第146話 なりきり師、回復する。

「ギルマスあそこの家の中、1階奥に一人います!職業は多分元格闘家だと思います。他に誰もいないので見付けたらそいつが盗賊です。」


「了解じゃ!」


「おれはこの先の2人組を相手してきます。くれぐれも家の中では殺さないでくださいね。」


「わかっておる!」


 走りながらギルマスと軽く打ち合わせをしておいた。家の中で人が死んだら気持ち悪いからね。いくら泥棒被害を防げても事故物件に住むっておれなら嫌だからな…。



「怪我には気を付けてください。それじゃお願いします!」


「ユウキ、君も気を付けるんじゃぞ?」


「はい!それじゃあまた後で。」


 とは言ったものの、流れ的に一緒に行動する事になったけど本当にギルマスがここにいていいのか?

 かと言って一人で対応するには街全体は広すぎる…でも泥棒は逃したくない…。

 おれの事情を知ってるのはこの街ではギルマスだけだし頼る他ないか…



「うし、頑張るしかないな!ウッドゴーレム!」


 目的の家の前に到着し、ウッドゴーレムを呼び出した。



「近くにいるモンスターを退治してくれ。方法はそれぞれに任せる!モンスターの死体はその内に回収するからそのまま放置でいい。テイマーのモンスターと間違えるなよ!」


 ウッドゴーレムはシュビっと敬礼する。



「頼んだぞ!」


 トコトコトコっとウッドゴーレム達は散らばって行った。

 幸いと言うべきかモンスター自体はそこまで強いモンスターではない。ウッドゴーレムなら難なく倒すことが可能だろう。


 おれは盗賊のいる家の扉を開き中に入った。鐘の音を聞いて慌ててたのか盗賊が開けたのかわからないが鍵はかかって無かった。



「ただいまー!って誰もいないんだけどな…」


 盗賊達に聞こえるように大きな独り言を呟いた。自分達から出てきてくれたらわざわざおれが引きずり出す面倒もないからな。



「ったく朝から冗談キツイぜ。ホントこの街の冒険者は何やってんだよ!おれが冒険者ならモンスターなんてチョチョイとやっつけてやるのにな!」


 知らない家の知らない人の椅子に腰掛けイキった住民になりきる。


 ……あれ?おいおい盗賊!こんなに大きな声で冒険者じゃないって言ってんのに何で動かねぇんだよ!

 コイツらは盗賊の風上にも置けないチキン野郎か?



「あれ?そう言えばなんで鍵開いてたんだ?父ー?母ー?帰ってるのー?」


 さぁこれでどうだ?早く出てこないとこっちから迎えに行っちゃうぞ!そうなればもれなく怖い思いをするハメになるけど……


 おっ!動いた!うんうん、やればできるじゃないか。さぁ怖がらずに出ておいで。



「父?母?」


「かぁー!なんだよガキじゃねぇか!」


「だから言ったろ!ガキの声だって」


「ななななな、なんだ!だ、誰!…ですか」


「通りすがりの盗賊さんでーす!」


「おい、余計な事は言うな!さっさと始末しろ。」


 出てきたのは正に脳筋って言葉がピッタリな筋肉バカと正反対の不健康100点ゲッソリ体調不良男だった。

 本当に物騒な世界だねぇ…人の家に泥棒に入っておいて殺しまでやりますか……

 えっ?ブーメラン?いやいや、おれはちゃんと外で殺りますんで。



「盗賊!?始末!?い、イヤだー!助けてー!」


 叫びながら外に飛び出しあくまでも弱者を演じる。盗賊以外に使わない手だけどコイツら100%引っ掛かって油断するんだよね。



「かぁー!楽しませてくれるじゃないの?頑張って逃げろよ僕ちゃん!逃がさねぇけどな!」



【テイマーの熟練度が5に上がりました】

【スキル モンスターハウスを覚えました】



「あっ!熟練度上がった。」


 ウッドゴーレムかな?それともホークとリッシュかな?どっちかわかんないけど、どっちも頑張ってるんだろうな。おれも負けてられないぞ!



「外に出たしもういっか。」


 おれはクルッと振り返り剣を抜いた。先ずはこのいかにもパワータイプのバカからだな。

 さっきの会話の関係性からするにもう一人のガリガリ暗黒丸の方が立場が上みたいだ。

 ってかアイツ何か一人でブツブツ言ってて気持ち悪いんだけど……



「もう諦めたのか?楽しませてくれよ〜!」


「お前らに楽しむ時間はもう無い。残り数秒の生を噛み締めて死ね。」


「ウインドサイズ!」



『サワッ…』



 あっ、アイツ魔法の詠唱してたんだ…てっきり独り言の鬼なのかと思ってたよ。

 あれ?ってか魔法弱くない?冗談抜きでそよ風レベルなんだけど…

 髪の毛が少しフワッてなっただけだよ?あっそう言えば他の人間の魔法攻撃くらったのって初めてだ。

 えっ?おれもしかしてそこら辺の奴なら防御すらいらないの?また検証事が増えてしまったな…



「フッ、避けたか。だか次は無い!」


 避けてませんけどー!一歩も動いてないの見てたよね?その湧き上がる自信は何処からきてるんだ?

 またブツブツ言い出したし気持ち悪いからやっぱり先にこっちからにしよ。



「ウインドサイズ」


 同じ魔法でも全くの別物だな。おれのウインドサイズをくらったガリガリは縦に真っ二つに切れて身体の右と左が離れ離れになった。



「なぁ逃げろよ〜。その方が楽しめるだろぉ〜!」


 仲間がやられたのに気付いてないようだ。指をツンツンとしてモリモリダルマに後ろの現状を教えてあげる。



「なんだぁ?…なっ!」


「スラッシュ!戦いの最中に敵から目を離すと危ないよ?ま、もう遅いけど…」


 さっきとは対象的にコイツは上半身と下半身が離れ離れになった。



「弱者の蹂躙なんて何が楽しいんだろうな?おれには一生理解できなさそうだよ…。」


 殺した盗賊をインベントリに入れ、道にクリーンをかけて綺麗にしておいた。



「どうやらこっちも終わったようじゃの?」


「見た目によらずなかなかえげつない事するんですね…」


 ギルマスが持ってきた死体は首がぐらんぐらんだった。多分首の骨を折ったんだろう。



「君にだけは言われたくないのぉ。人間二人を簡単に真っ二つにしておいて……それになんじゃあの父ー?母ー?ってのは…やってて恥ずかしくないのかの?」


「恥ずかしい?そんな感情自分から呼び起こさない限り忘れてしまいましたよ。

それより盗賊はまだまだいます。行きましょう。」


「うむ。」


 今回は何もされなくても盗賊ってだけで退治する事にする。こんな時にこの街にいた不運を恨め。



「ギルマス、少しスピードを緩めてゆっくり来てください。」


「? うむ、わかった。」


 進行方向に野生の盗賊が歩いている。家から連れ出す手間が無いだけ優良盗賊だな。


 おれはギルマスから離れ盗賊を見付けた。一般住民の格好をしている変装盗賊だ。やっぱりそう言う奴もいたか。



「モンスターが来てます!逃げてください!」


「……わかった、ありがとう。」


 盗賊は少し考えおれの案に乗った。そして来た道を戻ろうと振り返った所で



「(斬撃派)」


 首をスパッと切り落とした。一般人と間違えてたら大変だけどおれのスキルは間違えないからな。

 やってる事は完全に通り魔だけど緊急事態だから許してね。



「ギルマス、次行きますよ!」


「儂は君が色んな意味で心配になってきたよ…。」


「大丈夫です。ちゃんと盗賊ですよ。後でギルドに渡すのでその時に確認してください。」


「いや、そう言う意味では…まぁよい。今は案内を頼む。」


 諦めの境地に入ったな。うん、目を瞑る事も時には大事なんだよ。



「なりきりチェンジ ヒーラー 次はここです。」


 人が一杯集まってる所にも盗賊はいた。ここがギルマスが言ってた避難所なんだろう。

 盗賊退治のついでに一括で回復していくか…。



「商業ギルド…まさかここにもいるとは……」


「何言ってるんですか?冒険者ギルドにもいますよ?」


「なんじゃと?それは本当かの?」


「さっき見せたでしょ?見てなかったんですか?」


「余りの多さに気が付かなかった…」


「そうですか。まぁ順番に対処しますから待ってください。とりあえずここから済ませましょう。」


「…うむ。」


 おれたちは商業ギルドの中に入った。ギルドの中はざわざわしてる。まぁ皆不安なんだろうな。



「怪我人の回復に来ました。回復が必要な人は一箇所に集ってください。」


 入った所でおれは大きな声を出した。できることならパパっとやってパパっと次に行きたい。



「冒険者ギルドのギルドマスターじゃ!怪我人は一箇所に集まるように!」


 こう言う時に身分がしっかりしてるって強いね。おれが言うより説得力が全然違うよな。


 でも皆こっちを見るだけで動こうとしない。回復いらないのかな?それならそれでおれはいいけど…



「ユウキ様!」


「あっ、ガッツさんこんにちは。ここに避難してたんですね?」


「はい。ユウキ様もご無事で何よりでございます。しかしホーク様とリッシュ様は?」


「今は別行動です。二人共頑張ってますよ。」


「それはよかった。ユウキ様、先程回復をしにきたと仰られておられましたが…」


「そうなんですよね。でも誰も動かないんで必要無いのかもしれないですね。用事を済ませたら次に行こうと思います。」


「お話し中失礼致します。ガッツ様、こちらのお方は…」


 ガッツさんと話していると知らない女の人が入ってきた。制服を着てるし商業ギルドの職員さんかな?



「私の店のVIPであるユウキ様です。」


「一番商店さんのVIPですか?この方が…」


 めっちゃジロジロ見られてる…そりゃ不思議だよね。全国規模の店のVIPなのに若すぎるもんな。



「私の大事なお客様に失礼でしょう!何を疑う事がありますか!」


 意外だ。ガッツさんって怒るんだ。でも怒り方も上品だな…



「も、申し訳ございません。」


「ガッツさん落ち着いてください。おれなら大丈夫ですから。」


「私とした事が失礼致しました。ユウキ様、先程の話に戻らせて頂きますが怪我人の回復ができるのでしょうか?」


「はい。できますよ。ちょっと急いでるので1回だけしかやるつもりは無いですけど一部屋分位なら多分いけると思います。」


「ユウキ、君はさっきから何を言っておるんじゃ?」


「えっ?だから回復するんでしょ?ギルマスが言い出したんじゃないですか!」


「そうじゃけど、どう言う事じゃ?」


「??? なんか話が噛み合って無いですね…まぁとりあえずやりますか?」


「ちょっと待ってください!怪我人を集めてる部屋は他にあるんです。ご案内しますのでそこでお願いします。」


「あっ、そう言う事でしたか。そりゃ誰も動かないはずですね。」


 おれも早とちりしてたようだ。ロビーには怪我人がいなかっただけか…。ん〜でも血が付いてる人もいるけどな…



「小さな怪我でもいいから治したい人はついてきてくださいね。治療代を取ったりしませんから。」


 もしかしたら遠慮してたのかな?それとも信用してないだけかな?まぁどっちでもいいけど。


 職員さんに案内された場所で沢山の人が横になってたり回復魔法が使える人に見てもらったりしていた。



「結構いるんですね…。」


 部屋も思ってたより広いけどまぁなんとかなるだろう。……多分。



「ユウキさん、それでは軽症の方をお願いします。ご無理はなさらないでくださいね。」


「えっ?どう言う事ですか?さっき急いでるって言いましたよね?まとめてやっちゃダメなんですか?」


「「「!!!」」」


 えっ?何!?全員が驚いてる。おれも驚いた方がいいの?



「ユウキ様、まとめてとはどう言う事でしょうか?」


「そのままの意味ですけど…この部屋全員一気に回復していいんですよね?」


「ユウキまさか君…はぁ、そう言う事かの…それならさっきの会話の意味もわかる。頼むやってくれるかの?」


 一人で納得されてもなぁ…せめて説明してくれればいいのに。まぁいいや。

 だけどおれがギルドで怪しまれない為に考えたプランCをこんな所で使う事になるとは思わなかったな。


 部屋の中心へと歩いて行き。おれは秘策を使った。



「はぁぁぁ!奥義・エボリューションエリアヒーリング!!!」


 説明しよう!戦士職のおれが魔法系や違う職業のスキルを使えば怪しまれる。

 そこで思いついたのが、何でもかんでも奥義のせいにしてしまえばいいと思い考えたのがプランCだ。

 これならおれの潜在能力的なあれで大丈夫なはずだ。


 エリアヒーリングが部屋全体に行き渡るように調節して部屋全体を回復魔法の範囲にした。

 おれの魔法の攻防の高さで回復したから怪我人の傷はみるみる癒えていき皆治ってるみたいだ。



「ふぅ、これでよし。」


 完璧な作戦だ。怪しまれた所で奥義で貫き通すもんね。



「あれ?」


 なんでこんなにシーンとしてるの?心なしか皆こっち見てる気もするし…怪我が治ったんならもっと喜んでよ。そんなんじゃ回復甲斐ないよ?



「奇跡だ…奇跡が起こった……」


「えっ!?治ってる…さっきまで腕が取れそうだったのに…」


「あなた?よかった!よかった…うぅ…」


 そうそう、そう言う反応大事だよ。別に感謝されたいわけじゃないけど感動シーン位は見せてほしいよね。


 さて、じゃあ次は盗賊を殺しますか…。

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