Bパート 9

「くっ……!?」


 天上で静止していた無数の矢が、思い出したように戦場へ降り注ぎ始め……。

 同じく動きを止めていた騎士やキルゴブリンらも再び動き出し、雄叫びを上げながら武具を打ち鳴らし始める。


 神速の世界から喧噪けんそう極まる戦場へと帰還したアクセルホッパーは、膝を付きながら荒い息を吐いていた。


「むう……?」


 同じく神速の世界から舞い戻ったザギが、膝立ちとなりながら対手をいぶかしげに見やる。

 無理もあるまい……。

 自身の機転と技で生み出した好機を掴まなかったどころか、深い疲労を感じさせながら動きを止めているのだ。

 常の勇者ならば、倒れるザギの命を刈り取るべく恐るべき拳を蹴りを放っていたに違いない。


「そういうことか……」


 しばらく眺めている内に、得心がいったのだろう……。

 立ち上がった大将軍は、アクセルホッパーの胸部に浮かぶ銀色の光球を指差した。


「ホッパー!

 ……貴様、さてはその力が体に馴染んでいないな?」


「……」


 対する勇者は、無言だ。

 しかし、無言のままに疲労で肩を上下させるその様が、何よりも雄弁に剣魔の言葉を肯定していた。


 土壇場どたんばで覚醒した新たなフォーム――アクセル。

 この場でそれを知るのは死闘を演じる両者のみであるが、力の源泉となっているのが、かの日に赤光狼魔しゃっこうろうまウルファから取り込んだ魔人としての因子であることは疑う余地もない。

 何故ならば、ホッパーの全身を血流めいて奔流する銀色の光こそは、大将軍兄妹が魔人王より授かりし力の表れであるからだ。


 魔人王が授けし濃密な闇の魔力……。

 それが魔人ならぬ者に対し、いかなる影響をもたらすかは未知数である。

 未知数であるが、しかし、それが良好なものでないことは考えるまでもなく明らかであろう。

 それが故に、神速の世界へ入門した反動としてホッパーは今、膝を付いているのである。


 しかも、よくよく見やればこれは……勇者の全身から湯気が立っているではないか!?

 おそらく、今のホッパーはまともな生物ならばとうに生命活動を停止しているほどの超高熱状態であるに違いない。


「このまま戦い続ければ、貴様……自滅するぞ?」


 片手で首元をほぐしながら……。

 大将軍が端的な事実を告げる。

 対する勇者は、身体への影響をものともせず立ち上がることでそれに答えてみせた。


「ならばどうする……?

 おれが限界を迎えるまで、この戦場を逃げ回ってみるか?」


 それだけでなく、挑発的な言葉を剣魔に言い放つ。

 アクセルホッパーの弱点が明らかとなった今、ザギがそれを突かぬよう言の葉でけん制しているわけでは――ない。

 そのようなことをする大将軍ではないと、勇者は見抜いていた。

 だからこれは、両者の間で最後にかわす冗談なのである。


「フ……」


 ゆらりと剣を構えながら、黄光剣魔おうこうけんまが薄く笑みを漏らした。


「――無粋ぶすい!」


 そして叫ぶと、その身を神速の世界へ突入させたのである。


「――おおっ!」


 ホッパーも、負けじとその領域へ足を踏み込む!


 勇者が……。

 大将軍が……。

 共に銀色の尾を引く彗星となって激突する!


 もはや、両者の間に駆け引きが生じる余地はない。

 後はただ、互いの剣と拳――どちらが上かを比べ合うのみ!


「――ッ!」


 裂ぱくの気合と共に、剣魔が袈裟けさ切りを放つ!


 ――袈裟けさ切り!


 およそあらゆる剣術において、最大の威力と最高の速度を誇る斬撃である!


「――ッ!」


 これをホッパーは――上段蹴りを用いて迎え撃った!

 振り下ろされる魔剣の腹に、バッタの脚力を備えた蹴りが叩きつけられる!


 カウンター……と、ひと言で表せば簡単であるが。

 ザギほどの手練が放った、最速の一撃に合わせたのだ。

 窮地きゅうちに陥ることでますます感覚が研ぎ澄まされたホッパーだからこそできる、神技である!


 必殺を期した斬撃はこれにより、横合いに逸らされたが……。

 それで終わるような大将軍ではない。

 右手は弾かれた魔剣をそのまま保持し……。

 空けた左腕で――強引な肘打ちを勇者に見舞った!


「――ッ!?」


 これまで、あくまで剣での攻撃にこだわってきたザギが始めてみせる徒手としゅでの一撃!

 さしものホッパーもこれには意表を突かれ、顔面へもろに喰らうこととなった!


 たまらず後ずさるホッパーに向け、瞬時に中段へ構えたザギが追いすがる!

 そこから放たれるのは――必殺の刺突!

 全身をバネとし、魔人としての筋力全てを余すことなく伝えた一撃は、直撃すればホッパーの甲殻とて貫き串刺しとするに違いない!


 魔剣の切っ先が、吸い込まれるようにホッパーの腹部へ迫り……。

 これを――刺し貫かなかった!


「――ッ!?」


 必殺の一撃をかわされたザギに、動揺が走る。

 まさに切っ先が腹部へ触れようとしたその瞬間……。

 ホッパーは自らもまた踏み込むことで、わずかにこれを逸らすことへ成功した。


 ――死中に活あり!


 魔剣は漆黒の甲殻に覆われた横腹を切り裂き、浅くはない傷を与えたが、引き換えとしてホッパーの――徒手としゅでの間合いへ迫ることに成功したのである!


 がしり、と……。

 ホッパーがザギの肩と脇腹を掴み上げた。

 おそらくは最後の好機……!

 ホッパーが選択したのは、組み合ってからの投げ技だ!


「――ッ!」


 プロレスにおけるボディスラムのように……。

 剣魔を抱え上げた勇者が、両腕を超高速で回転させる!


「――ッ!?」


 竜巻さながらの高速回転には、さしもの大将軍と言えど腕一本動かすことがかなわず……。

 抵抗できぬまま――砲弾のごとく上空へ投げ飛ばされた!


 ――真空・竜巻落とし!


 かつて、毒液魔人ドルドネスの体内に収まった毒液が飛び散るのを防ぐため……。

 ホッパーは空手からてでこの技を用い、真空波を生み出すことで対処した。

 しかし、それはあくまでも技が派生した姿……。

 相手を掴み上げ、超高速できりもみ回転を加えながら上空へ投げ飛ばす!

 それこそが、この技に秘められた真の姿だったのだ!


「――ッ!?」


 高速回転しながら宙を舞うザギは、受け身を取ることも体勢を変えることも不可能!

 上空を舞う剣魔に、自らもまた砲弾と化して跳躍したアクセルホッパーが襲いかかる!


 ――ホッパーキック!


 地上からほとばしる一条の銀雷ぎんらいとなったホッパーの跳躍蹴りが、ザギの横腹に突き刺さった!


「――ぐうっ!? おっ!?」


 その一撃により、ザギの全身を駆け巡る銀色の光流こうりゅう黄色おうしょくへと戻り……。


「――くはっ!?」


 同時に限界を迎えたホッパーの体からも血流めいた銀色の光が消失し、通常の姿――ブラックホッパーへと舞い戻った。


 神速の世界から帰還した両者のうち、片方は地に倒れ、もう片方は華麗な着地を決める。

 神速領域での決戦を制したのは――アクセルホッパーだ!

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