Aパート 2

 たとえ、どれだけめでたき祝い事があろうとも……。

 陽が沈み、月と星の支配する刻限となればぴたりと喧噪も止んでしまうのが、地球とこっちとで大きく異なるところである。

 まあ、たいまつや油皿が主な光源じゃ、そりゃそうなるわな。エジソンさんちのトーマス君が発明王と呼ばれるわけである。


 そんなわけで、人の気配もなくなった深夜……子供たちを颯爽さっそうと助ける親切なお兄さんたるこの俺は、くだんの子供たちが遊んでいた空き地に立っていたのであった。


「ま、こんなところかな……」


 そこら辺で拾った枝っきれを放り捨て、自分の仕事ぶりへ満足げにうなずく。

 俺の足元には、空き地全体をキャンバスとした巨大な魔方陣が描かれていた。

 見るからに禍々しい文様と魔法文字ルーンで形成された魔界流のそれは、久しぶりに描いたにしてはなかなかの出来栄えである。

 ま、なんてったって俺は魔人王だし? 配下であるルスカにできることは、当然俺だってできるということである。


「問題は、材料だが……」


 ちらりと、傍らに置いたそれらを見やった。

 そこへ野ざらしで置かれているのは、丸焼き用に処理された牛の半身肉ならぬ全身肉である。

 肉屋の親父、代金受け取って荷車の手配をしてる間に、客である俺も牛の肉もこつ然と消失しちまったのだから目を剥いただろうな。

 どうやったかというと、おなじみ変換モーフィング能力で自身の内に収容したわけだ。我ながら、万引きに向いた能力である。


 そしてもう一つ、そこへ置かれているのが木編みの虫かご――というか魚籠びくだ。

 中に入っているのは、俺がにわかな虫取り少年と化してそこら中から採集してきた種々様々なクモである。

 そいつらがかごの中でうごめいている様は……うーん、ちょっとグロテスクだな。


 ともあれ、これで材料はそろった!

 牛肉購入と昆虫採集……復活した魔人王による記念すべき初労働の成果である。


「まあ、材料としちゃあちょっとしょぼいが……なんとかなるだろう」


 自分を納得させ、変換モーフィング能力で右手に魔剣を出現させた。

 俺くらいになれば、服や硬貨を無から生み出すくらいわけもないが……さすがに今から生み出す存在は、素材無しでやるのは無理があるからな。


「兄弟は、ここまでよくやってくれた……さすがといったところだぜ。

 これなら、究極の力も間違いなく手にしてくれるだろう」


 魔剣の刀身を眺めながら、誰に告げるでもない言葉を漏らす。


「となると、問題は残される人間たちだ。

 兄弟がザギを倒して……」


 自分でも意外なことだが……。

 そこで少し、言葉を詰まらせた。

 少しだけまぶたを落とし、続く言葉を吐き出す。


「……倒して、お祭り騒ぎをするのはいいぜ? 気持ちはよーく分かる。いくさに勝ったら祝わなきゃな」


 体内に内包された闇の魔力を、少しずつ……少しずつ解き放つ。


「だが、俺としちゃあ兄弟が動けないこの機会に見ておきたいわけだ。

 人間の力だけで、この先ちゃんとやっていけるのかをな。

 うーん、充実のアフターサービス! 俺ってばほんと親切だねえ!」


 闇の魔力は足元から広がっていき、空き地中に張り巡らされた魔方陣を伝い……これを怪しき光で輝かせ始めた!

 同時に、魔方陣の上で野ざらしとなっている全身肉とかごに入れられたクモたちが、徐々に徐々にその身を塵芥ちりあくたへと変じさせ、俺の頭上へと漂い出していく。


 これなるは、破壊の工程……。

 そしてここからは、俺が求める者を生み出す――創造の工程!


 魔方陣に込められた魔力がさらに充実し、物理的な圧力を伴って足元から噴き出し始める。

 俺はお気に入りの帽子を吹き飛ばされないよう左手で押さえながら、右手に握った魔剣を高々と掲げた。


「闇の力……与えてやるぜ!」


 刀身から静脈血のごとき赤黒い光が放たれ、宙空に漂う塵芥ちりあくたを包み込んでいく!

 そして、兄弟が変身する時のそれにも似た爆圧的な光がそこからほとばしった!


「……成功、だな」


 込められた魔力を失った魔方陣が消え去り……。

 代わりに眼前へひざまずくを見やりながら、俺はそうつぶやいた。


 ――フシュルルルルル。


 ……と、声にならぬ吐息を漏らすのは、異形の怪人と呼ぶしかない存在である。

 全身は、いかにも毒々しい紫色の甲殻に覆われており……。

 関節部では、剥き出しの筋繊維がみりみりと音を立てていた。

 手指の先には、研ぎ澄まされた鋭い爪が備えられており……。

 背部には、奇怪な文様を編み込まれたマントを羽織っている。


 最大の特徴は、やはりその頭部であろう。

 まるで、クモの顔と人間のそれをデタラメに張り合わせたかのような……。

 クモ人間と呼ぶしかない風貌のこいつは、口部に備わった刈り込みばさみのように鋭い牙から、毒まじりの唾液を垂らしていた。


「四十九年ぶりの再会だな――テラースパイダー」


 記憶にある姿を寸分たがわず再現できたことに満足しながら、俺はこいつの名を告げる。


 ――改造人間テラースパイダー!


 ……思い出深い。

 ……本当に思い出深い相手だ。

 俺はこの企ての尖兵せんぺいとして、迷いなくこいつを選んだ。

 能力が合ってるとか、そういう実利的な理由ではない。

 こいつこそがふさわしいと、そう考えたのだ。


「お前にはこれから、この王都で思う存分に悪さを働いてもらう」


「シュルルルルルルルルルル……」


「ただし、人を傷つけたりあやめたりっていうのはナシだぜ?

 俺としちゃあ、別にいまさら人死にを出したいわけじゃないんでな」


「シュルシュルシュル……」


「それ以外なら、なんでもアリだ!

 ……ああ、でも、動くのは夜が明けてからな? 誰も見てない所で悪さをしたって仕方ないし」


「ゲッヘゲッヘゲッヘゲッヘ……」


「とまあ、俺が言いたいのはそんなところなんだけど……。

 ――言葉、通じてる?」


 やっぱり、使った材料がショボかったのがいけなかったんだろうか……。

 いまいち理性を感じさせず、シュルシュルだのゲヘゲヘだのと言葉にならぬうめきを漏らすテラースパイダーに、俺は繰り返し繰り返し言い含めるのであった。

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