大魔法使い ピッピ

ゴロ太

第1章 大魔法使い誕生

第1話 少女と青い光

「あぁ、本当に良かったですわ」

 安堵の微笑みをもらし、小女がつぶやいた。


 少女は窓も扉も閉まっていて外界からの光が遮断されている箱型の馬車の中にいるが、魔法石数個の光で照らされているので、屋内の中は少し薄暗い程度だ。

 馬車には詰めれば3人座れる位の横長の椅子が2つあり、その後方の椅子の真ん中に少女がポツンと一人座っている。

 少女の腰まで伸びた青い髪や脛まである青いワンピースのドレスの裾が馬車の揺れに合わせ、ユラユラと揺れている。

 椅子の背もたれにもたれることなく、骨盤を立たせるようにして座る姿勢の良さに、少女の気品が感じられる。


 魔法石の光に反射しキラキラと光っている少女の瞳の先に小さな青い光が漂い、小女が差し出した右の手のひらの上に止まった。

 光の大きさは、その手の中指くらいの大きさで、手のひらの上で、直立している。


 手のひらの上の青い光をじっと見つめる少女がケタケタと笑いだした。


「もう、わたくしのお話、ちゃんと聞いていてくれてましたの?」

 

 不満を訴えるように語る少女は、いたずらっぽく、ほっぺたをプーッと膨らませている。

その言動からすると、思春期を迎えた位の年齢に見えるが、ぱっちりと開いた目やスッキリと通った鼻筋など、顔のパーツは大人びて見える。


「ですから、こんなに上手くいくとは思っておりませんでしたので、本当に良かったと申し上げたのですわ」

 青い光の方を向き一人語り始めた少女は、うんうんと軽く頷くと、少し誇らしげに再び語りだした。

「それなりに自信はありましたが、まさか、2年前のイザベラさんにも匹敵するなんて評価をいただけるとは、思いもよりませんでしたわ」

 少女は、再びうんうんと頷くと、

「あぁ、イザベラさんは、13年前に100年に1度の出来と大絶賛された、かのフローラ様に勝るとも劣らないと評価された、超新星ですわ」

 等と、甘えた声でなおもその光に向けて懸命に訴えかけるが、一人っきりの馬車内では少女の言葉が虚しく反射するだけで、何処からも返事はない。


 それにも関わらず、少女の声にはどんどんと熱が加わっていく。

「フローラ様は、20年前に今後100年間このレベルは現れないだろうと言われたキャサリン様の再来と崇められた、伝説のお方ですわよ」

 少女の興奮が高まり、右手を光の方に振り、その動きに合わせ「だ・か・ら」と、力強く訴えると、続けて、

「キャサリン様は神と例えられ、26年前に過去にも未来にもこのレベルは存在し得ないだろうと評されたお方ですわよ」

 すると、少女はフッフーンと鼻を鳴らし、

「それで、わたくしは何と評価いただけたか、教えて差し上げましょうか?」

 と、得意満面の少女だったが、表情が一気に冷め、

「って、全然聞いておりませんわよね? そんなことよりって、分かっておりますわ。戻ったら、新しいお花飾りをお作りいたしますわね」


 手のひらの上の青い光と表情も感情も豊かに会話をしているようにみえる光景は、少女の幼くも妖艶な美しさと相俟って、とても異様に感じられる。


「分かっておりますわ。お花飾りのこと、忘れておりませんわよ。でも帰ってもご報告とか用事が他にありますので、そんなに直ぐにはお作りできませんわよ。ちょっとお待ちいただかなくては」

 にこやかに話す少女の顔が一瞬ギョッとした後に、笑い出すと、

「フフフッ、そんなことをしたらわたくしの体の中の水分が全て蒸発して、わたくしただの炭の塊に……!?」


 独り言のレベルが、精神病を疑う程、尋常ではなくなってきた少女だったが、馬車の速度が遅くなる加速度を感じ、それまで一人にこやかに楽しそうにしていた顔が、怪訝な表情に変わった。


「おかしいですわね。まだアドゥリーアには着いてないというか、半分も来てないと思うのですが」


 速度の異変に困惑する少女が、一人にしては大きめな声を出し、辺りをキョロキョロと見回すが、窓も扉も閉まっているので、馬車の内側から外は見えないはずだ。

 程なく、馬車の揺れが収まった。サスペンションが効いてるとはいえ、全く揺れていない状況から、馬車が停止したと考えるのが妥当だろう。


 まだ目的地に着いてないというのに、馬車が停止したのだから、何かしらの理由が存在するはずだ。

 にこやかに独り会話を楽しんでいた少女が、何が起きたのだろうと思案顔だ。

 その思案顔を光の方に向け、1つ2つ頷くと、またもや一人で喋りだした。

「でも、何かあるようでしたら、外からお声がかかるはずですわ。それが無いのですから、特にわたくしに知らせるような事は無いという事でしょう。外の方々もお忙しいでしょうから、こちらから声をかけても迷惑かもしれません。気長にお待ちしましょう」

 しかし覚悟を決めて待っていても手持ち無沙汰はどうしようも無いようで、思案顔で再び喋りだした。

「最近、アドゥリーア近辺で、魔物が大量発生して、お兄様も魔物討伐でお忙しいと聞いておりますが、魔物でも出たのでしょうか?」

 ウ~ンと唸ると、首をひねって、

「まさか、10人程武装した護衛がいるところに、人間が襲ってくる事は考えづらいですし、でも魔物でも人間でも襲われたとしたら何か大きな物音が聞こえるはずですよね? ウ~ン、そう考えると何でもなさそうですし……」

 光を見つめながら、色々な状況を想像している少女の顔に、驚きの色が浮かぶと、

「えっ?! 様子を見に行っていただけるのですか?」

 と、少し嬉しそうに話す少女がいきなり笑いだした。

「フッフ、そんなことしたら、相手の毛穴という毛穴から水が吹き出して、老練な水芸師のようになってしまいますわ。朝日に虹がかかって見えて、絶景が見られるかもしれませんが、攻撃なんてしないで、様子を伺うだけで結構ですわよ」

 そう少女が言うと、少女の手の平の上の青い光が、スーッと浮かび上がり、強張りつつもにこやかな表情をしている少女の目の前辺りでフッと消えた。


 少女は光が消えた辺りを暫く見ていたが、フゥーと深くため息をつくと、先程まで楽しそうに独り会話に興じていた人物とは思えないくらい真剣な面持ちをし、腰までありそうな長い青髪をなびかせ、素早く椅子の上を移動し馬車の壁に寄り添いそのまま壁に耳をつけた。

 しかし、暫く聞いてみても、大きな音は聞こえず異変は感じられなかったので、椅子から立ち上がり馬車の横にある出入りする為についている扉まで移動し、開き戸の扉のノブを回し、ゆっくりとそして少しだけ扉を押し開けた。

 僅かに開けた扉の隙間から、細い一筋の日の光が馬車の奥まで届いている。少女はその隙間に、そっと目を近づけ、今度は視覚を使い外の様子を伺った。

 

 魔法石数個で照らされているどこか仄暗い馬車内の世界とは比較できないまばゆい光を瞳に受け、少女は自然と顔をしかめた。少女の瞳の青い虹彩が伸び、瞳孔がギュッと縮まった。

 明るさにも慣れ、扉の隙間の細長い世界を覗く少女の目には、馬車前方の一部の景色が見えた。

 そこには、むせ返るような青々と茂った木々と、その木々が無数に生えている山々が見える外、特に何の異変も無い。

「やっぱり、何も分かりませんわね」

 先程の独り言とうって変わり、ボソッと小さな声で呟くと、特に情報を得られないと思ったのか、少女は扉をそっと閉め、元通りの位置に座り直した。


 結局、まだ帰路途中の山道にいるという、ある種予想通りの実態を掴んだだけの少女は、他にやることもないのか、そっと目を閉じほどなくするとスッーと寝息をたて始めた。


 少女の寝息に呼応したかのように、再び青い光が現れ、少女の周りをくるくると何周かすると、今度は耳元で止まったが、少女は眠り続けている。

 青い光は、まるで少女が起きないことに業を煮やしたように、顔に何度もぶつかり始めた。


 青い光はぶつかる度に当たりの激しさがを増し、10回ほどぶつかったところで、 

「んっ、ファ〜〜 ごめんなさい。昨夜は眠れなかったので、ちょっと寝てしまいましたわ」

 と、眠そうに少女が再び独り言を始めた。


「それで、外に出ていただいて、何か分かったことはおありですか?」 

「…」

「えっ!? 外で女の子が倒れているんですか? それで、止まったんですね」

 少し間をあけて、驚いたような声をあげると、突然トントンと扉をノックする音が聞こえた。

 不意にノックの音がしたので、少女は体をビクッと飛び跳ねさせてしまった。


「失礼致します。エリザ様、起きておいででしょうか?」

 そんな車内の様子はお構いなしに、扉の外より男の声が投げかけられた。

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