第十話『陽蝗(ようこう)の勇者!』

アバンタイトル

 潮の匂いが鼻孔をくすぐり……。

 海面のざわめく音が、荒れ狂う心をわずかになぐさめてくれる……。

 遠くからは、海鳥の鳴き声が響いていた……。


 王都ラグネアの港湾部に存在する、ふ頭である。

 そこにおれはどかりと座り込み、ぼんやりと釣り糸を垂らしていた。


 漁業が盛んなラグネアであるからには当然釣りをたしなむ者も数多く、周囲には他の釣り人たちの姿も見受けられる。

 しかし、おれの姿を見て声をかける者がいないのは、この時ばかりは大事な宝物であるマフラーを外し、つば広の帽子で顔を隠しているからだろう。


 今は、一人で考えをまとめたかった。

 さりとて、王城の自室にこもっていては気がめいるばかりなのは明らかだ。

 そのようなわけで、ここ数日のおれは一人素性も顔も隠し、ヘタクソな釣り人となって異世界の海と向き合っていたのである。


 釣り糸につなげたウキはただむなしく海面を漂うばかりで、なんらの反応も返しはしない。

 それもそのはずで、仕掛けの最先端に存在する針にはエサを取り付けていなかった。

 別に、魚が釣りたくてこんなことをしているわけではない。

 そもそも、おれがその気になったならば、海中を泳ぐ魚の口目がけ恐るべき速度で釣り針を放り、強引にこれを引っかけることが十分に可能なのだ。


 海面を見つめながら考えるのは、この超人的な感覚と身体能力を与えている源泉――体内に埋め込まれし輝石きせきリブラのことである。

 あの時……奴は、ホワイトホッパーは、おれの疑問に対し、このリブラにこそ答えがあると示唆しさした。


 ――輝石きせきリブラ。


 半世紀近くも共にありながら、いまだにその全容が掴めぬ石……。

 秘密結社コブラの拠点を潰した際に得られた資料から分かったことは、ただ三つ。


 一つは、地球上には存在しない物質であること。

 もう一つは、その組成が理論上あの宇宙では成立し得ないこと。

 最後の一つは、物質を変換モーフィングさせる力があることだ。


 のちに大首領コブラを名乗ることになる天才科学者、潮健児の野望はこの石を手に入れたことから――あるいは手に入れてしまったことから始まった。

 彼は持ち前のカリスマ性とそこからくる資金力によって、秘密結社コブラの前身となる組織を設立。

 そこに集った科学者たちと共にこの石を解析することで、変換モーフィング能力の一部を科学的に再現することへ成功すると、本格的に組織を再編成し数多あまたの改造人間たちを尖兵せんぺいとして生み出していったのである。


 そして世界征服計画の大詰めとして、直接リブラを埋め込んだ最強の改造人間――ブラックホッパーを生み出した。

 結果、紆余曲折うよきょくせつの末に自らが生み出したブラックホッパーに組織と自身を滅ぼされ……輝石きせきは今、世界をへだてたこの場所にある。


「世界をへだてた、か……」


 海面を見やりながら、つぶやく。

 それは、突飛とっぴな発想だった。

 しかしながら、思いついてみるとそれしか答えは存在し得ぬような……妙な説得力を有していたのである。


 ――リブラは。


 ――おれの体内に存在するこの石は。


 ――もしかしたのならば、そもそもこの世界から地球へ渡り来たものではないか?


 ……おれの脳裏にひらめいたのは、そのような考えである。

 そう考えれば、およそのことに説明がつく。


 地球上に存在しない物質であることも……。

 あの宇宙では成立し得ない組成であることも……。

 物質の変換モーフィングを始めとする、科学では説明しきれぬ力の数々も……。


 そもそも、出会った時にレッカが言っていたではないか。

 変換モーフィングの力……存在変換の力は、あらゆる魔法の原点にして頂点であると。


 そしてレッカは、こうも言っていた。


 ――使えるのは光の魔力を持つ生物の頂点たるワシを除けば、同じく闇の魔力を持つ生物の頂点たる魔人王のみのはずじゃからのう。


 ……と。

 思えば、そのことについてもっと考えを巡らせるべきであった。


 ――魔人王レイ。


 ……奴が変身したホワイトホッパーは、見た目だけではなく、実力も能力もまぎれもなくホッパーそのものだ。

 のみならず、おれが特訓で習得したホッパービートもキックも完全に己のものとしていた。

 おそらく、その気になれば真空竜巻落としやチョップ……そしてホッパーパンチすら使用できるに違いない。


 姿と力、技だけではない。

 周囲の人に見られぬよう、そっと懐から一葉の写真を取り出す。

 半世紀近く前、仲間たちと共に撮影した写真。

 これを見れば、戦いの日々が鮮明に思い出せる。

 レイは、そんな記憶のいくつかをその場にいたかのごとく語ってみせた。

 まるで、おれの見たこと、体験したことの全てを共有しているかのように……。


 いや、言葉をにごすのはやめよう。

 奴は間違いなく、その全てを共有している。

 そして、奴の着ていたパンタロン・スーツ……。

 あれはおれの青春時代、若者たちの間で大いに流行した服であり、当然ながらこの世界に存在する代物ではない。


 服だけではない。


 ――装魔砲亀そうまほうきバクラ。


 聖斧せいふの力を取り込むことでようやく倒せたあいつは、この世界に存在し得ぬ武器――ロケットランチャーを再現し自在に扱っていた。

 そして、それを魔人王から授かった力だと言っていたのだ。


 バクラだけではなく、カッパーンと名乗ったあの外道も活版印刷技術を用いていた。

 おそらくは、それも魔人王から与えられた力に違いない……。


 この世界に存在しなかった、地球の技術……。

 極めつけは、ティーナたちが倒した改造人間――テラースパイダーの存在だ。


 どうも話を聞く限り、ところどころ……特に知性面で大きくオリジナルに劣るようだが、能力はスパイダーそのものであると考えてよい。


 おれはかつて、コブラの拠点を潰した際に改造人間に関する設計図や資料を入手している。

 残念ながら、おれが人間へ戻るための役には立たなかったが、その中にはテラースパイダーの設計図も存在していた。


 あの二代目スパイダーを生み出したのは、魔人王と考えてまず間違いないだろう。

 魔人たちに与えた地球の技術……。

 改造人間に関する深い知識……。

 それらは、どこから得たのか……?


「疑う余地なし、か……」


 おれは写真を懐にしまい直すと、釣り針を引き上げる。


 どうやってこれが地球に来たのかは分からない……。

 どのようなつながりであるのかも分からない……。


 確かなことは、一つ。

 おれの体内に埋め込まれた輝石きせきリブラには、魔人王の力が宿っている。

 おれはこれまで魔人王の力を使って戦い、魔人王はリブラを通じてそれを見てきたのだ。


 潮の臭いは、海中で死した生物の臭いであるという……。

 おれは鼻孔をくすぐるその臭いに、言い知れぬ薄ら寒さを感じるのであった。

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