Bパート 5

 王都ラグネアの大神殿……。

 その中でもとりわけ奥まった場所に存在する明光みょうこうの間に、今日も面布めんぷで顔を覆う女子たちが集っていた。

 秘密結社『素晴らしき白薔薇の会』――その緊急会合である。


「以上が、此度こたびの事件における真相じゃ。

 ワシの推測によるとこ大じゃが、おおむね間違ってはいないと思うぞ」


 唯一、この中で面布めんぷを用いていない赤髪の少女――会員レッカが、一同に向けて報告を終えた。


「補足いたしますが、勇者様の留守中に大首領様から授かった合鍵を用い、室内に問題の本が存在しすることを確認してあります」


 会員サーが、すかさずそう付け足す。

 それを受けて、面布めんぷ越しにも美少女特有の雰囲気を漂わす大首領ティーが、桃色の髪を撫でながらふぅーむと精一杯威厳のある声を吐き出した。


「なるほど、夜中に突然城を飛び出して脈絡もなく魔人を討ち取ったと言い出した時は何事かと思いましたが……裏では、そのような事情が存在したのですね」


 大首領の言葉に、集った会員たちがざわめき始める。


「まさか、勇者様当人に本が渡ってしまうとは……」


「いかに書かれているのが事実に相違ないとはいえ、いえ、だからこそ、怒りに燃えるのも当然のことですわ」


「まったく、都合よく魔人が生贄に現れてくれて助かりましたわね……」


 都合の良い生贄扱いされた四命復魔しめいふくまカッパーンは、あの世で泣いてよい。

 ともかく、騒然とする一同を見渡しながら大首領ティーが軽く咳払いをした。

 恐るべき頭目の合図に会員たちは騒ぐのを止め、次なる言葉に傾注けいちゅうするべく耳を澄ます。


「活版印刷の実用化……その効果が絶大であったこと、これは疑うべくもありません」


 面布めんぷ越しに目くばせされ、会の会計を預かる会員が立ち上がった。

 余談だが、彼女もまた顔を隠されていようとエリート特有の雰囲気が立ち居振る舞いからにじみ出しており、まるで秘密結社どころか王宮の財政管理にすら関わっていそうなスゴ味を感じさせる。


「偉大なる大首領ティーの発案した活版印刷技術により、会員ケーの新作は従来の写本式とは比べ物にならない速度で量産され、全会員に対し観賞用・布教用・保存用の三冊を配布することに成功しました」


 この言葉に対し、会員たちが万雷の拍手で返す。

 製本速度の向上……これは、『素晴らしき白薔薇の会』にとって長年の悲願であった。

 いかに素晴らしき耽美たんび譚であろうと、それを読むことがかなわなければ意味はない。

 だからこれまでは、独自の速記法を編み出しその読み方を全会員が習得することで、製本速度の遅さと高単価を補ってきたのである。


 が、所詮は人の手による手作業……限界は存在した。

 偉大なる大首領が考案した活版印刷技術は、それら諸問題を全て解決したのみか、読みづらい速記文字に対応せず済むのが画期的であったのだ。


「当初計画していた納期より遥かに早い目標達成……皆の努力には、この大首領頭が下がる思いです」


 大首領のありがたき言葉に、涙を流す会員すら存在するのがその証左であった。


「ですが、製本速度の向上は思わぬ弊害へいがいを生みました。

 それが此度こたびにおける、勇者様本人への情報漏洩ろうえいです」


 だが、続く言葉に感激していた一同はしん……と静まり返る。


「悪気あってのことではないと確信していますので、あえて犯人を捜すような真似は致しません。

 おそらくは、布教用の一冊が何らかの偶然により勇者様の手に渡ってしまったのでしょう。

 これからは、よりひそやかに……相手を見定めた上で勧誘を図ることと、くれぐれも落とし物の類には気をつけるよう全会員に徹底してください」


 ――はっ!


 大首領の言葉に一同がうなずき……。

 この日の緊急会合は、終了となった。


 恐るべき悪の秘密結社『素晴らしき白薔薇の会』……。

 その活動は、これからますます人間社会の奥深い場所で繰り広げられることになるだろう……。

 真の悪とは、そうたやすく光の当たる場所には出てこないものなのだ。




--




 ふっくらとしたパンケーキへナイフを入れる快感は、何物にも勝る喜びの一つであろう。

 ケーキの外皮に当たる部分へ刃を当てると、最初はこれを拒絶するかのように硬い感触が返ってくる。

 しかし、それに負けじと刃を押し進めれば……その後は、こちらのなすがままだ。

 よく手入れされたナイフの刃は、やわらかなスポンジ部分などものともせずに切り裂き、ケーキくず一つ出さずにこれをカッティングし終える。

 それを数度繰り返すと……我ながら美しく四等分されたパンケーキが出来上がった。


 それも、一段ではない……。

 二段である!

 ばかりか、皿の片隅にはたっぷりのホイップクリームがバラ状に盛り付けられており、食欲を刺激することこの上ない。

 例えるならばこれはそう……素晴らしき白薔薇といったところだろうか。おれに詩人の才はないな!


 ワクワクしすぎて自分でもおかしいテンションになっているのを自覚しながら、さらに小さく切り分けたそれを口の中に放り込んだ。


「ふぅーむ……」


 グルメ番組のリポーターではあるまいし、大げさなリアクションを取るような真似はしない。

 しかし、脳髄のうずいを直接ハンマーで打ち付けるような圧倒的多幸感の奔流ほんりゅうには、心から満足してのため息を漏らす他になかった。


 しみじみと……美味い!

 あまり畜産が盛んではないレクシア王国であり、卵も牛乳も砂糖もふんだんに使ったこの一皿は、地球のそれと比べ物にならないほど高価な逸品である。

 それゆえ、これまでは幕僚ばくりょうとの顔合わせなどで話に聞くことはあっても我慢していたのだが……今回はかつてない巨悪を倒したご褒美として自分に贅沢を許し、王都に存在する高級甘味店へ馳せ参じたというわけだ。


 あえて苦めにれられたお茶を一口すすり、口の中をリセットする。

 今のおれは、ひたすらに甘いと苦いを繰り返す人間発動機だ!


 そう思っていたのだが……、


「まあ、ご覧になって? 勇者様よ」


「本当だ……おかわいいこと」


 改造人間の聴覚が、茶飲み話に興じていたマダムたちのひそひそ話を拾い上げてしまう。


 ――なんだ?


 ――おれの何がかわいいと言うんだ!?


 ――まさかとは思うが、そういう意味のアレではないだろうな!?


 別に何か悪口を言われているわけでもなく、冷静に考えて大の男が一人でパンケーを食べてるのがかわいいのだろうと分かってはいるのだが……。

 どうにも気になってしまい、その後はやや機械的に食べ進める形となってしまった。




--




 その後も……。

 街を歩いていると女性たちの視線にさらされたり、何やらおれに関するうわさ話をしているのが耳に入ってしまうのだが……。

 あずましくないこと、この上ない。


 ――みんな、どんな目でおれを見ているんだ?


 ――別にみにくい化け物とかののしるのはいい。慣れたものだ。


 ――だが、もしそういう感じの目で見ているならやめてくれ!


 ――おれにそういう趣味はないんだ!


 カッパーンという名の極悪非道な魔人に付けられた傷跡は、深く……。

 おれはしばらくの間、女性の目線にさらされるたびに、背筋をおぞ気が走るような感覚へさいなまれることとなったのである。




--




 魔人の醜聞しゅうぶん流布るふ計画はこうして終わったのです。

 人間に勇者を信頼できなくしようとは恐るべき魔人です。

 でもご安心下さい。このお話は遠い遠い異世界の物語なのです。


 なぜなら……。


 我々地球人類は、最初からブラックホッパーの居場所を用意しませんでしたから。

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