Aパート 5
「ラトラ……それにルスカ。
急に呼び出してすまなかったな。まあ、
「「――ははっ!」」
獣烈将ラトラ……。
および幽鬼将ルスカの両将軍は、主に命じられるままひざまずき垂れていた
そうすれば、必然として敬愛する魔人王の姿が目に入る。
そう……。
千年前のように、脚を組んだ姿で優雅に玉座へ座り……。
……氷のうを右頬にあてがっている魔人王レイの姿が。
――なんで!?
両将軍とも、脳裏に閃くのはただただそのひと言のみである。
しかし、両名共にそれを口にすることはない。
それは不敬を恐れてのことではなく、どうせまたいつも通りバカなことをやって痛い目にあったのだろう主君に対する、優しさであった。
「まあ、お前たちを呼んだのは他でもない……」
おそらく口の中を切ったのだろう……。
氷のうをあてがったまま、ちょっと発音のおかしい声で、レイがもったいぶりながら用件を告げる。
そして続く言葉は、呼び出された両将軍にとって落雷のように衝撃的なものだったのだ。
「――お前たち、ちょっと地上へ行って勇者を倒して来い」
しん……とした静寂が玉座の間を満たす。
隅に控えるキルゴブリンたちも、今ばかりは普段のようにキーキーと声を上げることがない。
まるで、夕飯の献立をリクエストするように……。
魔人王が何気なく告げたのは、もはや全魔人の悲願となっている勇者討伐の命であったのだ。
「――いよっしゃあっ!」
沈黙の中……。
そのまま両拳を力強く握りこむと、それをぐっと腰だめに構える。
「……そのお言葉、我ら共に待ち望んでおりました」
一方、幽鬼将の方は親友と違い劇的な反応はない。
しかし、ひざまずいたままでいるその身からは無形の圧力が漏れ出しており、心根の弱い者がこの空間にいたならば圧迫感で即座に心臓の鼓動を停止させそうなほどであった。
あまりに感情がたかぶったために、人骨そのものの身に秘められた闇の魔力が漏れ出しているのだ。
「ふ……お前たちなら、二つ返事だと信じていたぜ」
両者の反応を見た魔人王が、満足そうにうなずいてみせる。
――全魔人族の悲願を果たすために!
――主君の復活へ華を添えるために!
――亡き大将軍の仇を討つために!
大いに燃え上がり、戦意を高める両将軍へレイが次に告げたのは、しかし、無情な言葉であった。
「しかしまあ、盛り上がっているところ悪いんだが……。
――今のまま行っても、二人そろって返り討ちにあうだけだぞ?」
「――え?」
「いやその……」
あまりと言えばあんまりな言葉に、ラトラもルスカも絶句しながら主を見やる。
だが、レイはかぶりを振りながら尚も続けるのであった。
「大体、ザギの奴はお前ら二人を合わせたよりも強かっただろうが?
それを倒した相手に、なんの工夫もなく戦いを挑んでどうする?」
――いや、あなたが行けと言ったのですが?
……などと、口にすることはできない。
無茶振りする上司に対して否と言えぬのは、世界も種族も関係ない共通の
「というわけで、お前たちにプレゼントをくれてやる」
そろそろ傷も癒えてきたのだろう……。
氷のうを放り捨てた魔人王が、やおら玉座から立ち上がった。
果たして、いつの間に存在変換の力を行使したのか……。
その右手には、無き大将軍から返還された魔剣が握られている。
魔剣の刀身に漂う
「…………………………」
無言のまま、レイが魔剣をかざす。
するとおお……これはどうしたことか!?
一瞬の内に玉座の間を赤い火花が駆け抜け、その後には複雑
しかも、魔方陣を形成する
「――おお!?」
「これは……」
ラトラとルスカが、繰り出された魔法の見事さに思わず声を漏らす。
そして、術の行使者たるレイの両目にも怪しき光がまたたいた!
「闇の力……与えてやるぜ!」
そう告げると同時……。
振りかざされた魔剣から、爆圧的な光が放たれる!
それは、玉座の間を満たした後に収束していき……。
数秒の
「どうだ、お前たち……?」
魔剣を肩でかつぎながら、魔人王が気さくに両将軍へ問いかける。
その反応はと言えば、劇的なものであった。
「どうもこうもねえ――最高でさあ!」
「ああ、勝てる……これならば、確実に勇者を討ち果たせますぞ!」
感動に打ち震えながら己の体を見回す両名であるが、その体にはいささかの変化も見られない。
しかし、吐き出される言葉には勝利への絶対的な確信が宿っていたのである。
「お前たち……力の使い方は分かるな?
まあ、馴染むまで一晩はかかる。
今日はたくさん食べてぐっすり眠って、明日に出立するがいい!」
「――うす!」
「……承知つかまつりました」
主の命を受けた両将軍が、玉座の間から退出していく……。
ラトラは
「ワシ、どうやって食べればいいんだろう……?」
と小さくつぶやきながら、人骨そのものの首をかしげていたのであった。
--
獣烈将と幽鬼将……。
両巨頭の出陣に魔城ガーデムがざわつく中、一人その輪を離れ、城中に設けられたテラスにたたずむ女魔人の姿があった。
――まるで彫像のような。
……一見して、そのような感想を抱く姿である。
青銅色の肌は生物が宿すべき生気を一切感じさせず、ただ城内に立っていたなら美術品の一つとして認識されるであろう。
もっとも、美しく整った目鼻立ちは魔界の美的価値観からは大きく離れたものではあるが……。
瞳に至るまでが青銅一色に染まっている女魔人が、唯一生命を感じさせるのが腰にまで届く長い髪だ。
否、長い髪に見えるそれは……無数の蛇である。
青く光り輝く鱗を供えた無数の蛇が、女魔人の頭から直接生えてうごめいているのだ。
女魔人はただ、何も言わずテラスからの景観を眺めていたが……。
よくよく見やれば、その腹が膨らみつつあることに気づく。
女魔人の名は、青銅魔人ブロゴーン。
腹に宿しているのは、亡き恋人から授かった赤子であった。
「よう、お前がブロゴーンか?」
背後から突如かけられた声に、ブロゴーンが驚き振り向く。
そこに立っていたのは、見るからに見事な
全魔人族の主、魔人王レイその人だったのだ。
「――ッ!?
これは、陛下……」
「いや、かしこまらなくてもいい。
そのまま楽にしてな」
慌ててひざまずこうとしたブロゴーンを、レイは手で制する。
「ですが……」
「まあ聞け。
確かに、俺は偉い……超偉いぜ?
でもな、お前が今宿しているのはこの世で最も尊くかけがえのないものだ。
そんなものを腹に宿してる女に、負担をかける俺じゃねえよ」
「お心遣い、深く感謝いたします……」
そこまで言われれば、否と言えるわけもない……。
偉大なる魔人王に命じられるまま、ブロゴーンは楽な姿勢で立つことにした。
「驚かせちまってすまなかったな?
今日はただ、お腹の子とお前自身が元気にしているかどうかを聞きに来たんだ。
それでどうだ? 問題はないか?」
「はい、おかげさまで状態は良好でございます……」
「そうか……うん」
ブロゴーンの言葉に、レイが深くうなずく。
「その子供が生まれる頃には、きっと太陽の照らす世界が手に入ってる。
だから、お前さんは何も心配せず元気な子供を産むんだぜ?」
「はい……かしこまりました」
たかが戦士の一人へ、ここまで暖かい言葉をかける主君へ心からの感謝を捧げながら、腹に負担をかけぬよう頭を下げる。
太陽と言うならば……。
この魔人王レイこそが、地上で見た太陽のごとく暖かくまぶしい存在に思えるブロゴーンなのであった。
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