第九話『彼女たちの戦い』
アバンタイトル
太陽を始めとする、およそあらゆる天体が存在しない世界――魔界。
常に上空を稲光がひらめくこの世界において、最大の建造物が魔城ガーデムであった。
――力こそ、全て。
その
中でも、玉座の間へ集う三将軍こそは、魔人戦士たちの頂点に立つ至高の存在――だったのだ。
「まさか……な……」
人間の白骨死体へローブを着せたかのような魔人――幽鬼将ルスカが、玉座を見やりながらそうつぶやいた。
その
「ザギ殿が、敗れるとは……」
悔しげな声を漏らしたのは、直立した獅子獣人と呼ぶべき魔人――獣烈将ラトラである。
それそのものがいかなる鎧よりも頑強な装甲じみた皮膚を筋肉によって
もっとも、その怒りを向けている矛先はと言えばこれは、仇たる勇者ではなく自分自身であるのかもしれなかったが……。
――大将軍ザギの戦死。
この事実は、残された両将軍のみならず魔界全土に暗い影を落としていた。
その理由は、語るまでもあるまい……。
玉座の間に集いし三将軍こそ、魔界において最強。
中でも、大将軍ザギこそはいまだ復活せぬ魔人王に次ぐ最強の戦士なのだ。
それが勇者に――敗れた。
地上においては、人の噂話を止められるものではないという意味の格言があるらしいが……。
それは魔界においても、同様である。
両名が引き立てし魔人戦士たちも、大いに動揺を見せていたのだ。
城内においてあらゆる雑事を司るキルゴブリン共も、直接の主であるザギを失い、その仕事ぶりから覇気が消え失せ……。
情けないことに、今、魔界の象徴たるガーデムは日常生活を送るのにも支障をきたしている有様なのである。
ザギという男の存在が、それだけ魔人軍全体にとって大きいものであったということだ。
「このオレが、すぐにでも仇を討ちに行きてえところだが……」
拳を握りながらそう宣言するラトラだが、ルスカが冷静にそれを制した。
「それをするには、ザギ殿が手にしていた魔剣……あれがなんとしても必要だ。
ワシの力では、せいぜいここから地上の小動物を使役するのが関の山。
身一つで地上と行き来できるのは、陛下を置いて他にいないので、な……」
「それだ! その魔剣だぜ! ルスカ!」
ラトラが、親友の肩に掴みかかる。
「あのザギ殿が、いかに死する間際だとはいえ後事を考えないはずがねえ!
最期の力を振り絞って、こちらに送って来てくれてるんじゃねえのか!?」
「おおお、落ち着け!?」
その剛力に限ってならば、ザギすらも上回る獣烈将が本気でこれを揺すぶったのだ。
さしもの幽鬼将といえど、言の葉をつむぐ余裕すらなかった。
「おお、わりい!?」
ぱっと手を離され、ようやく一息つくルスカである。
「まあ、お主の言うことももっともだ。
実際、カラスを用いてその瞬間を見ていたが……。
――ザギ殿は
「おお、なら!?」
勢いづくラトラに、しかし、魔界における魔法の第一人者は首を振って答えた。
「それが、届かぬのだ。
ザギ殿の手際に間違いはなかった。通常ならば、あの剣は間違いなくこの玉座に……陛下の下に戻ってきているはずなのだが……」
「ううむ……」
歯切れの悪い言葉を、
この親友がそう言うならば、なるほど、本来魔剣は戻ってきているはずなのだろう……。
それが今、この場にないということは、何か誰にも推測できぬ理由があるに違いないのだ。
「陛下の下に、か……」
己が考えても解決できぬ問題であるとわきまえ、
人間共が抱いた負の感情は、すでに
懐かしき彼らの主は、いつ復活してもおかしくない状態のはずだった。
だが、聞きようによっては軽薄とも取れるあの声は、いまだそこから響いてこない……。
--
タチアナ街道での決戦から数日……。
今の王都ラグネアを表す言葉を列挙するならば、それは、祭りであり、宴であり、祝いであり、超
何しろ、
陽も高いうちから、大の男たちが酒杯を酌み交わし……。
嫁たちも今ばかりはなんの文句も言わず、料理の支度もそこそこに自分たちもそれを味わう。
子供らと言えば、大将軍と勇者の戦いを自分たちで演じることに夢中であった。
自分たちが楽しむのみならず、補給や商売のために寄港した外国籍の者たちも
――大将軍ザギの討伐。
この事実は人々にとって、それだけの意味を持っていた。
獣烈将、幽鬼将――そして大将軍。
この三人こそは、千年前の伝説にも語られし魔人王の側近である。
中でも大将軍ザギこそは、側近中の側近として人界にも知らぬ者のない存在なのだ。
かつての戦いにおいては、戦士団が決死の囮作戦を決行し、先代勇者と従者たる聖竜の血路を切り開いたという……。
それが千年の時を超え、当代の勇者に討たれた。
まるで、伝説と今の現実とが融合したかのような……。
それでいて、偉大なる先人たちの功績を乗り越えたかのような……。
なんとも言えず誇らしい気持ちを、皆が皆共有しているのである。
もちろん、最大の功労者が勇者イズミ・ショウであることは疑う余地もなく、いまだ眠ったままでいる彼の安否は気づかわれた。
しかし、巫女姫ティーナを始め医師たちの診断によれば、これは体力を失って眠っているだけであり命に別状はないと太鼓判を押されている。
――ならば、一足先に祝うこと遠慮する必要なし!
――むしろ、勇者の快気祈願もこの祝杯に込めようや!
なんやかんや理由を付けて宴を開きたいのは人という生き物の本能であり、勇者の人となりをよく知るティーナの後押しもあって、現状が生み出されていたのだ。
「~~~~~~~~~~♪」
その王都に今、
青年が口ずさむのは、およそ誰も聞いたことのない言語を用いた歌である。
だが、もしもイズミ・ショウがこれを聞いたのならば……空に浮かぶ太陽のごとく己の愛が不変であることを歌った、青春時代のヒットソングであることを
着ている装束もまた、奇抜なものであった。
見たこともない純白の布地を、複雑な形に
特徴的なのは、上着と共地で作られたズボンが大きく裾広がりしていることであろう。
これにやはり純白の帽子を合わせ着こなした様は、奇妙としか言いようはないが……茶目っ気たっぷりな美男子である青年がそうしていると、不思議と様になっていた。
これも、イズミ・ショウが目にしたならば、パンタロン・スーツという言葉を口にしたに違いない。
「祭りはいいねえ……」
青年が、帽子のツバを指でなぞりながらそうつぶやく。
「こういうの、大好きだぜ」
彼の声は、軽薄そのものと呼べる代物であった……。
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