秘められた力

 俺は先に行く事にした。

 村長とギンターは夜中に抜け出し、何処かに行ったらしい。姿を見なかった。俺は俺の選択を、お嬢さんはお嬢さんの選択をした。お互い恨むのはなしだ。

 もちろん、俺が寝込みを襲ったことについては恨んでくれて構わない。

 すまなかった。

 武運を祈る。


 ハンセン  





 急いで書いたらしい汚い字の書置きを発見したのは、ハンセンの看病を始めてから四半刻が過ぎたころだった。ハンセンの状態が予断を許さないとはいえ、ケリュネイアに出来ることなど、たかが知れている。ふとした拍子にイスに座ると、テーブルの上にあるそれを見つけた。字に迷いがあった。焦りがあった。この時には、まさかこの状態でここに戻ってくることになるとは、本人も思っていなかっただろう。なにせ、こういった事態を回避するために、盗賊や狂獣の領分である夜の移動を決断したのだ。ケリュネイアには何が起こっているのかサッパリ分からないけれど、よくない事が起こっているのは確かだった。今は兎に角、早くハンセンが治ればいい。そうしたら、この異常気象の原因を調べにいける。


 終幕ではなかった。むしろ、開幕だったのかもしれない。


 ケリュネイアは自分が美しいことを知っていた。それが争いを生むことも……正確には教わっていた。ジョナサンにである。もしかしたら、また、今回も自分の容姿が何かを生み出しているのかもしれない。


 胸を触っている時のハンセンの目や、尻を触っている時のアルフレッドの目は欲望に溢れていた。あの貪欲な眼差しをあてられると身体が震える。人間の目だ。理知を含んだ欲望の眼差しは、獣のそれとはまた違った。死に訴えかけるだけではなく、時には性、時には心、時には生を呼び起こす。ケリュネイアはそれが堪らなかった。人の感情が揺れ動くのを見るのも、自分の心が揺れ動くのを知るのも、代えがたい旅の理由になりつつあった。ハンセンの事にしたって、薄々気が付いてはいたのだ。性的な意味合いを孕んだ眼差しは異質になる。男がどれだけ気を付けていようとも、女には簡単に判別ついてしまうのだ。その健気な滑稽さは面白くもあるし、何か擽られるものもあるし、悲しくもある。総合的に言うなれば同情的になるのかもしれない。ケリュネイアには権利がある。襲ってきた男を法で裁く権利と、力でねじ伏せる権利。それを行使しないのは、やはり同情心が芽生えているからなのだ。男の性はどうしようもないもの、とジョナサンは言った。寝込みを襲われるのもどうしようもない。特にケリュネイアは美しい。どうしようもないということに理解を示した上に、法を度外視すると、一見して悪いのはケリュネイアということになりかねないのだ。それがおかしいというのは分かる。しかし、同情的になるのも不思議ではないように思われた。


 ふと、盗賊たちのことも考えてみる。

 ケリュネイアはこういうのを考えるのが好きだった。


 一年間、人について様々なことを考えた。そしてまだ何の解も出ていないのだから、これほど、あの故郷を出た時に抱いた知的好奇心を満たすものはない。今回のことも、そう足り得ればいいと思っている。差し当たっては「それなら一興」と、閉じていなかった幕の端を抓みながら、少々恐縮しつつ、言いなおさなければならない。状況は兎も角として結果だけを見るのならば、ハンセンは賭けに負けたと思うだろう。しかし、その全貌を見たいと思うケリュネイアにとっては、どっちにしろ負けなのだ。ハンセンに何かがあったように、ケリュネイアも一度捕縛されているのだし、尚且つ、見逃した何かがあった分田から、今回に関しては、むしろ忸怩たる思いを抱かざるを得なかった。今は物語のどのあたりなのだろうかと、そんな思考に耽りながら、ハンセンが目覚めるのを待つ。出来るなら、そろそろ目覚めて欲しかった。


「熱い」

 兎に角、熱いのだ。

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