②
「いいかい、ネイア」
ジョナサンは真剣な表情を浮かべている。凛々しく吊り上がった眉、闇の中の梟のような瞳、ハッキリとした輪郭の唇、褐色の肌……ケリュネイアとは似つかない、溢れんばかりの大人の色を称えたその美貌は、頬を伝う一筋の汗水が表すとおり、少し焦燥しているように見える。
ウェーブのかかった赤毛の長髪が風で踊るように靡いた。
「よく聞いておくれ」
街はずれの森の中、蠢く木々たちに囲まれながら、二人は身を寄せ合っている。太陽は西に傾き始めている。ケリュネイアの瞳には、目前にあるジョナサンの喉ぼとけがゆっくりと上下する様が映っている。
「お前は美しいんだ」
ジョナサンは意を決するように言った。
「見る者をみんな虜にしてしまう」
「とりこ?」
「そうだ。男たちはお前を逃しはしないだろう」
「私を殺すの」
「最終的にはそうなる。でも目的は別のところにある」
「私を食べるの」
「ある意味そうかもな」
「どういうこと?」
「男は女を食べるんだ。そういう風に出来ている」
「よくわからない」
ジョナサンの手がケリュネイアの貫頭衣の中に滑り込んでくる。長い指先で優しく胸元を撫でまわしている。ケリュネイアは小さな吐息を吐いた。そして次の瞬間、力強く乳頭を抓まれ「ウッ」と悲鳴をあげた。
「痛い」
「知るもんか」
ジョナサンの手は止まらなかった。ケリュネイアは優しく押し倒される。起伏した木の根元の部分に寝転がる格好になったケリュネイアの上に、ジョナサンは覆いかぶさる。ジョナサンの左手は、ケリュネイアの左の胸を優しく撫でている。右手は右の胸の乳頭を激しく引っ張ったり、こねくり回したりしている。ケリュネイアは一体自分が何をされているのか理解を得れずにただ苦悶の声をあげつづけた。ケリュネイアは性行為についての知識も親から教わっていた。しかし、それは男のどの部分が必要で、女のどの部分が必要で、そしてそれらをどうすれば、子供を生み出すことが出来るのかといったものだ。それに伴う快楽のことや、生命を育むのを目的とせず、快楽を目的とした性行為があることなどはまったく了見していなかった。
ジョナサンの温かい息が、ケリュネイアの耳たぶをくすぐった。
最初はケリュネイアの無知に危険を感じたジョナサンが、身を以て分からせるための、いわゆる性指導のつもりで彼女を人気のない森に呼び寄せた。しかし、いざ事に及ぼうとすると、途端にしり込みしてしまったのだ。ジョナサンはこと性行為に関しては楼閣の奴等ほどじゃあないにしろ、専門的なレベルだと自負していた。性行為というものに付随する快楽に慣れさせるための手練手管も、知識も豊富だった。なにせそれで食いつないできたのだから当然である。
唯一知らなかったことがあるとすれば、ある種の超然的な、いや、ジョナサンのような人工臭が感じられるものではない、超自然的な美貌を前にすると、その手練手管や知識なんてまったく意味を成さないということだった。
日に焼けた褐色の肌と不思議と焼けることのない純白の肌。不摂生と度重なる性行為で荒れた唇と極小の繊維のように艶やかな唇。歳を重ねて弛んでいく肢体と引き締まった肢体。両者はともに男女の羨望を集める美女、美少女であることは疑いようのないことだけれど、そこには隔絶した何かがある。その何かの前では男や女などの性差すら超越し、すべてのものを呑み込むように虜にする。ジョナサンがケリュネイアの服を脱がせる頃には、最早大義名分すら何も残らなかった。
一方でケリュネイアはジョナサンに身を委ねていた。ケリュネイアの中では第二の母と呼んでも差し支えない存在になっていた。ジョナサンの成すことすべてが正しいと思う程盲目的ではないにしろ、ジョナサンの成すそれが自分に対してであるのなら、そこには強力な信頼があった。ジョナサンがケリュネイアにとって悪くなるような事など、今一度もしたことがなかったからだ。
未知の快楽に翻弄されていたというのもある。
ジョナサンの手が湿った陰部に伸びた瞬間、ケリュネイアは一際大きな嬌声をあげた。開放的な森の中で行われる女と女の情事は、陽が落ちるまで行われた。ケリュネイアは男に性的な視線を向けられる度にジョナサンを思い出した。あの時の、そしてその日からの数々の情事が生み出してきた快楽を身に蘇らせる。それはジョナサンが死を迎えたことによって一種の不可侵的な、絶対的なものになっていた。今もなお破られていない処女性と複雑に絡み合い、ケリュネイアの中の性行為に対する感情をむつかしくした。これはジョナサンが得るべき贖罪である。しかし、その贖罪が、奔放なケリュネイアを男から守るための強固な楯になったのだ。
「もっと魅せておくれ」
ケリュネイアは身体を小さく震わせる。
「ああ、美しい。なんて美しいんだ。ケリュネイア」
二人は激しく舌を絡め合った。
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