3021年ー宇宙の旅 ~金貯めて放浪しようとした矢先、帰れないんですが~ 冒頭1話
店内に流れる約千年前の古代ロック、ビートルズの「イエローサブマリン」を耳にしながら、ぼくはため息を付いた。
この間の抜けた歌声とは裏腹に、事態は切迫している。
ここは、サマルサンド・ステーションの発着ロビー。2ヶ月のジャンプ航路を経てたどり着いた大きな宇宙ステーションだ。
4本の航路が交差するこのステーション(略してSta.と書く)は、街と言っても良いほど大きい。今、僕がいるこの発着ロビーすら、サッカーができそうなほど広く、天井はおそらく100m以上。
そう思いながら天井を見つめていると、ぼくのコーラが来た。ロビーの一番奥にある小さなコーヒースタンドにいる。
昔から、飛行場や駅の構内にあるコーヒースタンドが好きだった。日常とはちがう旅の空気感がある。ただ、今このロビーでは旅の空気感より、ため息のほうが多いだろう。
「ありがとう」
ぼくは礼を言ってポケットをまさぐった。
お代を払おうとしたのだが、クシャブ人のマスターは笑って僕の肩をぽんぽんっと叩いた。おそらくこれは「頑張れよ」または「お気の毒に」の合図だろう。
異星人から気の毒に思われる理由は簡単だ。
この発着ロビーには電光掲示板がある。その中でアイゼンハワー星へ行く船が、全てレッドランプになっているからだ。
アイゼンハワー星は、開拓されてできた歴史の浅い星だ。大昔に「地球」と呼ばれた星があった。そこの人が開拓した星がアイゼンハワー星だ。なので、ほぼ住人は地球人となる。
電光掲示板のレッドランプを見上げて固まっているのは、まちがいなくアイゼンハワー星の人だ。
このレッドランプ。航路が不安定でジャンプ(古い言い方だとワープ)できないのなら「航路停止」を意味するイエローランプである。レッドランプとは「航路消失」を意味する。
「航路」というと、何か特殊な物に聞こえるが、ステーション同士のタキオン通信のことだ。その通信線をたどって船はジャンプをしている。
つまり「航路消失」とは、アイゼンハワー星のステーションを見失っちゃった!という事である。
これはひじょうに珍しい事のようで、41年前に一度あったとか。その時、復旧までにかかった時間は、驚くなかれ6年と3ヶ月。
「技術の進歩により、今回はもっと早く復旧するでしょう。」
と、チケットカウンターのお姉さんは言う。
さて、問題です。「6年よりもっと早い」とは、何時間を指すのだろう。
僕はコーラを一口飲み、もう一度天井に目を向けた。
吹き抜けの天井は、カラフルな鉄骨と透明な素材でできており、星空を見ることができる。
アイゼンハワー星系のステーションを見つけるのが、そんなに難しいのだろうか?と僕は思うが、かなりの難問だそうだ。
ロビーで知り合った商社マンのおじさんは、こう例えていた。
「100km離れた砂浜の、一粒の黒い砂を探すようなもの」
なるほど。理屈はわからないが絶望的という事は、わかった。
さて、とくにやることもないので、コーラを持ってテーブル席に移動した。自分の端末を出す。そして、このブログを書き始めた。だれかの役に立てばと思う。
僕の愛読書である「宇宙の歩き方」はダッフルバックに入っているけど、実際に宇宙に出てみるとアテにならない。このブログがこれから宇宙旅行する人の役に立てばいいかなと思う。
ほかの星はわからないけど、ぼくが生まれた星では星系の外まで行く人はまれだ。
なんせ、ぼくの故郷「アイゼンハワー星系」は宇宙の中でも辺境だ。
アイゼンハワー星は名前でわかるように、大昔にアメリカからの移民団が開拓した惑星だ。ぼくの名前「カイト・ワタナベ」も、その祖先からの名前を受け継いでいる。
アイゼンハワー星系から、ここクシャブ星系まで二ヶ月かかった。
いやあ、二ヶ月の船内生活は長いよ。そりゃ、みんなが宇宙旅行しないはずだわ。
ぼくは二ヶ月におよぶ長い船旅を終え、昨日着いた。
子供のころからの夢であった宇宙旅行。この三年間はアルバイトに明け暮れた。半年前に18歳になり、やっと星系外への渡航許可もおりた。
そして二ヶ月! やっと着いて安宿を探し、一晩寝たらこれ。ぼくは宇宙一、運がない男ではないだろうか。
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