Bパート 9

「なぜって言われてもなあ~。

 ……まあ、好きだから、じゃねえか?

 こういう服が流行はやってたあの頃はこう、何もかもが輝いてたからなあ……。

 今になって思うと、ちっとばかりギラギラした輝きだった気もするけどな」


 純白のパンタロン・スーツに、これも真白い帽子……。

 一九七〇年代における日本で流行したファッションに身を包んだ美青年は、おどけた口調でそう言い放ってみせた。


 手縫いでは到底再現できぬであろう縫製ほうせいの緻密さを見れば、明らかなことではあったが……。

 その言葉が、彼の着ているスーツが地球から持ち込まれたこと物であることを明確に肯定している。

 もはや、疑う余地はない……。


 ――この青年は、自分と同じく地球から渡り来たのだ!


 ……イズミ・ショウはその事実に言いようのない危機感を覚えながら、我知らず身構えていた。


「あれは……あの方は……」


 異常な反応を見せたのは、ショウのみではない。

 新人王宮侍女ヌイもまた、全身を震わせながらショウの背後へと隠れるように下がっていた。

 両腕で抱え込んでいるバリスタがカタカタと音を立てており、まるでヌイグルミを抱きかかえながらおびえる童女のごときである。


「ショウ様……」


「勇者殿、一体、なんの話をしておられるのだ?」


「主殿、ワシらにも分かるように説明してくれんかのう」


 勇者の力を借りず、独力でクモ男を倒した達成感もあるのだろう……。

 巫女姫ティーナを始め、騎士団長ヒルダとレッカが二人とは対極的にのん気な声でそう尋ねる。

 それに答えたのは、ショウではなく……。

 つい先ほど、空き倉庫の窓から飛び降りてきた謎の青年であった。


「どうも、揃いも揃って血の巡りが悪いみたいだからハッキリ教えてやるけどな……。

 ――レイって名乗れば、さすがに俺が誰だか分かるだろ?」


「――何!?」


「――レイ、だと!?」


 それを聞いて顔色が変わったのは、ティーナたちのみではない……。

 この場に馳せ参じた、全ての騎士たちもまた同様であった。


 ――レイ。


 それはこの国における――否、全ての人類にとってのみ名である。

 なんとなれば、千年前のかつて……この名を持つ者に人類文明は崩壊する一歩手前まで追い込まれたのだから。

 ゆえに、我が子へこの名をつける親など、存在するはずがないのだ。


 ゆらりとした動作で帽子を脱ぎながら……。

 青年が……いや、青年の姿をした恐るべき何かが、ねめつけるように一同を見回す。

 その両目に怪しき輝きがきらめいたことを、ショウとティーナは見逃さなかった!


「――はあっ!」


「――危ないっ!?」


「――くっ!?」


 青年が発した魔力の波動を、ティーナは即座に展開した光の魔法へきで、ショウは純粋な胆力たんりょくで耐えしのぐ!

 これにより、ティーナの周囲にいたヒルダとレッカ、ショウにかばわれる形となったヌイは難を逃れることができたが……。


「――がはっ!?」


「――ぐうっ!?」


 騎士スタンレーを始めとする他の騎士たちは、これをまともに受けその場に昏倒こんとうすることとなった。


 青年は、これといって特別な術法を用いたわけではない……。

 しかし、波動として放出されたあまりに強大な闇の魔力は、鍛え上げられた精鋭たちの意識を刈り取るのに十分なものだったのである。


「あらら、ちょっとしたあいさつ代わりだったんだけどな……。

 ちと、刺激が強すぎたか」


 帽子をかぶり直しながら……。

 またもやおどけた口調と仕草で、青年がそう言い放つ。


「ま、主要な面子めんつは残ったみたいだし……良しとしておくか」


 もはや、この青年を見て人間だと勘違いする者はおるまい……。

 姿形こそ、茶目っ気たっぷりの奇矯ききょうな美青年である。

 しかし、身の内から開放した魔力のおぞましさといったら……。


「魔人王、レイ……!」


 油断なくロッドを突き出しながら、ティーナが戦慄せんりつと共にその名をつぶやく。


「――そう!

 ……ようやく正解にたどり着いてくれたな。

 そうだ。俺こそが、魔人王レイだ」


 まるで、空を見上げるような格好から……。

 首だけを一同に向けた青年――いや、魔人王レイがそれを肯定する。


「魔人王……!」


「あやつが、祖母様たちに倒された……!」


 ヒルダが剣を抜き、レッカも即座に変身できるよう身構えた。

 ショウはと言えば、ちらりと背後のヌイを見やり……そして、その様子からこれが青年の虚言きょげんでないことを確信する。


 今、目の前に立つ青年こそ敵の首魁しゅかい――ついに復活した魔人王なのだ!


「そして今は、もう一つの名を持っている。

 ……実を言うとな、今日ここに来たのはそれを告げるためなんだ。

 ぜひ、覚えて帰ってくれ」


 ぱちりとウィンクを飛ばした後……。

 レイは、空を見上げるような格好をやめ、一同にまっすぐ向き直った。

 そして、丹田たんでんへ力を込めるようにしながら静かに両腕を広げたのである。

 その両目が、キッと見開かれた!


 そこから魔人王が繰り出した一連の動作は、およそ誰も見たことがない奇怪なものである。

 しかし、その動きは奇妙ではあるものの流麗であり、何か恐るべき力がその内で充実し膨れ上がっていることを見るものに直感させた。


 ――そう!


 ……その動作は、勇者ショウがブラックホッパーへ変身する時に繰り出すものと酷似こくじしていたのである!

 最大の違いは、そこに正義の意思が秘められておらず、代わりに見る者をからかうような邪悪さが込められていることであろうか……。


「ホッパー――――――――――変身ッ!」


 動作を終えたレイの全身が、爆圧的な光に包まれる!

 質量すらともなうそれが収束した時、そこに立っていたのは、これは……。


 全身は昆虫を想起させる純白の甲殻に覆われ……。

 関節部では剥き出しとなった筋繊維が、ミリミリと音を立てている……。

 何よりも特徴的なのは――頭部だ。

 まるでバッタのそれを、人間の顔へデタラメに組み合わせたかのような……。

 バッタ人間と呼ぶべきその顔で、漆黒の目が怪しい光をたたえていた……。


 まるで、悪い冗談を見せられているような……。

 そんな気持ちに支配され、静寂が場を支配する。


 白と黒……確かに相違点は存在した。

 だが、逆に言えばそれくらいの違いしかない。

 目の前に立っているのは、まぎれもなく――ホッパーだったのである。


「俺は魔人王――ホワイトホッパー!」


 右拳を突き出しながら、ホッパーへ変身した魔人王が高々と名乗りを上げた。

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