Aパート 3
共に茶と菓子を囲み、語らう……。
国によって多少の差異はあれど、これは人類にとって共通の文化であり、世界を隔てようともそれは変わらぬ。
ラグネア城の一室……。
ぽかぽかとした陽光に照らされながら、おれはそんな共通文化をティーナと共に楽しんでいた。
「そうか……ヌイはよく働いているか……?」
「ええ、何かと独特な子のようで、最初は周囲も含め戸惑うところがあったようですが……。
今ではすっかり仕事も覚え、熱心に働いてくれているようです」
茶会の話題としているのは、一週間前におれの口利きで王宮侍女として迎えられた少女……ヌイに関することである。
「無理を言ってすまなかったな。
本来ならば、しっかりとした身辺調査などが必須なのだろう?」
何しろここは、レクシア王国の心臓部と呼べる場所だ。
そこに住み込みで働く侍女ともなれば、コンビニバイトを雇うような感覚で選ぶわけにはいかない。
日本の一般家庭で生まれ育ったおれとしては実に意外な事実であるが、洗濯カゴを抱えて廊下を歩いている侍女がどこぞ貴族の息女というのも珍しくはないのである。
「そうですね。なんと言っても、栄えある王宮勤めなわけですから……。
ですが、勇者様たっての希望ということで、そこは皆納得してくれたようです」
「おれとしては、強権を振りかざしているようで申し訳なく思うがな……」
茶をすすりながら、苦笑いを浮かべそう言った。
誰がなんと言おうと、今回おれがしたことは勇者という地位を笠に着ての人事介入である。
必要なことであると判断したからとはいえ、やはりこういう行いはあまり好かぬな……。
「ですが、それが最善であると判断されたのでしょう……?」
「ああ……やはり、年若い少女を一人で王都に放っておくのは抵抗があった。
それで気を揉むくらいならば、いっそ手元に置いておいた方がいいと思ってな。
幸いにも、洗濯などは得意であったようだし」
「問題があるとすれば、いまだ身元が分からないということですね」
同じく茶をすすりながら、ティーナが考え込んだような顔でそう言う。
「やはり、分からないのか……?」
「ええ、珍しい容姿をしていますし、最初はすぐに分かるだろうと思ったのですが……。
少なくとも、貴族や名の通った商家に、該当する娘はいないそうです」
この一週間……。
おれはティーナに頼み、王国各地で繋ぎを取る竜騎士らを通じ、ヌイの身元を照会していた。
しかし、予想と反し、ヌイと同じ容姿の娘が出奔したという情報は得られずにいたのである。
「洗濯に関して、あの子は『みんなは、あたしがやることじゃないって言うけど』と言っていた……。
そこを踏まえれば、それなりに身分ある家の娘だと思ったんだがな……」
「こうなると、本人が話してくれることを待つしかないでしょうね……」
「いかなる事情があるかは分からないが、家を出て単身王都に来るなどよほどのことだ。
ここでの暮らしを経て、いずれ心を開いてくれれば良いのだがな……」
クッキーを一枚手に取り、食べた。
「むっ……美味いな」
出来立ての焼き菓子というのは、どうしてこうも美味しいのだろうか……。
この場に居るのがティーナと給仕を務める侍女だけという気安さもあり、大の男が
「ふふっ……」
そんなおれを見て、ティーナが笑った。
「いえ、すいません……実はそれを焼いたのは、今話に出ていたヌイなんですよ?」
「何……?
そうか、それは親元が分かっても、手放すのが少し惜しくなるな」
その事実を知り、おれも思わず笑みを浮かべていたのである。
--
魔人の出没とは全く無関係に……。
一日に三度、必ず戦場となる場所がラグネア城には存在した。
――厨房である。
巫女姫ティーナや勇者イズミ・ショウを始めとする貴人の食事は専属の料理人たちが腕を振るうが、それ以外の者たちが食べる食事に関しては、慣例として騎士見習いたちと王宮侍女が協力して用意する。
夕食時を前にした大厨房では、今日も当番の者たちがせわしなく立ち働いているのであった。
その中にあって、ひと際目を引く者の姿がある。
この国では他に見かけぬ褐色の肌と、貴人へ供する際に用いる銀食器もかくやという輝きを放つ銀色の髪……。
最近、勇者による推挙で採用された新人侍女は、名をヌイといった。
「ヌイさん、次はそのザルにある玉ねぎを切ってくれる!? 繊維に沿って薄切りにね!」
「……はい」
覇気というものを一切感じさせず……。
その割に妙に通る声でヌイがうなずき、ザルへ山積みにされた玉ねぎに向き合う。
すでに他の者が皮むきを済ませているのでその手間はかからぬが、何しろ城に務める者たち全員へ供する料理に使うのだ。分量が違う。
大型犬も寝入れそうな大きさのザルには、ヌイの体重よりも重いのではないかという量の剥き玉ねぎが満載されていた。
夕食時までさほどの間もなく、普通に考えれば小娘一人で片づけられる量ではない。
そのため、一見すれば、これは新人侍女に対するイビリのようにも思えた。
しかし……その実態は違う。
「――すぅ……」
包丁を手にしたヌイが、深呼吸をするように軽く息を吸い込む。
そこからの動きが、すごかった。
――シュタタタタタタタタタタ!
……と。
まるで楽器か何かを打ち鳴らしているような音が響き渡る。
まな板に高速で包丁が振るわれ、その音を生み出しているのだ。
もちろん、ヌイはただまな板に向けて包丁を打ち据えているわけではない。
次から次へと下処理された玉ねぎを取り出すと、これを二つに切り、目にも止まらぬ速さで薄切りにし特大のボウルへ放っていくのである。
薄切りにされた玉ねぎの厚みも均等そのものであり、瞬く間にザルへ積まれた玉ねぎを減らしていく様は、長く厨房勤めを果たした熟練料理人もかくやというものであった。
「すごいわヌイさん。
こないだ包丁教えたばかりとは思えない手際よ」
すぐそばで煮込み料理を担当していた王宮侍女サーシャが、そんな新人侍女を手放しに褒める。
「……そう……ですか?」
ヌイはサーシャに振り向くと、不思議そうな顔でこくりと首をかしげた。
完全に包丁から目を離している状態だが、腕は一切止まらずに玉ねぎを切り続けている。
……ここまでくると、もはや調理というより曲芸の光景であった。
「ただ教わった通りに……するだけだから……そんなに難しく……ないです」
「その教わった通りにするっていうのが、普通は簡単にはできないのよ。
洗濯は最初から上手だったし、掃除もあっという間に覚えたし、さすが勇者様が推挙しただけあるわね」
「……ん……よく分からないです……すみません……」
「あはは、そうだったか。ごめんね、変なこと言って」
仕事の覚えは早いが、どうも独特なところがある娘である。
サーシャは苦笑しながら、ぱたぱたと片手を振った。
天才というのは余人とどこかずれた感性をしていると言うが、ヌイもその部類なのかもしれない。
「ん……いいお味。
――ヌイさんも、味見してみる」
「はい……してみます……」
ヌイは一旦手を止め、サーシャから差し出された味見用の小皿を受け取る。
「ふぅー……ふぅー……」
そして、これを覚ますべく息を吹きかけた。
「ふぅー……ふぅー……」
サーシャには十分冷めたように思えるが、なおも息を吹きかける。
「ふぅー……ふぅー……」
……執拗に冷ましたのち、ようやくこれに口をつけた。
「ん……美味しいです……今まで食べた中では一番美味しいです……」
「ふふ、ヌイさんにかかるとなんでも『一番美味しい』になっちゃうわね」
「本当に……そう思うんです……。
それで……こうやって働いてると……」
「働いてると?」
「今まで生きてきた中で……一番楽しい……です」
はにかみながらそう言うヌイを見て、サーシャもなんとも言えぬ幸せな気持ちになってしまう。
もし仕事中でなかったなら、飼い犬をそうするようにわしゃわしゃと頭を撫でてやっていたかもしれない。
そんな風に、感情が高まっていたからだろうか……。
先輩侍女に向け、働く喜びを語る新米侍女の影……。
それが、世の不吉全てをはらむかのような禍々しい形に変化していることへ、サーシャは気づかなかった……。
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