Aパート 1

 人が集まり、街を形成すれば、そこに飲み屋の集う区画が生まれる……。

 これは文明を問わぬ人類のさがであり、王都ラグネアとてその例外ではない。


 ――飲んだくれ通り。


 飲み屋や屋台が集中するこの区画で、顔を赤らめた男たちが闊歩かっぽするのは常のことであるが、それが白昼堂々に行われるのは常とちがった。


「勇者様、カンパーイ!」


「王国に……人間に栄光あれ!」


 そこかしこから乾杯の音頭として上げられてるのは、勇者をたたえる言葉であり、これから先に広がる明るい未来を祝う言葉である。


 そこに……一人の奇矯ききょうな青年が足を踏み入れた。

 およそ誰も見たことがない純白の装束に、同じ色の帽子を合わせた着こなし。


「いいねえ……俺ももうちょっと、こういう場所の整備に力を入れりゃあ良かったな」


 そこら中をにやついた目で眺めながらそうつぶやく様は、なんとも言えず軽薄であり、遊び人という言葉を体現したかのような姿であった。

 それを見逃す、酒飲みたちではない。


「おうおう、兄ちゃん!? 見たことない格好だが異国の船で来た人かい!?」


「この通りをシラフで歩こうたあ、感心しねえなあ!?」


「ちょっとこっちさ来て引っかけてよ! 酒はおれっちがおごってやるからよ!」


「ばっきゃろう、そいつあ結局、王宮のおごりってことじゃねえか!?」


「あちゃあ、ばれちまったか!」


 店の入り口に置かれたタルを机代わりにしながらっている男たちが、気持ちの良い声をそう投げかけた。


「いいねえ……遠慮なくご相伴しょうばんに預かるぜ!」


 青年は酔っ払いたちへ臆することなくそう答えると、素早くそこへ歩み寄る。

 そして、間髪入れずにタルへ置かれた酒瓶を手に取り、朗々とこう叫んだのだ。


「散って行った者たちへ……!

 散りゆく者たちへ……!」


「お、おい! 兄ちゃん!」


 男たちが、止めるいとまもない……。

 青年は酒瓶に口をつけると、一気にそれを飲み干した!


「バカ! 無茶しやがって!」


「おい、水だ!」


「レクシアの蒸留酒さけを甘く見るんじゃねえ!」


 誘っておいた男たちが慌てふためくのも、無理なきことであろう……。

 良質な地下水に恵まれたレクシア王国において、酒とはすなわち蒸留酒さけである。

 そこに含まれる酒精は当然ながら強烈であり、慣れた王国男であってもこれはちびりと舐めるか水で割るのが普通なのだ。

 それを一気飲みなどしたら、卒倒してもおかしくはないが……。


「――くはあ! 美味い!

 千年ぶりの酒は染み渡るぜ!」


 青年は平然としながら、これを飲み干してみせたのである。


「おいおい、兄ちゃん! むちゃくちゃつええな!」


「千年ぶりたあ、豪儀なことを言うねえ!」


 はやし立てる男たちへ、青年はおどけた様子で両手を振ってみせる。

 と、その両目が近くにある屋台を見据えた。


「お、ちょっと外すぜい!

 ――あれも前から、食ってみたいと思ってたんだ!」


 青年が目を付けたのは、エビのすり身をパンに挟み、一旦蒸してから揚げる串揚げの屋台である。

 これなるは王都の名物料理であり、人々に愛されている逸品であった。


「ごめんよ! 一本揚げたてをくんな!」


 黙々と串揚げを作る屋台店主に、青年が右手を伸ばす。

 もしも、勇者や大将軍と並ぶほどの達人がこの場に居たならば……。

 まったくの空手からてであったその手に、突如として銅貨が出現していたことを見とがめていたであろう……。


「――ほふ! ほふ!」


 酒にはめっぽう強くとも、さすがに揚げたての串揚げには苦戦したか……。

 店主から手づからに受け取った串揚げをほおばった青年は、しばしそれを味わったのち……こう叫んだのである。


「――うんんんんんまあああい!」


「おうおう、王都の名物は気に入ったか!?」


「見てくれはヘンテコだが、気持ちの良い兄ちゃんだ!」


「うちの料理も食べてってくれよ! イーリス牛の串焼きだよ!」


 酒の飲みっぷりも、料理の食いっぷりも良いとなれば、見た目の奇抜さなどいささかも障害とならない。

 青年はたちまち飲んだくれ通りの者たちに囲まれ、実ににぎやかで楽しいひと時を過ごしたのであった。




--




 それから二刻ばかりの時が流れ……。

 かたむき始めた陽に照らされる空き地で、騒いでいる子供たちの一団があった。


「あぶないよー! やめなって!」


「へへん! 弱虫はそこから見てな!」


「そーだ! そーだ! こうやって度胸つけなきゃ、ホッパーみたいに強くなれないぞ!」


 騒いでいるのは、三人の男子である。

 内二人は空き地の主とも言える木の上に登っており、残る一人は根元から頭上の二人にやめるよう呼びかけていた。

 果たして、がっしりした枝の上に立つ二人の男子は何をしようとしているのか……?


「ぼく! ホッパーと約束したんだ! あぶないから絶対にマネはしないって!

 二人もやめなよー!」


 賢明なる読者諸兄ならば、覚えているだろう……。

 根元から必死に声を上げる彼こそ、かつてホッパーのマネをし、あわやケガをするという場面で勇者本人に助けられた少年であった。


「ホッパーがそんなこと言うかよ!」


「勇気があって立派だって褒めてくれるさ!」


 ならば、彼に制止されている二人の少年がやろうとしていることは、これは……?


「――たあ!」


「ホッパアアアアア――――――――――!」


 あ、危ない!

 根元にいる少年が、かつてそうしたように……。

 彼の友だちだろう少年たちは、ホッパーのマネをして樹上から跳び降りたのだ!


 少年たちが立っていた枝の高さは、実に大人二人分の背丈ほどもある……。

 まだ体の出来上がっていない子供たちでは、なんらかのケガをしてしまうに違いない!


 かつて根元のにいる少年を救ってくれた勇者は、大将軍との死闘によりいまだ眠ったままだという……。

 これを助けてくれる人物など――、


「――とうっ!」


 その時……。

 白い稲妻が宙空の少年たちにほとばしった!

 だが、稲妻は地上からひらめいたりはしない……。

 稲妻の正体は――青年だ!

 見たこともない奇抜な白装束に身を包んだ美青年が、ものすごい素早さで少年たちに跳びかかり、これを抱きかかえると華麗な着地を決めたのだ!


「――よっと。

 お前たち、俺がいなかったら足をひねるくらいじゃすまなかったぞ?」


 両脇にかかえた少年たちを地面に下ろし、跳躍の拍子に宙を舞っていた白帽子を右手で拾った青年がそう叱りつける。

 叱ってはいるが、その顔は茶目っ気たっぷりな笑みを浮かべており、それがかえって言葉の意味を少年らに染み渡らせた。


「うん……」


「ごめんなさい……」


「二人とも、無事でよかった」


 三人の少年に目線を合わせ、膝立ちとなった青年がこう続ける。


「いいか?

 そこの坊主が言ってたように、ホッパーキックもパンチも勇者が決死の特訓で編み出した技だ。

 ――危ないから、二度とこんなことするんじゃねえぞ」


「はい!」


「分かりました!」


 跳び降りた少年二人が、素直にそううなずく。


「ぼく、そこまでは言ってないけど……?」


 ただ一人、二人を止めようとしていた少年のみは小首をかしげていた。

 ともあれ、細かいことを気にしないのはこの年頃の美点である。

 三人の少年は、一斉にお辞儀しながら元気よくこう言い放ったのだ。


「「「おじさん、助けてくれてありがとう!」」」


「お兄さん、な?」


 青年の笑みに、少しばかり苦みが混じった。

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