第90話 なりきり師、12歳の時。
ギルドを飛び出しおれたちは街を黙って歩いていた。
はぁ…憂鬱だ……大体なんでおれが盗賊退治なんてしなきゃいけないんだよ…
地元ルールは地元の物で全世界共通じゃないぞ…異世界ルールは元日本人には通用しないんだよ…
まぁ厳密に言えば母さん達にプライが何か細工したらしくておれのこの体はこの世界の生まれだけど…
日本人の時の記憶が蘇ってからは精神的には日本人だ。
「あーもう!どうしたらいいんだよ!!」
「うわっ!ビックリしたぁ急に大声出してどうしたの?」
「ごめん…色々考えてたら頭がゴチャゴチャになっちゃって……」
「そっか。ねぇユウキ、嫌なんだったら無理して盗賊退治しなくていいよ。そのかわりおれが盗賊退治するからさ…。」
「えっ?」
「おれさ、さっきサナさんの話を聞いて思ったんだ。戦えない人からしたら盗賊って凄い怖いんだって…
もしおれが盗賊を見付けても殺すのが嫌だから見逃したとして、その盗賊が今度リーイン村を襲ったりしたらきっとおれは後悔しちゃうから…。
だからユウキがやりたくないならおれがやるよ!ユウキは戦わなくていいよ!
だってユウキは昔っから命の大切さを教えてくれてたもんね。ほら覚えてる?おれが川で流されちゃった時さ…」
あぁ…あの時の事か…。
〜2年とちょっと前 ユウキ、ホーク 12歳〜
「ダメだって!あそこは足がつかないんだから!それに流れだって急に速くなるんだぞ!おれたちが入っていいのはここまでだ!」
「え〜いいじゃん!絶対狙い目だって!きっと大きな魚がとれるよ!」
リーイン村に唯一流れる川へ魚を捕りにやってきたおれたち。
釣り竿なんておれたちには無いしそれを作れる程器用じゃない。なので魚を捕るのはモリ突きだ。
いつものように比較的流れが緩やかで水深も浅めの中流付近で始めようとしていたのだが、ホークがもっと大きい魚を捕りたいと言い出し上流の方へ行きたいと言い出した…。
「大きな魚なんて捕れたらそれこそ身体を持っていかれちゃうだろ!おれたちはここで普通の魚を捕って帰るんだよ。」
「それじゃつまんないよ!大きな魚をとって皆を驚かせてやろうよ!ねぇ、ユウキ一緒に行こ?」
「だからダメだって!行かないし行かせないよ!下手したらそのまま死んじゃう事だってあるんだぞ!」
「まぁた言ってるよ!おれは運動神経いいからそんなんじゃ死なないよ!ユウキは大人と同じ事ばかり言うよね!」
「おれ大人だもん当たり前だろ!前に転生人だって内緒で教えただろ…。」
「でもユウキはおれと同じ歳じゃん!だったらユウキだって子供だろ!」
「見た目はな!おれの前にいた世界に見た目は子○、○脳は大人って超名ゼリフがあるんだけどまさにおれもそうなの。」
あの子と同じような状況ってファンからすると胸アツだし感動するよね。
まぁ高校も欠席気味レベルのおれはあそこまで頭は良くないし推理もできないけどね…
「そんなの知らないよ!転生人だからってそんなに偉いの!?ユウキ最近ダメダメばっかり言い過ぎだよ!」
「偉いんじゃない。賢いんだよ。向こうでの大人の知識があるから、だから上流は危ないってわかるんだ。
それにおれが止めないとホーク危ない事ばっかりしちゃうだろ!」
「もういい!帰る!!」
「そんな事言って上流に行こうとしてもダメだぞ!帰るなら帰るでいいけどこっから見てるからな!」
「帰るって言ってるだろ!フンだ!」
あ〜あ怒っちゃった…子供の頃って何がきっかけで喧嘩になるかわかんないんだよな…
まぁホークの場合明日にはケロッとして遊びに来るからいいんだけど…。
「ほんとに帰ったな…。しょうがないホークの家の分も捕って届けてやるか…」
てっきりおれの目を盗んで上流に行くと思ってたけどホークはどんどん家の方へと歩いている。
小さくなった姿が見えなくなったのでおれも魚捕りに戻る事にした。
「今日はあんまりだったな…転生してんだからちょっと位身体能力ズバ抜けててもいいのにな…これじゃ普通の子供と変わんないよ…。」
拳で岩が砕けるとか、剣で斬られても怪我しない体とか、残像が残る位速く動けるとか、ちょっと位ズバ抜けた能力があったっていいじゃないか…
拳で岩を殴ったら砕けるのはおれの手だし、剣で斬られるどころか転んだだけで怪我するし、運動神経も普通の子供と大して変わらない…。
てっきりこの世界に来た時はそんなスーパー能力を期待してたのにな……
「職業貰うまであと3年近くかぁ…せっかくの異世界なのにプライの奴ちょっと焦らしすぎだよな。」
この世界に生まれて12年と少し。10歳の頃に日本人の時の記憶が蘇ったけど10歳までの記憶もちゃんとある。
職業が貰えるのが15歳からだからこの世界で15年経たないとおれの魔王討伐は始まらない。
まぁ職業さえ貰っちゃえば転生人なんだから凄い能力が覚醒めたりするんだろうな!ウッヒャー!楽しみだな!
そんな事を考えているとホークの家に辿り着いた。
「ホーク!魚届けに来たぞ!怒ってないで仲直りしようよ!」
「ユウキ、ホークならさっきまた出ていったよ?」
「えっ?おばさん、ホークはどこに行ったの?」
「ユウキが大物捕ったから入れ物用意しないと持って帰って来れないって、カゴを取りに帰って来てまたすぐ出て行ったよ。会わなかったのかい?」
『ドサッ…』
持っていた魚を入れたカゴを落とす。
「まさか!……おばさん!このロープ貸して!」
「い、いいけど急にどうしたんだい?」
「もしかしたらホーク上流に行っちゃったかもしれない!」
「なんだって!?」
「おれ見てくるからおじさん達にも伝えて!」
「ちょっとユウキ!アンタも危ない…」
おれはホークの家に置いてあった野菜を干す為のロープを借りてその場を飛び出した。
「くっそ…ちゃんと帰ってたから安心してたのに…ホーク無事でいろよ……。」
〜ホークside〜
「ヘッヘ〜ン!ユウキも一緒に驚かせてやるもんね!まさかおれが引き返すなんて思ってないだろうな。天才的発想だなおれ!」
最近のユウキは急におれがやること全部ダメだって言ってくる。
木登りして遊んでてもこれ以上は危ないからダメとか、野菜を運ぶ台車で坂を滑ろうって言っても、ブレーキが無いからダメとか、人にぶつかる、壁にぶつかる、落ちたら怪我するからダメとか!
今日の川だってそうだ!おれはもう12歳だぞ?ちょっと深くたってちゃんと泳げるもんね!
「う〜ん…この辺怪しいな!大物がいそうな気がするぞ…よ〜し!ここにしよう!」
いつもの魚をとる所よりちょっと上流だ。見た感じ流れだってそんなに変わんないし絶対大丈夫じゃん!
「ユウキは怖がりだからな。今までだって本当は自分がやりたく無かっただけなんじゃないのか?もう素直じゃないなぁ…」
おれについてこれないのが恥ずかしいならそう言えばいいのに…危ないからダメって言い過ぎなんだよ。
「まぁ許してあげよ。友達だし。さっ大物とるぞ〜!」
『バッシャーン!』
この辺は岸がないからちょっとだけ高い所から飛び込んだ。
「プハーッ!冷てぇ!こんな端っこでも足つかないんだスッゲー上流!よ〜しとるぞぉ!」
さっき飛び込んだから魚を驚かせちゃったかな?この辺全然大物いないじゃん…
う〜ん壁に掴まれなくなるけど真ん中行くか。実はあっちの方が本当は怪しいと思ってたんだ!
「ヘヘッ、待ってろよユウキ!驚かせてやるんだからな!」
〜ユウキside〜
「はぁはぁ…ホークー!ホークー!返事しろよー!ホークー!」
急いで戻って来たけどホークとは会えなかった。まさかもう上流に入ってしまってるのか…
だとしたら急がないと!救命胴衣もない子供が川の流れにのまれたりしたら泳げるわけない…すぐに溺れてしまうぞ…
「ホークー!返事してくれ!ホークー!ホークー…」
〜ホークside〜
真ん中まで潜って来たけど、う〜ん魚いないなぁ…おかしいなぁ…いると思ったのに…
「プハッ!あッ!?」
息継ぎの為に水面に上がったらさっきまでと違って流れが速い…体が持っていかれる…
「ゲホッ…」
水飲んじゃった…うまく息継ぎができない…
「ゲホッ…ゲホッ…助け…」
バシャバシャするだけで足がつかないせいで止まれない…
「ホーク!これに掴まれ!」
「ユウ…」
〜ユウキside〜
「ホークー!どこだー!」
子供の足で行ける距離なんてしれてる。この崖沿いに探せば見つかるはずだ。
そう思っていつもの場所から川を見ながら登ってきてるのにまだ会えない…まだ上に行ったのか?
『バシャバシャ…ゲホッ』
「ホーク!」
大変だ溺れてる…やっぱり上流に行ってたんだ…急いで助けないと!
急いで石にロープをくくりつけそれをホークに向かって投げる。
「ホーク!これに掴まれ!」
でもホークの手元にうまく投げられない…
「ユウ…キ、助けてー!ゲホッ…」
「大丈夫!もう怖くないぞ!待ってろすぐ助けるから!」
投げたロープを手繰り寄せもう一度ホークに向かって投げる。
だけどやっぱり流れて動いてしまうホークの手元にうまく投げられない…
「クソッ!ホーク、頑張れ!もう少しだからな!」
これじゃダメだ…どうすればいい…
「ユウキ!ホークはいたのか?」
「父さん!?あそこに!そうだ!父さんこのロープしっかり持ってて!」
「あ、あぁ…ってユウキお前何するつもりだ!待ちなさい!ユウキ!!!」
早くしないとホークが死んじゃう!おれはもう片方のロープを自分にくくりつけて川に飛び込んだ。
「ゲホっゴボッ…」
「ホーク!頑張れ!もう少しだ!」
無我夢中で泳ぎついにホークに辿り着いた。
「ゲホッゲホ…ユウキぃ!グスッ…」
「怖かったな。でももう大丈夫だからな!父さーん引っ張って!」
「わかった!引っ張るぞー!頑張れよーお前ら!」
「ホーク、流れに逆らって泳ぐからしっかり掴まってろよ!」
「うん…」
胴体に結んだロープが食い込む…痛ってぇ…でもよかった。これで助かる。
「ラルクさん、ウチのバカ息子は?」
「あそこです。ユウキが助けに行きました。スインズさんとにかくこれを一緒に引っ張ってください。」
「わ、わかりました!」
おっ、ホークのおじさんも加わって引っ張られる勢いが強くなった。
これならすぐに陸に上がれる…
『ブチッ!』
「なっ!!!」
野菜を干す用のロープが細すぎたのかあと少しの所でロープが切れてしまった。
「ウワッ!」
ダメだ流される…でもさっきよりはまし!
「ホーク!頑張れ!向こうの壁に向かって泳ぐぞ!」
「ユウキぃ…」
「大丈夫!おれがついてるから!言ったろ?転生人は凄いんだぞ!おれに任せとけよ!」
「うん…」
「ユウキ!ホーク!」
気付けば父さんも川に飛び込んでおれたちの所まで来てくれた。
「父さん!」
そのままおれたちは父さんに抱えられなんとか陸に上がる事ができた。
「このバカ息子が!」
『ゴチーン!!!』
ホークがおじさんに本気でゲンコツされてる…とても痛そうだ…
「痛ってえぇぇぇぇ!」
「痛い事に感謝しろ!死んでたらその痛みすら感じられないんだぞ!わかってんのかお前!」
「グスッ…はい…ズズッ…ごめんなさい。」
「ユウキ、ラルクさん、本当にありがとうございました。おかげで息子は死なずに済みました。ほらお前も心の底から頭を下げろ!」
「あり、がとう…ユウキ、ングッ…おじさん…ズッ…」
「助かってよかったよ。でもホーク、いつも言ってるだろ!危ない事しちゃダメだって!死んじゃったら全部おしまいなんだよ!もうこうやってこの世界に戻れないんだからね!命は一つしかないんだよ!」
「ゔん…」
「おれの言いたい事は息子と大体同じだな。ホーク怖かっただろう。今日はしっかり休むんだよ。」
「わがっだ…ごめんなさい…」
「よし、じゃあ次はお前の番だ!」
『ゴチーン!!』
「痛ってぇ!何すんだよ!父さん!」
今度はおれの番だって言ってゲンコツしてきた。
「お前も無茶しすぎなんだよ!いいか、お前がいくらしっかりしてると言ってもまだ子供なんだ!あんな危ない事してどう言うつもりだ!」
あっ、そうか…父さんには転生人だってまだ話せてない…父さんからすればおれもホークと同じ子供なんだ…。
「ごめんなさい…」
「無事でよかった…」
そう言って抱きしめられた父さんの身体は少し震えてた。
その後は家に帰ってその時の話を母さん達も知ってしまい、また怒られてしまった…。
〜メルメルの街、現在〜
「そんな事もあったな…。」
「だからさ、命の大切さを誰よりも知ってる死んだ事のあるユウキはたとえ盗賊でも殺せないんでしょ?ユウキは優しいもんね。だからおれがやるよ。
…でも、もし今度から盗賊退治の依頼をお願いされたら見付けるのだけは手伝ってほしい…かな……」
「………」
バカかおれは…ホークにこんな事言わせて…一人で盗賊退治をやらせるつもりか?
『パンッ!』
両手で自分の頬を叩く。
「どうしたの!ユウキ?」
「ごめん…なんでもない!でもホーク一人にはやらせないよ。
おれたちはパーティーだろ?やるなら一緒に、だ!」
「えっ、でも…」
「大丈夫!大丈夫だから…」
「…わかった。」
「じゃあ行こっか!クルーシェの街に向かう門は向こうだな。」
「うん!」
このメルメルの街の門は2つある。ダンジョンやリーイン村に向かう方の門と、クルーシェに向かう方の門は別の門だ。
おれたちは盗賊を探す為にクルーシェ側の門へと向かった…。
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