4-7 児童福祉司

 雁屋は石角秀俊が他のルートから出国していないか、入国管理局に問い合わせてみた。その結果、石角は予約していたソウル便と同日、鳥取県の境港からウラジオストク行きのフェリーに乗船したことがわかった。

「おそらく羽田から出雲空港まで飛び、そこから陸路で境港まで移動。そしてフェリーは途中の韓国・東海トンヘ港で下船し、半島を横断して仁川インチョンに向かい、そこからフランクフルト行きに乗るという旅程だったに」

「奴っ子さんも随分手の込んだことしてくれるな。追っ手が来ることをある程度予想して目くらましをしたわけだ。このまま滞在先で逃亡なんてことにでもなれば厄介だな……」

「いや、松田花菜ちゅう女ン存在考えると、日本に戻る気ぃするで……」

「仮に二人が恋仲だったとしても、松田花菜が後を追って渡航するという可能性もあるぞ」

「うーん否定できへんで……。そういゃあ、孫が松田祐也君と同じ小学校だに。生徒の身内っちゅうことで、話、聞けるかもしれんで」

 さいわい、孫である相原遼の担任とは面識があり、雁屋は捜査の一環という名目で松田祐也の担任と話す機会を設けてもらった。

「私が松田君の担任の岡部理子です。松田君のご家庭のことでお聞きになりたいことがあるとか?」

「ええ。いいにくいことですが、祐也君のお母様が親しゅうしとる男性が海外逃亡ン可能性あるもんで、祐也君のお母様も一緒に行きゃへんかと危惧しとるんです。岡部先生、ほんだぁ話、聞いとらんですか?」

「いえ……そのようなお話は伺っておりません」

 と、岡部は一旦間を取って話を続けた。「ここだけの話ですが、松田君の家庭環境はあまり良くないようなのです」

「とゆうと?」

「松田君のお父さんは度々暴力を振るって、その声をご近所の方が良くお聞きになっているようなのです。その暴力の矛先は松田君のお母さんに向けられるようなのですが、松田君自身も被害に遭っているようで……着替えているところを見ると、身体のあちこちに傷がありました。だから私も児童相談所に連絡させていただきました」

「その……児童相談所ん担当者、紹介してもらえますか?」


      †


 雁屋は児童福祉司の吉村歩美と連絡を取り、相談所近くの喫茶店で落ち合う約束をした。直戸も同席して待っていると、やがて吉村が現れた。二十代後半の女性と聞いていたが、全体的に地味で落ち着いた外観のため、実年齢よりも高く見えた。

「お待たせしました、吉村です」

「わざわざ来てもろてすみません、浜松中央署の雁屋です。こちらはの綾小路です」

 雁屋は直戸を敢えて警官として紹介した。もちろん不法ではあるが、刑事に〝元〟をつければあながち嘘でもない。

「刑事さんが関心を示して下さって、正直嬉しく思っています。前々から松田家は危ういと思って警察にもお話したんですが、まともに取り合ってくださらなくて……」

「そりゃ、ほんにすまなんだ。そん警官に代わってお詫びするに。ほいで、松田家が危ういというんは、具体的にどんな状況になっとるだか?」

「あのお家からは祐也君の父親の怒鳴り声と母親の悲鳴がしょっちゅう聞こえてくるとご近所では噂になっていて、私共の相談所に連絡があったのです。それで私もお家の近くに何度か足を運んだのですが、何回目かで激しい喧噪が聞こえてきたのです。思わず、インターホンを押したのですが、祐也君の父親が出てきて、『ちょっと夫婦喧嘩していただけです。お騒がせして申し訳ありませんでした』とだけ述べてバタンとドアを閉められてしまいました」

「そん後、松田家にゃ行きました?」

「いいえ。実は、それからすぐに上司から『松田家には行くな』と釘を刺されてしまいました。変だなと思ってご近所の聞き込みをしたんですが、どうやら祐也君の父親は堅気ではないお仕事をされているようで、政治家に口利きをして児童相談所にも圧力をかけたようなのです」

「松田花菜ン夫、堅気やあらへんのけ……」

 直戸と雁屋は顔を見合わせた。石角と松田花菜は単なる淡い恋仲だと思っていたが、非合法な仕事に手を染めている石角が堅気ではない人間の妻に近づいている。これは単なる偶然だろうか……。

 その時、雁屋があっと声を上げた。

「どうした?」

「いや、〝石角〟という名前から〝メイソン〟となったわけだら? ほんだぁ、松田……松を英語で言うと……」

「そうか、……〝パイン〟だ!」

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