第86話 なりきり師、帰る。

 〜二階層〜



「初めて来た時ここでモンフェス起こされたんだよな。」


「アハハ懐かしいね。つい最近のはずなのに随分前の事みたい。」


「ホントだな。それにここは初めてダンジョンでお金を稼いだ場所なんだよな…。」


 ホークの言う通り随分前の事みたいだ。決闘に鎮静に色々あったからな…


 最近の事なのに懐かしんでしまった…。



「そういえば君達ギルドで初めて換金したのってギャザーウルフの毛皮だったね。

ゴロズ所長が受付けしてたのに持ってきたんだったね?」


「だってあの時はマーガレット所長の事知らなかったし、誰も教えてくれなかったし…空いてると思ったんですもん…」


「あ〜らユウキちゃん、それって凄くラッキーねぇ〜。あたしの受付孃をホークちゃんと二人占めできたんだものぉ〜!」


「そ、そうですね…」


 何がラッキーなの?おれもホークもあの時震え上がったんだけど…



「しかしギャザーウルフ程度にモンフェスを起こされるなんてな…プッ」


「え〜ギルマス酷〜い!おれたち頑張ったんだよ!ねっ、ユウキ!」


「そうだよな初めてのダンジョンで仲間を呼ぶなんて知らなかったし、最後の1体が吠えるから次から次に来て大変だったんですから!」


 どうやらあの時の事はホークも笑われるのは嫌みたいだな…そりゃそうだ。あの時は逃げるのも戦うのも必死だったし…



「くっ…悪かったよ。」


 ギルマスも分が悪いと思ったのか今回は素直に謝ってくる。いつもそれ位素直だったらいいのに…


「謝ってくれたからいいよ!」



 そんな緩やかな会話や緊張も無く進めるのもここがニ階層だからだ。十階層だったらこんなリラックスしてられなかったもんな…



『ワオーーーン!!!』



 どこからともなく聞こえてくる狼の遠吠え。



「さて、ホークそろそろ気合い入れようか。」


「そうだね。」


 まぁどこからくるかなんてのはモンスターマップがあるからわかってるんだけどね…。


 ご丁寧に大回りをしておれたちを囲い込んでる。

 数は17体。その中の1体がギャングウルフだ。



「雑魚はおれたちに任せろ!おまえらはボスを狙え!」


「「はい!」」


 先程までと違い戦う時は真剣だ。



「行こうホーク!」


「うん!」


 おれたちは真っ直ぐにギャングウルフを目指し走り出しそしてやがて対峙した。



『グルルルル…』



 ギャザーウルフより一回り大きい黒い狼が犬歯を剥き出しにしてこちらを威嚇している。


 だけどもう今更だ。これまでどれだけの強敵と戦ってきたと思ってる…

 こんなのテレビだったらナレーションベースのダイジェスト扱いだ。



「ちゃっちゃと終わらせて帰るぞホーク!今日はフカフカのベッドで寝れるぞ!」


「うわぁベッドって久しぶりだね!よーしやる気出てきたぞ〜!」


 やる気を出したおれとホークに適うはずも無くギャングウルフ、そして一階層のボスのネコマタはおれたちに倒された。


 まぁ何と言うか…凄く弱かったよね。別に転生人って言うチートなんか必要無い位の敵だった。


 ダイジェストどころか何の見せ場も無いのでお蔵入りレベルだったよ…


 時空支配者の熟練度も上がらなかった。うん、間違いなくカットだな。






 〜一階層出口付近〜



「はぁ〜!やっと終わったぁぁ…やっと帰れるぅ…」


 名残惜しいが空間支配者から戦士へとなりきりチェンジで転職して帰る準備は万端だ。



「お疲れさま。ユウキ君、ホーク君、本当にありがとう。」


「いえいえ、シルバさんも一杯助けてもらってありがとうございました。」


「ありがとうございました!」


「じゃあおれたち帰りますね!またその内ギルドに顔出します。」


 斬魔の炎とエンドレクイエムのパーティーの皆さんの遺骨、遺体もギルマスに預けたしおれたちの役目は本当にこれで終わった。



「まぁ待て、ユウキお前にはまだやる事があるんだ。」


「? 何ですか?」


「さっき練習したミラージュバリアの道は覚えているな?」


 あぁ四階層で奴隷の時にコントロールの練習させられた奴だな。

 あっ!そういやなんでやらされたのか教えてもらってない…



「覚えてます。あれって結局何だったんですか?」


「今ここで使ってもらうんだよ。」


「…なんで?」


「ダンジョンに入る前まではどうにかギルドで誤魔化そうと思っていたが、ユウキがミラージュバリアを覚えたんだ。お前らはここから隠れて出てこのダンジョンに来てない事にすればいい。」


「なんでそんな事するの?普通に出ればいいんじゃないの?」


「ホーク、このダンジョンを封鎖してもう4日目だ。そろそろ他の冒険者も痺れを切らして来るだろう…。

そんな中で封鎖されてるはずのダンジョンからお前らが普通に出てくれば他の冒険者はどう思う?」


「う〜ん……ズルイと思う!」


「そうだな。だがそれだけで済むほど優しくないんだ。お前達が出てきた謎は疑問にそしてやがて怒りに変わる。


何であの新人2人は封鎖されてるダンジョンから出てきたんだ?


そういやアイツら決闘してた奴だな。よしちょっとの間後をつけて調べてやろう…


アイツらばっかりズルイ!自分達はダンジョンに入れなくて稼げなかったのに…


もしかしてアイツらのせいでダンジョン封鎖されたんじゃないか?力尽くで吐かせようぜ!


なんて事にもなりかねない。色んな意見が出てくるだろう。

それに恐らくこのダンジョンの入口を見張ってるような冒険者や他の者もいるだろう。そんな奴らに見付からず出る為にユウキ、お前のスキルが必要だ。」


「なるほど…それでミラージュバリアの道か…」


 そんな先の事考えもしなかった…。そっか4日も封鎖してたんだ…そりゃ見付かれば他の冒険者から不満も出るだろうな…

 おれも目立ちたく無いし調べられて変な噂がたっても困る。

 ここはギルマスの言う通りミラージュバリアを使って出よう。



「わかりました。ミラージュバリアで姿を隠しながらおれたちは出ます。でも最初に来た時にギルドの職員さん達と会ってますよ?」


「その辺は大丈夫だ。おれたちの方でなんとかする。もし不安が残るようなら後日あの時のように契約させるさ。」


 あの時のように契約させるって…一応命懸けの契約なんだぞ?勝手にそんな約束をするなんて暴君かこの人…ギルドってそんなにブラックなの?



「いいか今から手順を説明する。しっかり聞いて頭に叩き込めよ。」










 〜地上〜



「はぁーあ…疲れた…。」


「「お疲れさまです!」」


「おう!お前らもお疲れ!どうだ?誰も入らせてねぇか?」


「はい!何組かパーティーが来ましたが、今は封鎖中だと追い返しました。」


「そうか、苦労をかけたな。」


「いえ、でも一体何の為に…?」


「ダンジョンの異変が報告されてな…このダンジョンは確かに以前までと違ってかなり凶悪になっていた。」


「ダンジョンが凶悪に!?」


「あ、あのギルマス…言われた通り決闘で…」


「しっ!その話はするな!誰が聞いてるかわからなねぇ。まぁ詳しい事はまた今度落ち着いたら話してやるよ。」


「は、はい!すいません。」


「(ミラージュバリア)」


 階段の途中から限りなく小声でミラージュバリアを使い、ギルマス達を避け街からダンジョンへの道を逸れてミラージュバリアを限界まで伸ばす。


 外は明るい真っ昼間だ。


 ハンドシグナルでホークに合図しておれたちはダンジョンから抜ける。


 階段を抜けた事でマップが地上に切り替わり新たに地上のマップがマッピングされた。


 ダンジョンの辺りは遮蔽物などは無くあってもまばらに木が生えてる程度だ。

 おれのマッピング能力が上がっているので入る前にできていなかった部分も今なら見るだけでマッピングされるから便利だ。



「(マップ内検索 ダンジョンを見張ってる者)」


 ミラージュバリアの中でマップ内検索をする。戦士で出ようと思っていたがギルマスの助言に従いマッパーへと転職していた。


 マップにはギルマスの予想通り☆が10個以上表示されこのダンジョンを見張ってる者が10人以上いた。


 なんでこんな調べ方なのかと言うとこの世界は人間以外も存在する。

 ダンジョンを見張ってる人間で検索したら獣人やエルフなんかの多種族は表示されないからダンジョンを見張ってる者と検索するしか無かった。



 ギルマスがおれたちに説明したやり方はこうだ。


・ギルマス達がまず出て、見張りの職員さん達の気をギルマス達に向けると同時にこのダンジョンを見張ってる者の視線も集める。


・その隙におれたちがミラージュバリアの道を通りダンジョンを抜け、ダンジョンを見張ってる者達よりもっと離れた所でミラージュバリアを解除する。


・そして、何食わぬ顔をして街に帰れば誰もおれたちがダンジョンにいた事は知らないままだ。



「(ミラージュバリア)」


 おれが限界まで伸ばせるミラージュバリアは約20メートル。20メートルまでなら景色と同化した道を通れる。だけど音や気配までは隠せない。そこで…



「おーい!隠れてないで出て来いよ!説明が必要ならギルマスのおれが説明してやる!」


 ギルマスがおれたちが向かった方向と反対に進みそう叫ぶとパラパラと隠れてダンジョンを見張ってた人間や獣人が顔を出した。


 おれたちは予め☆の少ない方向に行く手筈だったのでギルマスが多い方に行ってくれた。


 ギルマスは最初からおれたちがいる事がわかってるから気配でどっちに行ったかわかるんだろう。


 熟練の冒険者って凄いな…。


 マーガレット所長やシルバさんも協力しておれたちの気配や匂いなんかを邪魔しようと「見張っていてお腹が空いてるだろう?」なんて言いながらアイテムバッグから食べ物を出したり、マーガレット所長が一人で騒いだりしてくれている。



「(ミラージュバリア)」


 できるだけ音も声も足音もたてないようにしてその場を離れることに全力をかける。

 ホークも頑張って静かについてきてくれている。


 それを繰り返しダンジョンから大分離れた森の中でもう一度誰も近くにいないかマップを確認してやっとミラージュバリアを解除した。



「ふぅ…ここまで来れば大丈夫か。なりきりチェンジ 戦士」


「ユウキ、お疲れさま!ギルマスが言った通りだったね。」


「うん。やっぱりあの人達って凄い冒険者だったんだな。先の事まで考えろってこう言う時の為に言ってたんだろうな…。」


「そうだね。おれたち普通に帰ろうとしてたもんね…」


「まぁ今回はイレギュラーな事が多すぎたんだよ!次から頑張ろう!さっ、今度こそ本当にメルメルの街に帰ろうぜ!」


「うん!」


 こうしておれたちのダンジョン鎮静は完全に終わった。まだ中にはボスが一杯いるけどそれを倒すのはまた今度。おれたちがもっと強くなってからだ…。

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