そろそろ商談も終わった頃だろうと、村に戻った。


 村長宅に向かう途中に、最初一度馬車を停めた空き地の所で、何やら人だかりが出来ていた。


 数少ない村人たちが一か所に集まっているのを見ると、ケリュネイアは「おお」と感嘆の声をあげる。ケリュネイアはその様子に、前に見たような村の一致団結した光景を思い浮かべたけれど、真実はもっと残酷である。空き地の中で目立ったのは、あの村長宅にいた戦士然とした男だった。


 一般的男性の倍はあるような巨躯がとにかく目立つ。次に、その戦士然とした男に胸倉を掴まれ、宙に浮いている老人がいる。甲高い奇声をあげながら、足を忙しなくじたばたさせている。その二人を中心として村人たちの円が形成されている。息を無くしたように、じっとしている。見ないようには出来ず、しかし関わることも出来ずにいるのだ。


「なあ。舐めてんのか」

 戦士然とした男が小さく震える声で言った。

「てめえ。一体誰の服を汚したと思ってんだ」


 ケリュネイアは村人たちを掻き分け、円の内側に入る。戦士然とした男の鉄鎧には砂ぼこりがついている。しかし、それはよく見れば、という程度の話だ。ケリュネイアでなければ見えないかもしれない。


「も、申し訳ねえ……許してくれえ」

 老人は青ざめていた顔を次第に真っ赤にしながら懇願する。

「もう二度としねえから、頼むよお……」


「二度としねえの当たり前なんだよ」

 唾を飛ばしながら、戦士然とした男が低い声で怒鳴る。

「今度の落とし前の話してんだ、俺はよお!」


「ひいっ!」


 震えあがる老人を見下しながら、戦士然とした男は獰猛な笑みを浮かべた。


「この村を守ってやってんのは俺だぜ? その俺に土を付けるたあ、なあ? 本当なら死罪が妥当なんじゃねえかなあ。そこのところどう思うよ、なあ。別に俺が介錯してやってもいいんだぜ」


「ねえ……。その大きな斧で介錯するつもりなの」

 ケリュネイアは冷淡な声音で言った。


「ああ?」


「死罪も妥当じゃない」


「何だあてめえ」

 戦士然とした男はケリュネイアを嘗めまわすように睨む。


「ああ。商人と一緒にいた女か」

 そして相手が誰であるかを理解すると、少しだけ態度を軟化させた。


「あんたは黙ってて貰おうかい。これは村の問題だ」


「私が不快な気分になってるんだから、私の問題でもある」


「不快だと?」

 戦士然とした男は眉を顰め、再びその視線を鋭くさせる。


「おいおい、まだ毛も生えそろわねえ嬢ちゃんが不快とは、こりゃあ、おもしれえことを言うねえ。あんたには芸人の才能があるようだぜ」


「ありがとう。路銀を稼ぐために芸を磨こうかなって思ってた」


 旅を存分に楽しむためにはお金が必要だ。皮肉でもなんでもなく、それは本音だったけれど、その後に続いた「あと、ちゃんと毛は生えそろってる。ボウボウ」という言葉には些かの怒気が含まれていた。


 何も生々しい女の諸事情をあて擦られたからではない。旅の先々で散々子ども扱いされてきたケリュネイアにとっては、それはむしろ聞きなれた常套句みたいなものだったが故に、ほとんど反射的にそれを発露させていた。だからといって戦士然とした男が怯むでもなかったけれど、しかし、その場にいた村人たちは、徐々に緊張感を帯び始めた二人を空恐ろし気に眺めていた。そしてそれは、この場を辞せない何か磁気のようなものがあるらしかった。


 暫くの間、無言のにらみ合いが続いていた。


 しかし、戦士然とした男が緩慢な所作で背中の戦斧に手を掛ける。周囲にはどよめきが奔った。ケリュネイアは柔らかなまなじりを細める。いよいよ一触即発の雰囲気が漂い始める。そして遂にケリュネイアも腰元の片手半剣に手を伸ばしたその時に、村人たちを掻き分けるように村長とハンセンがやってきた。「これは何事だ」と村長が言う。戦士然とした男は小さく舌打ちすると「ちょっとした教育をしていただけだ」と肩を竦める。「そうなのかい」と村長は、先ほどまで吊るされていた老人に声をかけた。


 老人はケリュネイアが声をあげてから直ぐに離されていたものの、未だ息も絶え絶えの様子で地面に伏せている。村長はゆっくりと老人の背中を撫でながら、優しく語り掛けていた。その間に戦士然とした男は周囲を威嚇するように空き地から出ていった。


「何があったんだ」

 ケリュネイアの元には、ハンセンが駆け付けた。


「老人が難癖を付けられていた」

 ケリュネイアの事のあらましを掻い摘んで話した。実際に老人が戦士然とした男の鎧を汚したところは見ていないから、恐らくはついうっかりぶつかってしまったのだろうと憶測をまじえた。


「なるほど」

 ハンセンは顎先を撫でながら、唸るように言った。

「うーん、きな臭えなあ……」


「きな臭い?」


「ああ。また後で話そう」


「商談は済んだ?」


「済んだ」


「そう」


 ケリュネイアたちがそんなふうに話している内に、村長は村人たちと寄り添うように話をしていた。村人たちは安心した表情で口々に愚痴を漏らしている。「あいつは害だ」「もう殺すしかねえ」「村長、どうにかしてくれえ」「もうこりごりだ」などと言うのを、「まあまあ。私がどうにか話をつける。奴にはここにいて貰わねばならんのだ。それは皆もよく分かっているだろう」「私のいう事なら聞く」「大丈夫だ」「心配いらない」と一人一人に丁寧な言葉と表情を返している。村を納めるものとしての態度と風格を成していた。


 ケリュネイアとハンセンは、その様子を怪訝そうに眺めた。何故なら、村長もまた、戦士然とした男と一緒に甘い蜜を吸う側の人間だからだ。住む場所や纏う服、恐らくそれはお茶一杯にしたって如実に現れている。


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