約束をした。ぼくの端末に入っている。ブート版なのでコピーはできるけど、違法だ。何代目か忘れたけど、ポール・マッカートニーの子孫は宇宙でもかたくなに著作権を守っている。


 店の中ではわたせないので、彼と夕食の約束をした。あと三時間ほどで仕事はあがるらしい。教えてくれた店は、このショッピングエリアのさらに上にある歓楽街の階層だ。


 ぼくは簡易宿泊所にもどり、約束の時間まで昼寝することにした。




 約束の時間が来たので、起きてでかける。


 歓楽街のエリアに着いて驚いた。照明が夜だ。おそらく24時間、常に夜なんだろう。


 ぼくは教えてもらったBARを目指した。


 他星系のステーションに行くと迷うのではないか? その心配は必要ない。宇宙航路局が採用している道案内の記号は、アルファベットだからだ。


 黒の単色のみで書かれた、たった26種類の言語。これは他の星にしてみれば驚くほど簡単なんだそうだ。宇宙航路局は、道案内の記号にアルファベットを採用している。


 酒場はBAR、宿屋はHOTEL。このへんはいい。ちょっと間違って使われてるのがトイレがSEX。あと決めた人の悪意がありそうなのが、航路局の保安部。これは、ぼくらで言うところの警察なのだが、示すアルファベットはDOG。ぜったい悪意があるよ。


 さて、言われたBARは見つけた。こじんまりした大衆酒場だ。10席ほどのカウンターはいっぱいで、テーブル席も半分ほど埋まっている。クレオはまだ来てないようだ。


 ぼくは待ち人がいるのを伝えると、テーブル席に案内された。メニューを開いてみたが、クシャブ文字はわからないので閉じる。


 しばらく待っていたが、クレオは来ない。なにかあったのだろうか。


「おめえ、アイゼンハワーの人間か?」


 となり席のクシャブ人グループに声をかけられた。40歳ぐらいの中年グループ4人だ。作業着を着ているのを見ると、航路局の整備士かもしれない。


「はい、アイゼンハワー星ですが?」


 男4人は「おお」と顔をしかめた。


「気の毒にな。一杯奢ってやるぜ。おい、姉ちゃん、ビール5つだ!」


 このステーションにはコーラだけでなくビールもあるらしい。ぼくは好意を受けることにした。


 クシャブ人って気さくなんだな。そう思ったけど、さすが労働者! ジョッキ一杯のビールをぷはっ! と一息で飲むと、次の一杯を注文する。


 結局、彼らとは3杯のビールを飲んだ。奢られっぱなしも悪いので、ぼくも少し出すと言うと断られた。でも、それもなんだか悪い。


「なら、その帽子、くれねえか?」


 この時、ぼくはアイゼンハワーの野球チーム「ブラックソックス」の野球帽をかぶっていた。安物の帽子だ。喜んでわたす。


「ありがとよ。うちの坊主が喜ぶわ」


 男4人が店を出るのと入れ違いで、やっとクレオが来た。


「ごめん、残業言われてさー!」


 ぼくは謝る必要ない、むしろビールを奢られてラッキーだったと説明した。だが、意外にも話を聞いたクレオは顔をしかめた。


「それ、ぼられたかも」


 クレオの説明を聞いてわかった。他星系までの距離は遠い。ものすごく遠い。その現地の物というのは、元の数倍はする価値があるそうだ。


 それにアイゼンハワー星は、このステーションから出る航路の中で、もっとも長い二ヶ月の長期航路。その星の物なら、ビール三杯よりぜったい高く売れると。


 その話を聞いて思い出したことがある。ぼくの親戚トムおじさんだ。


 トムおじさん、糖尿病で片足が義足なんだが、いつも酔っ払ってて親戚では有名な人だ。おじさん、どこから聞きつけたのか、ぼくが宇宙旅行に行く前夜に現われた。


「こいつを持ってけ」


 トムおじさんが出したのは、ズタ袋いっぱいのガラクタだった。うちの両親は「おじさん、ついに酒でおかしくなったか」と思ったらしいが、あまりに真剣なので持っていかざるをえなくなった。


 おじさん、こうなる事を予想したんだろうか? でも、おじさんが宇宙旅行をしていたなんて話も聞いた事がない。まあ、帰ったら聞いてみようか。


 しかし、他星系の物がそんな高く売れるとは。それって個人貿易みたいな事が可能なんじゃないか? そう思ったが、そうは上手くいかないらしい。


 基本的には距離が遠い星の物ほど高価になるらしいが、星によって持って入れる品物は予想がつかないらしい。ある時から、ふいに持ち入れ禁止になる物質も多いそうだ。それに、その星で高価な物が、次の星でも高価な物である保証もないそう。


「翡翠って、クシャブ星では高価かい?」


 ズタ袋に入っていたガラクタの中で、一番高級そうなのは翡翠のネックレスだ。


「ひすい?」


 クレオが首をひねったので、端末で翡翠の画像をだした。持ち物を全てメモっておいて良かった!


「ああ、ガレ石か」


 このクシャブ星系では翡翠はまったく貴重ではなく、ガラス玉と同じ値段だそうだ。いっぱいのガラクタが一財産になるかと期待した妄想は、一瞬で消えた。


「スペース・パッカーするつもりかい?」


 うん? 翻訳された言葉がわからなかった。聞けば、そういうふうに旅をしながら他星の物を売り歩く人は多いそうだ。そこそこ金にはなるらしい。やっぱりね、狙うところはみんな同じか!


「まあ、だいたいスペース・パッカーは宇宙の迷子になって終わるけどね」


 クレオは笑ったが、ぼくは逆に真剣になった。


 アイゼンハワー航路の復旧が、いつになるかわからない。なるべく倹約しようと思っていた。でも、それなら先に進むのもありなんじゃないか?


 ここよりさらに遠くの星に行けば、売れるガラクタも出てくるだろう。時間に縛りがないので、安い宇宙船チケットも狙える。出航前に叩き売りされることがあるのだ。


 これは当初の予定通り、旅をしてもいいのでは?


 きままに行けるとこまで行ってもいい。または「白色惑星バース」を探すのもいい。「宇宙百景」という本で見た星だが、どこにあるかはわからない星だった。


「カイト?」


 気づけば、クレオが自分の端末を持って目を輝かせている。そうだった! ビートルズのブート音源をあげる約束だった。


 ぼくはリュックから端末を出して、クレオの端末につないだ。


 ダメ元で聞いてみたが、こういう音楽データは高価にはならないらしい。


「でも、俺にとっては宝だよ。今日は値段を気にせず飲み食いしてね!」


 クレオはそう言って笑った。お言葉に甘えることにする。ぼくはビールをふたつ注文した。


「クレオ、乾杯してよ」

「なにに乾杯するんだい?」

「ぼくの旅の始まりに」


 そしてぼくは生まれて初めて、異星人と乾杯した。


 

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