Aパート 2

 エビや魚のすり身をパンに挟み、これを蒸す……。

 蒸し上がったそれは串に刺され、客の前で揚げられることになる。

 味付けは魚醤に唐辛子などが加えられた特製のタレで、共用の器に入れられたそれは当然ながら二度漬け厳禁だ。

 まるで、串カツを扱うそれのような王都名物料理の屋台……。

 世界を隔てようと、人間の発想とはそう変わらぬものなのかもしれない。


「これ……料理?」


 屋台の前まで来たヌイが、こくりと首をかしげながらおれに尋ねる。

 だが、それに返事をしたのはおれでなく屋台の店主であった。


「いきなりこれが料理なのかたずねてくるたあ、ご挨拶なお嬢ちゃんだね!?

 どこ出身なのか知らんが、うちのはモノが違う! 勇者様に出したって恥ずかしくない逸品さ!」


「連れがぶしつけなことを言ったな。すまない」


「げえっ!? そのマフラーは勇者様で!?」


 屋台店主という生き物の威勢が良いのもまた、世界を隔てようと変わらぬことわりか……。

 聞きようによっては侮辱ぶじょくとも取れるヌイの言葉にまくし立てていた店主は、おれが何者であるかに気づいて顔を若干引きつらせていた。


「ゆ、勇者様のお連れたあ気づきませんで……」


「いや、失礼なことを言ったのはこの子の方だから……」


「そう言ってもらえると助かりますわあっ!

 しっかし、勇者様もスミに置けないねえ! こんなかわ――」


「――親父さん、やめてくれ」


「へ?」


 まっすぐに瞳を見据えながら言葉をさえぎったおれに、店主がたじろぐ。


「いわれのない醜聞しゅうぶんはおれに効く。やめてくれ」


「え、ええ……ハイ」


 以前なら冗談として聞き流したかもしれないが……。

 最近のおれは、ちょっとナイーブなのである。

 改造人間ブラックホッパー最大の弱点……それはゴシップだ。四九年の時を経て明らかになった衝撃の真実である。コブラの科学者たちに聞かせたらさぞかしビックリすることであろう。


「ともかく、ヌイはこれを食べるのが初めてなのか?」


「ん……料理を食べるのは、初めて」


 妙な言い回しをする娘だが……。

 ともかくヌイは、おれの言葉にこくりとうなずく。


「それならば、良い機会になったな。

 これはなかなか、一度食べればやみつきになる味だぞ? おれが保証しよう」


「へへ、勇者様のお墨付きが得られたとなれば、あっしの商売も安泰あんたいでさあ。

 ――それで、おいくつご用意しやしょうか?」


「ヌイは、いくつ食べたい?

 さっきも言ったが、これはご褒美だ。遠慮する必要はないぞ?」


「ん……じゃあ、三つ」


「では、おれの分も合わせて八つ揚げてもらえるか?」


「毎度!」


 威勢の良い返事を響かせ、店主がさっそく調理に取りかかる。

 蒸し上げられた一口大の具が、串一つにつき三つほど突き刺され油の海に落とされた。


 ――ジュワアアアアア。


 ……という、なんとも耳に心地よい音が響き渡る。

 目の前で揚げられる揚げ物というのは、ちょいとグレードの違うご馳走だな。


「……いい匂い」


 まるで、犬か何かのように……。

 突き出した鼻をひくひくとさせながら、ヌイがそうつぶやく。


 出自から何から不明なところばかりの少女であるが、純真無垢であるというのは疑いようもないところであろう。




--




「はっ……!? ふっ……!?

 はふっ……!? ふはっ……!?」


「揚げたてを無造作に頬張れば、そうなるさ」


 吐息で冷ますことも、タレに浸すこともせず……。

 店主から渡された串揚げを無防備に頬張ったヌイを見ながら、おれは笑った。

 よりにもよって、一つではなく串に刺さった三つ全部を口に入れたのだ。

 これは、口の中がマグマのようになっているだろうな……。


「あふっ……!? あつっ……!?

 熱い……!?」


 まだ揚げ物を入れたままの口中へ多量の空気を吸い込むことで、どうにか冷ますことに成功したのだろう……。

 涙まじりにこれを飲み込んだヌイが、恨めしそうな視線をおれに向けた。

 これは、口の中を火傷してしまっているかもしれないな……。

 初めて食べる王都名物を嫌いになられても困るので、おれは食べ方をレクチャーしてやることにする。


「こうやってな、まずはタレに浸す――二度漬けは厳禁だから、注意してくれ」


 自分の串を、共用の器に入れられたタレに浸す。

 そして、揚げ物をコーティングしたタレが服に落ちぬよう注意しながら、おれはふーふーと息を吹きかけた。


「後は、適当に冷まして食べればいいさ――む!? 美味い!」


 講釈こうしゃくの途中だというのに、思わず感嘆の叫びを上げてしまう。

 これは、揚げたてだからというだけではないな……。

 まず、使っているすり身の味からして他所よそとは違うように思える。

 どうやら、大口を叩いただけあって店主の目利きは確かであるようだ。


「ふぅー……ふぅー……」


 おれのマネをしてタレに串を浸したヌイが、かわいらしくそれに息を吹きかける。


「ふぅー……ふぅー……」


 息を吹きかける。


「ふぅー……ふぅー……」


 まだ息を吹きかける。


「ふぅー……ふぅー……」


 まだまだ息を吹きかけ……吹きかけすぎじゃないか?

 ひょっとしたらこの子は、極度の猫舌であるのかもしれない。


「ん……美味しい……今まで食べた中で……一番……」


 もはや揚げたての熱など消え失せたそれを口にして、ヌイがなんとも幸せそうな笑顔を浮かべた。


「一番たあ、嬉しいこと言ってくれるね!」


 それを受けて、店主も破顔してみせる。

 抜群の美少女が、笑顔と共にそう言っているのだ。

 職人冥利に尽きるというものだろう。


「ふ……喜んでもらえたなら、良かった」


 その様子に食欲を刺激され、おれも自分の分を食べ進めようとしたその時だ。


「――あっ!?」


「――おっと!?」


 はしゃいで走り回っていたのだろう男の子がおれにぶつかり、揚げ物を落としてしまった。


「む……しまったな……」


 それだけなら別に構わないのだが……。

 落とした先が上着の上というのは、我ながら不覚である。

 揚げ物にはタレをたっぷりと付けてあったので、必然それと油分とが上着に付着してしまうことになった。


「ごめんなさい!」


 男の子がそう言いながら、おれに頭を下げる。


「いや、いいんだ。それより君が転んだりしなくて良かった。

 ――坊や? 楽しい気持ちは分かるが、ちゃんとよく周りを見るんだよ?」


「はい! 気をつけます!」


 男の子は礼儀正しくそう言うと、今度は言いつけ通り周囲に気をつけながら走り去っていく。

 もしかしたら、このマフラーを見ておれが勇者だと気づいたのかもしれないな……。


「しかし、これは不覚を取ったな……」


 上着を見やりながら、おれはそうつぶやく。


「それ、困るの……?」


 むぐむぐと串揚げを完食していたヌイが、無感情にそう問いかけてくる。


「ああ、シミになってしまうかもしれん」


 すると、ごくりと揚げ物を飲み込んだヌイが意外な提案をしてきたのであった。


「なら、それ……あたしが取ってあげるね」


「君が?」


「ん……脱いで渡して」


 言われるままに上着を脱ぎ、彼女に渡す。


「ちょっと行ってくる」


 受け取った彼女はそう言うと、付近の屋台などが共有している井戸へ走り去ってしまった。


「ふむ……」


 店主と目を合わし……とりあえず自分の分を急いで食べてから後を追いかける。

 すると井戸端では、ヌイが自前の品だろうハンカチ――というより布切れを使って上着の汚れを落としてくれていた。


「ん……これで大丈夫だよ……?」


「おお……これは……助かった。

 おれはどうも、こういうのは疎くてな」


 差し出された上着を受け取り、礼を述べる。

 付着した汚れは丁寧に落とされており、これならばシミにはならないだろうと確信できた。


「こういうのが、得意なのか?」


「得意……かは分からない。

 でも、洗濯は好き。みんなは、あたしがやることじゃないって言うけど……」


 特技を褒められるというのは、何者にとってもこそばゆいものだ。

 ヌイははにかみながら、そう答える。


「汚れが落ちて綺麗になると、胸がクッとする」


「そうか、クッとするか……?」


「ん……」


 おれの言葉に、ヌイがこくりとうなずく。


「ならば、ヌイ?

 一つ提案があるのだが……?」


「……?」


 そんなヌイに対し……。

 おれは自身、意外な提案をしたのであった。

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