第3話 最強騎士エウベルト

むせ返るような新緑の中、アルドが次々と発する指示の声が、山道で響いている。


「馬車に運んだら、前の方の椅子の背もたれ側の方に寄せて、寝かしておいてくれ。丁寧に運ぶんだぞ」

「鏡を持ってきてくれ。髭を確認したい」

「その他の者は、自分の配置に付くように、エリザ様が馬車にお戻りになり次第、出発するぞ」

「あっ、これからの配置は、馬車を中心に3ー2ー2ー2にする。3トップのセンターだったエウベルトを外すからな」


 アルドの指示に従い、護衛達は女の子を馬車に運んだり、各々出発の準備を始めた。


「さすが隊長ですわね。見事な統率ですわ。普段、このように出発の準備をなさっているのですね」

 指示を出し終えエリザの側にきたアルドに対し、エリザが感嘆している。


「いえいえ、からかわないで下さい。特別何をしている訳ではございませんよ」

 ちょっと嬉しそうに顔を赤らめ、髭をひねるアルド。

 そして、一通りひねり上げた後に、

「あっ、エウベルト、ちょっとこっちに来い」

 と、出発の準備をしている一人の護衛を呼び寄せた。


「はい。呼びましたか。アルト隊長」

 体格のいい護衛達の中でも、目立って体格が優れた護衛が返事をしエリザとアルドに近付いてくる。


「あいつは、エウベルトといいます。この隊の中というか、アドゥリーア領内で一番の剣の使い手でございます」

 アルドは近づいてくる護衛の方を見ながら、エリザにエウベルトを引き合わせた。


 エウベルトもアルド同様、顔の見えるタイプの兜をかぶっており、兜の隙間からは目鼻立ちの整った精悍な顔立ちが、エリザに近づくにつれ、はっきりと見て取れるようになる。


「おはようございます。エウベルトさん」

 エリザは目の前まで来て立ち止まったエウベルトに、笑顔で挨拶をした。


「おはようございまーす!!」

 精悍な顔に似合わぬ、エウベルトの何処か気の抜けた大声の挨拶を受け、エリザは思わず苦笑いをした。エリザの苦笑いをどう受け取ったのか分からないが、エウベルトは屈託の無い満面の笑みを返す。 おぼろげに子供っぽさが感じられるその笑顔は、体格に見合わず、思春期の少年のそれだ。

 

 二人のやり取りを見ていたアルドが、両手をエウベルトの両肩に置き、これ以上エリザに話させまいと、自分の方を向かせる。


「エウベルト、お前は馬車の中でエリザ様の護衛をするように」

「んっ、エリザ様……? 馬車の中ってことは、さっき、馬車に運ばれていった子がエリザ様ってことか。分かりました。やっておきまーす」

 エウベルトは小首をかしげながらも、最終的には名推理ができたと満足気に頷いた。


「馬鹿か、お前は!!」

 アルドはエウベルトを一喝し、エリザに向かい頭を下げた。

「申し訳無いです。腕は立つのですが、この通り頭が空っぽなのでございます。悪気はないので、どうかご容赦ください」


「まぁまぁ、アルド隊長、落ち着いて下さい。わたくしは気にしておりませんよ」

 二人のやり取りをキョトンとして見ていたエリザは、平謝りに謝られ、フッと我に返りニッコリと

微笑む。


「本当に、申し訳ないです」

 アルドはそう言うと、再びエウベルトの方を向き、失礼の無いよう指を揃えた手の平をエリザの方に指し示し、

「こちらのお方が、エリザ様だ。いいか、絶対に忘れるなよ。にだ」

 絶対ということばを特に念入りに強調し、エウベルトに対し威圧に威圧を重ねた。


「アハハハハ、分かりましたよ。絶対忘れないようにします。それでは配置に戻りますね。3トップの真ん中でしたね」

 アルドの威圧も何のその、能天気に馬車に向かい始めたエウベルトの肩をアルドが掴んだ。

「だから、お前は馬車の中でエリザ様の護衛をするように、さっき言っただろう?」

「えっ!? さっきは、何かよく分からないけど、とにかく絶対に忘れるなと言ってましたよ。」

「ちょっと待て。何かよく分からないけどって、何を忘れるなと言われたのか覚えてないのか?」

「あー、何か絶対に忘れるなと言われたのは覚えてるのですが、何でしたっけ?」

 そう言い放ち、悪びれた素振りもなく、ただただ無邪気にアハハハハっとエウベルトは笑っている。


「あー、もう怒りを通り越して、呆れてきたよ」

 アルドは、そんなエウベルトを見て、両手と頭をだらんと下げ、膝も地面に付きそうな位、文字通り全身脱力した。


ーー!!!ーー

「危ない!!」

 そんなアルドの体勢の崩れ方を見た刹那、エウベルトは腰の剣に手を掛け、エリザとアルドを背中にかばいつつ、辺りを注視した。

そして、

「アルト隊長、重力魔法ですか? 怪しい気配なぞ感じないけど、相当な使い手だ! 二人共、俺の背中から離れないように!!」

そう叫び、二人を背中にかばいながら、ゆっくりと旋回して、痛いほど静まり返った山道の中、見えざる敵を探すエウベルト。

 そんなエウベルトを見て、アルドはハーッと溜め息を付き、姿勢を正した。

「大丈夫だ、エウベルト」

「さすが隊長、もう魔法を解いたんですね。でも敵が何処に潜んでいるか分からないので、まだ油断ならないです」

 一瞬振り向き、しっかりと直立しているアルドを見たエウベルトだが、まだ周囲への警戒は怠らない。


「いいから落ち着け、エウベルト。これは敵襲でも何でもない」

 埒が明かないと、アルドはエウベルトの前に回り込み、両肩を揺さぶる。

「じゃあ、何なんですか!」

 敵を見つけようと意識を集中していたのに、アルドに邪魔され、いらつき叫ぶエウベルト。


「お前が馬鹿すぎて、体中の力が抜けただけだよ」

「えっ?どういうことですか?」

「だから、お前が馬鹿すぎて、体中の力が抜けただけだよ」

「要するに、どういうことですか?」

「だから、お前が馬鹿すぎて、体中の力が抜けただけだよ」

「つまり、俺が馬鹿すぎて、隊長の体中の力が抜けただけってことですか?」

「そうだよ。そう言ってるだろう」

「なんだ、じゃあ襲われた訳じゃないんですね。早く言ってくださいよ。まったく人騒がせだな」

 ピンと張り詰めていた心の糸が切れ、抑え込まれていた感情を一気に吐き出すように、エウベルトは大声で笑っている。

「はー、まぁ最初から、襲われたなんて言ってないけど、悪かったな」

 アルドはエウベルトの感情の起伏の激しさについていけず、一瞬脱力しかけたが、話が長くなりそうだから、しっかり姿勢を保つ事は忘れない。


「アハハハハ、謝ってくれるなら、許してあげますよ。本当に隊長は面倒ですね」

 無邪気に笑っているエウベルトに対し、アルドは面倒な事にならないよう、何も言い返さなかったが、せめてもの抵抗を示すために、大きく舌打ちをした。


「それにしても、隊長の体中の力を抜けさせるとは、馬鹿も極めれば相手の力を奪う魔法になるんですね。俺もっと馬鹿になれるよう、頑張ります!」

 エウベルトは自分の両手をグーパーグーパーと開いて握ってを繰り返し、その両手をキラキラと光る両目でうっとりと見つめ、力強く宣言した。


 アルドは姿勢を崩すわけにはいかないので、呆れの感情を兜越しに自分の頭を叩きそのまま頭を左右に振ることで表現することにした。

 そして、ハーッと一つ溜め息つき、言葉を続けた。

「じゃあ聞くが、お前は魔法を発動させようとしたのか?」

「いや、してないです」

「そうだろう。つまり、これは魔法ではないんだよ。俺がお前の事を馬鹿だなと思って、がっかりして、俺が勝手に体中の力を抜いただけなんだから、お前の魔法でも何でもないんだ」

「そ、そんなー」

 言うやいなや、エウベルトは膝から崩れ落ち両手と両膝を地面につけてしまう。

「本当にとんでもない魔法を使えるようになったと思って、最高の気分だったのに、こんなのって、こんなのってあんまりだー」

 

「大丈夫、大丈夫だよ。お前はこんな魔法なんか使わなくたって、病的に強いんだから」

 両手で地面の砂を握っては投げつけ、泣きじゃくるエウベルトをアルドは肩を貸し立たせた。


「本当の本当に、俺は強いですか?」

「あぁ、本当の本当に強いぞ」

「本当? 嘘じゃないですよね?」

「嘘なんかつくもんか」

「怪しいな、目を見て言って下さい」

「チッ、本当にお前は強いぞ」

アルドは時折小さく舌打ちをしながらも、必死にエウベルトを慰める。


「俺、魔法なんか使えなくたって大丈夫なんですよね。そのままの俺で、ありのままの俺で、ありたっけの俺で良いんですよね。俺、信じます。隊長を信じます」

 アルドの懸命な慰めが功を奏し、エウベルトは立ち直ったようだ。


「何か泣いて疲れちゃいましたよ。それでは配置に戻りますね。3トップの真ん中でしたね」

 泣き止んだエウベルトは、晴れやかな表情でそう言うと再び配置に戻ろうとしたので、こちらも再びアルドはエウベルトの肩を掴んだ。


「ちょっと待て、お前は馬車の中でエリザ様の護衛をするんだ」

「エリザ様?」

「やっぱりそこからか、じゃあ説明するからちゃんと聞くように………」


………………

………………

………………

………………


「つまり、俺は馬車の中でエリサ様の護衛をするということですね」

「そうだ。やっと分かってくれたか」

 何度も冗長な説明を繰り返したアルドは、2度3度諦めかけたが、何とか任務の内容を伝えることができたようだ。


「いやー、長々とお互い大変でしたね。では、馬車に向かいます」

そう言うと、エリザをお姫様抱っこし、エウベルトは馬車に向かった。


「キャッ! 下ろして下さい」

「おい、おい、待て、待て」

 アルドはエウベルトの前に立ちはだかり、両手を振ってエウベルトを立ち止まらせた。


「おい、おい、何してるんだ?」

「えっ? さっきも女の子を馬車に、こうやって運んでましたよ」

「さっきは、気を失っていて自分で動けないから運んだんだよ。エリザ様は、自分で歩けるんだから、運ばなくて大丈夫だ」

「そうなんですか。自分で歩けるなんて、エリサ様は偉いですね。じゃあ下ろしますよ」

「自分で歩けることは、そんなに偉いことではありませんわよ。まったくもう、いきなり抱っこするなんて、失礼ですわ」

 エウベルトに丁寧に下ろしてもらいながらも、急に持ち上げられたことに怒ったのか、エリザは少しムスッとしているようだ。


「アルド隊長、少しお話があります。エウベルトさんは先に馬車に入って待っていてください」

「分かりましたー」

 意気揚々と馬車に向かって歩いて行くエウベルトを見送ると、エリザはアルドに顔を向けた。


「アルド隊長、お話の邪魔をしては悪いなと思って黙っておりましたが、わたくしに護衛などつけなくても問題ありませんわよ。あの子に襲われたとしても、何とでもなりますわ」

「確かに、エリザ様に護衛が不要なことは分かっておりますが、万に一つの事を考えてお守りするのが、我らの役目なのです。ご理解ください」


 頭を下げるアルドに対し、エリザは悲壮感漂う顔をし、風の音に吹き飛ばされそうなくらいか細い声で、

わたくしの命など、そんなに重要なんでしょうか?」

と呟いたが、アルドの耳には届かなかったであろう。

エリザは、アルドが頭を上げるのを確認し、いつもの通りにこやかに、

「そこまで仰るのなら、分かりましたわ」

と、今度はアルドに聞こえる声の大きさで応えた。


「あいつはあの通りとんでもない馬鹿なのですが、任務となると本当に頼りになる男ですので」

 そう言われるとエリザは、今までの優しい顔から一変、険しい顔をしアルドに話し始めた。

「そのことで一つ、アルド隊長にお話したいことがあります」


 それまでにこやかだったエリザが真剣な顔をしたので、アルドは思わず生唾を飲み込んだ。

「はい。な、なにかありましたか?」

 思わず声も上擦ってしまう。


「いえ、少し気になったことがありまして」

 そう言うと、エリザの顔も少し穏やかになり、言葉を続けた。

「いいですか、アルド隊長。あまり人に対して馬鹿だ馬鹿だと言うと、馬鹿のまま成長しませんよ」

「エウベルトのことですか?」

 そういうものなのかと、アルドは疑いの眼差しを向けている。


「暗示の力を侮ってはいけません。馬鹿だ馬鹿だと周りに言われると、自分でも自分は馬鹿だと思い込んでしまいますわ。馬鹿馬鹿と繰り返し言われ育つのと、出来る出来ると繰り返し言われ育つのとでは、雲泥の差があると思いませんか?」

「そうですね。確かに、その通りだと思います」

わたくしに気を使って、必要以上に怒っていたのかと思いますが、わたくしなぞ気にせず、後進を育てることに力を注いでいただければ、有り難いですわ。隊長として、後進を育成するのも立派な仕事ですわよ」

 そう言うと、エリザはニコリと微笑んだ。

「はい。ご忠言、有難うございます。確かに仰る通りです。今後は意識していきたいと思います」


「書物でかじった知識でしかありませんので、現実に使えることか分かりませんが、参考にしていただければと思いますわ」

 そう言うとエリザは振り向き、

「それではもう一踏ん張り、アドゥリーアまで、お付き添い宜しくお願いいたします」

 と言い残し、馬車に向かって歩きだした。


 もうすっかり高く登ってしまった陽の光を浴びながら、アルドも自身の配置に戻り始めた。

「ずいぶん待たせてすまなかった。エリザ様が馬車に戻り準備ができ次第出発するぞ。アドゥリーアに戻ったら3日休みをやるから、最後まで気を抜くなよ」

 アルドの声が山道に響いた。

 




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