第三章 暗躍
3-1 目覚め
道下歩夢が目を覚ますと、見覚えない場所にいた。白い天井、薬の匂い……どうやら病室らしい。また記憶がブッ飛んでしまったのか……そう思った時、聞き覚えのある声がした。歩夢の目覚めに気づいた穂香が声をかけたのだ。
「歩夢君、気がついた? 私よ、それとも私たちのことももう忘れてしまったかしら?」
「いや、穂香さんのことは覚えているよ。もちろんお父さんのこともね」
「そう、よかった。私が家に帰ったら気を失って床に転がっていたんだもの、心配したわ」
穂香がホッと胸をなでおろした時、直戸も入室してきた。
「意識が戻ったか。調子はどうだね?」
「まだ目が覚めたところなのでよくわかりませんが、悪い所はないみたいです」
「そうか。ところで気を失った時のことを覚えているかね?」
歩夢は少し考え込んだ。
「たしか、ヴァイオリン鑑定の依頼客が来て、その人の着メロを聞いた途端に頭痛がしたんです。それがどんどんひどくなって、いつしか気を失っていました」
すると穂香は直戸にグイッと詰め寄った。
「ねえお父さん。そのお客さん、怪しくない?」
「うむ、そうだねえ……。道下君、そのお客さんの特徴は覚えているかい」
歩夢はまた顎に手をやって思い巡らした。
「ええ、よく覚えています。たしか民謡の研究が専門だといっていました。着メロの歌は最近研究しているわらべ歌だとか……紙と鉛筆ありますか?」
穂香がバッグの中からノートとシャーペンを取り出して少年に渡した。すると、少年は巧みな筆使いで一枚の肖像画を描いた。
「すごーい! 歩夢君、絵が上手なのね!」
「たいしたもんだ、道下君は絵画を勉強していたのかな?」
「わかりません。ただ何となく描けるような気がして……」
少年の描き上げた絵はまるで写真のように写実的で鮮明だった。驚いたことにホクロやシミ、そしてシワなども丁寧に描き込まれている。
「この人物が店を訪ねてきて、君にヴァイオリンの鑑定を依頼したんだね?」
「はい。だいたいこんな顔でした」
〝だいたい〟というにはあまりにも鮮明な肖像画を直戸がしまおうとした時、携帯が鳴った。雁屋からだった。
「はい、綾小路……」
「もしもし、雁屋だに。道下君を轢いたと思われるトラックが見つかったで、ちいっとこっちん方来てくりょ」
「わかった、すぐに行くからそこで待っていてくれ」
†
雁屋が呼び出したのは天竜川沿いの路上であった。小型乗用車が列をなして路上駐車をしている。中には仕事をサボっているのか、車内で居眠りをしているネクタイ姿の男もいる。そのなかで背の高い一台の黒塗りダンプカーがひょっこりと抜きん出ていた。
「サッカーの練習にいく時、グラウンド近くに怪しいダンプが放置されてたもんで、気になって交通課に連絡しただけぇが……このダンプの黒塗り塗料が柏木モータースのもんと一致すると報告があっただに。バンパーも塗装されとるけぇが、角んとこがちいっと剥がれてて、形状も道下君の服の跡と合致しただに」
「しかし……随分奇妙な形のダンプだな。何を運ぶものなんだ?」
「荷台側面が異様に高く改造されとるけぇ、こりゃあ建築系廃棄物を運ぶためのもんだに。黒塗りされとるんは夜中に目立たんようにするためで、違法産廃の可能性が高いだに」
「なるほど。車の持ち主はわからないのか?」
「交通課ん話じゃあ、ダンプん持ち主は村下周作っちゅう運び屋だに。ちなみに許可を受けた正式な業者やありゃせん」
「個人だと素性を絞り込むのが難しいな。また柏木モータースへ行ってみるのが良さそうだ。村下周作だけに限定すれば顧客情報も見せてもらえるだろう」
そして直戸は雁屋と共に再び柏木モータースを訪れた。ところが、到着すると柏木社長は情報提示を頑なに拒んだ。
「前も言ったでしょう。令状なしには何も見せるわけには行きません」
「轢き逃げ事件が絡んどるもんで。情報提示拒めば、我々もあんたらの事件関与を疑うことんなるけぇ、よぉ考えて協力しない……」
「何といわれようと駄目なものは駄目だ。さあ、帰った、帰った!」
柏木社長はそういって強引に二人を追い出した。
「前にも増してガードが固くなっているな。かえって怪しいとは思わんかね」
「ああ、何か匂うら。ありゃぶっ叩きゃ埃出てくるで。さて、どう叩き出いてやるけ……」
車の中でそのように話していると、雁屋がふとバックミラーに映る原付スクーターに目を止めた。
「ありゃ、後ろの
直戸も後ろを振り返った。
「確かにつけられているな。しかも原付の制限速度は遥かに超えている。ちょっと車を停めて接触してみないか」
雁屋が車を脇に停めると、原付もそれに合わせて停止した。直戸と雁屋は車を降りて原付に近づいた。
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