Bパート 4

 終戦記念式典がおこなわれる、この日……。

 王宮侍女ヌイは同僚の王宮侍女サーシャら選ばれし精鋭と共に、屋台商売にいそしんでいた。


 無論、このようなことは王宮侍女の仕事にふくまれない。

 ではなぜ、栄えある王宮勤めの淑女たちが香具師やしのごとき商売に手を出しているのかと言えば、それはこの屋台で扱われる料理が勇者ゆかりの品だからであった。


 事の起こりは、まだ勇者が健在であったころ何気なく交わされた会話である。

 もしも可能ならば故郷の料理を再現すると申し出た料理長に対し、勇者はこう言ったのだ。


「いや、毎日おいしいものを食べられて、おれはとても満足している……。

 が、そう言われてみれば、この世界に来てから試しに作ってみたものがあったな。

 いや、別に故郷の味ではないのだが、地球の品であることにちがいはない……」


 そう言いながら、勇者自らが厨房に立って指図し、完成した品が奇態きたいなる漬物ピクルス――キムチ!

 もっとも、料理そのものはさして得意でもない勇者が指図した初期のものは、とにかく辛さばかりが目立つとがった味であったが……。

 辛味というものに魅了された一部の者や、整腸効果に注目した識者たちが、改良に改良を重ね、今では王宮内で密かに、愛好者の派閥が生まれているのである。


 余談だがその時、サーシャは青ざめた顔をしていたが……別に辛いのが苦手だったわけではなく、むしろその逆であり、今ではまるで何かの贖罪しょくざいを果たそうと言わんばかりの熱意でキムチ作りに取り組んでいた。


 さて、そうなるとこのような声を上げる者が出てくる。


 ――勇者ゆかりの味を、一部の者で独占するのはどうであろうか?


 これはもっともな意見であり、ならばとこの日おこなわれる終戦記念式典に合わせ、キムチの海鮮炒めを扱う屋台が設営される運びになったのだ。

 海鮮炒めという形で提供されるのは、ただの漬物を出すのはいかにも味気ないからという判断である。


 さて、この屋台であるが……ありていに言って、当たった。

 庶民からすれば、高嶺たかねの花以外の何者でもない王宮侍女による調理と接客……。

 しかも、記念すべきこの日に勇者がもたらしたという食材を用いての料理……。


 一風変わったキムチの味わいは、人を選ぶところもあったが……それも地球なる世界の味わいであると、おおむね好意的に受け入れられたのである。


 そのようなわけで、ヌイは他の王宮侍女らと共に、慣れない屋台商売で大いに忙しく働いていたわけだが……。


「……何か変な音が」


 大神殿から響いた謎の爆発音を聞き、警戒感をあらわにした。

 今でこそ、魔人の因子いんしと呼ぶべきものを勇者に吸引され、怪力を除けば普通の少女となんら変わらないヌイであるが……その前身は大将軍ザギの妹たる王を守護する魔人戦士――赤光狼魔しゃっこうろうまウルファである。

 人間の身になってなお衰えぬ戦闘者の直感が、何か得体の知れぬ事態が巻き起こっていることを察していた。


 その証拠に、大神殿の側からヌイたちがいる屋台通りまで……大勢の人々が逃げまどって来ているではないか!?


「え、何!? どうしたの!?」


「何かすごい音がしたけど……」


「市民の方々がこちらへ逃げてきています!?」


 サーシャを始め、同僚たる侍女たちは皆が皆、慌てふためいていたが……。

 そのような中にあって、ヌイの決断と行動は早かった。


「姫様……っ!」


 素早く鍋つかみをはめ、手ごろな鈍器として油を引き過熱していた鉄板を手に取る!

 大勢のお客に対応するためのそれは、その気になれば少女がやすやすと寝そべられるほどの大きさがあったが、ヌイにとっては寝台ベッドのシーツを持ち上げることとなんら変わらなかった。


「ヌイちゃん、どうするつもり!?」


「あそこには……ティーナ様が……います!

 あたし……行きます!」


 問いただすサーシャに決然と答え、人々の流れに逆らいながら駆け出す。

 巨大な鉄板を掲げた王宮侍女という姿にド肝を抜かれた人々は、逃げまどいながらも自然とヌイが逆流するための道を開けることとなった。


「姫様は……あたしが守る……!」


 自分の正体にうすうす勘づきながらも、暖かく見守ってくれていた少女……。

 魔界でかつての主君が抱いていた大願を果たした勇者に代わり、彼女を守るのは己の務めであると心得ていた。




--




 そしてヌイが広場に駆けつけた時、事態は最悪の方向に転がりつつあったのである。

 魔界で千年以上の時を生きてきたヌイであってさえ、およそ見たことも聞いたこともない奇怪な姿をした兵士たち……。

 そやつらが、まるで糸に操られているかのような……それでいて機敏な動きで、ティーナが立つ演説台に向け殺到しようとしていたのだ!


 これを守るべき騎士団長ヒルダは、二体ばかりを相手取るのに精いっぱいであり、他の騎士たちはいかなる攻撃を受けたのか倒れ身動きできぬ。

 そしてティーナは倒れる騎士たちを治癒するための魔法を発動するため集中しており、その場から動くことができずにいるのだ。


「今……助けます……!」


 赤光狼魔しゃっこうろうまだったかつてに比べれば、ドン亀のごとき走力であるが……。

 鉄板を手にしてなお、一般的な少女とは比べ物にならぬ速さで謎の兵たちに立ちはだかる!


「ん……っ! えいっ!」


 そして、手にした鉄板を力任せに振り回した!

 謎の兵士たちは、緑色に光るこれも奇怪な短棒でこれを防ごうとするが……。

 防ごうとした姿勢のままに、三体ほどがなぎ払われ石畳の上を転がっていく!

 短棒と激突した瞬間、鉄板を激しい衝撃が襲い火花を散らしたが、そのようなものを意に介すヌイではないのだ。


「こいつら……何者……?」


 亡き兄の剣さばきを思い出しながら鉄板を構え、残る兵たちと対峙する。

 対峙しながら、そのような疑念を放つ他になかった。


 奇怪極まりない見た目を思えば、魔人族のようにも思える……。

 しかし、目の前にいる兵たちからは、かつての同族に共通していた気配と呼ぶべきものが存在しないのである。


「ヌイ! よく止めてくれた!

 こやつらは、機械侵略体ゼラノイアを名乗る――全く未知の敵だ!」


 敵兵たちの連携攻撃を素早くかわし、反撃で倍する数の斬撃を加えてやりながらヒルダがそう叫ぶ。


「機械侵略体……ゼラノイア……」


 鉄板を勇ましく構えながら、突如として出現した敵の名を反芻はんすうした。

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