Bパート 8

 おれを乗せた老馬が現場に駆けつけるのと……。

 戦いの決着がついたのとは、ほぼ同時のことであった。


「どう! どう!」


 お世辞にも上手とは言えない鞍上あんじょうの手綱さばきへ答えてくれた老馬の首を撫で、地に降り立つ。

 そしておれは――見た!


「シャ――ゲハ!?」


 おそらく、ティーナが騎乗したローダーの必殺技が直撃したのだろう……。

 空き地の端へ吹き飛ばされていたはどうにか立ち上がろうとするも……力尽き、倒れる。

 戦死した魔人族の常である、爆発はない。

 先日倒した大将軍ザギのように、魔力も生命力も全てを絞り尽くしたからではない。

 こいつが――魔人族ではないからだ。


「――テラースパイダーだと!?」


 おれは驚きと共に、倒された敵――改造人間の名を叫んだ。


 全身を覆う紫色の甲殻と、関節部で剥き出しとなった強靭きょうじんな筋繊維は、こいつがおれと同じ技術で作られていることを否が応でも感じさせる……。

 手指の先に備え付けられた研ぎ澄まされた爪と、背部に羽織った奇怪な文様のマントは、かつての激闘を思い起こさせた……。

 そして頭部は、バッタの代わりにクモの顔と人間のそれをデタラメに貼り合わせたかのようであり……。

 口部に備わった刈り込みばさみのように鋭い牙はだらしなく開かれ、口器からは恐るべき毒液が混ざった唾液が垂れ流されていた……。


 ――改造人間テラースパイダー!


 おれがこいつの姿を、名を、忘れるはずもない!

 四十九年前のあの日……。

 秘密結社コブラに拉致され改造人間となったおれを救ってくれた恩人、竹本教授を殺害した怪奇なるクモ男!

 そして、おれにとって――ブラックホッパーにとって、初の実戦を経験することになった相手でもあるのだ!


「バカな……何故、ここにこいつが!?」


 驚きつぶやく。

 今になって思えば、技も何もない力任せの戦い方であったが……。

 それでもおれは、確実にこいつの息の根を止めている。

 そもそも、コブラは完全に壊滅させた上、ここは地球ではなく異世界なのだ!

 おれ以外の改造人間など、存在する道理はない……!


「勇者殿!?」


 ヒルダさんが、駆けつけたおれに気がつきこちらを振り向く。


「目が覚めたのですね!?」


「ご覧ください! 我らの手で魔人族を討ち果たしましたぞ!」


 同時に、騎士スタンレーを始めとするスゴ腕の騎士たちも次々にこちらへと駆け寄って来た。


「ん……ヌイたち……がんばった……」


 ものものしい弩砲どほうを携えたヌイも、珍しくはにかんだ様子を見せながらこちらへ歩み寄る。


「でも……魔人じゃ……ない気がする……」


 そもそもは、魔人族であったヌイだ。

 いかにかの種族が千差万別な見た目であるとはいえ、本能的に違いを悟ったのだろう。

 致命傷を負い倒れるスパイダーに、いぶかしげな視線を向けていた。


「ああ……」


 なんと答えたものか分からず……。

 おれは曖昧あいまいな返事を返す。


 ――ブク。


 ――ブクブクブク。


 泡立つ音と共に……。

 おれたちが見守る中、倒れたテラースパイダーは全身を泡へと変じさせ、溶け去っていった……。

 かつてと同じだ……。

 自らの毒が全身を回ったのだ……。


 分からぬことだらけなこの状況下で、唯一胸をなで下ろせるのは、どうやらこの毒を受けた人間は誰一人としていないらしいことであった。


「ショウ様!」


「主殿!」


 大任を果たしたティーナと、変身を解除したレッカもこちらへ駆け寄ってくる。

 その時だ。


 ――パチ!


 ――パチパチパチ!


 ……戦いの場にそぐわぬ、拍手の音が鳴り響いた。




--




「――ほっ!」


 お姫ちゃんたちが隠れ潜んでいたのとは、ちょうど反対側に存在する空き倉庫の二階……。

 気配を消し、そこの窓から一部始終を見ていた俺は、心からの拍手を彼女らへ送った。


 ――見事!


 ――見事だ!


 確かに、テラースパイダーには決して人を攻撃せぬよう口酸っぱくして言い聞かせてある。

 また、決め手となったのは人ならぬ存在……当代の聖竜であることは間違いない。


 しかし……しかし、だ。

 神出鬼没を誇ったスパイダーの隠れ家を暴き出し、ここまで追い込んだその手腕。

 これこそまさに、俺が望んだ人間の知恵と勇気である。


 思えば、ブロゴーンとの戦いでもバクラとの戦いでも、人間の力は重要なファクターだった。

 それは、ブラックホッパーという、よその世界からやって来た勇者の力ありきだったのではない……。

 仮にそれがなかったとしても、人間は人間の力のみで限界まで戦い抜けることが今ここに証明されたのだ。


「――とう!」


 拍手の出所を捜す一同へ答えるように、俺は倉庫の窓から空き地へと飛び降りる。


 ――シュタッと着地!


 ふ……決まったぜ!


「いや、はや……見事な戦いだったぜ。思わず拍手しちまった」


 着地の衝撃でちょっとズレた帽子を直しながら、突然の登場に驚く人間たちを見渡す。


「何者だ!?」


「何者だろうなー? 当ててごらん?」


 腰の剣に手を当てながら誰何すいかする騎士団長ちゃんに、俺はウィンクしながらそう答えた。


「これは……間違いありません!」


 わなわなと肩を震わせながらそう言ったのは、巫女姫ちゃんである。

 思えば、今回の一件は常に彼女がイニシアチブを握っていた。

 どうやら、その知恵は今、冴え渡っているようである。


「――空気を読まず売り込みに現れた若手芸人です!」


「――そう!

 それでは僭越せんえつながらご覧ください!

 ――花鳥風月かちょうふうげつ!」


 すかさず懐から変換モーフィングで生み出した扇子を用いての水芸に、一同が湧き立つ!


「素晴らしい!」


「水がない場所でこれほどの水芸を!?」


「大した奴だ!」


「ナーッハッハッハッハッハ!

 ――て、違うわあ!」


 扇子を地面に投げ捨てながら、俺は否定の言葉を叫ぶ。

 頭の中にマシュマロでも詰め込んでるのかこの桃色髪は!?


「もっとこう……違うでしょ?

 他に何か候補あるでしょ……?」


「そう言われてものう……。

 ――あ、分かったぞ!」


 ひらめいた顔でそう言ったのは、クソドラゴンの孫娘である。

 うんうん……目論もくろみあってのこととはいえ、死にかけていた仇敵の孫を助けてやった甲斐があったぜ。


「さてはお主……歌い手じゃな?」


「――そう!

 大志を抱き、流れ流れて王都までやってまいりました。

 手前の歌ではありませんが、心を込めて歌います!

 それでは聞いてください! 空に太――違うつってんだろう!?」


 あやうく生み出しかけたマイクを懐にしまいながら、俺はまたも否定の言葉を叫ぶ。


 ――なぜだ!?


 ――兄弟がこういうことやればバシッと決まるのに、俺がやるとなぜ三枚目のオチがつく!?


 ぜえはあと肩で息をしながら、あらためて一同を見回す。

 すると、アホなことばっかりぬかしてる人間たちの中……ただ二人のみは、青ざめた顔でこちらを見やっていたのである。


 一人は――ヌイ。

 ……かつての赤光狼魔しゃっこうろうまだ。


 そしていま一人は――和泉いずみしょう

 ……最強の改造人間、ブラックホッパーである。


「まさか……そんな……」


「……貴様、なぜ、地球の服を着ている!?」


 おびえたじろぐヌイと、こちらを問いただす勇者に……。

 俺は薄っすらとした笑みで答えた。

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