Aパート 4

「仮に、勇者殿へ埋め込まれているというその石が魔人王の力を封じ込めた品か何かだとして……。

 それがなぜ、勇者殿が元々暮らしておられた世界に存在したのでしょう?」


 いつまでも黙り込んでいたところで、仕方がないと判断したのだろう……。

 ヒルダさんが、今の話から最も気になる部分について指摘する。


「それに関しては、考える材料が足りません。

 それこそ、魔人王に直接尋ねでもしなければ答えは得られないでしょう……」


 分からぬのは、そこだ。

 おれの推測が正しければ、リブラはこの世界で生まれたことになる。

 それが、どうしたことか地球に流れ着き、のみならず……。


「しかも、わたしがおこなった勇者召喚の儀式によって、その石を宿したショウ様がこの世界に招かれた……。

 これを偶然として片づけることは、できないでしょうね……」


 ティーナが果汁水に口をつけながら、そう語った。


「それだと、まるでティーナが魔人王の力を呼び戻したような形になるのう……」


「あの儀式は、初代の巫女姫様がのこした文献と口伝を元に千年前の勇者召喚を正確に再現したもの……。

 断じますが、魔人王にまつわる要素は存在しませんよ」


 レッカの言葉に、ティーナが唇を尖らせる。

 初代の巫女姫から脈々と受け継がれてきた術法の数々は、彼女にとって誇りそのものだ。

 それを批難するような言い方をされれば、それは気分も悪くなるだろう。


「まるで……魔人王……が……違う世界で召喚されるに足る勇者を……育ててたみたい……」


「育てる……か……」


 ヌイの仮説には、少し考えさせられるところがある。

 無論、おれを改造したのはあくまでコブラの科学者たちなので、魔人王が育てたわけではないが……。

 ともかく、リブラを埋め込まれたからこそ、おれは勇者召喚の対象となるだけの力を手に入れたのだ。


「まあ、先に言った通り、その辺りを考えるには材料が足りない。

 ともかく、ほぼ間違いないのはおれの力が魔人王に由来するものであり、言ってしまえば――ブラックホッパーこそがもう一人の魔人王であるということだ」


 ――兄弟。


 奴はおれを差して、そう呼んでいた。

 ……なるほど、同じ力を使って戦っているのならば、それは血縁のごときつながりであろう。


「もう一人の……魔人王……」


 ティーナの言葉に、うなずく。


「おれに思いつける仮説は、こんなところだ。

 今後、どのようにおれを扱うか……。

 それは、みんなの判断に任せようと思う」


 言ってしまえばこれは、告白であり、告解である。

 おれはこれまで、勇者と呼ばれていい気になり、そのように振る舞ってきた。

 しかし、その実態は倒すべき魔人王とさほど変わらぬ存在であったわけだ。

 ……よしんば排斥はいせきされたとして、なんらの文句も言えぬだろう。


 おれは、ティーナたちがどのような沙汰さたを下したとしても、それを受け入れるつもりだ。

 その上で――必ず魔人王を倒す。

 大将軍ザギは宿敵であったが、魔人王レイはまた異なる相手だ。


 おれがおれであるために……。

 これまで歩んできた人生の答えを得るために……。

 奴とは、必ず決着をつけねばならぬであろう。


 おれは決意と共に目を閉じると、彼女たちの言葉を待った。




--




 場所は、いつも会食で用いている城内の一室であり……。

 囲んだ円卓の上には、彩り豊かな小料理の盛り合わせが並んでいる……。


 だというのに、ティーナたちはこの場を処刑場のように錯覚していた。

 勇者ショウがつむいだ言葉には、それこそ決死と言ってよい思いが込められていたからである。


 この世界に来たばかりの頃……。

 イズミ・ショウは、自身を差して勇者と名乗ってはいなかった。

 変身時の異形から人々に忌避きひされていた時の彼が戦う様には、悲痛さすら漂っていたのである。


 それが変わったのは、その心根が人々に伝わり、一本のマフラーによって心の傷が覆われてからであった。


 今、目の前で目をつむるイズミ・ショウは――まるでマフラーを巻くようになる前のようである。

 確かに実体を持ってそこに座っているはずなのに……まばたきをすれば、目の前からかき消えてしまいそうな危うさが感じられるのだ。


 勇気ある者……。

 されど、か弱き者……。


 彼が求めている言葉は……。


「どう扱うもへったくれもないではないか!

 結局のところ、あのふざけた魔人王を倒して平和を取り戻せばそれで万事解決なのじゃ!

 ワシはどこまでも、主殿と共に戦い抜くぞ!」


 誰よりも先に口を開いたのは、聖竜の末裔たる少女――レッカであった。

 真紅の髪を振り乱しながら、迷うことなくそう断じる。

 裏も表もないその姿には、ティーナたちも大きく力づけられた。


「もしも、ショウ様が自分の存在に罪悪感のようなものを感じているというのならば……。

 そもそも、あなたをこの地へ召喚したのはわたしです。

 ならばその後ろ暗さも、共に背負ってみせましょう」


 レッカに続き、巫女姫ティーナも自身の思いを言葉にする。

 万人のために勇者が戦うというのならば、その勇者自身を支えるのは誰であるというのか……?

 それは彼を召喚し、戦う運命を課した己を置いて他にいないのだ。


「あなたは、常に命をかけて戦ってこられた……。

 騎士団長として、そしてただ一人の騎士として誓いましょう。

 あなたの奥底に、どのようなものが潜んでいたとしても……今さらあなたを疑うものですか!」


 ヒルダの言葉に込められていたのは、悔恨かいこんである。

 かつて、毒液魔人ドルドネスと戦った折……。

 彼女は心の奥底に存在した忌避きひ感から連携を欠き、勇者を魔人の毒液に晒してしまった。

 幸いにして、勇者の持つ強大な解毒能力により大事には至らなかったが……。

 その事は今も尚、深い後悔として彼女の心にわだかまっているのである。

 もう二度と、あのような思いをすることはご免であった。


「ショウ様は……あたしに未来をくれた。

 あたしは勇気を持って……その未来を歩む……よ。

 だから……ショウ様も……」


 最後に口を開いたのは、ヌイである。

 いつもの彼女と同様、平坦でゆっくりとした……ともすれば聞き逃してしまいそうな言葉。

 しかし、そこに込められた思いを、拾い損ねる者など存在しないであろう。


 勇者が、ゆっくりと目を見開く。


「……ありがとう」


 そして短く、しかし、はっきりとそう口にしたのであった。




--




 ――キー!


 ――キー!


 魔城ガーデム玉座の間……。

 そこでは、キルゴブリンたちが俺の生み出したバレーボールを必死にトスし、レシーブし、ボールをつなげ合っていた。


「うんうん、やっぱり休み時間にはこうやって軽いスポーツで親睦を深めなきゃなあ……」


 その様を眺めながら、俺は懐かしき日本の黄金時代を重ね合わせて目をすぼめる。

 封印されちまってからの千年を思えば、まばたきみたいに短い期間だったが……。

 あの頃は本当に、誰も彼も……何もかもが輝いていやがった。


 もちろん、その後が輝いていないってわけじゃないんだけどな?

 まあ、コロッケにはソースかけるのが好きか醤油をかけるのが好きかって、そういうたぐいの話だ。

 俺は個人的な好みとして、あの時代が好きなのである。


「さて、親睦と言えば、そっちもずいぶんと親睦を深めたみたいだな……兄弟?」


 ついでにおおよその真相へ達してくれたことも理解すると、俺は玉座から立ち上がった。

 休憩時間が終われば、その後はお仕事の時間だ。


「おい、誰かこの場へラトラとルス――」


 ――キー!


 俺は自身に課したお仕事を遂行するべく口を開いたのだが、その時、キルゴブリンの一人がどうにかボールをつなぐべく、無理な体勢から強引にスパイクを放った。


 当然、そんなものをつなげられる名手などこの場には存在しない。

 我が誇りたる魔人族の尖兵せんぺいが、全力でぶっ叩いたボールはなかなかの速度で玉座に向かって飛翔し……。


「――ぶえー!?」


 ……俺の横づらを、したたかに打ち付けたのであった。

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