Aパート 1

 太陽も月も、およそ天体と呼ぶべきものが存在せず、代わりに常に稲光が天を走る世界……魔界。


 この地における最大の建築物たる魔城ガーデムは玉座の間において、天上にひらめく雷鳴よりも激しく、熱い音響がとどろいていた。


 ――キー!


 ――キー!


 おお……これは、どうしたことだろうか?

 赤……。

 黄……。

 緑……。

 色合い様々な光の線が天井から飛び交い、天井中央部から吊るされた巨大な銀珠がこれをさらに乱反射させている。


 それに照らされながら踊り狂っているのが、キルゴブリンたちだ。


 ――キー!


 ――キー!


 技術も何も、あったものではない……。

 玉座の間に響き渡る騒音としか思えぬ音楽に身を任せ、めったやたらに手足を振り回しているだけである。

 しかし、汗をきらめかせながら一心不乱に体を動かすその様は、実に楽しげであった。

 踊っているのは、キルゴブリンたちのみではない……。


「フー! フー!」


 キルゴブリンたちの中央で、誰よりも激しく踊っているのは――バッタ人間と呼ぶしかない異形の怪人であった。


 全身は、昆虫を思わせる純白の甲殻に包まれ……。

 関節部では、剥き出しとなった筋繊維がミリミリと音を立てている……。

 最大の特徴は、その頭部だ。

 まるで、人間の顔へバッタのそれをデタラメに貼り付けたような……。

 見ようによっては頭蓋骨のようにも見えるそれは、地獄の底から現出し……熱きグルーヴに身を委ねている死神のようであった。


 やがて、玉座の間に響き渡る音楽も収束に向かい。


「――ハアッ!」


 それに合わせ、白きバッタ男がビシリとキメの動きを取る。

 人差し指をピンと伸ばした右腕が天井を差し……。

 官能的にくねらされた腰とは対照的に、両足はしっかりと床を踏みしめている……。

 まるで、熱狂フィーバーという言葉を体で表現したかのような、誠に情熱的なポーズであった。


「フ……決まったぜ!」


 ――キー!


 ――キー!


 謎のポーズをキメてご満悦なバッタ男を、周囲で踊っていたキルゴブリンたちが拍手しながらもてはやす。

 しばらく静止しながら喝采を浴びていたバッタ男は、やがてポーズを崩すとかいてもいない汗をぬぐうかのごとく頭を撫でた。


「いやー、兄弟はあんまりこういうの好きじゃなかったみたいだけど、やっぱりイイな!

 思わず変身しちまうほどテンション上がっちまったぜ!」


 ――キー!


 ――キー!


 まだまだ踊り足りない意思を、未発達な発声器官で告げるキルゴブリンたちに向け、スチャリと手を振る。


「オッケー! オッケー! 魔界に夜も昼もねえが、気分的にオールナイトでいくぜ!

 お前たち! 俺についてきな!」


 ――キー!


 バッタ男の宣言にキルゴブリンたちが歓喜し、新たな楽曲が玉座の間に流れ始めた……。

 その時である。


「何事だ!」


「陛下! ご無事ですか!?」


 獣烈将ラトラと幽鬼将ルスカ……。

 大将軍亡き今、魔界における双竜と呼ぶべき二人がここへ踏み入ってきたのだ!


「あ……」


「あ……」


「あ……」


 白きバッタ男と、両将軍の視線が絡み合う。

 しばしの沈黙が続いたのち、怒声を上げたのはラトラであった。


「貴様は……ブラックホッパー!」


「うむ……体は白いが、どうせまた新たな力を得たに違いあるまい。

 次から次へと別の姿に変身しおって! そんなに素の自分に自信がないのか!?」


 ラトラの言葉に、ルスカも人骨そのものの首をうなずかせる。


「いやあの……」


「ホッパー! 貴様! どうやってここへ忍び込みやがった!?」


「さては……陛下の寝首をかきに来おったか!?」


 宿敵たるホッパー(仮定)を前に、ためらう両将軍ではない。


「ホッパー! 覚悟ォッ!」


 獣烈将が、刃金はがねのごときたてがみを振り乱しながらバッタ男に突進する!


「ちょ! ま! ちょっと待――」


 手を振り乱しながらとりあえず避けようとするバッタ男だが、その足が一寸たりとも動かぬ!

 見よ! ルスカの両足から伸びし漆黒の影を!

 片手の印だけで発動した呪術は即座にバッタ男の足底を捉え、これを縫い止め離さないのだ!


「逃がさぬわ!」


「いや逃がし――」


 バッタ男の言葉は、最後まで告げられなかった。

 その前にラトラの剛拳がその顔面を捉え、ルスカの呪術すら引き剥がす勢いでバッタ男を吹き飛ばしたからである。


「ぎえええええっ!?」


 悲鳴を上げながらバッタ男が玉座の間を転がり、その変身が解除された。




--




「本ッッッッッ当に――」


「――申し訳ありませんでした!」


 模様替えというには、あまりにも劇的すぎるそれがなされた玉座の間……。

 唯一、これのみは元のままである玉座に座った魔人王レイは、至急に氷雪系の能力を持つ者へ用意させた氷のうを頬にあてがいながら、両将軍の土下座を受けていた。


「あー、いや。お前らに非はない。言ってなかった俺が悪いんだ」


 ひらひらと手を振りながらそう言うレイであるが、いかんせん頬が腫れ上がっているため発音が少しおかしい。

 偉大なる魔人王の傷を即座に癒せぬのは、治癒の権能を得られぬ魔人族たちだからこそであろう。


「まあ、お前らも驚いただろう?

 何しろ、俺が仇敵たる勇者――ホッパーと同じ姿に変身したんだからな?」


「それはまあ……」


「そうですが……」


 主の言葉に、ひたすら平伏しながらも肯定の言葉を返す二人である。


「確かに……昔、オレが戦いを挑んで敗れた陛下の戦闘形態は、ヘビの特質を備えた魔人でした」


 世間知らずだった若造の時を思い出しながら、ラトラがかつての出来事を口にした。

 当時、魔界に名を馳せつつあったレイにのちの獣烈将は決闘を挑み、赤子のごとくあしらわれたものだ。

 その強さに心酔したラトラは配下となることを望み、すでに仕えていたザギと共に腹心として取り立てられたのである。


「いかにも……あの美しさ……全身からたぎる恐るべき魔力……魔を極め抜いたと思い込み、生意気にも隠遁いんとんしていたワシが井の中のかわずであったと思い知らされたものです……」


 ルスカも、かつての日を思い起こす。

 のちに幽鬼将となる隠者いんじゃは、噂を聞きつけ訪ねてきたレイの天才的魔術の数々に感銘を受け、その配下となることを受け入れたのだ。


「おいおい、そんなに持ち上げるなよ。照れるじゃねえか」


 氷のうをガシャガシャと鳴らしながら、レイが笑う。

 しかし、次の瞬間にはその笑みを消し去り、極めて稀に見せる真面目な顔を作ったのである。


「でもな……あの姿じゃ、ホッパーには勝てねえ。

 それを悟った俺は、自分自身の体を作り変え、奴と同じ力を手に入れたってわけさ。

 ――ま、俺が本気を出したらまだまだこんなもんじゃねえがな」


 それだけ言い終えると、また普段通りの軽薄な笑みを浮かべてみせた。


 ――自身の体を作り変える。


 言うはやすしであるが、全ての生物を創造した神々や精霊たちにも匹敵する偉業だ。

 しかし、先ほどまで踊り狂っていたキルゴブリンしかり、ザギとウルファの兄妹しかり……。

 レイは、他の生物をより強く進化させる能力を有していた。

 それこそが、あらゆる魔法の原点にして頂点――存在変換の一端なのである。

 ならば、自分自身にも同じことができたとして、いささかの不思議もなかった。


「ま、太陽を手に入れる計画は着々と進行しているってわけだ。

 俺も別に、踊って遊んでばかりいるわけじゃねえのさ」


 さすがは魔人王の自己再生力か……。

 すでに腫れの引いた頬から氷のうを外したレイは玉座から立ち上がると、パチリと指を鳴らそうとして……失敗し微妙な音を響かせる。

 すると、再び玉座の間に爆音そのものと呼ぶべき音楽が響き渡り、無数の光条が行き交い始めた。


「陛下……恐れながら、もう一つうかがいたいのですが?」


「んー? なんだ?」


 早くも軽妙にステップを刻み始めたレイが、ラトラの言葉に振り向く。


「この妙な……なんでしょう? ともかく光や音を発する道具は一体?

 陛下が生み出したとは察せるのですが……」


 同じ疑問を抱いていたルスカが、親友に続いてそう尋ねる。


「ああ、これか? そうだな……」


 魔人王はしばし天井を仰いだ後、こう答えた。


「――青春、かな?

 ……俺のじゃねえが」


 答えにならぬ答えへ、目を見合わせる両将軍を尻目に……。

 レイはキルゴブリンらを集めると、大いに踊りを楽しんだのである。

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