2-6 展望台
花菜は急いでグラウンドに駆けつけた。到着した時には石角が既に待っていた。
「車はこっちです。どうぞ」
石角はグラウンド近辺に路駐してあったステーションワゴンに花菜を案内し、助手席側の扉を開いた。花菜が乗り込みシートベルトを装置すると石角は車を発進させた。
車は県道二九九号線を北上し、滝沢展望台の駐車場へと滑り込んだ。そこから石角の案内で花菜は石の階段を登って行った。階段を登り切ると景色が広がった。
「わぁー、素敵なところ!」
「こうして上から町を眺めていると、自分が生活している場所はあんなに小さいんだなぁって思うんです。そしてどれだけ大きな問題を抱えていても、なんだかちっぽけに思えてくるんですよ」
「ほんとね。こんな近くにこんなに素敵な場所があるなんて知らなかったわ」
「ここは地元では絶景のスポットとして有名な場所なんですが、花菜さんは初めてでしたか」
「はい。結婚して初めてこの町に来たもので……」
「そうでしたか。浜松の風景も変わりましたよ。今はアクトタワーが浜松のランドマークになっていますけど、僕が子供の頃に一番高かった建物は東京セロファンという工場の煙突で、当時は浜松のどこからでも見えましたよ」
「ふうん、町って時代と共に変わっていくんですね……」
「ところで結婚してこの町に来たというのとですが、お見合いですか?」
「ええ、お見合いみたいなものでしょうかね、まあ話すと長いんですけど……」
そう一言断って花菜は夫との馴れ初めを話し出した。
花菜の父親は小さなプラスチック部品の工場を営んでいたが、不景気の煽りを受けて資金繰りが厳しくなった。その上、メインバンクも融資打ち切りを打ち出してきて絶体絶命の危機に陥った。
そんな時、影山徳治という、いかにも金持ちそうな男がひょんなことから花菜の実家の工場を訪問したことがあった。その時徳治の目に止まったのは工場の製品ではなく、社長の美しい一人娘……すなわち花菜であった。あのような娘を甥の嫁に欲しい。そう思った徳治は花菜の写真を手に入れて甥の泰造に見合いを勧めてみた。最初は見合いなんて……と敬遠していた泰造だったが、花菜の写真を見た途端、身を乗り出してきた。
そこで影山徳治は花菜の父親に工場の資金援助の話と見合い話を同時に持ってきた。「一度見合いだけでもして見て欲しい」と父親にいわれ、花菜は泰造と見合いした。花菜はあまり気が進まなかったが、泰造は花菜に一目惚れし、影山徳治は資金援助をエサに猛烈にプッシュしてきた。花菜の実家もこの話に乗らなければ路頭に迷うことになる。父親にこの通りだとせがまれて、花菜は泰造との結婚を承諾した。
「今時こんな話あるのか、という感じですよね。『戦国時代か!』っていいたくなります」
「なるほど。そういえばこの前、ご主人から責められるとおっしゃっていましたが……」
石角がそういうと、花菜は羽織っていた薄手のカーディガンを脱いだ。下はノースリーブのワンピースだったが、その肌の露出した部分を見て石角はハッとなった。
「これはいったい……」
花菜の腕や肩、身体中の至る所に痛々しい痣があった。それらは彼女が身近な人間から日常的に暴力を受けていることを物語っていた。
「私は夫からひどいDVを受けているんです」
そして花菜はいつも夫からどんなことをされているか話し始めた。また、どうして石角の誘いに乗ることにしたかということも。
「花菜さん、やはり離婚した方がいい。今のままでは命の危険さえある」
「無理です。家の事情もありますから……」
そう言って花菜は悲痛な面持ちになった。しばらく沈黙の後、石角が意を決したように話した。
「ひとつ、僕に提案があります」
「提案……?」
「ええ……ただ、きくに耐えない内容かもしれません。それでもきく覚悟はありますか?」
「ええ、是非お話し下さい」
「僕が提案したいのは……ご主人を事故に見せかけて殺すということです」
「夫を……殺す?!」
花菜は驚いて石角を穴のあくほどじっと見た。それは花菜のそれまで知っていた優しい好青年とはまるで別人のようだった。
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