第93話 なりきり師、覚悟を決める。

 門番さんに冒険者プレートを見せて街に入れてもらう。

 見た目以上に幼く演技設定しすぎたせいか門番さんたちは物凄く優しかった。



「ギルドにはもうちょっと後で行こう。シルバさんもまだ帰って来てないだろうし…」


「さっき行ったばかりだもんね。じゃあ気晴らしに観光でもする?」


「ごめんホーク、おれは宿で休むよ。行きたいなら一人で行って来て…。」


「そっか。わかったじゃあおれも宿に帰る!ミミちゃんと遊んであげる約束もしてたからね。ユウキはゆっくりしてて。」


「ごめんな…」


「全然いいよ!」


 ニカッと笑いおれに気を使ってくれてる。ホークがいてくれてよかった…おれ一人で冒険者をやってたらここで潰れてたな……


 ホークの明るさにいつも助けられてるよ…。







 〜ガルーダの止り木〜



「あ〜!ユウキお兄ちゃん、ホークお兄ちゃんおかえりなさい!」


「ただいまミミちゃん。」


「今日も元気一杯だね!」


「うん!ねぇお兄ちゃんたちいっしょにあそぼうよ?」


「あっ、ごめんミミちゃん、ユウキはちょっと疲れてるんだ。だからおれと遊んでよ?」


「そうなの?」


「うん、ちょっと大変だったんだ。ごめんね…」


「わかったぁ!げんきだしてね!よしよし。」


「っ…ありがと。じゃあ部屋に行くね。」


「うん!ごゆっくりどうぞ!」


 無邪気な純粋さが今のおれには心に刺さる…。いつもの部屋におれは足早に帰った。







 〜ホークside〜



「どうしたんだい?ユウキの様子がなんか変じゃなかったかい?」


「うん…そうなんだけど…でも今は……」


 ミミちゃんがいる前で盗賊を殺した話なんてしちゃマズイよね…



「ん?ちょっとミミ、アンタ今日のお手伝いは終わったのかい?遊ぶのはそれが終わってからだよ!さっさとやってきちまいな!」


 ネネさんがミミちゃんを遠ざける為にわざとお手伝いを急かした。なんでわかったんだろう?



「いまからやるんだもん!」


 ミミちゃんは奥の食堂の方に走っていった。



「子供に聞かせたくない話なんだね?気を使わせて悪かったね。」


「ううん、でもよくわかったねネネさん。」


「客商売やってるんだそれ位わかるさ。ところであたしに話してもいい内容なのかい?」


「へぇー凄いね。う〜ん…大丈夫だと思う!実はさっきおれたち初めての盗賊退治の依頼をしてきたんだ。」


「盗賊退治!?あんた達がかい?」


「うん、おれたち今日Dランクになったんだ。で、盗賊退治の依頼をお願いされてそれを受けたんだけどユウキは盗賊を殺した事で落ち込んじゃって…」


「なるほどねぇ…だから様子が変だったんだね?」


「あっ、でもきっと大丈夫だよ!ユウキならきっとすぐに元気になるよ!」


 ユウキはこんな事じゃ負けないよ。その内ギルマスに文句言いに行ける位元気になるはずだよね。



「そうかい。ホーク、アンタは大丈夫なのかい?」


「うん、大丈夫。いっつもユウキに迷惑かけてんだもんこんな時位はおれが支えてあげないとね!」


「頑張ったんだね。アンタ達は本当にいい子だよ!ホーク、盗賊を退治してくれてありがとうね。これで安心して暮らせるよ。」


 ネネさんに頭をワシワシされて褒められた。



「ヘヘッ。ありがとネネさん!でもよかったら今度ユウキにも言ってあげて。きっとそれだけで救われると思うんだ。」


「もちろんだよ。後で会いに行くさ…。」


「ありがとう。ミミちゃんと遊んでくるね。」


「よろしく頼むよ。ありがとねホーク。」







 〜ユウキside〜



「はぁ…」


 もう何度目になるのかわからない溜め息をついた。

 さっきの戦闘が頭の中で繰り返し思い出される。



「はぁ…本当に人を殺しちゃったんだよな……。」


 信じたく無かったけどこの世界の人達が言ってた事は正しかった。

 どんなにお金を持ってないって言っても、どんなに弱い人でも、例え冒険者初日の成人になりたての子でも盗賊はお構いなしに殺そうとしてきた…。


 殺して奪う。そして落ちる。落ちたら最後…奪い続ける。



「この世界の賊って皆あんなのなのかな…」



『トントントン』



 部屋がノックされる。ホークが戻ってきたのかな?



「はい」


「ユウキ?ちょっといいかい?開けてくれるかい?」


 ネネさん?どうしたんだろ…ホークがいないので鍵はかけてなかった。でもおれが中から扉を開ける。



「どうしました?」


「スープ持ってきたよ!今日は部屋で食べていいよ。」


「えっ、あ、ありがとうございます。」


 お盆を受け取りスープを貰う。スープだけ?まぁ食欲が無かったから別にいいけど…



「それとアンタの様子が気になってね、ホークに聞いちゃったんだよ。」


「…そうですか。」


「盗賊退治をしてくれたんだってね?ありがとうねユウキ。」


「えっ?」


「いくら相手が盗賊と言えど心の優しいアンタ達には辛かったろう?

だけどあたし達はアンタ達のおかげで安全な暮らしに一歩近付く事ができたんだよ。

アンタが抱えてる自責の念よりもあたし達街の住民の感謝の方が何倍も、何十倍も、何百倍も大きいんだよ!

その事だけは忘れないでおくれよ。」


「…はい。」


「冷めない内に食べちまいな!旦那に特別に作らせたスープだよ。おいしいからしっかり食べて元気出しな!」


「はい…」


 ネネさんはそれだけ言って戻って行った。



「美味い…」


 凄く優しい味がして食欲なんて無かったのに不思議と食べられた。



「クソッ!クソッ!なんで美味いんだよぉ…」


 落ち着いたはずなのにまた感情が溢れ出した。盗賊を、人を殺した事実はもう変わらない。

 それがこの世界の常識だ。おれはもうこの世界の人間だ!受け入れて生きていこう……。






 よし、今度こそ落ち着いたもう大丈夫だ。そろそろギルドにも行かないとな…。

 言いたい事は山程ある。シルバさんももう帰って来てるだろう。



「ホークそろそろギルドに行こうか!」


「ユウキ!もう平気なの?」


「あぁ!元気一杯だ!」


「ミミも!ミミもげんきいっぱいだよ!」


「ハハ…一緒だね。ミミちゃん」


 さっきは撫でる事ができなかったミミちゃんの頭を撫でる。



「ネネさんごちそうさまでした。とても美味しかったです。」


「そうかい?旦那も喜ぶよ。後で伝えておくよ。」


「よろしくお願いします。じゃあちょっと行ってきますね。」


「気を付けてね。」


 おれたちはガルーダの止り木を出てギルドに向かった。





 〜ギルマスの部屋〜



「来たか…遅かったな…」


「盗賊退治してきましたよ。これで満足ですか?」


「そう敵視して欲しくはないんだけどな…」


「それは無理があるでしょう?こっちは夢に見そうなトラウマ背負わされたんですよ?それにそんなの慣れっこでしょ?」


「相変わらず痛い所突いてくるな…まぁいい、どうだった?自分で見た盗賊って奴は…。」


「救いようが無かったです。弱者や子供に装っても関係ありませんでした。

全員があぁだとは思いたくないですけど多分無理なんでしょうね……」


「そうだな…そんな願いはもう何度も叩き潰されてるよ。」


 きっと皆最初はそうだったんだ。でも賊と呼ばれる奴らによって踏みにじられたんだろう…。



「そうですか…それより一番大切な事を聞きます。何でおれたちに盗賊退治なんてさせたんですか?」


「もちろん街の為だ……って言っても信じねぇんだろうな?」


「当然ですね。」


「はぁ…街の為ってのも本当だ。だけど本当の理由はお前だよユウキ!」


「おれ?」


「そうだ。お前は転生人だ。いつ素性がバレて誰に狙われるかわからない存在だ。

そんなお前には本物の悪意って物を知ってもらう必要があったんだよ。」


「悪意知る?………そんな事の為にホークを巻き込んだのか?ホークに人を殺させたのか!?」


「そうだ。だがこれは氷山の一角にすぎない。転生した世界がこんな世界で申し訳無いがこの世界には悪い奴は沢山いるんだ。

それにそれは別に賊に限った話じゃない。そう言った奴らに命令する奴もいる。転生人は私利私欲の為に狙われるんだ。特にお前は特殊な事ができすぎる…。

お前の敵は魔王だけじゃないんだよ。」


「おれが狙われる?そんな事はどうだっていい!なんで約束のEランクを無理矢理Dランクに上げてホークに盗賊を殺させたか聞いてんだよ!」


「ユウキ、落ち着いて!怒っちゃダメだよ!」


「昼にも言っただろ。ホークにもちゃんと実力があるからDランクにしたんだよ。

それにお前の仲間である以上、お前以上に危険なのはホークなんだ。


お前の正体がもしバレてお前の力を手に入れる為なら犯罪者や権力者はなんだってするぞ…。


それこそホークにもお前の関係者にも手を出してくるだろう…。


犯罪がはびこるこの世界で悪意を知らないで育つなんてのは危険すぎるんだよ!

その事をホークにも知ってほしかった。」


「なら口で言えよ!ちゃんと説明しろよ!それ位できただろ!」


「口で説明するのと本物の悪意は全く別だ。中途半端に伝わったって何の意味もない。

お前達に本物の悪意、殺意に触れてもらう事が今回の目的だった。」


「だとしてもこんなすぐに依頼なんかで出さなくたっていいだろ!もうちょっと時間が経ってちゃんと盗賊を理解してからでもいいだろ!」


「じゃあ逆に聞くがもしこの依頼を出さずにお前達が盗賊と出会っていた場合お前達は盗賊を殺せたか?本気で殺しにかかってくる相手に戸惑う事無く戦えたか?」


「それは…」


「できないだろ!おれが盗賊は殺すものだと言った時お前達は凄く嫌がったよな?

じゃあ何で今回討伐して帰ってこれたんだ?覚悟したんだろ!?

何の罪もない人間を殺す奴がこの世界にはいるんだって知ってたから戦えたんだろうが!」


「ッ…」


「ステータスの強さだけではこの世界は生きていけないんだよ…。

いいかユウキ、ホーク厳しい事を言うが人の醜い部分、闇から目を逸らすな!

もしここで躓いてそれに立ち向かえないならお前達は魔王なんて気にしないで残りの人生を好きに生きた方がいい。

プライ様との約束なんて忘れちまえ!」


「くっ…」


「ユウキ……ギルマスもうやめてよ!ユウキは頑張ったんだよ!本当は殺したくなんか無いのに自分を騙してまでちゃんと依頼を達成したんだよ!そんなユウキをこれ以上追い詰めないでよ!」


「そんな事はわかってんだよ!だけどこれはお前達が避けて通れない選択だ。

これから先お前達がモンスター以外とも戦えるのか戦えないのか…覚悟を決めるのはお前達自身だ…。」


 おれが転生人だって隠してたのは父さんや母さん、それにホークに迷惑をかけない為だ…。


 もちろん自分が巻き込まれて面倒に巻き込まれるのも嫌だけど、ラノベの展開で身内や仲間が狙われる設定なんていくらでも知ってたからそれを一番注意していた。


 だからバレないように人目がある場所だと戦士になってるし、弱いフリもしている。


 だけどバレた時の事までは深く考えてなかった…。

 もしバレたら逃げればいいと思っていた程度だった…。


 けど貴族や王族がもし盗賊を使ってホークや家族を狙うとなったら…そんな事まで考えてなかった……


 ギルマスはそこまで考えて今回おれたちに盗賊退治をやらせたのか?

 モンスター以外を殺す覚悟を持たせる為に…

 


「おれは…おれはもう決めたんだ……もう日本人の一条勇気じゃない。

この世界の…ジョブラスのユウキ=ノヴァとしてこの世界で生きていくんだ…。


盗賊を殺すのが当然って言うんならやってやるよ!もう手は汚してるんだ覚悟はできてる!」


「お、おれだって!ユウキを狙う奴なんか許さないぞ!誰が相手だって戦うよ!ユウキはおれが守るんだ!」


「そうか……お前達が選んだのは茨の道だ。そうならない為にもついうっかりでバレないように気を付けろよ。」


「わかりました。それにギルマスの今回の意図がわかって納得もしました。

ただそれでもやっぱり説明は欲しかったです…。そうすればこんな思いはしなくて済んだかもしれないのに……」


「それがおれの覚悟だ。お前が怒ることも、お前達がおれを嫌う事も、例えお前達と戦う事になったとしても全てを受け入れるつもりでいた…。」


「戦いませんよ!おれたちをなんだと思ってるんですか!」


「え〜?ユウキちょっと危なかったよ?スキル使わないかヒヤヒヤしたもん…」


「確かに怒ってたし、ギルマスはもう嫌いだけど流石にやらない…よ?」


「なんで疑問系なんだよ……つーか堂々と嫌いとか言うなよ!傷つくだろ!」


「近寄るな!諸悪の根源め!おれはまだホークに盗賊を殺させた事を許しては無いんだからな!」


「おれは別に気にしてないよ?ギルマスがやりたかった事はおれもわかったし許してあげなよユウキ」


「ホークは甘すぎるんだよ!こう言う人は簡単に許したらどんどんつけあがっちゃうんだぞ!」


「お前それまるっきりブーメランとして自分に刺さってるからな?自己紹介してんのか?」


「あんだと?このクソギルマス!元はと言えば…」


「だから喧嘩はダメだってばぁー!」


 泣いて、怒って、落ち込んで…色んな感情が巡り巡った盗賊退治依頼だったけどおかげで本当の意味でこの世界で生きていく覚悟ができた…。


 まぁおれが転生人だって知ってる人は少ないしおれのうっかりミスが無い限りバレる心配は無いだろう。


 …無いよね?大丈夫だよね?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る