第147話 なりきり師、ヒーローを称える。
「これはなんの騒ぎだ!」
部屋に突然大きな叫び声が響いた。声の聞こえた方を見ると犬っぽい人?人っぽい犬?がそこにいた。
ベースが人間の顔っぽいからケモミミの生えた犬っぽい人かな?まぁ簡単に言えば獣人だな。
「ギルドマスター。たった今あそこにおられるユウキさんが全員の治療をしてくれました。」
「何をバカな事をどれだけの怪我人がいたと思ってるんだ…」
「私も証言致しましょう。たった今我々は奇跡を目撃しました。」
「ガッツ殿まで何を言っているのですか?」
いや、ホント何言ってるの?ただの範囲回復だよ?確かにマスタースキルだけど奇跡なんて大袈裟すぎるだろ…
「久しいのぉ。ルクタルよ。元気じゃったか?」
「ばぁさん!なんでアンタがここに?」
「さっき聞いたじゃろ。怪我人の回復をあそこにいるユウキがやってくれたんじゃ。そして儂はあの子の付き添いじゃ。」
ちょっとなんか変な方向に話進んでない?回復はついでだよ?おれは泥棒が嫌いだからこの街の盗賊を退治してただけなんだけど…
「本当に全員の治療をしたのか?」
「自分の目でこの場に傷付いてる者がおるか確かめればよかろう。」
商業ギルドのギルマスは辺りを見回し治ったと喜んでる人達を見た後こっちにやってきた。
「これを君がやったのか?」
「…そうですね。たまたま回復系の奥義を覚えていたので…。」
「そうか。それではこの街のギルマスとして礼を言わねばならないな。ありがとう!」
「いえ、困った時はお互い様ですよ。それよりギルマスさんに聞きたい事があるんですけどいいですか?」
「なんだ?」
おれは音を遮断する指輪をつけて商業ギルマスに聞いてみた。
「このギルドって盗賊飼ってますか?ギルマスが秘密裏的にでも使ってるなら教えておいて貰えると殺しませんけど。」
「盗賊?うちのギルドはそんな輩と関係はない。」
「そうですか。じゃあ退治しちゃいますね。もし関係があったとしても後から文句言わないでくださいね。」
確認を取ったしこれで大丈夫だな。もし後から文句言ってきたらその時はその時だ。
指輪を外し袋にしまう。今回この街の盗賊の取りこぼしは0の予定だ。さっさと終わらせよう。
「奥義・拘束の蔓!!!(バインドプラント)」
奥義は大きく叫び、魔法は小声で囁いた。我ながら完璧な作戦だ。これで怪しまれる事なく発動できる。
この部屋に潜ってる盗賊は2人。後はロビーに3人。奥の方の小部屋に1人でいる盗賊の計6人だ。
この1人でいる盗賊が怪しくてギルマスに聞いたけど知らないそうだから泥棒中なのかな?
「な、何よこれ!」
「ぐっ、くそ!なんだ?」
「おい、あれなんだ?」
「キャー!」
「うわぁーん!こわいぃぃ!ママァ〜!」
他の人には向かわないように調整したけど急に現れた蔓に一般人はパニックになってる。まっ、盗賊はぐるぐる巻にしたし暴れる心配はないから安心してね。
「ギルマス、出番ですよ。皆を落ち着かせてください。」
「はぁ、全く君は……安心せぇ!心配はいらぬ!今捕えておるのは盗賊じゃ!他の者には危害は及ばぬからその場でじっとしておるがよい!」
「ちょ、ちょっと待ってください!あの人達が盗賊?もし違っていたらどうするんですか!責任問題ですよ!」
ごもっともな意見だ。普通なら職員さんの言ってる事が正しいのだろう。しかしおれに限ったら間違える事はないんだよね…。
「ユウキよ、彼等が盗賊だと自信を持って言えるのか?間違っていたらどうするつもりだ!」
「間違ってないし、ギルマスが責任なんて取る必要もない!どうしても心配ならアイツらを鑑定してみますか?」
「…そうさせてくれ。部屋を用意しよう。」
「じゃあコイツらをお願いしてもいいですか?後4人捕まえないといけないんで。あっ、逃さないでくださいね。捕まえ直すの面倒なんで…」
「何!?まだいるのか?」
「いますよ。こんな所で何してるんですかね?これだけの人が集まってるから人攫いのピックアップをしてるのかもしれないですね。」
奴隷制度があるこの世界で人攫いなんて珍しい物でも無いだろう。嫌な想像だけど思い当たる節があるのか商業ギルマスは少し顔を青くした。
「リネ!マクラウトを呼んで来い!この者達は商談部屋へ移す!」
「わ、わかりました!」
リネってのがさっきの職員さんでマクラウトってのが鑑定士かな?
職員さんが慌てて部屋を飛び出して行った。
「じゃおれも行きますね。急がないと昼ごはんが遅くなっちゃうんで。」
昼ごはんどころか朝ごはんも食べてない。ホーク達も食べてないから一人だけ食べるのも気が引けるんだよなぁ…
おれも部屋から出てロビーへ向かった。
「ユウキ、君はブレないのぉ…街の一大事に飯の心配とは……」
「一大事なのは街であって、おれにとっちゃ別に一大事じゃないですからね。ギルマスが直接頼みに来なかったらおれたちはこんな風に動きませんでしたからね。」
「何と言うか冷めとるのぉ…もっと人の為に頑張ろうとか思わんのか?」
「全然思いませんね。そんな主人公補正に呪われたいい人アピールはおれにはもう無理です。もうやり飽きました。
正直本音を言ってしまえば誰が何処でどうなってもおれには関係ないですし、おれにはおれの大事な事があるんです。守りたい物があるんです。それを犠牲にしてまで知らない他人を助けるつもりなんて毛頭ないですよ。」
「それなら何故世界を救おうとしておるんじゃ?君の言っている通りなら魔王など放っておけばよかろう?」
「ギルマスは勘違いしてますよ。世界を救うのはそれが友達との大切な約束だからです。それに魔王を放っておけばおれの仲間や家族にも関わるんです。巡り巡っておれに関係する事なんです。だから倒すんですよ。
おれはこの世界で物語の主人公みたいにいい人になるつもりもないし、弱者を助けるヒーローになるつもりもありません。
おれが戦うのはおれの為、おれの大切な人達の為です。全部自分の為ですよ。」
「でも君は今街の為に戦ってくれてるじゃろ?言ってる事と矛盾しておるぞ?」
「別に街の人達の為じゃないです…これはおれ自身の弔い合戦みたいな物ですよ……」
「弔い合戦?」
「もういいでしょ!さっさと盗賊を倒して次に行きますよ!まだまだたくさんいるんですからね!」
「何か訳ありのようじゃの?聞き出すと言うのは野暮なようじゃの…」
「大いに野暮ですね。まぁこの騒ぎが終わって気が向けば話してもいいかもしれませんね。気が向けばですけど……」
再びなりきりチェンジでテイマーに戻り、ロビーへ到着した。
「ギルドに避難している皆さん!今から盗賊を捕まえます!その場でじっとしていて貰えれば安全ですので、少しだけじっとしていてくださ〜い!」
さっきと同じ轍は踏まない。盗賊にも聞こえるけどあえて説明しておく。これならさっきよりパニックにはならないだろう。
おれの予告がきいたのかロビーがシーンとした。
「奥義・拘束の蔓!(バインドプラント)」
バインドプラントが三方向に枝分かれして盗賊へと向かう。
予告していたせいだけど当然盗賊は逃げ出した。まぁ逃さないけど。
「全員巻き込まれたく無かったらその場で姿勢を低くして身を守れ!」
盗賊が逃げたのでバインドプラントを広げ部屋全体を徐々に埋めていき逃げ場を無くしていく。
「戦うつもりならどうぞご自由に。おれに辿り着ければの話だけど。」
一人二人とバインドプラントは盗賊を絡め取っていく。そして最後の一人が行動を起こした。
「おい!このガキがどうなってもいいのか!今すぐこれを止めろ!」
「んぐっ!」
「ヤメてー!!!」
盗賊は近くにいた男の子を人質に取った。母親は泣き叫んで盗賊に近寄って行った。
「ふ〜ん人質ねぇ…所詮クズの考える事はどこでも一緒か。(肩代わり)」
「邪魔だ!離れろ!」
「あぁ…」
「お母さん!」
「刺すぞ!脅しじゃねぇからな!」
「刺せば?刺した所でその子にはノーダメージだし何の問題もないけど?
僕?すぐに助けるから怖いかもしれないけど少しの間だけ目を瞑ってて貰えるかな?」
「…うん。」
「いい子だね。これで怖い思いをしなくて済むからね。そうだな目を瞑りながら数を30まで数えてみよっか。数えられたら君は今日ヒーローになれるよ!」
「えっ!?ヒーロー?」
「そうだ。ここにいる皆が君に大きな拍手を贈ってくれるんだ。その為には何があっても数を数えるのを止めちゃいけないんだ。お兄ちゃんと約束できるかな?」
「うん、できる!」
「そっか君は強い子だね!頑張ってヒーローになろうね!それじゃあいくよ?せーの!いち、に、さん…」
「よ〜ん、ご〜、ろ〜く…」
「ふざけてんのかテメェ!脅しじゃないってのはこう言う事なんだよ!」
完全に頭が湧いてる盗賊は子供に向かってナイフを突きつけた。肩代わりを使ってるのであの子のダメージは全部おれにくる。普通に痛い。チクチクする。
「イヤーーーー!」
母親だけでなく周りからも悲鳴が上がる。う〜ん…この方法でも結局パニックが起こっちゃったな…
「じゅういち、じゅうに、じゅうさん…」
しかしあの子はさっきと変わらず目を瞑り数字を数えている。肝の座った子だなぁ…。よっぽどヒーローになりたいのかな?
「は?なんだこのガキ!オラッ!」
「じゅうきゅう、にじゅう!にじゅういち…」
「えっ!?えっ?何がどうなってるの?ライル?」
盗賊が何度刺そうとあの子は数を数えるのをやめない。子供のカウントは早いけど後5秒もあれば決着はつけられる。目を開ける頃には彼はヒーローだ。
「何回も刺してんじゃねぇぞ!痛ぇだろうが!」
おれはバインドプラントを飛び越え盗賊との距離を無くし、盗賊の顔面を蹴り飛ばした。そのまま開放され宙を舞う子をキャッチして着地した。
なんてバイオレンスなシーンだよ!無抵抗の子供をグサグサ刺すとか頭おかしいのかコイツ!
最後にバインドプラントで盗賊を拘束して動けないようにした。
「さんじゅう!」
彼は30秒数えきった。正確にはまだ21秒だが小さい事は気にしなくていい。
「おめでとう。これで君は今日のヒーローだ!」
男の子の頭を撫でてあげながらそう言って
「うん!!!」
『わぁぁーーー!!!!!』
周りにいた人達も惜しみない拍手を贈っている。ノリのいい人達だな。
「ライル、怪我はないのね?どこも痛くないのね?よかった…」
「うん!全然平気だよ!」
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
この子の母親がおれにお礼を言ってくれる。
「息子さんを危ない目にあわせてしまってすいませんでした。これは洋服代として受け取ってください。」
服にはいくつもの刺された穴が空いていたので母親に10万プライを渡した。盗賊討伐の報酬もそれくらいだから丁度いいだろう。
「いえ、そんな、とんでもございません。助けて頂いただけで。」
「それはこの子の盗賊退治の報酬ですよ。一杯褒めてあげてください。奥義・エボリューションヒール。」
突き飛ばされてた母親にも一応ヒールをかけて、これでロビーの制圧は終了だ。
「それじゃあおれたちはまだやる事があるのでこれで失礼しますね。お母さん大事にしろよヒーロー!」
「うん!ありがとうお兄ちゃん!」
さて、次は…ふ〜ん……。なるほどねぇ…。
〜ホーク、リッシュside〜
「リッシュ、やっぱり変だね?モンスター全部消えちゃうよ!」
〈キュー!〉
「それにこの☆なんだろ?ユウキの事だから無駄な事はしないと思うけど一杯あるね。」
〈キュキュー!〉
「あっ、ほんとだ!消えた!って事はユウキが倒してるのかな?おれたちも近くのに行ってみる?」
〈キュー!〉
「そうだね!これだけの数をユウキだけで倒すのは大変だもんね!おれたちも頑張ってユウキを助けよう!」
〈キュキュー!〉
おれとリッシュは一番近くの☆マークに向かった。
「この家だね。何があるんだろ?」
〈キュー?〉
「とりあえず聞いてみよっか?リッシュはビックリされちゃうかもだからおれの背中に隠れてて!」
〈キュー!〉
家にモンスターがいたら大変だからね!消えちゃうけど退治してあげないと街の人が困るもんね!
扉をノックしようとしたら中から扉が開いた。
「「あっ!」」
「ん?だれー?」
「チッ!この家のガキか?死ねぇ!」
死ねとかいいながら斧を振り下ろしてきたよ。
「うわっ!いきなりなにすんだよ!危ないだろ!」
「オレサマの斧を避けたか…テメェただのガキじゃねぇな!」
「おれはガキじゃない!Dランク冒険者のホークだ!」
「Dランク…なるほど盗賊狩りか。だがおれがDランクごときにやられる盗賊と思うなよ!」
「盗賊?あっ!そう言う事か!この☆マークは盗賊だったんだ!って事は討伐しないとだね!やるよリッシュ!」
〈キュー!〉
「そのドラゴン…そうかお前が例の……ソイツはおれが貰ってやるよ!」
「リッシュは渡さない!悪いけど速攻で死んでもらうよ!くらえ新スキル
狙うのはあの斧を持ってる手!おれは素早く盗賊の横を通り抜け、その刹那に盗賊の手を何度も斬りつけた。
身体を斬り刻む事もできたけど一人で倒しちゃうとリッシュが怒っちゃうからね。
「ぐあぁぁぁ!いてぇぇぇ!このガキィィ!」
斬々舞をくらった盗賊の腕は小間切れになって無くなった。
「リッシュ!ドラゴンネイルでトドメだよ!」
〈キュキュー!〉
リッシュの爪が光って伸びてる。スッゲー!爪って光るんだ!
リッシュが盗賊の背中を引っ掻いた。それだけで盗賊はスライスされ身体がバラバラになった。
「スッゲー!リッシュ!カッコいい!」
〈キュキュー!〉
「これどうしよっか?ユウキがいないから片付けらんないよ…」
〈キュー…〉
「まぁいっか!後でユウキに言って拾って貰おう!このままおれたちも盗賊退治とモンスター退治を続けようリッシュ!」
〈キュー…。〉
「うん、おれもお腹空いたけど皆で揃って食べた方がきっと美味しいよ!だから頑張って早く終わらせてユウキと一緒に3人でごはん食べようよ!」
〈キュー!〉
リッシュは赤ちゃんだから我慢させたくないけどお店やってないんだよね…。
人の肉は前にユウキがあげないって言ってたし、モンスターも消えちゃうから何にも食べる物がない。
インベントリかアイテムボックスのスキルやっぱり欲しいな…。
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