4-6 ダイバート

 直戸と雁屋がそれぞれ情報網を駆使して石角について調べたところ、石角が羽田からフランクフルトまでの航空チケットを購入していることがわかった。

「出発は二日後で韓国経由だに。仁川インチヨンで降りて一晩寝てからフランクフルト行きぃ乗りかえるっちゅうスケジュールだに」

「またマネーロンダリングか。パインの〝報酬〟を海外で現金化するつもりだろう」

「とにかく、明後日羽田空港で石角秀俊を取り押えるだに」

 それから二日後、朝早くから直戸と雁屋は羽田空港で待機した。雁屋の部下数名も同行し、国際線出発ロビー近辺を隈なく偵察していた。雁屋はそわそわとしながらつい不安を漏らす。

「出発時刻まで二時間切ったに。そろそろ現れる筈だで……」

「そうだな。これからは注意して見張る必要があるな」

 しかし出発一時間前、そして三十分前になっても石角は現れない。

「どうなっとるだに、出国審査の時間考えたら、もう搭乗口にいにゃいならんに?」

 不審に思った彼らは念のため航空会社の地上職員に尋ねてみたが、やはり石角秀俊はチェックインしていないと言う。


      †


 直戸と雁屋がやきもきしている最中、東京・浜松町駅に石角秀俊は現れた。そして悠々とモノレール乗り場へと向かい、羽田空港行きのモノレールに乗り込んだ。その様子があまりに落ち着き払っていたので、警官がこの男を血眼で探していることなど乗客の誰もが想像すらしなかった。

 石角が羽田空港に到着すると、飛行機の出発を案内するアナウンスが聞こえた。

──〇〇便ソウル行きは間もなく出発します。お乗りのお客様は搭乗口までお急ぎ下さい──

 石角は軽くため息をつくと、チェックインカウンターへと向かった。カウンターでスーツケースをベルトコンベアに載せると、係員が申し訳なさそうにいった。

「お客様、二キログラム重量オーバーとなっております。このままお預かりすると、二千五百円の超過料金が発生いたしますが……」

「参ったな、家で計った時はキッチリ二十キロに収まっていたんだけどな。まあいいや、これで頼むよ」

 石角はカウンターで超過料金を支払い、即座に荷物検査上を通過して搭乗口へと向かった。


      †


 一方、雁屋は空港警察署を訪れ、事情を話して搭乗口まで入れるよう取り計らってもらった。空港警察官同伴で直戸と雁屋はソウル行き便の搭乗口まで駆けつけた。そして間もなく搭乗開始となり、直戸と雁屋は乗り込む乗客一人一人の顔を注意深くじっと見た。それに恐れをなす乗客も少なからずおり、航空会社の職員は迷惑そうな表情を浮かべた。

「あれ、最後ん一人だら。こんで乗客全員乗ったんけ?」

 雁屋は係員に確認を取ったが、チェックインした乗客は間違いなく全員乗り込んだと言う。


      †


 石角が飛行機の座席に座ると、同年代くらいの男性から声をかけられた。

「あの、すみませんが席を変わっていただいてもよろしいでしょうか。隣の人、私の連れ合いでして……」

 石角が隣を見ると、やはり同年代くらいの女性が座っていて、彼女も石島に乞うように会釈した。

「ええ、いいですよ。どうぞ」

 そう言って石角が座席を確かめるために男のチケットを見せてもらうと、苗字が女性とは違っていた。

(ワケありのカップルか。それで別々にチケットを買ったわけだな。まあそれについてとやかく言うつもりはないが)

 その時石角は花菜の笑顔を思い出した。初めて見た時から石角はその笑顔に惹き込まれていた。彼女とこんな風に一緒に旅行でも出来たら、などと想像してみる。

(まさか、こんな気持ちになろうとは……)

 石角が松田花菜に出会ったのは決して偶然ではない。ある目的を果たすため、意図的に近づいたのだった。しかし、そうして目の当たりにした花菜は予想に反して魅力的な女性だった。そのことが、これまで幾度となく石角の決意を揺さぶって来た。そんな気持ちを振り払うように石角はフライトモードのスマホで動画を再生させた。そこでは小さな男の子が芝生の上でサッカーボールを蹴ってケタケタ笑っている。

(晃弘、いよいよ弔い合戦の幕開けだ)


      †


「ああ、飛行機、動いたに……」

 ソウル行きの飛行機はトーイングトラクターにプッシュバックされて行った。そして滑走路に進入すると一旦停止し、轟音と共に加速してやがて地上を離れて行った。

 そして、それに続いて石角を乗せた飛行機が滑走路に進入し、加速を始めた。そして地上を離れ、縁結び空港という異名を持つ出雲空港へと向かって行った。

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