Bパート 10

 すでに夕焼けの色を見せる空の下……。

 魔人王が……もう一人のホッパーが、漆黒の目で一同を睥睨へいげいする。

 誰もが息をのみ、身動き一つできずにいる中……。

 動いた者が、たった一人。


 ――勇者ショウである!


「変ンンン――――――――――身ッ!」


 駆け出しながら変身動作を完遂し、その身が爆圧的な光に包まれた。

 それが晴れると同時、勇者は最強にして唯一無二だったはずの改造人間――ブラックホッパーへとその身を変じさせたのである。


「――でぃあ!」


 またたく間に間合いへ飛び込んだブラックが、渾身こんしんの右ストレートをホワイトホッパーへ見舞う!

 ……だが、


「……おいおい、いつもの名乗りはどうした? 兄弟?」


 その拳はホワイトの顔面へは届かず、左手でがっしりと掴まれたのである。


「――ぬう!?」


 姿、形のみが同様なのではない。

 その力もまた――互角!

 だが、その事実を目にしてひるむブラックではない……。


「ぬううううう……っ!」


 掴まれた右拳を、そのまま強引に押し込んだのである!


「ぐ……ぬぬ……! 初手から力比べか?

 いいぜ、つき合ってやる!」


 ホワイトも腰を落とし、力比べへと応じる構えだ!


「ぬっ……!」


「ぐうっ……!」


 両者の踏みしめる地面が、たまらず陥没かんぼつしていく……。

 ホッパーの腕力は、大型重機の馬力をはるかにしのぐ。

 それが真正面から押し合った結果だ。


 膠着こうちゃく状態におちいった中、ブラックが取った選択は――技の発動だ!


「ホッパアアアァァ――――――――――」


 ブラックの筋肉が、下から漆黒の甲殻を押し上げるように力強く膨張していく……。

 これこそ、一時的に筋力を何倍にも高めるブラックホッパーの秘技!


 しかし、膨れ上がった筋肉が純白の甲殻を押し上げているのはホワイトも同じ……。


「――――――――――ビイィート!」


 ホワイトが、その技の名を叫ぶ。


 ――ホッパービート!


 ……かつて、ブラックホッパーが過酷なヨガ特訓の末に習得した秘技である。

 しかもこれは、模倣もほうではない!


 ――そのものだ!


 まるで、二本足で立ち、歩くかのように……。

 ごく当然に、自分の技としてこれを発動しているのだ!


 ――ズズン!


 ……と、すさまじい力の押し合いに耐え切れず、両者の立つ地面がクレーター状に陥没かんぼつする!


「――しゃっ!」


「――くっ!?」


 これにより生じた体勢の変化を見逃さず、手を放したホワイトがクレーターの外へ脱出した。

 技の発動が解け、両者の筋肉が通常の状態へ戻っていく……。


「ホッパービートか……。

 この技を習得するのは大変だったなあ。

 何しろ、兄弟は理系人間だからな。おやっさんが紹介してくれたアダー先生の言葉も、全然信用しやがらねえんだもの」


 ホワイトが、まるで昨日のことのようにかつての特訓について語る。

 それはまぎれもなく、ブラックが胸の奥にしまった輝かしい思い出の一つであった。


 その事実に一瞬、動揺したブラックであるが……。


「――ふん!」


 すぐにまたホワイトへ跳びかかり、拳を蹴りを打ち放つ!


「――しゃあっ!」


 ……しかし、やはりそのいずれもが当たらない!

 鋭い左ジャブは交差した腕で防がれ……。

 それをフェイントとして放った下段の足刀そくとう蹴りは、素早く跳びすさることで回避される……。

 まるで、気心の知れた武道家同士が組み手をするかのように……。

 完全に見知った動きで、ホワイトは一連の攻撃をしのいでいた。


「ボクシング特訓に空手特訓……。

 思えば、特訓に次ぐ特訓の青春だったなあ、兄弟?」


「――黙れ!」


 瞬時に膝を折り畳み、地を這うような動きからカモシカのごとく飛び跳ねて放つ奇襲気味のアッパーカットも……完全に見切られ回避される。


「そんな日々で、兄弟を支えてくれたのがミドリさんの作るおにぎりだった……。

 お前さんは梅よりも鮭が好きで、ナガレも同じだったからな……よく取り合いになったっけ?」


「――黙れと言っている!」


 怒りが、瞬間的にブラックの力と技を研ぎ澄ませた!

 自身、思いも寄らぬ切れ味で放たれた裏拳は、今度こそホワイトの顔面を捉え、のけぞらせたのである!


「――ててっ!?」


 尋常な人間で言うならば、鼻頭をしたたかに打ち据える一撃!

 たまらず、ホワイトは飛びのき距離を置いた。


「つう~っ!?

 おいおい、もう少し優しくしてくれよ?

 ……今となっちゃ、俺はお前と唯一思い出話ができる仲なんだぜ?」


「……なぜだ」


 怒りに肩を震わせながら、ブラックが自分の写し身に問いかける。


「……なぜ、貴様はおれの過去を知っている!?」


 この世界に渡り来て以来……。

 ブラックは自身の過去について、ほとんど語ることはしなかった。

 まして、共に戦った仲間たちとの思い出に関しては、一葉の写真と共にそっと胸の奥へしまい込んできたのである。


 ――それをなぜ、魔人王は知っている!?


 ――どうしてホッパーに変身できている!?


 疑念をぶつけるブラックに対し、ホワイトはあざ笑うかのように肩をすくめてみせた。


「さあてな……?

 胸の奥にでも、尋ねてみればいいんじゃねえか?」


 言いながら、ホワイトが自分のみぞおちを指し示す。

 ブラックのそこに内包されているのは、力の源たる――輝石きせき


「さて……そろそろ決めるとすっか」


 問答は終わりとばかりに……。

 脱力したホワイトが、静かに腰を落とす。


「ぬう……っ!?」


 それを受けて、ブラックが全く同じ構えを取った。

 白と黒……二人のホッパーが、夕陽に照らされながら必殺技を始動させる!


「ホッパアアアァァ――――――――――」


 ホワイトが、バッタの脚力を最大限に発揮し跳躍した!

 そこからバレリーナのごとく華麗に身を捻り、跳躍力を破壊力へと変換する!


「――――――――――キイイィィック!」


 全く同じ動きから、ブラックも必殺の跳び蹴りを放った!


 ――ホッパーキック!


 駆け引きなく放たれた跳躍蹴りが、互いに互いの胸を蹴り抜く!


「――ぐうっ!?」


「――ぐはっ!?」


 相打ちとなった両ホッパーが、キックの衝撃により吹き飛ばされる!

 その威力は全くの互角であり、両者の口部に備わるクラッシャーから盛大に血が吐き出された。


「がっ……はあっ……!

 効くなあ! 本家本元のホッパーキックは!」


 地に尻餅をついたホワイトが、どうにか立ち上がりながら口元の血をぬぐう。


「ぐっ……ぬうっ……!」


 背後のティーナたちに見守られ……。

 ブラックも同じく立ち上がった。


「主殿! ワシも戦うぞ!」


 二人の戦いに入り込むスキを見い出せなかったレッカが、変身の構えを取る。

 人間たちが更なる激闘の予感に身を震わせる中……。

 魔人王が下した決断は、実にあっさりとしたものであった。


「まあ、今日のところはこんなもんだろう……。

 じゃあ、またな! 兄弟!」


 そう言いながら身をひるがえすと……。

 夕陽の色へ溶け込むように、その姿はかき消えてしまったのである。


「魔人王……ホワイトホッパー……!」


 ホワイトが立っていた空間を見据えながら、勇者がその名を反芻はんすうした。

 ブラックホッパーの脳裏へ去来する、様々な疑問……。

 それに答えを与えられる者はおらず、ただ沈黙のみが空き地を支配したのであった。

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