Cパート

 魔城ガーデムの玉座……。

 実体なき体でそこに腰かけながら、俺は一人唖然あぜんとした表情を浮かべていた。


「結局のところ、何がどうなってあんな本が出回ってたんだ……?」


 声なき声で問いかけても、当然ながら答える者など存在しない。

 もし、この身が健在であったなら、俺は眉間を大いに揉みほぐしていたことだろう。


「おかしいな……。

 俺、諸悪の根源にして裏から全ての糸を引いている黒幕なんだけど……?」


 まったくもって、何が何やら……。

 ただ一つ間違いないのは、カッパーンに気の毒なことをしてしまったという事実だ。

 最終的に死んでもらうつもりであったとはいえ、こんな最期ではあいつも浮かばれまい。

 そのことに関しては、いずれ奴に謝らなければならないな……どうせ、近いうちに会うことになるんだし。


「ともかく、だ……」


 誰にも聞こえぬ咳払いをし、俺はどうにか普段の調子を取り戻す。


「地球であっても、この世界であっても変わらない人間の闇……それにあらためて触れてもらうという目的は、予想と違う形だが達成した。

 ……そういうことにしておこう」


 そういうことにしてしまう。

 俺は仮にも王だ。王が黒と言えばそれが白くとも黒くなるのである。


「兄弟……お前は巫女の力と聖戦士の力を手に入れた。

 だが、それだけじゃあ足りない。傾いちまう。

 お前が究極の力を手に入れるためには、善も悪も、光も闇も取り込み、完全なる均衡きんこうを得なければならない。

 ――天秤リブラは、水平でなければならない」


 今回の一件において、カッパーンに次ぐ被害者である兄弟に向け、俺は届かぬ声を発した。


「今回お前に与えた試練は、ちっとばかり傾いちまってる天秤を水平に戻すためのステップだ。

 まずは軽く、反対側の秤に重りを乗せさせてもらった」


 まあ、俺が用意した重りじゃないんだが……。

 結果さえ同じならオーケーだ。はいやめ! この話題おしまい!


「つってもまあ、軽くは軽くだ。こんなもんじゃあ、まだまだ足りない。

 ――だから次は、ドーンと闇の力を受け取ってもらうことにするぜ」


 そのための手段は、すでに用意してある。

 千年前、奴ら兄妹に与えた力はそもそも、俺という王を守護するためのものだ。

 俺の役に立ってもらうための力だ。

 大いに、役立ってもらうとしよう。

 それがきっと、あの娘自身のためにも……なる。


「パンケーキなんぞ食ってる場合じゃねえぞ、兄弟。

 次の試練は、ちーっとばかりキツイぜ?」


 そう言いながら、俺は瞑目めいもくした。




--




 遠く魔城ガーデムを見下ろせる山の頂き……。

 魔界の空で常にとどろく雷光に照らされ、一人の魔人が立ち尽くしていた。


 なんとも言えず……美しい魔人である。

 全体的な骨格と腰つきから、その性別は女性であることがうかがえた。

 特徴的なのは、胸部の核から四肢の端々はしばしに至るまでを血管のごとく駆け巡っている真紅の輝きであろう。

 明かりと言えば雷光のみという魔界の中で、その姿はさながら、異形の華と称するべき怪しき美しさを備えていた。

 頭部は狼のそれを兜にしたかのようなおもむきがありながら、猛々たけだけしさは感じられず、どこか物憂ものうげな……はかなさを見る者に感じさせる。


「…………………………」


 魔人は何をするでもなく、魔城ガーデムを眺めているだけであったが……。

 不意に、その腰を落とした。

 それだけを見るならば、獲物を発見した肉食獣が力を溜め込むかのごとき所作であったが、続いて彼女がしたことはといえば右の人差し指を突き出すだけであった。

 その指に、近づくものの姿がある。


 ――蝶だ。


 太陽の光なき魔界であり、羽の色合いも漂わす鱗粉も地上のそれに比べると大きく異なる奇態きたいな代物であるが……まぎれもなくこれは、蝶である。

 蝶は魔人の差し出す指に近づくと、これに警戒心を抱くことなく止まった。


「…………………………」


 魔人はそんな蝶の姿を眺めながら、何を話すでもなく……ただただじっとそのままの姿勢を維持する。

 まるで、その美しさを瞳へ刻みつけようとするかのように……。

 力ある者が全てを支配する魔界の中にあって、その様は異端いたんと言うしかないものであった。

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