4-2 病院
その夜、直戸は雁屋から聞き込みにいこうと誘われていた。娘の恨めしそうな視線を振り切り、直戸はそそくさと家を出た。
ところが車を数分走らせたところで、雁屋に娘の晶子から電話がかかってきた。
「遼が釘を誤飲してしまったの。お父さん、病院に連れていってくれる?」
「相原君は?」
「それがビール飲んじゃってて……酔っ払い運転じゃまずいでしょ?」
「わかった。すぐ行くだに」
そのまま雁屋は娘家族の家に向かい、遼をピックアップして最寄りの
救急窓口をどうにか見つけ、雁屋は受付で用旨を伝えた。
「孫が釘を飲み込んだで、診てくりょ」
「……そちらの方は?」
と、係員は直戸を指した。
「ああ、同僚だに。たまたま一緒にいた時に娘から電話かかったもんで」
「では恐れ入りますが、同僚の方は外でお待ちいただけますか?」
そして雁屋と遼が早足で病院内に入り、取り残された直戸は、仕方なく病院の周りをウロウロしていた。とその時、何者かが直戸の襟首をつかんで茂みに押入れた。
「何をする!」
だが相手も訊き返す。
「こんなところに何しにきた!」
よく見ると、中央署生活環境課の阿部だった。
「ああ、阿部さんか。雁屋刑事の孫が釘を誤飲したから付き添ってきただけだ。そっちこそ何の捜査だ?」
「バカ言え、捜査情報だ……まあいい、今日は医療系廃棄物の取り締まりで来てるのさ」
「医療系廃棄物?」
「医療系のゴミってのはバイオハザード扱いで危険なものが多く、当局も目を光らせている。だが、今日捨てられるのは胎児だ。それも12週以降のな」
「たしか、12週以降の堕胎児は〝遺体〟として埋葬することが義務づけられている筈だったな」
「ああ。だがこの病院では著名人や有力者の依頼を受けて、極秘の妊娠中絶が行なわれているんだ。カルテも改竄されて、みな12週以内ということにされている。結果的に12週以降の立派な胎児が不法廃棄されるというわけだ」
「そんなことが行われているのか、ひどい話だ」
その時、一台のトラックがやって来て、搬出口に横付けされた。するとすぐに病院内からフォークリフトが荷物を載せて出て来た。トラックのハッチが開けられたところに阿部が駆け寄った。
「浜松中央署生活環境課です。全員そこで手を止めて、……マニフェストを見せなさい」
病院の職員はマニフェスト、すなわち廃棄物の内容、処理業者などを記載した簿表を阿部に差し出した。阿部はそれにざっと目を通していう。
「廃棄物の内容は〝切除された組織片等〟……詳細についてわかるか?」
「いいえ、私はただ指示通りに仕事しているだけですから……」
「いいだろう。後はこちらで調べよう」
阿部は捜査令状を見せると、フォークリフトの荷物を没収し、用意してあった特殊車両に積み込ませた。そして阿部は直戸のところにやって来てマニフェストを見せた。
「中間処理業者の欄に『影山興産』とあるだろう。どういうことかわかるか?」
「いや……」
「影山興産の仕事にはな、たいてい〝パイン〟が絡んでいるんだ」
「パイン……!」
「これから俺はカルテや書類を調べに行く。あんたも来るか? 何か出てくるかもしれないぞ」
「俺が行ってもいいのか」
「構わん。そのかわり人手が必要だからこき使わせてもらうぞ」
†
直戸と阿部に続いて病院内に入ったが、ガサ入れは大人数で行われ、直戸が紛れ込んでも違和感なかった。雁屋も遼を家に送り届けてから駆けつけていた。
「遼君大丈夫だったのか?」
「ああ。すでに胃の下ん方こぞんでカテーテル入らんで、ウンコと一緒に出るのを待てぇ言われたに。まあしばらくオマルでウンコして釘さがさにゃならんもんで、晶子も遼も大変だに」
直戸と雁屋が話しているところに、バサバサと大きな音が聞こえた。何事かと思ってみると、一人の若い警官が棚の書類をゴッソリ落としてしまったのだった。床にはファイルやら書類やらが散乱していた。
「何やってるんだ!」
「すみません!」
若い警官が叱られてペコペコしている時、一枚の書類が直戸の足元に舞い降りてきた。直戸はそれを手に取って見た。石角晃弘という子供のカルテで、病名は拡張型心筋症。だが直戸は日付を見て思わず唸り声を上げた。──偽ガリアーノ鑑定を石角秀俊が依頼した時期と重なっていたのだ。石角という苗字の一致も偶然とは思えなかった。直戸はパソコンで病院のデータベースを調べていた警官に詰め寄った。
「悪いが、この患者のことを調べてくれないか」
その警官はそれまでの作業を中断し、石角晃弘のデータを検索した。その結果、晃弘の父親は石角秀俊であること、筋組織再接合法により治療を施したものの、完治せず死亡していることがわかった。
「日本では幼児の心臓移植が難しいですからね、筋組織再接合法を採用したんでしょうけどまだまだ心臓外科では実績がありませんからね。それに先進医療扱いですから、治療費も患者側の全額負担だったと思います」
保険適用外の心臓手術費の負担となると、相当な高額だったと思われるがガリアーノが適切な価格で売れれば充分支払いは可能だろう。
ともあれ、石角は息子の治療費のためにガリアーノを売って金を工面したのは間違いない。しかしどこで楽器を入手したのか、そしてどうしてわざわざ偽物の鑑定など依頼したのか、依然として謎のままだ。
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