ケリュネイアとハンセンは、戦士然とした男……いや、彼はやはり戦士だった。戦士の男に甚振られた老人の宅にお邪魔していた。


 掘っ立て小屋の中は兎に角狭く、町の宿ほどの空間もない。もぐらになった気分だ。土の中に這入っていくような……ともあれ、おおよそ人の住処とは思えないこの状況を、特別不自然に思うようなものは何処にもいない。何故なら村とはそういうものだからだ。


 集村となれば建築に必要な人手も集まりやすく、村長宅のような家が建ち並んでいたりはするものだけど、こうした国や街、人々に忘れさられた村ではありふれた形態である。国は今や混沌としている。産業革命によって齎される光もあれば影もある。


 三人入ると窮屈になる部屋の床には藁で編んだ敷物がされている。木で出来た二人用の机と椅子が隅の方にあって、その横には簡素な箪笥たんすがある。家具らしいものはそれくらいのものだった。


 反対側の壁際には藁の山の寝台がある。薄暗い室内の中に蝋燭の火がゆらりと浮かんだ。老人が灯したのだ。ケリュネイアたちは藁の上に座った。ハンセンが老人の容態を慮って茶を持ってきていた。身体に良い香草を使ったものらしく、ケリュネイアも道中何度か飲んでいた。老人は恐縮しきったように身を低くして礼を言った。ケリュネイアたちはよそ者である。そして戦士の男もよそ者だったのだ。警戒するのも当然だった。


「わざわざ、こんな質素なところに起こしくださって……」

 などと言う老人をとどめ、ハンセンは刺激しないように村の現状を聞いていった。特にあの戦士の男については入念に。


 戦士の男はおよそ一年ほど前にやってきた。村長が「村を外敵から守るための戦士を連れてきた」と言って紹介したのが戦士の男だった。村は街からの支援すら望めない辺境の、そして隠れる森の中にある。


 盗賊などに襲われてはひとたまりもなく、それは実際に戦士の男がやってきた一月後に起こった。およそ三十名に及ぶ盗賊団が村を囲った。村人たちは死を直感したけど、それは訪れなかった。


 戦士の男が勇猛果敢に名乗りを上げたのだ。「俺と一騎打ちをしろ」と盗賊団の頭目に。本来であれば、相手は盗賊なのだから、一騎打ちなど受ける良心も自尊心も持ち合わせてはいない。


 しかし、この時は何故か受けられた。そして戦士の男が勝ったのだ。やはり盗賊団はその勝敗を了承して引き上げていった。その日戦士の男は村の英雄となった。横柄な態度を振舞うようになったのは、更にその一月先の事だ。最初にその対象になったのも老人だった。老人は当時村の食料庫の番を任されていた(畑仕事をする腕力を老化により失ったため)。戦士の男が隙をついて食料庫に這入ると、中の食料を勝手に食べ始めたのだ。


 戦士たるもの非常時に力を出せるように、たくさん精を付けねばならないと言って。侵入者に気付いた老人が咎め、そして目を付けられた。それ以来事あるごとに、今日のようにひどい目に遭っている。


 ハンセンは話を聞いていく中で不自然な点を幾つか見つけた。


 ケリュネイアはそろそろ退屈になっていた。戦士の男の話が終わると、今度は村長の話になった。ケリュネイアはげんなりした。ハンセンが出ていてもいいというから、彼女は素直にそうする。穴蔵のような家は息が詰まった。この中で毎日過ごしている人がいるのだと思うと、呆れと畏敬を抱いた。そしてよく分からなかった。こんな狭く息の詰まる家に住むくらいなら、大自然に身を委ねて暮らした方がよほどマシではないか。人は何故その選択肢を持つことが出来ないのだろうと不思議な気持ちになる。


 老人の家の側面に凭れ掛かって、暫くの間空を眺めていた。


 ようやく出てきたハンセンが「よく空を見ているな」と言った。ケリュネイアは「目を瞑ったまま生きることは出来ないから、何かは常に見ていなければならない。だったら空を見ようってだけ。空は世界中の人々の視線を受け止める度量がある。善人も悪人も、裕福も貧乏も、男も女も、人も獣も関係なく包み込んでくれる。だから美しいの。目を背けられないの」と答えた。

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