第2話 大魔法使いを拾う
「はい。起きておりますわ。
その声は、アルド隊長でしょうか? どうかなさいましたか?」
エリザと呼ばれた少女はフーッと大きく息を吐き、不意に行われたノックの音に驚いて乱れた呼吸を整え、大きな声で応えた。
馬車の中には、他に人がいないことからも、少女の名前はエリザというのであろう。
「はい。アルドにございます。
お休みになられてると思い、許可なく馬車を止めてしまいました。大変失礼いたしました」
扉の外で
「お気になさらないでください。お心遣い感謝しております。外に女の子が倒れているようですが、それと関係がおありですか?」
対してエリザは、先程までの子供っぽかった独り会話の雰囲気と打って変わり、その話し声は慈愛に満ちつつも凛とした気品が感じられる。
「はっ、恐れ入りましてございます。何でもお見通しでございますね。我が領地内ではないので、放っておいても良いかと思ったのですが、こんな山道に人が倒れているところを見捨てて良いものか判断付き兼ねたので、大変恐縮なのですが、このように対応させていただきました」
「フフッ、そんなに恐縮しなくて良いですよ。そうですね。見捨てるわけにわいきませんね。よく気づいてくれました。ところで、その女の子はおいくつ位の子なんでしょう?」
「恐らく、エリザ様と同年齢位で15歳前後かと思うのですが。」
「あら、それは大変ですわね。余計に打ち捨てておくわけにはいきません。分かりましたわ。では、様子を伺いに参りますので、少しお待ち下さい」
扉の内と外でやり取りをした後、馬車の中の少女エリザが椅子から立ち上がり、開き戸の扉まで移動し、のぶに手をかけ一気に扉を押し開けた。
日はまだ高くなく、扉を開けたエリザの正面に対峙している。その日の光を、全細胞が一気に目覚めるほど全身に浴び、エリザは眩しそうにしている。
案の定アルドは、扉の正面を少し除けたところで、下を向き跪いていたが、ガチャリと扉が開く音が聞こえ、顔を扉の方に向けた。
完全武装しているアルドだか、護衛任務ということで、戦闘より視覚確保を優先し顔が見えるタイプの兜をかぶっている。
アルドは優しい目をした中年男性で、黄色がかった茶色の口髭以外は特に特徴のない、いわゆる何処にでもいそうな男だ。
「あら」
エリザはアルドの顔を見て、ウーンと考え込む。
「行きと比べて印象が変わったような気がしますが」
違和感の所在を掴みきれず、なんともモヤモヤすると困惑していいる様が、非常に可愛らしい。
「よくお気付きになりましたね。行きはピラミダルだったんですが、今はストレートパートにしております」
「その、よく分からないのですが、何のお話ですの?」
「失礼いたしました。知ってる訳がありませんよね。気づいていただけた事に興奮してしまい、説明が不足しておりました。口髭の種類でございます」
アルドはそう言うと、自身の鼻の下のへこんだ部分を指差す。
「行きはここの部分も生えていて、左右がくっついていたのですが、帰りはここを剃って左右を分けております。」
思考にふけって眉根にシワを寄せていたエリザは、スッキリしたのか、ニコッと笑顔になった。
「あぁ、確かに言われてみると、そうですわね。
アルド隊長は、お洒落なのですね。」
「いえ、これはお洒落というより、私のジンクスみたいなものでして、このような護衛の任務についた時には、行きでも帰りでも出発の際に髭の形を新しく整えることで、心機一転頑張れる気がするんです。結果的に今までの任務で失敗した事がないので、やめられなくなってしまいまして。今回のようにピラミダルとかなら、まだ作るのも楽なのですが、ミディアムフルベアードにするとなると、時間もかかるし本当に……。あっ、失礼いたしました。髭の話をすると止まらなくなってしまう事がありまして。」
エリザの微笑みが愛想笑いから苦笑いに変わった事を察知したアルドは、申し訳なさそうに頭を下げた。
「お気になさらないでください。」
髭の話はもうしなくていいよオーラを隠しつつ、エリザはニコリと笑った。
「あっ、えーと、そう。その倒れている女の子ですが、気を失っているようでして、体に異常がないかエリザ様に診ていただこうと思いまして。こちらです」
本来の目的を思い出したアルドは、立ち上がり馬車の扉が付いている方とは裏手の方にエリザを誘導し始めた。
「
「いやいや、エリザ様は、怪我人や病人を診る
エリザとアルドは、そんな会話をしながら、人や馬車の往来で踏み固められただけで、特に舗装もされていないような山道を馬車の裏側に向かい歩いた。
馬車の裏側に着くと、そこでは山道から少し外れた木の根本に女の子が寄りかかるように寝転んでおり、それを数名の護衛が取り囲んでいた。
エリザが来たことに護衛が気づき、通れるよう道を開けたので、エリザは軽く会釈をし、女の子の近くまで進んだ。
倒れている子は、女の子といってもエリザと同年代位の子だが、黒髪のおかっぱ頭にツギハギだらけのボロいワンピースを着ており、上品な青いドレスを着ているエリザと比べると、まさに月とスッポンというところだ。
エリザが、そのおかっぱ頭の近くに手をかざすと、何処からともなくまた青い光が現れ、エリザの顔の前でユラユラ揺れている。
「何処か怪我しておりますか?」
「いやいや、水分含有量が67%だなんて、今はそんなことは聞いておりませんわ」
「怪我等はなさそうですわね。起こせそうですか?」
等、エリザが小声でつぶやく度に、エリザがかざしている手や女の子の全身が淡く光るように感じられる。
「なるほど、よく分かりませんが、とりあえず分かりましたわ」
暫く、女の子に手をかざし、ブツブツ喋り、手や女の子を淡く光らせていたエリザは、最後にそうつぶやくと、手をかざすのをやめ、立ち上がり振り向いた。
「アルド隊長。」
「はい。」
エリザが女の子に処置を施していたのを遠巻きに見物していた護衛達の中から、アルドが一歩エリザに近づき返事をした。
エリザも護衛達の中からアルドを見つけて、アルドに向かって話し始める。
「体に異常は無いようですわ。でも心と体のバランスが上手く取れていないようですので、無理に起こさずもう少し寝かせておいた方が良いと思います」
「心と体のバランスが取れてないというのは、どういう事でしょう?」
「
「ということは、もしかして?」
アルドは、何か確信めいた考えがあるようで、肯定を求めるようにエリザに問いかけた。
「あっ! 思わせぶりな事を言ってしまいましたわね。確かに、可能性はゼロでは無いと思いますが、異世界からの魂が肉体に宿るなんておとぎ話、滅多に起こる事ではないと思いますわよ」
エリザは変な期待をもたせてしまったと申し訳無さそうに話したが、いたずらっぽく微笑し言葉を続けた。
「でも、もしそうだったら、お話してみたいですし、このままにしておくわけにもいきませんから、お屋敷にお連れしお手当いたしましょう。馬車の中まで運んで下さい」
「かしこまりました」
アルドはエリザに返事をし、気絶している女の子を馬車に運ぶよう護衛達に指示を出し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます