アトボロス戦記 ~犬人の国で育った少年は故郷を無くしやがて王となる~ 冒頭1話

 ぼくの名はアトボロス。


 今、山の中にある千年杉に登り、父さんの帰りを持っている。


 ここからだと、ラボス村がよく見える。集落の外にひろがる段々畑まで見通せた。実った小麦が絨毯のように風で波打っている。もうすぐ収穫だろう。


 麦畑の向こう、人影が見えた! 父さんだ。ぼくは千年杉から降り、山の斜面を駆け下りた。


 父さんは、ここラボス村の村長をしている。王都アッシリアに呼び出され、しばらく留守にしていた。


 ぼくは「父さん」と呼んでいるが、血は繋がっていない。それは一目見ればわかる。ぼくは人間で、父さんは犬人だからだ。


 よく猿人族ではないか? とも言われるが、それもちがうらしい。アッシリア王国は犬人の国なので、めったに他の種族を見かけない。人間族を見たことがあるのは、村の長老が大昔に一度見ただけだそうだ。


 山を下りて家の前まで帰ると、ちょうど父さんが向こうからくる。駆け寄って飛びついた。


「父さん、お帰り!」

「おお、アト、荷物が重いのに、お前まで飛びつくな」


 ぼくは腕を離して地面におりた。犬人族に比べて人間族は背が低いらしい。十五歳になったけど、父さんのまだ半分だ。


「土産に黒砂糖を買ってきた。母さんに堅パンを作っておもらおう」


 ぼくは飛び上がってよろこんだ! 前に旅人からもらったことがある。黒砂糖を練り込んで焼いたパンは、それはそれは美味しかったのだ!


 夕食に出してくれるのかと思ったら、明日に作ると言われた。がっかりだ。かわりに父さんから、これも王都の土産で雑記帳をもらった。


 高級なパピルス紙を皮の表紙で綴じたものだ。


「字を書く練習にするといい。日記でもつけてみなさい」


 ぼくは顔をしかめた。学術は嫌いだ。でもせっかくもらったので、自分の部屋に帰り机に向かう。


 なにを書こう。この田舎で書くようなことなんて、なにもない。


 王都アッシリアから北へ北へ登ってたどりつくのが、ここラボス村だ。これより北は「死の山脈」と呼ばれる山々があるだけ。小さな辺境の村だ。書くことなんて何もない。


 なにか面白いこと、起きないかな。ぼくは結局、書くことが見つからないので、雑記帳を閉じた。この時は思わなかったが、次の日に、ぼくは大いに反省することになる・・・・・・

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