Aパート 4
神々と精霊の手により、光ある地を追いやられた者たちが住まう世界――魔界。
ここに生くる魔人たちの価値観は力こそ全てというものであり、魔界の象徴として建設された魔城ガーデムに住まう戦士たちこそは、魔界でも指折りの実力者たちということになる。
中でも、玉座の間に集う三将軍こそが、魔人戦士たちの中で最強の存在なのだ。
なのだが……。
「ああ……心配だ心配だ心配だ……やっぱり心配だ……。
あの子にちゃんとできるだろうかいや陛下がやらせろと言った以上是非もないがそれにしても心配だ。
そもそもあの子はまだ戦士としての心構えができていないのだ目を離せばキルゴブリンにでもやらせればいいものを洗濯など率先してやりおって……。
やはり何とかして呼び戻して私の手元で一から鍛え直しああでもそれは陛下への不敬に……」
驚異的な肺活量によって息継ぎすら一切せず……。
小声で矢継ぎ早に独り言を言いながら、玉座の間をぐるぐると歩き回る漆黒の鎧に身を包んだ人間そのものの姿を持つ戦士――大将軍ザギを見て、魔人戦士の頂点に立つ存在だと思うものは皆無であろう。
「……どうすんだおい?」
その様子を眺めながら、小声で相方に肘打ちしたのは三将軍の一人――獣烈将ラトラである。
「……ワシに聞かれてもなあ」
やはり小声で親友にそう返したのは、三将軍最後の一人――幽鬼将ルスカであった。
二人は、獅子そのものな顔と人間の頭蓋骨そのものな顔を共に上司たる大将軍へ向け、そろって嘆息をつく。
「いや、前々から妹想いな人だと知っちゃあいたんだが……」
「ここまで重度だと、もう何かの病気だのう……」
普段ならただ立っているだけでさえ
……とてもではないが、配下たる魔人戦士たちに見せられる光景ではなかった。
「……オレたちの夢に陛下が現れ、ウルファの奴を送り込むよう指示を出してからもう一週間か。
あの様子だとキルゴブリン共への指示もろくに出せてないだろうが、そっちは大丈夫なのか?」
魔人軍の中でも大多数を占めるキルゴブリンたち……。
で、あるから、ラトラがそれを心配するのはごく当然の事であった。
「……そこは、普段からザギ殿が手塩にかけて育てている軍団だ。
どうにか普段通りに働き、城内を回しておる」
ルスカが、あまりそういうことへ気を回すのに向かぬ
組織のトップがダメでも、中間管理者や末端が優秀ならば組織は回ってしまう……。
まるで、遥か異世界の島国で散見されるような光景であった。
「――ルスカ!」
「――は、はいっ!?」
組織運営について両将軍が考えを巡らせていると、突然歩みを止めたザギがルスカに声をかける。
「すまぬが、また地上の様子を確認してくれ!」
「……半刻ほど前に確認されたばかりですが?」
「半刻もあれば何があるか知れたものではない!」
「……まあ、そこまでおっしゃるなら」
ザギの力強い言葉に、ルスカはしぶしぶと闇の魔法を行使した。
次元を隔てた地上へ巧妙に魔力の
地味ながらも幽鬼将ルスカであるからこそ行使可能な大魔法であり、必然として魔力の消耗も大きく、本来なら間違っても妹煩悩のために乱発するべき技ではない。
それでもルスカが文句らしい文句を言わぬのは、なんのかんの言っても彼自身、ザギの妹が心配であるからだろう。
「――はっ!」
ルスカが意識を集中し、片手で印を結ぶと見る見るうちに三者の中央に位置する空間が歪み、地上の光景が映し出された。
「さて……
使役するカラスの視界を共有しての偵察であるが、ルスカの魔力を注ぎ込まれれば、たかが鳥類の
たちまちのうちに、人間の城へ潜入を果たしたザギの妹が映し出された。
褐色の肌を持つ銀髪の少女……。
ザギと同様、千年前に魔人王から授けられた存在変換能力により人間の姿へ変じた彼の妹は、人間たちに交じり炊事仕事へ従事していた。
「――ウルファ!? ああもう! 人間なんかにいいように命じられてこんなくだらない仕事をさせられて!」
ザギが、この一週間で何十回目かも分からぬ嘆きごとを言いながら魔力の幻影へかじりつく。
「ですが、そのおかげで人間共の信用を得られている様子……」
「ルスカの言う通りですぜ!
最初は何をやっているのかと思ったが……こうやって信用を得て、しかるのちに勇者の寝首をかく!
ウルファちゃん、かわいい顔してけっこうえげつないこと考えるじゃねえか!」
「うむ……とはいえ、さすがは勇者ブラックホッパー。
ただ日常生活を送っていても、スキらしいスキを見せずにいるようですがな」
「それも、時間の問題だろうぜ!
四六時中、まったくスキを見せない奴なんて存在しねえからな!」
「さようだな」
幽鬼将と獣烈将……両者は互いを見やりながら、表情など浮かびようがない顔に笑みの気配を宿す。
最初は、本当に大丈夫なのかと思ったが……。
さすがは、敬愛する魔人王の人選といったところであろう。
ウルファによる勇者抹殺計画は、順調に推移しているようだ。
「――そういう問題ではない!」
だが、大将軍は二人と真逆の反応を見せる。
「先ほど、勇者の奴めは事もあろうにウルファが作った菓子を食べていたではないか!?
――私でさえ、そんなことしてもらったことないのに!」
ルスカとラトラは、思わず目を見合わせた。
――このバカは何を言っているんだ?
互いにそう思っているのは明らかであったが、両者共にそれを口に出さぬ分別が存在した。
そもそもザギは、妹がそういった雑事へ手を出そうとするたびに厳しく戒めてきたのだが……。
あれはあくまで建前であり、本音は別にあったのやもしれぬ。
「ま、まあまあザギ殿……。
心配する気持ちは分かるが、いざという時のためにルスカが推挙した助太刀も送ってあるんだからよ」
「さよう……。
敵をだますにはまず味方から……。
陛下の命とは別に、ウルファ殿にすら秘密で送り込んだあやつが、上手く補佐してくれることでしょう」
上司に関するどうでもいい情報を得てしまった二人が、なんとかこれをなだめようとする。
「それは分かるが……ああそれでも心配だ!」
だが、魔界最強の勇士はそれでも納得せずに、再びうろうろしながら独り言を漏らす作業へ舞い戻ったのであった。
「……なんか」
「……放っておけば勇者より先に心労で倒れそうだな」
それを見ながら、両将軍はため息をついたのである。
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