Cパート

 魔城ガーデムは玉座の間……。

 普段は限られた者しか足を踏み入れぬこの聖域を、今日は無数の魔人戦士たちが埋め尽くしていた。

 その顔ぶれの、なんとそうそうたることか……。


 爬虫類の特質を備える者がいる……。

 植物のツタを束ね、人型にしたような姿の者がいる……。

 中には、実体すら持たず霊魂のみがこの場に漂う者の姿もあった……。


 ――千差万別。


 それぞれが特徴的というにはあまりに強烈な外見的特性を備えており、各々が秘めし闇の権能を予感させた。

 いずれもが志願し、またはラトラとルスカが噂を聞き直接に勧誘してきた魔界の精鋭たちである。


 その全てが今――膝を付きこうべを垂れていた。

 それも当然のことであろう……。

 魔人戦士たちによって構成された人垣の中をゆるりと歩むのは、魔界中からかき集められた強者つわものたちをして足元にも及ばぬ真の強者なのだから……。


「や、どーもどーも!

 おー、お前の顔は覚えてんぞ? 千年ぶりだな? 元気してたか?」


 その強者は、緊張のまま頭を下げる魔人戦士たちを見渡しながら、誠に軽薄で気楽な言葉を投げかけていた。


「そっちの奴はずいぶん若いな? そんな身を固くすんなって! レイちゃん傷ついちゃうぞ?」


 まるで役者が舞台を歩むかのように……。

 一歩一歩、いちいち格好つけながら歩むその姿は、一見したならばこの場にふさわしくはない。

 何しろその姿は――ただの人間にしか見えぬものだったのである。


 魔界どころか地上でもお目にかかれぬだろう緻密な縫製ほうせいがなされた純白の衣服は、果たしてどこから持ち込んだものだろうか……。

 頭には同色の帽子をかぶっており、時折その角度を気にしているのがうかがえる。

 顔には茶目っ気たっぷりな笑みを浮かべており、それがきりりとしていれば二枚目として通じるのを三枚目におとしめていた。


 しかしながら、その身から漂わせる闇の魔力のなんと強大なことであろうか……。

 今にもこの身を押しつぶされ、命脈を断たれるような……。

 居並ぶ魔人戦士たちは、そのような感覚を覚えていたのである。


 ――魔人王レイ。


 戦士たちの中でも、千年前の戦いに参加した古参の者らがその顔を忘れるはずもない……。

 また、直接に知らぬ新参の者たちも、全身からほとばしる圧倒的な魔力を感じればひと目でその正体を直感することができた。


「いやー、壮観! 壮観!

 俺がいない間もしっかりやってくれてて、王様冥利に尽きるってもんだぜ!」


 ポケットに両手を突っ込みながら、千年空座となっていた玉座にその主が歩みを進める。

 玉座の両脇に控え、やはりこうべを垂れているのは――ラトラとルスカ、魔界が誇る両将軍だ。

 その前に立ち、魔人王が上半身を曲げて二人の顔をのぞき込む。


「こいつらはお前らが揃えてくれたんだろ?

 よーくやってくれたな! ちんは満足でおじゃる!」


「ありがたき幸せにございます……!」


 幽鬼将はこれに、うやうやしい言葉で返したが……。

 一方、彼の親友たる獣烈将の反応は劇的なものであった。


「へ、陛下……! オレはあなた様にお褒めの言葉をかけて頂いて……! ううっ……! ぐす……っ!」


 ――獅子の目にも涙!


 刃金はがねたてがみを備えた獅子獣人の瞳から、滂沱ぼうだの涙が溢れ出す。

 しまいには鼻から大量の鼻水までまき散らしながら、感極まった様子で主たる魔人王の上着にすがりついてしまったのである!


「あ、こら! ラトラ! 何をやっとる!」


「オレぁ……オレぁ……復活して下さって本当に……良かったっ……!」


 不敬とか、不敬でないとか、もはやそういう領域の話ではない。

 ただちに首をはねられても文句の言えぬ行動に、隣のルスカはもとより頭を下げていた魔人戦士たちも背筋を凍らせたが……。


「おお……おお……落ち着け……俺も嬉しく思ってるから……」


 天地に名を知られし最強の魔人は寛大かんだいにも、苦笑い一つでそれを許してみせたのである。

 魔人族が王の、なんと懐の深いことだろうか!

 実際に涙と鼻水が懐まで染み込んでしまっていることには顔をひくつかせているが、それで罰を与えるということはせぬ!


「落ち着いた……? ねえ? そろそろ落ち着いた……?」


「ぐす……ひぐ……! すいやせん……取り乱しやした……!」


「いや、いいんだ。

 お前たちと……ザギには、千年の間苦労をかけ通しだったな」


 ようやく興奮が収まってきたラトラの頭を軽く撫でながら、王が鷹揚おうようにそう告げる。


 ――キー!


 端に控えていたキルゴブリンの一人が、すかさず王に駆け寄ると手ぬぐいを差し出す。

 それで大事な一張羅いっちょうらの汚れを落とした魔人王は、手ぬぐいをキルゴブリンに返すと気を取り直して玉座に歩み寄ったのである。


 そして、王にのみ存在する権能――変換モーフィング能力を行使して大将軍から返された魔剣を取り出し、それを玉座の傍らに突き刺した!

 まるで、今は亡き最大の忠臣をも、この場へ馳せ参じさせたかのように……。


「これで、全ての準備は整った……」


 どかり、と……己がための玉座に腰をかけながら、魔人王レイがそうつぶやく。


「お前たち! 喜べ!

 ――太陽をその手に掴む日は近い!」


 偉大なる魔人王の宣言に、玉座の間は湧き立った。

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